激化する米中覇権争い 経産省が経済安全保障のアクションプラン改訂

アメリカと中国を中心とした覇権競争が激化しており、その射程は生成AIや量子技術といった先端技術だけでなく、鉄鋼や造船などの伝統的な製造業にまで拡大しつつあります。経済産業省は日本の経済安全保障に関する自律性を確保する必要があるとして、「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化アクションプラン」を改訂しました。米中覇権争いの現状と日本が取るべき方向性をまとめています。
アメリカと中国を中心とした覇権競争が激化しており、その射程は生成AIや量子技術といった先端技術だけでなく、鉄鋼や造船などの伝統的な製造業にまで拡大しつつあります。経済産業省は日本の経済安全保障に関する自律性を確保する必要があるとして、「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化アクションプラン」を改訂しました。米中覇権争いの現状と日本が取るべき方向性をまとめています。
目次
経産省がまとめた「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化アクションプラン」によると、かつては、真に守るべき分野は何なのかを限定し、そこに厳重な鍵をかけるという「small yard,high fence」という言葉に代表されるように、先端半導体技術が競争の中心でしたが、現在は生成AIや量子、バイオテックといった破壊的技術革新の領域に加え、レガシー半導体、鉄鋼、造船などの伝統的な製造業までもが競争の対象となっています。
さらに、宇宙などの次世代戦略領域における競争も激しさを増し、産業・技術基盤を支えるエネルギーの安全保障上の重要性も増大しています。
巨大な市場や天然資源を持つ大国は、国境措置や産業支援策を一段と強化し、産業・技術基盤の「囲い込み」を進めています。この動きは世界の分断を一層深め、日本の国益を支えてきた自由貿易体制を揺るがしています。
中国は、2015年、技術のイノベーションの活発化とその軍事への応用を推進する「軍民融合発展戦略」を国家戦略に格上げしました。2018年版の防衛白書によると、軍民融合とは、国防動員体制の整備に加え、緊急事態に限られない平素からの民間資源の軍事利用や、軍事技術の民間転用などを推進するものとされています。軍民融合の推進により、ハイテク分野をはじめとする民間技術の軍事転用で中国軍の軍事力強化の効率性が向上することが見込まれます。
さらに、2049年までに世界の「製造強国」に到達するとの長期目標の下、次世代情報技術や新エネルギー車、先端工作機械・ロボット、航空宇宙、先端船舶など10の重点分野と23の品目を設定し、製造業の高度化を目指す「中国製造2025」を発表しました。大規模な国家主導の半導体基金を造成するなど、戦略分野における国内産業エコシステムの構築も進めてきています。
対するアメリカも「経済安全保障は国家安全保障」という方針で、様々な政策を進めてきました。これまで中国に対し、不公正な貿易慣行の是正などを要求する一方、国家安全保障の観点から、先端技術分野における輸出管理、対外投資規制など累次国境管理措置を強化してきました。
2022年には、バイデン前政権の下、CHIPS 及び科学法やインフレ削減法(IRA)を成立させ、これらの産業防衛策に加えて、大規模産業支援策を推進する政策転換をしました。
2025年にトランプ政権が発足して以降は、「アメリカ第一の通商政策」と「アメリカ第一の投資政策」などの通商分野における政権の方針を相次ぎ公表し、国家安全保障の観点からアメリカ製造業の回帰・復興のための政策を表明し、先端技術分野のみならず、関税などにより、伝統的な製造業も含めた「囲い込み」を急速に進めています。
2010年代半ば以降の先端半導体を中心とした米中テクノロジー覇権競争は、生成AIへと舞台を移そうとしています。
アクションプランは「AI の軍事への応用分野は、情報収集・分析、サイバー攻撃、意思決定支援、自律型システム、ロジスティクス等多岐にわたり、安全保障の観点からも重要な技術といえる。AI が提供する情報によって相手の心理や思考などを操作し、戦略的に自国に有利になるような政策決定や世論を作り出す情報戦や認知戦の分野においても AI が活用され始めている点についても留意が必要である」と指摘しています。
さらに、AI能力において支配的な地位を確立することが、経済と安全保障の両面における優位性に直結するため、米中を中心にAGI(汎用人工知能)到達に向けた競争が激化しています。AGIの実現は、単に大規模基盤モデルの開発競争に留まらず、国家全体の総力戦となります。これには、以下のような広範な要素が含まれます。
トランプ政権は「AI におけるアメリカのリーダーシップへの障壁の除去」と題した大統領令を出しており、アメリカ内では半導体企業やテック企業によるAI・半導体関連の巨額投資が発表されています。
また、データセンターによる電力需要の急増に対応するため、ハイパースケーラーなど民間主導で安定的な電源の確保に向けて、原子力などの電源供給地に近接する形でのデータセンターを建設する動きも加速しています。
アメリカは2025年1月に、ゲノムデータ、生体認証データ、個人の健康、位置情報などの機微個人データの懸念国への移転の制限又は禁止に関する最終規則を公表しました。
アメリカ商務省は、①先進的コンピューティング集積回路、②特定のクローズド AI モデルの輸出について、世界各国を3つに分類し、許可例外、数量制限、原則不許可といった管理を行う「AI 拡散のための枠組み」規則案を公表しましたた。
5月15日に、商務省は規則案の撤回を発表しましたが、代替規則が今後発表されること、あわせて、アメリカ製AI半導体が中国のAIモデル開発等に利用される場合、エンドユース規制に抵触すること、ファーウェイ製高性能AI半導体を利用するとはアメリカ輸出管理規則(EAR)違反となるおそれがある旨の警告等を公表しました。
これらの「囲い込み」の動きは、将来的にAIを巡る国際分断を招くおそれにつながる可能性があるとともに、今後のAIを利活用する量子、バイオ、ロボティクス、宇宙などの先端技術分野における新たな国際秩序にも影響するおそれがある点留意が必要であるとアクションプランは指摘しています。
中国にも、国家プロジェクトとして、中国全土において新型の計算力ネットワークシステムを構築し、再生可能エネルギーが豊富にある西部に主にデータセンターを建設し、東部の計算力ニーズを引き受けるという「東数西算」を進めています。
さらに、データセンターの整備については、2025年1月に「国家データインフラ構築ガイドライン」を発表し、データインフラで年間約4000億元の直接投資を呼び込み、今後5年間で約2兆元の投資規模を目指しているといいます。
また、いわゆる「データ3法」(サイバーセキュリティ法、データセキュリティ法、個人情報保護法)の下、中国国内で生成される個人情報及び重要データは、原則、中国国内に保存し、域外への移転について管理を行っています。
一方、アメリカは2025年1月に、ゲノムデータ、生体認証データ、個人の健康、位置情報などの機微個人データの懸念国への移転の制限または禁止に関する最終規則を公表しました。
生成 AIの普及によるデータセンター等の電力需要の増加や大国によるエネルギーサプライチェーン支配の動きが見込まれるなか、インフラとしてのエネルギーと産業としてのエネルギーの重要性も高まっています。
アメリカは、2025年1月20日、トランプ大統領が国内のエネルギー開発・使用を制限する措置の見直しや、エネルギー優位性確保のための規制緩和等を打ち出し、化石燃料の増産と輸出拡大を通じた国際エネルギー市場での支配的地位の確立を目指す大統領令「アメリカのエネルギーを解き放つ(Unleashing American Energy)」を発表しました。
アメリカでは民間企業の取組として、データセンター需要に対応した安定的な脱炭素電源の確保に向けて、原子力発電施設等に近接立地させる動きも出てきているといいます。
一方の中国は、太陽光パネル、電池などのクリーン技術の国内産業基盤を強化するとともに、2023年初頭から、対外貿易を牽引する主力品目として「新三様」と呼ぶ電気自動車(BEV)、蓄電池(リチウム・イオン電池)、太陽光パネルの輸出強化に注力しシェアを拡大しています。
さらに、風力発電の製造拠点としても中国の存在感は増しています。
アクションプランは、経済安全保障上重要な領域として、コンピューティング、クリーンテック、バイオテック、宇宙・防衛、基盤技術を挙げています。さらに海底ケーブル、フュージョンエネルギー(部素材等)、原子力機器・部素材等製造技術(重要機器・部品)、人工衛星・ロケット、産業用データを追加しました。
海底ケーブルは、日本が世界の3大海底ケーブル製造国の一角を占めていますが、中国企業の勢力拡大や他国による国有化・事業支援の動きが強まっています。生成AIの普及等による国際データ通信量の急増や切断事故の多発により、大容量かつ信頼できる海底ケーブルの開発と敷設船の需給逼迫への対応が急務です。
無人航空機(ドローン)分野は中国一国が圧倒的なシェアを占めており、日本で使うドローンも外国依存の状況にあります。国内市場が小さく量産体制が未整備であるため、マーケットの創出と海外市場への参入によるスケールアップを目指すことが自律性につながると指摘しています。
宇宙関連産業は、年率9%で成長を続け、2035年には現在の2.8倍に市場が拡大すると予想されており、長年の開発競争や国際協調の時代を経て、民間による産業化の段階に入っています。
アメリカや中国は人工衛星の製造数とロケット打ち上げ回数を伸ばしている一方、日本は伸び悩んでおり「このままでは、将来の自律性・不可欠性を喪失し、成長市場獲得を逃すリスクのみならず、安全保障上もリスクとなる可能性がある」と説明しています。
米中を中心に「自給自足」によって自律性を強化する動きとともに、あらゆるツールを総動員し、物資、技術、人材、資金、データの「囲い込み」を通じて、AI・半導体、量子、バイオなどの先端技術のみならず、基盤技術を含めた製造業中心の国家戦略を加速しています。
一方で、経済発展が著しいグローバルサウスの国々の国際社会への影響力も増している。エネルギーと食料を海外依存する日本はこうした競争に脆弱です。
自由で開かれた貿易体制が日本の生命線であるなか、ルールベースの国際経済秩序の維持・強化・再構築を引き続き追求しつつ、足下の脅威・リスクに対処するため、企業のサプライチェーン組み替え支援の強化や、ライセンスや知財を活用した海外事業展開など多様な「稼ぎ方」の推進を官民で進める必要があるとしています。
そのうえで、アクションプランは以下の方向性を示しています。
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