静かな退職とは 背景に不公平な評価制度など 対策をわかりやすく解説
静かな退職(Quiet Quitting)とは、労働者が必要最低限の仕事のみをしている状態を指す言葉です。この記事では、静かな退職の原因と発生に影響する主な要因、企業に与える影響のほか、企業がどのようにこの現象に対応すればよいかを、社会保険労務士が解説します。
静かな退職(Quiet Quitting)とは、労働者が必要最低限の仕事のみをしている状態を指す言葉です。この記事では、静かな退職の原因と発生に影響する主な要因、企業に与える影響のほか、企業がどのようにこの現象に対応すればよいかを、社会保険労務士が解説します。
目次
「静かな退職」(Quiet Quitting)とは、労働者が必要最低限の仕事のみをおこなっている状態を指す言葉です。在職していながら退職が決まった人のように淡々と働くこの現象は、日本では「がんばりすぎない働き方」とも訳されます。TikTokで「あなたの価値は仕事で決まるわけではない」という言葉とともに紹介され、アメリカを中心にバズワードとなりました。
アメリカのとある民間調査では、世界の労働者の59%が「静かな退職」をしているとされ、労働者の態度として最も一般的だと指摘されています(参照:2023 State of the Global Workplace p.4|Gallup)。
静かな退職が増加している背景には、既存の仕事を中心とする考え方に対する反発や、働き方の多様化などがあります。ここでは、特に日本において静かな退職が増加している主な要因を三つ紹介します。
ハッスルカルチャーとは、仕事を人生の最重要項目とする考え方です。ハッスルカルチャーには、多忙を美徳とし、一生懸命働いている姿を周囲に見せることが「仕事ができる」アピールになるとする価値観があります。この価値観はキャリア志向の高まりとともに広がっていきました。
しかし、こうした価値観は長時間労働の増加に直結します。政府がおこなった調査によると、令和4年度の日本のフルタイム労働者の月間総労働時間は162.3時間にのぼります(参照:「毎月勤労統計調査 令和4年分結果確報」p.7 |厚生労働省)。パートタイムなどの非正規労働者や、週休二日制の会社の増加などで、全労働者の平均の労働時間は減少傾向にあるものの、実質的に正社員の労働時間は減少していないのです。
このような状況を是正すべく、政府はワークライフバランスを充実させる働き方改革などさまざまな施策をおこなってきました。そうした動きが影響した結果、静かな退職が増加していると考えられます。
週休3日制など労働時間を短縮する動きとともに、リモートワークでの就労や副業の推進など労働者の働き方もまた多様化しています。
かつては一つの会社でキャリアをまっとうする終身雇用の価値観が主流でしたが、現在は終身雇用を前提にする労働者の割合が減少しています。博報堂生活総合研究所がおこなった調査では、「気楽な地位」と「責任ある地位」の2択において「気楽な地位」を選んだ回答者が84.4%に上ったとしています。
また、同調査によると「基本的に仕事が好き」と回答している割合は45.9%で、ゆるやかに低下傾向にあります(参照:定点調査1992-2022|博報堂生活総合研究所)。さらに、組織に対する帰属意識も低下傾向にあり、日本経済新聞の調査では4割の学生が転職を前提に就職することがわかっています(参照:転職前提が4割「大手も安心できない」就活生独自調査|日本経済新聞)。
働き方が多様化したことで、一つの仕事にしがみつかなくてもよいとする価値観が静かな退職につながっていると言えるでしょう。
厚生労働省の調査では、現在の仕事や職業生活に関することで、強い不安・悩み・ストレスとなっていると感じる事柄がある労働者の割合は82.2%に達しています。また、 ストレスとなっていると感じる事柄がある労働者について、その内容では「仕事の量」が36.3%と最多になりました(参照:「令和4年労働安全衛生調査〈実態調査〉個人調査票」p.1|厚生労働省)。
このように、多くの労働者が大量の仕事を抱えることでストレスを感じるようになっています。そのため、自分が余裕をもって処理できる仕事量に留め、オーバーワークにならないように抑制して働こうとすることも静かな退職を生む原因になっています。
上記のように静かな退職が発生する状況にはいくつかの要因が考えられます。ここでは、要因の例を三つ紹介します。
労働者からみて、自分の仕事の範囲や裁量権の有無が不明確な場合、その範囲を超えて働くよりも指示された仕事だけをこなす方が安全だと思う心理が働きます。この心理は特にジョブ・ディスクリプション(JD:職務記述)による採用が一般的ではない企業に多く見られるでしょう。
また、最終的な責任の所在がわからない場合も同様です。後々何かトラブルが起きたとき、意図せず自分に責任を負わされることを危惧するためです。自分の判断のせいにされないようにするために、必要以上に頑張るという動機を持たなくなります。
組織公正理論の考え方では、以下の二つの「公正」が労働者の労働に対するモチベーションに大きな影響を与えるとされています(参照:ワークモチベーション研究の現状と課題|日本労働研究雑誌2017年7月号)。
したがって、労働者からみて自分の働きを公正な手続きで評価されておらず、待遇・給与面での不満がある場合、静かな退職につながりやすくなるでしょう。
現在の労働者のキャリア観は「一つの企業に終身雇用され、そのなかで昇進昇格していく」から、「複数の企業との雇用契約を繰り返し、自身のキャリアを伸ばす」へ変化する過渡期と言えます(参照:組織内キャリア発達における 中期のキャリア課題|日本労働研究雑誌2014年12月号)。
こうした状況では、勤続した場合に得られる経験・スキル・報酬などがキャリアパスとして明確に提示されていない場合、企業から得られる精神的な報酬を見限る可能性があがります。自身の余暇時間で企業では得られない能力を得ようとする動きも出るでしょう。ワークライフバランスの重視につながったり、本業よりも副業・兼業を重視したりする心理が働くようになります。
静かな退職をする労働者が増加すると、企業においてもさまざまな影響が考えられます。ここでは、静かな退職者の増加によって企業が受ける影響を解説します。
限られた時間内でより多くの成果を求めたい企業の視点で見ると、企業全体の生産性の低下を招く現象であると言えます。労働者が必要最小限の労働しかおこなわず、成果を上げる努力を怠る可能性があるためです。
積極的に仕事を引き受ける姿勢も乏しくなるため、社内全体の士気に悪影響が出ることも考えられます。
静かな退職をしている場合、たとえ社内に問題があるとわかっていても、それを指摘し、改善しようという動機を持ちにくくなります。改善されるべき問題が放置されることで、企業リスクにつながったり、後々に大きな問題に発展したりする危険性があります。
静かな退職をしている労働者がいる場合、本来その労働者に割り当てられるべき仕事がほかの労働者に割り当てられることになります。結果的にほかの労働者の業務量が増加し、過重労働になる可能性が高まります。
過重労働になった結果、ストレスが高まり、その労働者も静かな退職を選択するという循環も起こりうるため、静かな退職は企業にとって重要な課題と言えるでしょう。
静かな退職を選択する労働者には、下記のような兆候が考えられます。
こうした兆候を見逃さず、企業として静かな退職の連鎖を生まないように適切な対策を講じましょう。
静かな退職は、労働者が積極的に業務に取り組む意欲を失っている状態ではあるものの、業務自体を放棄しているわけではありません。したがって、企業が適切な対応を取ることにより就労意欲を回復させることも可能です。ここでは対処法として三つの方法を説明します。
静かな退職は職場に対するエンゲージメント(愛社精神)が低下した状態で起こるため、実態の確認をおこなうことが重要です。調査では自社に対する満足度を問うほか、どのような改善を施せば職場満足度が上がると思うかといった内容を確認するとよいでしょう。
自社の労働者の就労意欲を毀損(きそん)している項目を特定し、重要項目から改善していくことによって、就労意欲の回復が見込めます。
政府調査によると、労働者のキャリア観・ニーズに合わせた多様な働き方を整備することで、労働者の就労意欲が回復することがわかっています(参照:令和元年版 労働経済の分析 -人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について- 第三章 p.43|厚生労働省)。この調査では「職場の人間関係やコミュニケーションの円滑化」「労働時間の短縮や働き方の柔軟化」「業務遂行に伴う裁量権の拡大」といった雇用管理の実施率の高さが働きがいにつながると示唆しています。
神戸大学の江夏幾多郎准教授の研究によると、労働者にとって人事評価の公正性があることは、前向きな見通しを持たせるうえで重要な意義を持つとされています(参照:人事評価やその公正性が時間展望に与える影 響:個人特性の変動性についての経験的検討|組織科学 Vol.56)。
そのため、人事評価制度自体の評価項目・評価基準を明確にするとともに、評価者によって左右されないように評価者の能力を高めるなどの工夫が大切です。そうすることで、労働者の就労意欲の回復が見込めます。
静かな退職は問題行動として受け止められがちですが、労働者が静かな退職に至るにはいくつかの要因が考えられます。企業のますますの発展のためにも、真摯に状況を受け止め、労働者にとって働きがいのある職場を作りましょう。
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