1924年に屋台から始まった江戸政を浜名さんが継ぐきっかけは、義父である先代の死去でした。それまで「継ぐことは考えていなかった」どころか、焼鳥屋をやっていることぐらいしか知らなかったといいます。
義父の死に際し、義母に挨拶するときに自然と出た言葉が「継がせてください」でした。継ぐことが義父に対する親孝行だと、義父が眠る前で義母へ承継する意思を伝えました。
2006年11月、女将である義母と、未経験の浜名さんとの二人三脚で、新生・江戸政が始まりました。皿洗いから始まると思っていたところ、「あなたは3代目でしょ?お父さんと同じとこに立つんだから胸張って。3代目として胸張らなきゃダメだよ」と言われ、浜名さんは初日から焼き台に立ちました。
しかし、女将にもタレの作り方など伝承されていないことが多く、レシピもほぼ残っていませんでした。また、浜名さんの焼きの技術が先代には遠く及ばなかったため、みるみるうちにお客さんが減ったといいます。
このままでは潰れてしまうと感じた浜名さんは、焼きや仕込みの技術を覚えるため外に修業に出ることにしました。しかし、1年半後、女将が体調を崩したため、修業が完全に終わらぬまま、浜名さんは江戸政に戻りました。浜名さんが名実ともに3代目店主となり、妻が新たに女将に就きました。
すぐには客の入るお店になりませんでした。現状を打開しようとするなか、かつて江戸政で出していたという鰻の肝やカシラ焼きを再現することに成功しました。
さらに、浜名さんが仕込みや焼きの技術を高めていくなかで、東日本大震災時に偶然見つかった創業者の手記や仕入れ票からヒントを得てタレも完成。そのころ、インターネットサイトで、江戸政が日本4位として取り上げられ、気が付けば行列が出来るお店と変わっていました。
「江戸政 = 生肉の店」のイメージ広まる
江戸政が提供する料理の本当のおいしさは、鶏肉そのものの味と、仕込み、タレ、焼きの技術にあります。「生たたき」は先代のころからから提供されていましたが、あくまでメニューの一つ。ほかにもかわ、ピーマンの肉詰め、ねぎまなどの名物がありました。(江戸政の「生たたき」は、九州で食されている「鶏のタタキ」とはまったく別メニューです)
しかし、浜名さんが大切にしている味への思いとは裏腹に、「江戸政=生の店」という認識が広まり、同業他社からも調査が入ることも増え、「生の鶏肉を提供しているお店」だという噂を耳にすることが多くなったといいます。
閉店のお知らせを決めた理由
浜名さんは2022年9月18日、Twitter上で生の鶏肉でつくった「生つくね」の危険性を指摘する投稿をきっかけに、江戸政が炎上していると知人から聞きました。当初は「生たたきさえ出さなければ、騒ぎは落ち着くだろう」と考えていました。
そのため当初は「9月20日に生を出さずに営業します」と、Google Mapsの店舗情報に投稿していました。
しかし、後から思い直し、閉店のお知らせを投稿しました。
自分が閉業を決意したのは、SNSでたたかれたからではありません。炎上の原因は自分の認識の甘さが招いたことです。もし自身が運営する江戸政で食中毒を出したら閉店する、は大きな間違いで、この時代だから生タタキはやめるという決断が必要だったにもかかわらずいまだに出していたことに問題があります。騒動の発端は自分が生を出していたことが原因です。指摘されて当然です。
浜名さんは「江戸政=鶏の生食と結びついている現状では、江戸政がたとえ生食を止めたとしても、江戸政が存続する限り、生で食べられる印象が残り、鹿児島・宮崎といった鶏を生で食べる食文化を守る地域に飛び火しかねない」という危機感がきっかけだったと話します。
気がついたときには江戸政を誤った手法でまねしたとみられる「鶏肉の生つくね」を取り扱う店が、すでに生まれてしまっていました。
食品衛生法上は、鶏肉の生食に規制はありませんが、生・半生・加熱不足の鶏肉料理によるカンピロバクター食中毒が多発しており、加熱調理が前提です。厚生労働省によると、日本で起きている細菌性食中毒の中で、近年、発生件数が最も多く、コロナ禍の前まで患者の2000人程度出ていたのがカンピロバクター食中毒でした。
生の鶏肉を食べる文化のある鹿児島県や宮崎県では、独自の「生食用食鳥肉の衛生基準」を設けて、安全確保に努めています。たとえば、宮崎県では、抵抗力の弱い幼児や高齢者には生食用メニューの提供を控え、セットメニューの中にもりこまないこととし、客の求めに応じ提供することを定めています。
浜名さんは食中毒を防止するため、詳しい手法は非公表ながら「仕入れ段階から衛生面で二重・三重の工夫をしていた」といい、これまで保健所から食中毒の連絡を受けたことはなかったといいます。
ただし、厚生労働省は、健康な鶏でも、内臓に食中毒菌のいる場合があり、現在の食鳥処理の技術では食中毒菌を100%除去することは困難であると説明し、加熱調理を呼びかけていました。
そのため、仮に江戸政で今後も問題が起きなかったとしても、衛生管理が不十分なまま、まねされた生食がどこかで食中毒を起こしてしまうかもしれない。浜名さんはそのリスクを考えたといいます。
また、江戸政は生つくね、として提供したことはないが、積極的に否定しなかったことで、インターネットを通じて、「生つくねを提供する店」として広まってしまったことにも後悔しているといいます。
「危険を広めてしまった責任をとるための閉店」
江戸政がなくなれば、そこからコピーされた生食も消えていくのではないか、食文化を守る地域へ迷惑をかけることもなくなるのではないか、と閉店を決意しました。
しかし、誤ってまねられた「生つくね」の提供が続けられている現状に、責任を果たし、その危険性を再度伝えたいと今回、インタビューで話そうと決めたといいます。
「もし宮崎や鹿児島県以外で、江戸政の類似商品を見かけたら、江戸政という店はこの生で閉店したらしいと伝えて欲しい」とし、家庭でつくねを食べる際にも「家庭でもスーパーで買ってきた、つくねを生で食べられると誤解がないようにお願いします」と話しました。
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