「スマートな中国」と「強い中国」を示す習近平政権 日本企業はどう対応?
和田大樹
(最終更新:)
日中経済の概要(いずれも外務省の2024年資料から https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000007735.pdf)
習近平政権下の中国は、国際社会における存在感をますます強めています。トランプ米政権による対中関税の連発や一律関税の導入が世界経済に動揺をもたらすなか、中国は冷静かつ戦略的に対応し、「スマートな中国」と「強い中国」の二つの顔を巧みに使い分けています。一方で、日本企業は中国との経済的結びつきを再考し、地政学リスクを踏まえた脱中国依存の戦略を継続する必要があります。ここでは、習近平政権の姿勢とその背景、そして日本企業が取るべき対応について考察します。
トランプ政権と中国の対立 自由貿易めぐる駆け引き
今日、トランプ政権は再び世界経済に大きな影響を及ぼしています。
特に、対中関税の強化や一律関税の導入は、国際貿易のルールを揺さぶる動きとして各国に波紋を広げています。トランプ政権は、中国に対して始めから一律関税を課すことで、米国内の産業保護を優先する姿勢を明確にしました。これに対し、中国は当初、比較的冷静に対応し、自由貿易の擁護者を自称する姿勢を強く示しています。
習近平政権は、トランプ政権の関税政策が自由貿易の脅威であると強調し、国際社会に「中国こそが自由貿易の守護者である」とアピールしています。
米中の「囲い込み」(2025年4月時点)画像は経産省の資料から(https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/tsusho_boeki/pdf/012_03_00.pdf)
たとえば、2024年のAPECやG20などの国際会議の場で、中国は多国間の自由貿易体制の重要性を訴えました。この「スマートな中国」の姿勢は、特に日本や欧州など、自由貿易を重視する国々との連携を強化する狙いがあります。
しかし、トランプ政権が4月になって相互関税を打ち出す段階になると、中国の対応は変化しました。米国に対して一律関税で対抗する方針を打ち出し、「強い中国」の姿勢を国内外に示しています。
この対応は、中国国内のナショナリズムを高揚させ、国民の支持を固める一方、外国に対しては経済的・政治的影響力を誇示する意図があります。中国は、関税戦争においても屈しない姿勢をアピールすることで、国際社会での地位を維持しようとしています。
中国の日本への接近 経済的誘惑と地政学リスク
米中対立の激化を背景に、中国は日本との経済的関係を強化する動きを見せています。
2025年に入り、中国は日本企業に対して投資環境の改善や市場アクセスの拡大を約束するなど、積極的なアプローチを展開しています。たとえば、中国政府は日本企業向けの新たな経済特区の設立や、規制緩和の提案を行っており、日本企業にとって魅力的なビジネス環境を提示しています。
中国の経済概況
しかし、日本企業は、中国の行動に慎重に対応する必要があります。
確かに、中国市場は依然として巨大であり、経済的結びつきを完全に断ち切ることは現実的ではありません。
2023年の日本の輸出入総額のうち、中国の占める割合は、輸出で17.6%、輸入で22.2%に上ります。この経済的依存度は、日本企業にとって中国市場の重要性を示しています。
一方で、尖閣諸島をめぐる領有権問題や台湾海峡の緊張など、日中を取り巻く地政学リスクは無視できません。2024年には、尖閣諸島周辺での中国漁船や公船の活動が活発化し、日本との緊張が高まりました。
また、台湾をめぐる中国の軍事的圧力は、米国や日本を含む同盟国との関係をさらに複雑化させています。これらのリスクは、米中対立の激化とともにさらに増大する可能性があります。
日本企業の対応 脱中国依存の継続
こうした状況下で、日本企業は中国への依存度を低減する戦略を堅持する必要があります。トランプ政権の関税政策や地政学リスクの高まりを背景に、サプライチェーンの多角化や生産拠点の分散が急務です。以下に、日本企業が取るべき具体的な対応策を提示します。
サプライチェーンの多角化
日本企業は、中国に集中するサプライチェーンを見直し、東南アジアやインドなどへの生産移管を加速を継続する必要があります。
たとえば、2023年以降、日本政府は「中国プラスワン」戦略を支援する補助金を拡充し、ベトナムやインドネシアでの生産拠点構築を後押ししています。パナソニックやトヨタなどの企業は、すでに東南アジアでの生産能力を強化しており、こうした動きをさらに拡大する必要があります。
地政学リスクへの備え
尖閣諸島や台湾をめぐる緊張は、日本企業にとって直接的なリスク要因です。特に、半導体やレアアースなど、中国に依存する重要素材の調達リスクは深刻です。企業は、代替調達先の確保や在庫管理の強化を通じて、リスクを軽減する必要があります。また、日本政府と連携し、経済安全保障の枠組みを活用することも重要です。
中国市場とのバランス
中国市場の魅力は依然として大きいため、完全な撤退は現実的ではありません。企業は、中国市場での事業継続とリスク管理のバランスを取る戦略を構築する必要があります。例えば、現地生産・現地販売のモデルを強化し、中国国内の需要に特化した事業展開を図ることで、地政学リスクの影響を最小限に抑えることができます。
技術流出の防止
中国との取引において、技術流出のリスクは常に存在します。日本企業は、知的財産の保護を強化し、機密情報の管理を徹底する必要があります。特に、AIや半導体などの先端技術分野では、厳格な管理体制を構築することが求められます。
日本企業に必要な冷静かつ戦略的な判断
習近平政権の「スマートな中国」と「強い中国」の二面性は、国際社会における中国の影響力を高める戦略的なアプローチです。トランプ政権の関税政策や米中対立の激化を背景に、中国は日本を含む諸外国との経済的結びつきを強化しようとしています。
しかし、日本企業は中国の誘いに乗じて依存度を高めるのではなく、尖閣や台湾をめぐる地政学リスクを再認識し、脱中国依存の姿勢を継続する必要があります。
サプライチェーンの多角化や地政学リスクへの備え、中国市場とのバランスや技術流出の防止、これらの戦略を組み合わせることで、日本企業は不確実性の高い国際環境において持続的な成長を実現できるでしょう。習近平政権の動向を注視しつつ、冷静かつ戦略的な判断が求められる時代です。
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この記事を書いた人
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和田大樹
Strategic Intelligence 代表取締役社長 CEO
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。特に国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などテロ研究を行う。テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
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