研究は基礎レベルであるものの、今後、有効性を見出せる可能性は示せたといいます。ライッサさんは名古屋大学経済学部で統計学を専攻していましたが、この研究開発の過程で、研究用ソフトウェア分析、プログラミングや、業務改善アプリ開発など広い分野の知識を習得してきたといいます。
「学んだことは研究だけではありません。ビジネス文化を学ぶことができました」。そう話すライッサさんは持ち前のコミュニケーション力が買われ、就職説明会や展示会にも立ちました。正田さんは幅広い仕事を任せた理由について「高度人材だからといって、あえて区別しませんでした。会社で居場所をつくるにはほかの社員たちと一緒に働くのがよいと思い、配属を総務部とし、朝の掃除や車両管理にも携わってもらいました」と説明します。
光建は1951年設立のインフラ工事を手掛ける企業です。特に、地中送電線工事では施工総延長が150kmを超え、電力土木から道路・河川、上下水道まで、幅広いインフラ工事に対応しています。社員は65人で、このうち10人が海外人材です。
今回のような研究に取り組んでいるのは、これから優秀な人材獲得に向けて「海外人材×研究開発(サイエンス)」という強みを作ろうとしているからです。地域密着型の業務ながら「ゲンバを科学する」をキャッチフレーズに、研究内容を公開するウェブプラットフォームを産学連携で開発するいった取り組みも進めています。
そんな採用戦略もあり、さらに活躍してもらおうと考えていた矢先、正田さんは2025年4月、ライッサさんから「インペリアル・カレッジ・ロンドン」に合格したことを告げられます。ライッサさんは光建での仕事に不満はなかったといいますが、将来は起業を志しており、経営学の修士号プログラムMaster In Management(MiM)を学びたいと応募しました。
出願時に書いたエッセイでは、アントレプレナーシップをテーマに、少子高齢化による人手不足に苦しむ建設業界で、中小企業がオープンイノベーションかつ領域横断で新しい価値の創造に取り組んだこと、そしてその活動を通じて社会課題に科学を用いてアプローチすることに面白さを感じ、将来起業家として挑戦してみたいと感じたこと。また、人材採用や広報などにも取り組んだことをまとめたところ、評価されたのだといいます。
「光建での研究はまだ基礎段階で、これから企画、研究開発、販売までの一連の仕事を経験ほしいと思っていたので、ほかの大学院への入学なら反対したかもしれません、でも理工系で世界でもトップクラスの大学に合格したとなれば、快く送り出そうと決心しました」と正田さん。
名古屋大の指導教官からも「(入社からの)2年間で良くここまで育てて頂いた」と感謝の言葉があったそうです。
高度人材の採用でつかんだ手応え
正田さんは、ライッサさんが退職してしまうことは痛手だとしながらも、新しい高度人材を採用できるかどうかはそれほど心配していないといいます。
「海外人材を採用するなかで、知名度よりも、自分をどれぐらい成長させてくれるのかをしっかり伝えることが大切だとわかったからです」
日本は、少子高齢化という社会課題や地震をはじめとする自然災害が多いという特徴があります。逆を言えば、日本は課題先進国として、解決すべき明確な課題があるとも言えます。
「課題の現状をまず示し、入社してもらったらどんなアプローチで課題に向き合えるのか、データをどのように生かせるのかなど説明会でしっかり説明し、知的好奇心を刺激するように心がけています」
産学連携の様子
さらに光建には、研究を通じて培った各地の大学とのネットワークがあることや、土木技術、人間工学、データサイエンスなど領域を横断して学べるところも強みとなっているといいます。
留学生への魅力失われつつある日本
日本学生支援機構が実施している「外国人留学生在籍状況調査」によると、2024年5月時点の外国人留学生数は33万6708人で前年度から5万7434人増え、日本が多様な国・地域からの外国人留学生を受け入れるなかで、留学生総数は過去最多となりました。
ただし、今後は注目度の高い論文数の世界ランクの低下や、円安をはじめとする経済力の低下で、海外から留学や就職、若手研究者の赴任先に選ばれなくなる恐れがあります。
ライッサさんの場合、高校生のときに訪れた日本旅行で交通インフラの利便性に驚き、日本に住んで学びたいと思ったという原体験があったため、名古屋大学への進学を選びましたが、周りを見渡すと、日本を留学先として選びづらい状況にはあったといいます。
「インドネシアで通っていた高校には、アメリカやイギリス、オーストラリアなどの大学から直接訪問があり、大学のことを知る機会がありました。一方、日本の大学のことを知る機会は首都ジャカルタで開催される大学フェアのみで、片道1時間半ほどかけて話を聞きに行かなければならなかったため、なかなかリーチが広がりづらいのかもしれません」
それでは、日本企業にできることは何でしょうか。
国土交通省は建設業向けに海外人材の採用・育成・定着などを支援していますが、簡単なことではありません。
正田さんは次のように考えています。
「個人的には優秀な留学生が日本で働くケースを増やすには2つ要素があると思っています。1つ目はそもそもの留学生の母数を増やすことで、相対的に数を増やすという点。もう一つは、大学を卒業した留学生がすぐに帰国してしまう学生の数を減らすという点です。留学生の国内企業就職率はまだまだ非常に低いため、就職活動の支援、労働環境整備、従業員の理解促進など多方面でのアプローチが必要です。そのためには日本で働くことの魅力を伝えることが必要ですが、従来の技術や文化に加えて『社会課題』も魅力になるのではないかと思います。課題先進国である日本において、母国でも生かせる課題の認識・解決方法が示せれば魅力になるのではないかと思っています」
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