ホルムズ海峡、イランが封鎖したらどうなる?「石油のチョークポイント」
杉本崇
(最終更新:)
ホルムズ海峡の周辺地図
アメリカによる2025年6月のイランの核施設攻撃をめぐり、イランの国内メディアは、イランの国会がホルムズ海峡を封鎖することを承認したと報じました。ただ、実施には最高安全保障委員会(SNSC)の最終決定が必要とされています。ホルムズ海峡は、過去にイランが完全封鎖した事例はありませんが、アメリカのエネルギー情報局(EIA)が「世界で最も重要な石油のチョークポイントの1つ」と表現するほどの要衝で、牽制だけでも原油価格の上昇に影響を与えかねません。
ホルムズ海峡とは 封鎖したらどうなる?
ホルムズ海峡は、オマーンとイランの間に位置し、ペルシャ湾とオマーン湾、さらにアラビア海を結ぶ海上交通の要衝です。全長は約160km、最狭部の幅は約33kmですが、それでも世界の最大級の原油タンカーも航行可能な深さと広さがあります。
宇宙から見たホルムズ海峡(NASAの公式サイトから https://www.nasa.gov/image-article/strait-of-hormuz/)
アメリカのエネルギー情報局(EIA)がホルムズ海峡を「チョークポイント」と表現するように、2024年における海峡を通過する原油の平均流量は日量2000万バレルに達し、これは世界の石油消費量の約20%に相当します。ホルムズ海峡を通じて原油を輸出する主要国は、サウジアラビア、イラク、クウェート、アラブ首長国連邦(UAE)、そしてイラン自身です。
特にサウジアラビアは、2024年にはホルムズ海峡を通過する原油流量の38%を占める最大の輸出国です。ホルムズ海峡を経由する原油は、中国、インド、韓国などアジアに多く運ばれており、EIAは「この地域はホルムズの供給混乱の影響を最も受ける可能性が高い」と分析しています。
サウジアラビアとUAEはホルムズ海峡を迂回できるパイプラインを持っていますが、輸送できる量はホルムズ海峡から輸出される量の半分にも届きません。
石油だけではありません。2024年には世界の液化天然ガス(LNG)貿易の約20%もホルムズ海峡を通過しており、主にカタールからの輸出が中心です。
JETROのビジネス短信によると、ホルムズ海峡は日本にとっても要衝です。2024年の中東向け輸出は前年比18.0%増の4兆1924億円、輸入は2.7%減の12兆9739億円でした。国別では、輸出額も輸入額も対UAEが首位で、次いで、サウジアラビア、カタール、クウェートの順となっており、輸送にホルムズ海峡を通る国々も多いといいます。
ホルムズ海峡封鎖が懸念された過去事例
石油輸出の要衝であり、代替手段のないホルムズ海峡はこれまでにも何度か封鎖されるかもしれないという事態に何度か陥っています。イランは、ホルムズ海峡を完全に封鎖した事例はありません。しかし、封鎖が懸念されるだけでも原油価格に影響を及ぼしてきました。
イラン・イラク戦争(1980~1988年)
イラン・イラク戦争は、1980年から1988年まで続いた武力衝突です。両国は互いの石油輸出妨害を目的に、ペルシャ湾を航行するタンカーへのミサイル攻撃や、タンカーの航行ルート上に機雷を敷設しました。その結果、タンカーの保険コストが大幅に上昇しました。
イラン制裁(2011年・2012年)
2011年と2012年にはイランの核開発計画をめぐって、欧米がイラン産の原油を禁輸するなら、イランはホルムズ海峡を封鎖すると警告する事態に発展しました。最終的には、イランが撤回したといった出来事がありました。
第一次トランプ政権による核合意離脱(2018年)
2018年には、アメリカの第一次トランプ政権が核合意から一方的に離脱し、イランへの制裁を再開しました。すると、イランのロウハニ大統領がホルムズ海峡封鎖の可能性に言及し、緊張が高まりました。
タンカー攻撃事件(2019年)
2019年5月以降、日本とノルウェーの海運会社が運航するタンカーなどの商船が攻撃を受ける事態が相次いで起きました。このとき、アメリカの大統領補佐官はイランの関与に言及し、イランは否定していました。
ホルムズ海峡封鎖は現実的か イランにも諸刃の剣
2025年6月13日にイスラエルがイランへの攻撃を開始し、イランとの間で交戦状態となるなか、アメリカのトランプ大統領は日本時間の6月22日朝、フォルドゥ、ナタンズ、イスファハンを含むイランの3つの核施設を攻撃したことを明らかにしました。
イランの国内メディアは、対抗措置として、イランの国会がホルムズ海峡を封鎖することを承認したと報じました。ただ、実施には最高安全保障委員会(SNSC)の最終決定が必要とされています。
イスラエルやアメリカによるイランへの攻撃をめぐり、国内外のメディアで多くの専門家がホルムズ海峡封鎖リスクについてコメントしていますが、イランにとってもデメリットが多く、ほとんどは実現性に否定的です。
一つは、イラン自身も石油輸出をホルムズ海峡に依存しているため、機雷を設置するなど封鎖すれば、イラン経済にも深刻な打撃を与えることになるためです。とくに、イラン産石油の最大の買い手の一つが、政治・経済的にも結びつきの強い中国のため、自国の友好国にも打撃を与えることになってしまいます。
もう一つは、イランとアメリカの間に武力紛争が続く場合でも、海峡の封鎖は、国際法上の違法行為になるおそれがあるからです。ホルムズ海峡は国際海峡に該当するため、あらゆる外国船舶に対して通過通航権が認められ、通過通航は停止してはならないことが原則となります。
また、ホルムズ海峡は、対岸のオマーン側にも面しているため、オマーンの主権侵害なしに完全封鎖は難しいという指摘もあります。
ホルムズ海峡は、オマーン湾(左)とペルシャ湾(右)を結んでおり、イラン(下)とアラビア半島のオマーン、アラブ首長国連邦、カタール(左上から右)を隔てている(NASAの公式サイトから https://www.nasa.gov/image-article/strait-of-hormuz-connects-gulf-of-oman-with-persian-gulf/)
なお残るホルムズ海峡の封鎖リスク
エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は「イラン・イスラエル軍事衝突に伴うエネルギーインフラへの攻撃と長期的リスク」のなかで、「イランは自国を越えた国際的なエネルギー危機をもたらす行為に積極的に踏み切る合理的な理由はなく、あるとすれば自国の体制がイスラエルや米国の攻撃などによって真に存亡の危機(existential threat)にあると認識した場合のみであろう」と分析しています。
ただし、存亡の危機に陥らない場合でも、イランが限定的な措置に訴える可能性は否定できません。国際介入を招くような「レッドライン」は越えないようにしつつ、船舶の拿捕や機雷・ミサイルによる威嚇といった「グレーゾーン」戦略で、原油の一時的な供給不足を起こすことは可能です。
石油が「チョークポイント」を一時的にでも通過できないだけでも、供給が大幅に遅れ、輸送コストが上昇し、世界のエネルギー価格が上昇する可能性があります。また、保険料の高騰や航路変更といったコスト増加要因を引き起こすだけでも、インフレに苦しむアメリカへの圧力になり得ます。
このように「ホルムズ海峡封鎖」に言及すること自体が、イランにとって、最も効果的な牽制手段になるのです。