築29年のアパートが満室 赤字経営変えた3代目の現場の声を聞く戦略
山梨県甲府市で、アパート経営を手がける3代目の長田穣さん。経営を引き継いだときは空室が目立ち、賃貸料よりも借り入れが多い債務超過の状態でした。自ら清掃に励み、顧客へのヒアリングをもとにしたリノベーション、大手ポータルサイトに頼らない情報発信などに取り組み、入居者からの信頼を獲得。ほぼ満室状態が続く人気物件へと変貌させています。
山梨県甲府市で、アパート経営を手がける3代目の長田穣さん。経営を引き継いだときは空室が目立ち、賃貸料よりも借り入れが多い債務超過の状態でした。自ら清掃に励み、顧客へのヒアリングをもとにしたリノベーション、大手ポータルサイトに頼らない情報発信などに取り組み、入居者からの信頼を獲得。ほぼ満室状態が続く人気物件へと変貌させています。
目次
山梨県甲府市で代々暮らしてきた長田さん一家。祖父の馨(かおる)さんが先祖から続く土地を相続するには、3億円以上の税金がかかりました。
そこで1993年に2・3LDKの賃貸アパートを3棟20戸、6年後にさらにワンルーム1棟14戸を建て、不動産賃貸業を始めます。
「当時はアパートが少なかったこともあり、経営は順調だったようです。実質の経営が父親に代わるとより盤石に。父は貴金属の小売業なども手がけており、家の暮らしもそれなりに裕福でしたし、まわりから見れば成功している経営者に映っていたと思います」
ところが2006年の10月のことです。父親が末期の肝臓癌であることが分かり、診断から2カ月後に他界。息子の死にショックを受けたのでしょう。翌月には、祖父まで他界してしまいます。
家族で今後について話し合うと、重大な事実が発覚します。順調だと思っていたのとは真逆で、近隣に賃貸アパートが建っていったことなどもあり、空室率約30%という状況だったのです。家賃収入は銀行への月々の借入金の返済額よりも90万円足らず、債務超過の状態でした。
物件を売却しようと考えますが、売却したお金で残債をすべて返すことが難しいことも分かりました。そこで長田さんが事業を承継し立て直すことで、借金を返済していくことを決意します。
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長田さんは28歳、甲州市勝沼にある老舗ワイン工場で働いていました。
「家業を継いだ後は、体調が芳しくなかったことなどもあり、ワイン工場を退職しました。その後しばらくは派遣社員などをしていましたが、正直、あまり熱が入っておらず。フラフラしていました」
アパート経営についても本腰を入れることなく、いわゆる片手間。というより、特に何もしていませんでした、と明かします。
一方でオーナーとして、管理会社が清掃を怠ったりミスしたりすると厳しい言葉でまくしたてたこともありました。「裸の王様でしたね……」と、当時を振り返ります。
債務超過は改善されぬまま、数年が過ぎます。しかしある時、転機が訪れます。
「建物の修繕をすることになったのですが、お金がありませんでした。そこで外注していた清掃を自分が行うことで、費用を捻出することにしたんです」
清掃業務は月に一度のため、エントランスや廊下はきれい、とは言える状態ではありませんでした。ひどかったのはゴミ置き場です。ゴミがあふれ異臭を放ち、ハエも飛び回っていました。
「自分で住むのはもちろん、人にすすめられる物件でもありませんでした」
当初こそ嫌々だったそうですが、建物がきれいになっていく様子を見ていると、清々しい気持ちになり、もっときれいにしたいとの意欲が芽生えます。実際、月一から週一に。現在では毎日行うまでに変わりました。
頻繁にアパートに通うことで、住人と触れ合う機会も増えました。そしてある女性入居者から、その後を変える言葉をもらいます。
「モニター付きのドアフォンを設置してくれないかと言われました。費用がもったいないと思っていたのですが管理会社の人に話すと、防犯の観点から特に女性から喜ばれると」
この言葉をヒントに、自らが積極的に動きアパート経営に取り組めば、現状を変えることができるのではないか。管理会社や仲介会社、リフォーム会社などとコミュニケーションを取るなどして、空室を打破する策を練っていきます。
最初に取り組んだのは、壁紙などをおしゃれな柄に変えるなどの、簡単なリフォームでした。リフォームを行うとこれまでとは一転、入居者が続々と集まるようになります。リフォームだけではなく、建物が清潔に変わっていたとの相乗効果もあったことでしょう。
空室はみるみる埋まり、2014年には満室・黒字化を達成。翌年には法人化を果たします。
ところが数年すると、リフォームを施した部屋にも人が入らなくなり、2017年の春には再び赤字に転落します。そこで、長田さんは町内に建つ同タイプの物件すべての内外観をチェックし、自分の物件との違いを徹底的に探りました。
理由はいくつか分かりました。ひとつめは、長田さんの物件は築年数がそれなりに経っているため、キッチンや浴槽など、リフォームだけでは入居者が満足する仕様になっていなかったことです。
「かといって、最新の設備に変えただけでは、築年数で敵いません。そこで住人のターゲット層である20~30代の女性の好みを、知り合いの美容室のオーナーへのヒアリングなどを通じて探っていきました」
そうして得たアイデアが“古民家カフェ風”です。
単に新しいだけでなく、無垢材、漆喰、キッチンカウンターといったカフェ風の部屋に、リノベーションしていきました。費用は1部屋に200万円ほどかかりますが、家賃を従来の金額より10%ほど上乗せした額に設定すれば、4年で回収できることも分かりました。
一昔前の建物に大抵ある和室に関しても、高い費用をかけてフローリングにリノベーションするのではなく、まさに古民家風。おしゃれな雰囲気を出すため、縁のない沖縄の琉球畳を選びます。
無垢材は住めば住むだけ味わいが出るとの特徴もあり、初期費用は多少高くつきますが、維持管理費を抑えられると長田さん。琉球畳は代表格で、一般的な畳と異なり住居者が代わる際の畳表の張替えが必要ないため、約3万円の工事費が浮くそうです。
実際、長く暮らす入居者も増加。平均6年間住み続けるとのことで、4年以降の2年間はしっかりと利益を生み出します。
一方で、いくらおしゃれな部屋にリノベーションしても、築年数が経っている事実は変えようがありません。そして、部屋を探す多くの人が利用する大手不動産ポータルサイトの検索では築年数がチェック項目にあるため、長田さんの建物は入居希望者の検索条件から弾かれてしまうそうです。
そこで、ターゲットに刺さるおしゃれな写真や文言などを前面に出した、独自の自社サイトを開設。「GRACE ROYAL」とのブランド名も打ち出し、他の物件とは一線を画すことを強調するとともに、直接の問い合わせを目指します。
「Instagram、Twitterのアカウントも開設しました。ホームページには実際の入居者さまからのお声、自分の思いなどをブログなどで発信・紹介するなどして、情報に真実味、信用性を持たせることも意識しました」
「築27年(当時)の建物に抵抗はなかったか?」「カフェ風のキッチンや洗面台の使い勝手はどうか?」「漆喰の調湿効果はどうか?」など。
部屋探しをしている人たちが聞きたい、気になる内容が、入居者の生の声として相当数紹介されています。
情報発信を続けた結果、現在では成約の約8割は、自社サイトやSNS経由になりました。動画のプロモーションビデオも作成し、2020年からはSEO対策を専門家にお願いするなど、直接の成約率をより高めるよう取り組んでいます。
「管理・賃貸会社は経営に欠かせないパートナーではありますが、任せっきりにしない。自らが入居者さんのために積極的に動くことが重要だと考えています。そのような動きは必ず誰かが見ていますしね。『天は自ら助くる者を助く』です」
自ら動いたことで、まさしく状況が改善していった長田さんの言葉に説得力が宿ります。真剣に動けば誰かがアドバイスなど、救いの手を差し伸べてくれるとも続けます。そんな長田さんが、うれしかったエピソードを披露しました。
ある部屋でゴキブリが出たと、連絡を受けたそうです。ゴキブリは清潔にしていても出るものですし駆除は居住者が行う、というのが一般的な考えでしょう。しかし長田さんはよほどゴキブリが苦手な方だと思い、害虫駆除のプロに数万円の費用を支払い、依頼に応じます。
その方は数年後に引っ越したそうですが、新しく入居してきた方がその住居者の知人だったそうで、長田さんの対応をきっかけに入居を決めてくれたといいます。
現在は満室状態が続いており、引き継いだ当時3億円あった借金は1億円までに減りました。確実に黒字を出していることで、借入金利の引き下げも実現。キャッシュフローが良くなることで、さらなるチャレンジができると意気込みます。
最後に、「リフォームと同じように、リノベーションも真似されるのでは?」と聞くと、次のような言葉が返ってきました。
「真似されてもいいんです。お客様が求める価値をどうやって提供できるか、日々、勉強していますからね。常に一歩先。加えて、他社では真似できないような価値を一足早く提供していけば、確実に支持されると思っていますから」
バリュープロポジションとの戦略であり、フレームワークです。なお、2015年に法人化した際には、祖父が起こし休眠していた有限会社山長(やまちょう)を再開させているそうです。雲の上の祖父や父親も、長田さんの活躍をうれしく思い、見守っていることでしょう。
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