ただし、発動日時より前に最終輸送手段で船積みされ、2025年10月5日米東部夏時間午前12時1分より前に消費のために輸入される、または倉庫から引き出される物品は、以前の大統領令に基づく関税が適用されると説明しています。
国際通貨基金(IMF)は2025年4月、「世界経済見通し」で2025年の世界経済成長率を0.5ポイント下方修正し、2.8%としました。これは、アメリカが段階的に導入を開始した追加関税が世界的な貿易・投資・供給網の混乱を招き、各国・地域経済に負の影響を与えるとIMFが分析しているためです。
世界貿易機関(WTO)は、アメリカの関税だけでなく、米中貿易の混乱は大幅な貿易転換を引き起こし、中国との競争激化に対する第三国市場の懸念を高めるとの見通しも示しています。
アメリカの関税措置の影響は、日本の直接輸出のみならず、日本企業のサプライチェーンに広範に波及しています。特に注目すべきは、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠とした「相互関税」の導入です。これにより、日本からアメリカ向け輸出の減少や全世界的な景気後退に伴う売上・利益率の減少が懸念されています。
在米日系企業の間では、現地生産体制の見直しやサプライチェーンの調整を検討する声があるものの、アメリカでの人件費高騰や効率性の観点から、さらなる生産移管は容易ではないとの声も聞かれます。サプライチェーンの移管や調達先の変更には数年の歳月を要することから、現政権の政策に即応した対応は困難であるとの慎重姿勢も見られます。
また、中国も対抗措置として対米関税を引き上げるとともに、レアアースやレアメタルの輸出管理を強化しています。特に2025年4月に施行されたサマリウムなど中・重希土類7種のレアアース関連品目の輸出管理強化は、日本企業にとって生産に必要な原材料の入手困難に直結し、サプライチェーンに深刻な影響を与え始めています。
中国では、アメリカからの追加関税を避けるため、EVメーカーなどを中心にASEAN地域への生産移管を加速させており、これによりASEAN市場における日系企業と中国企業との競争激化が顕著になっています。
物流面では、2024年から2025年上半期にかけて、パナマ運河の干ばつによる通航制限は回復傾向にあるものの、紅海におけるフーシ派による商船攻撃のリスクは依然として高く、海上輸送の混乱が続いています。
WTOによると、アジア-ヨーロッパ間の運航について、南アフリカ共和国の喜望峰を経由する迂回ルートは、スエズ運河を経由するルートと比べ、平均運航距離を55%以上、所要日数を6 ~25日、平均17日延長するといいます。これが海上運賃が高止まりし、企業の流通・生産コストを押し上げる要因となっています。
中東情勢の緊迫化は原油価格の乱高下も引き起こしており、サプライチェーンの安定化に向けた多角化が急務です。
産業政策と地政学が揺さぶる投資戦略 2025年見通し
2024年の世界の対内直接投資額(国際収支ベース、ネット、フロー)は1兆5088億ドルに達し、前年比3.7%増となりました。そのうち、新興・途上国・地域が5年連続で過半を占め、57.5%を占めています。
しかし、オランダやルクセンブルクなどの導管国を除くと、世界の対内直接投資は11%減少したと推計されており、うち先進国・地域向けは22%減だったといいます。
これは経済的な不確実性の高まり、通商面での緊張、政策の不確実性、地政学的な分断、インフレ圧力が影響していると考えられます。
近年は、米中対立や経済安全保障を背景に、サプライチェーンの多元化が進展し、ASEAN、インド、中東などのグローバルサウス諸国への投資分散が見られます。特に中国企業は、関税回避や現地生産義務などの政策を受けてASEAN諸国でのEV・バッテリー生産を加速しています。
また、国家安全保障の観点から、外国投資に対する事前審査制度(投資スクリーニング)を導入する国が少なくとも46カ国・地域に増加し、対外直接投資にも制限強化の動きが見られます。グローバル・ミニマム課税の導入も各国で進む中、アメリカは離脱を表明しており、国際課税ルール体制に揺らぎが生じています。
2025年の世界の直接投資は、導管国を除くと2年連続で減少が見込まれ、追加関税の応酬などが投資家心理を悪化させると予測されています。
2025年上半期に実行された、国境を超えて実施される世界のクロスボーダーM&A件数は前年同期比16.3%減の5294件、1~5月に発表された世界のグリーンフィールド投資(直接投資を行う際、法人を新たに設立し、設備や従業員の確保、取引関係の構築や顧客の確保等を全て一から行う投資の方式)の件数は18.3%減の6159件といずれも低い水準でした。
アメリカは高関税を課すことで国内投資を促す方針ですが、高人件費や政策の不確実性も懸念材料となっています。
ここでいくつかの産業について個別の見通しを紹介します。
EV・バッテリー産業
EV・バッテリー産業について、EV販売台数は世界的に増加を続けており、特に中国がその成長を牽引しています。世界のEV製造の70%を中国が占める事態にアメリカ、カナダ、EUなどが中国製EVの過剰生産を指摘し、中国製EVに対する追加関税を課すといった事態に発展しています。
一方、中国EVメーカーは、欧米の関税措置やASEAN各国の国内生産義務化政策を受け、タイ、インドネシア、ハンガリーなどへの工場設立や生産移管を加速させています。
アメリカでは、第2次トランプ政権がEV推進を取りやめ、IRAに基づくEV購入者向け税額控除を撤回する法案が成立しました。これにより、市場の重心が内燃機関車やハイブリッド車へ移る可能性が指摘されており、アメリカ内での自動車生産強化に向けた投資が増加しています。
データセンター投資
データセンター投資は、生成AIの急速な普及を背景に、需要が爆発的に押し上げており、世界的に巨額の投資が集中しています。アメリカ、ドイツ、インドなどで件数が大幅に増加しており、ハイパースケーラーと呼ばれる大手IT企業が投資を主導しています。日本でも、総務省が2025年6月に「デジタルインフラ整備計画2030」を公表し、データセンターや海底ケーブルの分散立地を進める方針を打ち出しています。
再生可能エネルギー
再生可能エネルギーへの世界投資額は、化石燃料への投資の約2倍に達すると予測されており、特に中国が世界最大のエネルギー投資国としてクリーンエネルギー技術に巨額を投じています。太陽光発電や陸上風力発電容量が大きく伸び、再生可能エネルギーの利活用に向けた蓄電池やグリーン水素への投資も進んでいます。
とくに水素プロジェクトの期待度は高いものの、投資実行フェーズに移行するにつれ、需要とコストバランス、補助金獲得、技術の成熟度の面からプロジェクトの選別の時期に突入したと指摘しています。
輸出規制の強化に懸念 セキュリティ対策も急務
地政学リスクの高まりに伴う政策介入の広がりは、貿易投資の不確実性を高め、日本企業にさまざまな対応を迫っています。
日本の企業関係者へのアンケート調査では、「輸出規制の拡大・強化」(80%)、「関税引き上げ」(43%)への懸念が特に高い結果となりました。
経済安全保障(貿易管理、投資規制など)の観点で抱える課題について聞いたところ、「規制の最新情報のフォロー、アップデート」(52.9%)、「課題に対応する人材の不在・不足」(37.5%)、「サプライチェーンに潜むリスクの洗い出し」(36.2%)、「社内体制の整備」(33.5%)といった点が挙げられています。
これらは当面の優先課題として、情報収集や社内教育、輸出管理上の審査強化が求められます。
日本政府は、経済安全保障に関する対策を強めています。「経済安全保障推進法」に基づき、半導体や重要鉱物、海底ケーブルなどを特定重要物資・技術に指定し、供給確保計画の認定制度や技術育成プログラムなどを通じて、国内の産業基盤強化と自律性確保に取り組んでいます。2025年5月には「セキュリティ・クリアランス制度」も施行され、重要情報へのアクセスと漏洩防止に向けた枠組みが整いました。
日本企業が経済安全保障上の課題に対応するにあたり2025年5月に「経済安全保障上の 課題への対応(民間ベストプラクティス集)」も公表しました。企業の総合的な体制整備やリスク低減のため、経済安全保障上の対策について、以下の3領域に分けて具体的な取り組みを紹介しています
- 組織体制の構築(意識醸成、体制整備)
- 技術流出の対策(技術の区分、人員配置の工夫、接触リスク分析、従業員・退職者・取引先等に分けた流出防止策)
- サプライチェーンリスクへの対策(供給網の可視化、リスク分析、サイバー攻撃または制 裁・紛争等での寸断防止策)
日本企業に求められる情報収集と体制強化
ジェトロの報告書によると、日本企業は世界的な保護主義や不確実性に対応するため、輸出先や調達先の多様化によるサプライチェーンの強靭化など複数の対応が求められると指摘しています。
また、米国の関税措置や中国の輸出管理強化、地政学リスクへの対応として、米国輸出管理規則(EAR)や日本の外為法を含む貿易・経済安全保障関連規制の最新情報を強化して収集し、技術流出対策、人権デューディリジェンス、社内体制の整備が急務とされています。このほか、簡単ではないとはいえ、将来に向けて価格転嫁や現地生産の検討も必要です。