目次

  1. 編成畑を歩みメ~テレからTBSへ
  2. 義兄が急逝、今度は自分が妻に恩返しを
  3. 食品安全の認証取得、海外への足場に
  4. 取扱店舗を開拓、ECサイトも新しく
  5. 品評会に出品、醬油と味噌でW受賞
  6. シンガポールに出展、商談が進行中
  7. 土台にあるビジネススクールの学び
  8. 「継いだ決断を正解にしてみせる」

 順太さんは長年、テレビ業界で働いてきました。大学卒業後、テレビ朝日系列の名古屋テレビ放送(メ~テレ)に入社し、33歳でTBSテレビに転じました。11年勤めたメ~テレでは、主に営業や編成の仕事をし、CM枠を販売したり、各番組の放送時間帯や半年ごとの番組改編方針を決めたりしてきました。

 メ~テレでは東京支社での営業時代に幅広い人脈を築きます。脱サラして起業した人と一緒に仕事をしたこともあったそうです。

 「サラリーマン以外の人生を感じた瞬間でした。今思うと『自分で一から何かを作るのもいいな』という思いがそのとき芽生えたのかもしれません」

 名古屋市の本社に戻り、編成部で働く中、「本気で魅力的な番組編成をしたいなら、キー局に行かなければ」と、中途採用者を募集していたTBSテレビに入社。編成局マーケティング部で働いたほか、TBSホールディングスに出向し、新たなマーケティング組織の立ち上げなどに関わりました。

TBSテレビ時代の小栗順太さん。同社のマスコットキャラクターBooBoと(中利提供)

 退社直前の2021年には、自主提案が認められ、AIを使った番組分析システムの開発に着手。TBSで新規事業を生み出すことを目標に、早稲田大学大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)に入学し、学び始めたところでした。

 一方、順太さんが継いだ中利は、1896(明治29)年、小栗利三郎(りさぶろう)さんが創業しました。現在の従業員数は約20人です。

 利三郎さんは、酒造りをしていた事業家の三男。廃業した酒造会社の建物を買い取り、豆味噌とたまり醤油の製造を始めたといいます。

 以来、小栗家が代々社長を務めてきました。現会長の利朗(としろう)さん(73)は1980年に3代目社長に就き、製造工程の機械化などに取り組んできました。

 2016年、利朗さんの長男が4代目を継ぎますが、5年後の2021年4月に急逝します。39歳の若さでした。その唯一のきょうだいが、妹の由紀さんです。

1896年の創業当時の写真(中利提供)

 由紀さんは、兄が家業を継ぐ前提で育てられたといいます。高校卒業後に地元を離れ、都内の大学に進みました。東京で働くうち、順太さんと知り合って結婚し、再び愛知県へ。順太さんがTBSテレビに転職し、子どもが生まれ、東京での暮らしに慣れてきた頃、兄の訃報(ふほう)が届いたのです。

 2021年4~5月にかけ、由紀さんは順太さんとともに、何度か半田市の実家を訪ねました。遺品を整理しながら、由紀さんがそっと言ったそうです。

 「私が育ててもらったこの家を、何とか守ってほしい」

 順太さんはすぐに答えました。「じゃあ、仕事辞めなきゃね」と。

 華やかなイメージがあり、待遇も良いキー局を辞め、未経験の製造業の社長になることに、迷いはなかったのでしょうか。

 「笑われるでしょうけど、その時の私の判断基準は、妻の喜ぶ顔を見られるかどうかでした。そう考えるようになったのは、結婚して以降、妻への感謝の気持ちがどんどん積み重なったからです」

 由紀さんと結婚してからかなえた、順太さんの夢が2つあるといいます。キー局で働くことと、早稲田大学で学ぶことです。いずれも学生時代からの目標で、10年以上の時を経て実現しました。

 夢をかなえられたのは、子育ての重なる大変な時期にも関わらず、由紀さんが自分を支え、挑戦させてくれたおかげ。今度は自分が恩返しをする番だ――。

 そう考えた順太さんは2021年8月にTBSテレビを退社。翌9月、中利の5代目社長に就いたのです。

製造現場の様子。左手前の蒸煮缶(じょうしゃかん)は、大豆を蒸すための機械。右奥の建屋はムロと呼ばれ、蒸した大豆につけたこうじ菌を繁殖させ、こうじを作る場所(中利提供)

 豆味噌やたまり醬油のことは何も分からない、いわば「素人」の状態で、順太さんの社長業は始まりました。製造現場のことは、会長と番頭さん(69)に一から教えを請いました。

 財務諸表を見てみると、2021年9月期の売上高はコロナ禍の影響で大きな打撃を受けていました。さらに主原料である大豆の仕入れ価格の高騰も深刻な問題でした。

 変わらなければいけない――。順太さんは早々に決意します。

 まず考えたのは、販路の開拓です。当時の中利は国内向けの業務用商品の売上が大きかったため、コロナ禍で外食産業が打撃を受けると、その影響から逃れられませんでした。このため「国内BtoC」と「海外」の売上を伸ばそうと考えました。

 それを実現するための最初のステップが、自社工場の食品安全マネジメント規格(JFS規格)の取得です。JFS規格は、大手食品メーカーなどが2016年に設立した一般財団法人「食品安全マネジメント協会」が管理・運営する第三者認証です。取得すると、世界で通用する食品安全水準を満たしていることの証明になります。

 中利でも過去に取得を検討したことがありましたが、手間も時間もかかるため先送りされていました。順太さんは外部コンサルタントの助けを借りながら、製造工程の改善や書類の準備を進め、最終的に2022年7月にJFS-Bという規格を取得しました。「海外に出るためのスタートラインに立てた」と感じたそうです。

2021年7月に適合証明を取得したJFS-B規格(中利提供)

 規格取得を通じた副産物もありました。それまでベテランの経験と勘に基づいていた作業や工程を文書やマニュアルにすることで、ノウハウを社内に共有できたのです。「規格取得という大義があったおかげで実現できたとも言えます」と順太さんは振り返ります。

 順太さん自身も、認証取得の手続きを通じ、社内業務をより深いレベルまで理解できました。たまに友人を連れて工場案内すると、「短期間でよくそんなに説明できるようになったな」と驚かれるそうです。

 次に取り組んだのは、BtoC取引の拡大です。

 実店舗での販売はそれまで、自社の直売所が中心でした。一方、「どこで商品を買えるのか」という問い合わせは一定数あり、潜在顧客の存在は感じていたそうです。

 置いてくれる店を増やすため、自ら店に足を運んで交渉したり、愛知県内の物産展に積極的に出展したりしました。こうした取り組みを通じ、地元の半田市や名古屋市で新たな取扱店を開拓したのです。

 さらに半田市のふるさと納税の返礼品に加えてもらったほか、半田市の物産品取り寄せサイト「いいかも半田セレクト」に出品すると、予想を上回る数の注文が届きました。

ふるさと納税の返礼品で一番人気のフリーズドライ味噌汁

 自社ホームページやECサイトのリニューアルにもこぎ着けました。10年近く前に作ったECサイトはクレジットカード決済もできず、販売額は伸び悩んでいました。2022年10月に新サイトがオープンすると、旧サイトに比べてアクセス数が倍以上に増えたほか、1人あたりの購入金額も伸びているといいます。

 新商品開発にも乗り出しました。顧客のニーズを意識して世に出した商品の一例が「生たまりしょうゆ」です。

 「もともと、こだわりのある常連さんに頼まれた時だけ出していた裏メニューでした。ところが市場調査をしてみると、同様の商品がないことに気づいたんです。お客様の声を聞く中で、この商品で満たせそうなニーズがあることも分かりました。自社ならではの特徴を出せると思い、商品化しました」

 並行して、中利のブランド価値を高めるための挑戦を思い立ちます。醬油の品質向上などを目的に、1973年から毎年開かれている全国醤油品評会に出品したのです。それまで中利は一度も受賞したことがありませんでした。

 順太さんによると、醬油の種類は濃口(こいくち)、淡口(うすくち)、たまり、再仕込み、白の5つに分類されます。中利が作っているのはたまり醬油です。一般的な濃口醬油に比べ、塩分濃度が低めで、うまみ成分である窒素を多く含むのが特徴といいます。金額ベースで、醤油市場全体の約2%しか流通していません。

 出品にあたり、順太さんは審査項目や過去の受賞商品を研究しました。すると、審査対象となる「色」「香り」「味」のうち、上位進出のためには特に「香り」が重要そうだと気づいたのです。

 あれで勝負できるかもしれない――。順太さんの頭に浮かんだのは、新商品の「生たまりしょうゆ」でした。

 一般的な醤油は製造過程で加熱処理やアルコール添加をします。その方が日持ちしやすくなり、白い浮遊物も出にくいからです。ただ、引き換えに醬油ならではの香りが損なわれます。

 一方、「生たまりしょうゆ」は非加熱かつアルコール添加なしです。本来の香りを保ったまま品評会に臨めると考え、出品を決めました。

もともと「裏メニュー」だったしょうゆを「生たまりしょうゆ」として商品化した(中利提供)

 すると2022年9月、優秀賞を受賞したという知らせが届いたのです。出品総数270点のうち、たまり醬油は12点。たまり醬油で優秀賞以上を受賞したのは、中利を含め3点だけでした。地元の半田市長や愛知県知事を訪ねて受賞を報告し、その様子が地元経済紙やウェブメディアに取り上げられるなど話題になりました。

 さらに2022年11月、吉報が続きました。305点が出品された全国味噌鑑評会で、中利の「京好み八丁赤だし」が全国味噌工業協同組合連合会会長賞を受賞したのです。2022年の全国醬油品評会と全国味噌鑑評会で、醤油と味噌のダブル受賞を果たしたのは、愛知県で中利だけです。

 「品質が評価されたことは、私や従業員にとって自信になりました。また、周囲から反響があったことで、従業員は今まで以上に仕事にやりがいを感じてくれるようになりました。そんな商品を作れる会社でいられるのは、先代や先祖のおかげです」

令和4年度全国醬油品評会で優秀賞を受賞した。中利の受賞は初めて(中利提供)

 2022年10月、順太さんはシンガポールへ飛びました。現地で開かれた、日本の食に関する見本市「Food Japan 2022」に出展するためです。社長就任から1年で海外に出る、という目標を自分の中で掲げていたといいます。

 2日間の会期中は、豆味噌とたまり醬油を売り込みました。商品の特徴を「コクがあり、塩分の少ないラグジュアリー商品」とうたい、海外で人気の日本食であるすしと相性が良い、という切り口で提案したそうです。すしの食品サンプルを置いたり、商品パッケージをすしのイメージに合わせたりして、現地の日本食レストラン関係者やバイヤーたちとの会話も弾みました。帰国後、複数の商談が進んでいるといいます。

シンガポールで開かれた「Food Japan 2022」に出展した際の様子(中利提供)

 出展にあたり、JETRO(日本貿易振興機構)の「新輸出大国コンソーシアム」の助けを借りました。海外展開をめざす中堅・中小企業に対し、ワンストップの支援サービスを提供する仕組みです。

 担当者が現地に同行し、様々な人を紹介してくれたほか、海外取引の注意点や商習慣についても教えてくれました。「自分一人でやった場合に比べ、3年分くらい近道できた感覚です」と順太さんは話します。

順太さんが自作したロゴマーク。海外の人も読めるよう英語表記にした(中利提供)

 出展に向けた準備もコツコツと進めてきました。商品の魅力を伝えるパンフレットやホームページを英語で作成したり、「Nakari」とアルファベット表記にしたロゴマークを自作したり。テレビ局時代の経験を生かして制作した自社紹介動画には、今後の海外展開も視野に入れ、英文字幕を入れました。

新たに制作した自社紹介動画。英文字幕を入れ、海外の人にも見てもらえるようにした

 社長就任から1年余りの間に、4つの補助金や助成金を獲得しました。これらを活用し、例えば社内のパソコン環境を改善しました。それまでデスクトップパソコンを使っていましたが、生産性向上のため必要人数分のノートパソコンをそろえました。ホームページやECサイトのリニューアルのほか、海外の展示会への出展や海外向けの商品開発、JFS規格を取得する際の費用の軽減にも充てました。

 補助金や助成金の情報に対しては、常にアンテナを張っています。やりたいことがある場合、それに合う補助金がないかインターネットで調べるそうです。中小企業診断士の友人などに教えてもらうこともあります。

 「使える原資が限られる中、どうしたら挑戦のリスクを下げ、展開を加速できるか。補助金はその手助けをしてくれる存在です」

早稲田大学大学院経営管理研究科を2023年春に修了予定。早稲田大学の創設者・大隈重信像の前で(中利提供)

 スピード改革を支えるのが、在学中の早稲田大学大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)での学びです。2021年4月に入学した当初、中小企業の社長になるとは想像もしていませんでした。経営戦略やマーケティングなどの必修科目に加え、ファミリービジネスやブランド戦略、新規事業創造といった選択科目を受講しています。

 「経営者の間で有名な『ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則』(ジム・コリンズ著)という本があります。企業が時代を超えて存続するための条件の1つが『大量のものを試して、うまくいったものを残す』というやり方です。理論や先行研究を学ぶことで、先人たちが大量に試して分かった『うまくいく方法』を知ることができ、判断に迷った時の後押しにもなります。私も様々なことを試し、うまくいくものを見いだしたいと思います」

 地元の企業や行政とのつながりも増えてきました。半田市のふるさと納税返礼品に登録しただけでなく、工場見学も受け入れるようになりました。半田市観光協会とのつながりから、知多半島の食品のPRイベントに出ることもあります。地元の牧場と提携し、製造工程で出る醬油かすを、牛の飼料にする取り組みも進んでいます。

 家族で住むようになり、知多半島の魅力にも改めて気づいたそうです。

 「子連れで出かけ、牧場で乳搾りをして、畑で野菜の収穫体験をして、魚市場を散策したことがあります。1日の間に酪農、野菜、魚に触れられるなんて、東京では考えられません。知多半島の良さをもっと世の中に伝えたいです」

製造工程で出た醤油かすを、地元牧場の牛のエサとして活用する取り組み(中利提供)

 テレビマンからファミリー企業の経営者に突然転身した順太さん。自分の内面で大きく変わったことを尋ねると「自分の失敗が他人の人生も左右しかねないことには、怖さも感じます」と、ポツリ。それでも、経営者としての毎日はワクワクすることの連続だそうです。

 「私の座右の銘は『過去の決断は、未来の努力で正当化する』です。中利を継ぐと即決した自分の判断も、これからの努力で正解にしてみせます。喜んでくれる人がすぐ近くにいるだけで、すでに十分幸せなんですけどね」

愛知県半田市にある中利の自社工場(中利提供)

 「まだまだ道半ばですが、『商品が良ければ売れる』とは限らないと実感しました。いかに価値を高め、魅力を多くの人に伝えるか。それはテレビ局でやってきた仕事ともよく似ています。先代や先祖から預かったこの会社を、より良い状態で次の世代に引き継ぐことが、私の残りの人生をかけた挑戦です。いただくご縁を大切に、この地に根を張ってがんばっていきます」。