労務費4億円とCO2排出量9%を削減 旭鉄工の“カイゼン”を事業化
トヨタ自動車のサプライヤーとして、自動車部品の製造を手がける旭鉄工(愛知県碧南市)3代目の木村哲也さん。家業を継ぐとトヨタ自動車式の“カイゼン”を独自のIoTシステムで進化。i Smart Technologiesという会社を立ち上げ他社に提供すると共に、CO2削減にも積極的に取り組むなど、ニーズにマッチしたサービスを次々と展開しています。
トヨタ自動車のサプライヤーとして、自動車部品の製造を手がける旭鉄工(愛知県碧南市)3代目の木村哲也さん。家業を継ぐとトヨタ自動車式の“カイゼン”を独自のIoTシステムで進化。i Smart Technologiesという会社を立ち上げ他社に提供すると共に、CO2削減にも積極的に取り組むなど、ニーズにマッチしたサービスを次々と展開しています。
目次
「3歳ぐらいから機械もの、特に車が大好きで、幼いころは車に関する本をよく読んでいました。成長するにつれ実際に運転したり、いじったりするようになりました」
大学院時代も研究に没頭するよりは車に夢中だったという木村さん。トヨタ自動車の研究所に就職し、操縦安定性や乗り心地のなどの実験を行うテストドライバーの資格も持つエンジニアとして、速度制限のない海外の公道で車を走らせるなど、仕事は充実していました。
旭鉄工を継ぐことになったのは、結婚相手が2代目である現会長の娘だったからです。「まったくやりたくなかった」と言いますが、18年携わったエンジニアからトヨタ式の生産方式“カイゼン”を学び家業に活かそうと、3年間同業務に従事した後、旭鉄工に移ります。
トヨタの一次サプライヤー、いわゆるTier1である旭鉄工は、エンジン、トランスミッション、サスペンション、ボデーなどの部品を製造しています。社歴は80年を超え、従業員は約400人、売上高は約150億円で横ばい状態が続いていました。
旭鉄工に入った木村さんが驚いたのは、社員のマインドも含めた会社全体の体質でした。課題は山積みなのに昔から連綿と続くことを粛々とやるだけ。スピード感もまったくなし。業績が悪いのはトヨタ自動車から発注される仕事が悪いから。そんな雰囲気で、赤字が数期続いている状態でした。
「家業を継ぐと決めたからには、共倒れするわけにはいかない」。もともと課題解決や新しいことにチャレンジする性分だった木村さんは、社長直轄の改善部署を設立し、抜本的に会社を変えていきます。
↓ここから続き
まず取り組んだのは、仕入れコストの削減でした。発注先を見直すと、昔から取引しているから、親戚筋だからとの理由で、5倍以上の価格で仕入れている品もありました。「3年間は何も変えるな」と現会長は言ったそうですが、聞く耳は持たずに次々と改革を実施。Amazonなども積極的に活用し、あらゆる仕入れ品のコストを大幅に削減します。
次は製造ラインです。トヨタ式のカイゼンは1時間ごとの生産数、ラインの停止時間、停止した理由などを記入する「生産管理板」を作成し、得た情報を元にPDCAでまわしていきます。
すると、次々と課題があがってきました。そもそも生産管理板を作成する人材を配置する余裕がない。人が記録したデータは正確性が乏しい、といったものです。紙やExcelで管理することも手間だと感じていました。
そこで、木村さんはIoT機器の接続ならびにシステム化を検討します。セミナーや展示会などに足を運びますが、自社にマッチするものでありませんでした。
「当社のラインは昭和時代から使っている古い設備が大半のため、インターネット接続などは考慮されておらず取り付けられない。価格も高い。加えて、生産管理板で必要なデータを得られないなど、望むものは見つかりませんでした」
望むものがないなら自分たちで作ろう。木村さんは通信モジュールやプログラミングの本を購入し勉強するとともに、システムの全体像を設計していきます。無線式センサー、クラウド、スマホ(モバイル)とシンプルさを心がけました。
専用のサーバーやPCは置かない。配線工事もしないなど、初期費用を抑えることを意識した結果です。秋葉原に足を運び、乾電池で動くタイプのセンサーを購入。ハードは教材や実験でよく使われ、最低限の機能を持つPC「ラズベリーパイ」を使いました。
そして、生産管理板に記録するデータを自動で取得する、IoTシステムを構築することに成功します。しかし、当時はソフトウェアエンジニアも含め、IoTの専門家は社内にいませんでした。
「システムに限ったことではありませんが、“できない”と決めつけている人が多いように思います。大切なことは、何をしたいのかとの目的を明確にすること。いまは便利なツールやサービスが揃っているので、とりあえず自分たちでできるところまでやってみる。その上で壁にぶち当たったら専門家などにお願いすればいいのではないでしょうか」
実際、詳しい友人に手伝ってもらったり、データがグラフィカルに見ることのできるGUI仕様は専門のソフトウェア会社に外注したりしました。現在ではさらなる機能追加が施されているため、完全に外注しています。いわゆるファブレス、Appleのサービスモデル的な思考と言えるでしょう。
生産管理板をデジタル化したシステムは完成しましたが、当初、現場の作業員は使ってくれませんでした。これまでのやり方を変えるという発想が乏しかったからです。
「大きな改善が一斉にできるとは、そもそも思っていません。まずは自分が率先垂範する。改善を自分事と捉え、自ら知恵を出し、従業員と一緒にトライする。共感してくれた従業員を少しずつ増やす。チャレンジしてくれた従業員に“ありがとう”との言葉をかけると共に、大いに褒める。その様子や成果を会社全体に報告・共有する。このような地道な活動が大切だと思います」
成果を出した従業員を表彰する制度も設けます。すると徐々にシステムを使う人が増えていきました。気づけば多くの生産ラインでシステムが導入されるようになり、得られたデータを元に現場のメンバーが自ら改善(PDCA)するまでに変わっていきました。
社内のコミュニケーションツールは、IT業界でよく使われるSlackを導入しました。Slack上に改善内容や成果の共有も行い、モチベーションアップのため、積極的に褒めることを心がけています。
変化の波は現場だけに留まりませんでした。システムが得たデータを時間あたりの生産・ロス金額といった経理・経営に直結する値に換算し、データを元に経営会議を行うようにしたのです。
各ラインの現場メンバーが日々努力している改善を俯瞰的に捉え、全社的なさらなる対策案を考えたり、KPIを設定したりしています。
現場と経営サイドが連携した改善により、改善件数は6件から57件と9倍に増加(2015~2021年)しました。100を超えるラインで行われ、生産性は平均43%向上。年間4億円を超える労務費を削減し、売上は横ばいですがPLは年10億円以上のプラスに転じています。
財務状況も以前とは異なり、従業員に公表するようにしました。その上で決算賞与として還元することで、従業員のさらなるモチベーションアップにつなげています。
多くのメンバーが改善に共感する一方で、以前からのやり方に固執するメンバーも一定数はいました。どのように対応しているのでしょうか。
「色々な人や意見があって当たり前だと思っています。ただ会社を引っ張るのは自分なのですから、反発も含めて気にしない。一人ひとりに気を遣って策を講じないのは、自分はもちろん、結果として会社のためになりませんからね」
新しい人材を迎え入れて会社を改革しようにも、中小企業が優秀な人材を採用するのは簡単ではありません。
けれども中小企業であることを言い訳にするのではなく、いかに共感して頑張ってもらえるメンバーを増やしていくかが重要とも木村さんは言います。
実際、旭鉄工でも、ついて来られなかった人の入れ替えがありました。しかし、「それは仕方のないこと。先を考えれば会社にとってよい方向だった」と振り返ります。
自社での改善効果を踏まえ、開発したシステムを同業の自動車サプライヤーも含め、今では多くの中小企業に「iXacs(アイザックス)」との名で展開し、新会社(i Smart Technologies社)を設立し展開しています。
できるだけ多くの中小企業が導入できるようにと、初期費用は数十万円に抑え、センサーの設置や設定もできるだけ簡素化を心がけました。コロナ禍ということもあり、現場に行かずにWebで打ち合せを行います。
その後は適したセンサーを宅配便で郵送し、顧客自らが手順を参考に設置します。クラウドまわりの設定はオンライン上で対応可能とのこと。設置は簡単で1時間ほどで終了、電源を入れればすぐにデータ取得がはじまり、パソコンやスマホでデータが見られるシンプルさです。
ただ、システムを販売したら終わりではありません。
「目的は生産性の向上であり、システムを販売することではありません。そこでまさに私たちがデータを元に改善していったノウハウを、コンサルティングサービスとしてあわせて提供しています」
IoTモニタリング、データ分析、改善指導をトータルで担うサービスであり、「KaaS(Kaizen as a Service)」と標榜し展開しています。
すでに100社以上で導入が進んでおり、1億円以上の効果を出している先もあります。成果が出る企業は特徴があると、木村さんは言います。
「ツールを入れればどうにかなるだろう、それで終わり。このような思考ではなく、私のように本気になって率先垂範で改革に臨んでいる経営者の企業で、成果が大きく出ていると感じています」
カイゼンの副次効果として、売上高あたりの電力量(CO2排出量)が9%低減していることが分かりました。そこで、電力・ガス使用量を自動計測しCO2排出量をリアルタイム化する機能を追加しました。現在は自社設備の95%のエネルギー使用状況を把握しています。
すると、夜中のCO2排出量が多いことが分かりました。また、既にIoTで把握をしている生産金額とCO2排出量を比較し「1円当たりの排出量(g)」を計算することで、日曜日のCO2排出効率が悪いことも分かりました。
現在、見えてきた問題点を改善することで、CO2排出量低減ノウハウの蓄積を行っています。この機能は旬なテーマということもあり、随時、顧客先にも提供しています。
「日本の中小企業、特に製造現場はまだ無駄が多いと感じています。KaaSで改善していくことで、短い時間で働きながらもしっかりと利益が出る企業を増やしていくことが当面の目標です。実際、当社は業績が大きく改善した一方で、休日出勤は減っています」
さらなる展望もあります。データ活用です。iXacsが広まっていき、多くのものづくり現場の状況がリアルタイムで把握できるようになることは、日本の経済状況がタイムリーに把握できることと、リンクしていると考えられるからです。
実際、すでにデータ活用に注目した問い合わせがあるそうです。また、企業の活動状況が嘘偽りなく分かるため、銀行の融資や与信材料としての期待もあるそうです。
データがこれからの時代のポイントであることは、GAFAをはじめとするテック企業を見れば明らかです。ただ、多くのデータはインターネット上でのデータであり、製造現場のリアルタイムデータは、まさに新たな金脈と言えるでしょう。どのように活用・展開されていくのか、大いに期待が高まります。
「本業のテコ入れはもちろんですが、当社のようにいずれシュリンクしていくのが明白な業界もあります。元気なうちに思い切ってチャレンジし、本業からキャッシュを生み出す。そこで留まらず、新たなビジネスを見つけ出すためにもう一段チャレンジし、いずれはシフトできるような体制を構築する。国内市場ならびに生産性人口の減少が確実な日本の中小企業経営者は、まったなしの状況だと思います」
「i Smart Technologies」は2022年2月、「中小企業SDGs ACTION! AWARDS」(朝日新聞社主催)のグランプリを受賞しました。
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。