小倉織物の長女として生まれた、小倉理枝(おぐらりえ)さん。幼いころから、3代目である祖父が早朝に出社して、会社を丁寧に掃除し、神棚に手を合わせ、昼夜関係なく走り回る姿を「かっこいいな」と思っていました。
全盛期には200人いた社員が今では10人以下となり、父が1人で経理・営業・総務・運搬などの作業を深夜までしていること、職人の高齢化や後継者不足に伴い、取引先がどんどん廃業に追い込まれているという状況です。
「とにかく力になりたい」と思った理枝さんは、3歳下の妹である有紀さんと一緒に、立ち上がる決意をしました。そうは言っても、小倉織物がある石川県に2人は住んでいません。
理枝さんは京都在住でアパレル関係の仕事、妹の有紀さんは名古屋在住の専業主婦をしています。それぞれの生活がある中で、遠く離れた家業をどうやってサポートをしていくのか、姉妹は考えます。
ライバルなしの伝統技術を持つ小倉織物
世の中に、競合他社のいない会社が存在します。それが、小倉織物です。
戦前は、紋羽二重、絹織物の小松綸子(こまつりんず)を生産の主力とし、戦後は、いち早く広巾紋織物を輸出および国内向けに生産してきました。
現在は、非常に希少価値の高い伝統工芸である「後染め洋装のシルクジャカード」の専門企業として、日本でほぼ唯一の技術を持ち、国内外の数々のハイブランドの織物を手掛けています。
また他社ができないような高技術の特注織物やドビー織り、平地の織り、合成繊維、ナイロンなどを使った商品も取り扱っています。
幾度に渡る皇室のご来駕、パリコレ出展、TOKYO2020オリンピックの公式スカーフ製作、蚕糸功労賞の受賞など、石川県小松市にある小さな工場の実績は、世界に誇れる実績が並びます。
希少価値の高い職人技「シルクジャカード織り」
「シルク」とは、蚕の繭玉から作られた天然繊維です。保湿性が高く、なめらかな肌ざわりや軽さ・薄さも兼ね備えた高級品というイメージがありますが、その他にも夏は涼しく冬は暖かい、紫外線を通しにくい・静電気が起きにくいなどの魅力も兼ね備えています。
また「ジャカード織り」とは、デザイン自体が生地に織り込まれている織物のことを指します。
生地の上に印刷を施したプリント生地とは違い、模様を直接編み込んでいくので、高級感と自然な立体感が生まれ、さらに糸種の組み合わせによって、幅広いデザインを楽しむことができます。
プリント生地に比べて質感や見た目に奥行きが生まれるため、高級感が出ますし、色褪せや色落ちの心配もありません。
決して遅くはない 私たちが今やらないと
姉妹たちが、日本でほぼ唯一の技術を持つ家業に興味を持ち始めたのは、生まれてから25年ほど経った、ほんの2年前のこと。「今がベストタイミングだったのかもしれない」と理恵さんは言います。
20代前半は自分のことで精一杯の日々でした。姉妹そろって30代が近づき、新しいことに挑戦する気持ちと時間の余裕が生まれてきたと感じているからです。
そこで、まず始めたのが、SNSを使ったPR。社長や職人たちへのインタビューから始めました。
工場で職人1人1人に話を聞いていくと、こんな声が集まりました。
- 織物を織る職人というより、織物を扱う1人のアーティストとして作品をつくっている
- すべての人に織物のすばらしさを知ってほしい
- 技術的にすごく大変。でも、他にはまねできないという自信がある
- 商品が心のよりどころになってほしい
職人たちは「伝統を守らなければいけない」という義務感で織物を織っていたのではなく、本当に純粋に「織物のすばらしさを1人でも多くの人に知って欲しい」「目で見て、手にとって触ってほしい」という気持ちで取り組んでいたことに気が付きました。
姉妹たちの中に「決して遅くはない。その思いは私たちが未来につなげていかないと」という思いが日に日に高まります。
生活必需品から「芸術」へ 姉妹が伝統産業のカタさを打ち壊す
「伝統産業って真面目な響きに聞こえませんか?」と笑いつつ、ふと真剣なまなざしに切り替わり「私たちは、それを打ち破りたい」と力強く訴える理枝さん。
「若い世代の私達だって、いいモノの良さは十分に理解できる。とにかく、おカタいのが嫌なんです」と話します。
Instagramにある小倉織物姉妹というアカウントを見ると、今風のファッションに身を包んだ2人が伝統工芸であるジャカード織りや工場内をわかりやすく紹介しています。
2人は、伝統産業のカタさを打ち壊して、1人でも多くの人に知ってもらうことが「made in japan」を守ることであり、人々の生活の必需品として活躍した織物を、令和の時代は「芸術」として発信していくことが、後継ぎの使命だと考えています。
伝統をすべて守っていくことは不可能であり、自然と淘汰されていく運命の中で、人々が「失いたくない技術や商品」は自然と残っていくはず…‥それを「伝統」と呼ぶのだと理枝さんは解釈しています。
課題は山積み そこでクラウドファンディングに挑戦
小倉織物には、現在課題が山積みです。職人の高齢化・後継者不足により技術が途絶えてしまう・取引先の廃業・輸送費や原料である蚕の生糸相場の高騰・廃版になった機械の修理・工場の老朽化などです。
中でも職人の高齢化や取引先の廃業問題は、繊維業界全体で抱えている、とりわけ大きな課題です。
姉妹は、小倉織物だけではなく、絹織物業界全体の再興を目指していこうと考えています。ただし、まずは自分の会社を何とかしなければなりません。
「今までのやり方だけでは無理。知名度を上げる、新しく売り上げの柱を増やすために、創業以来はじめてとなる個人向けのオリジナルブランドを立ち上げる」と決めました。
しかし、会社には新規事業に着手する余力がありません。そこで、挑戦したのがクラウドファンディングです。
たくさんの人に「小倉織物」「シルクジャカード織り」について知ってもらうと共に、新しいブランドの立ち上げと商品製造のための資材調達費を集めるため、協力を求めました。
2023年2月15日よりスタートしたクラウドファンディングは、1カ月も経たない3月9日に77人からの支援で目標金額である100万円を達成。現在は、リターン品であるスカーフの商品開発に取り組んでいる最中です。
集まったのは資金だけではなく 新たな縁も
クラウドファンディングを通して集まったのは、資金だけではありません。
新たな縁も続々と生まれています。紹介ページやSNS投稿をきっかけに、遠くはニューヨークやフランスから、国内では広島や名古屋など、小倉織物のことをはじめて知って、興味を持った人たちが石川県の工場を訪ねてきているのです。
姉妹の動きがカタチとなって現れてきていることを、父であり社長でもある久英さんは、新たな縁が結ばれる度に、ひしひしと感じています。
理枝さんも「自分が動いた分だけ、反応が返ってくる。これからもどんどん発信していきたい」と手ごたえを感じるとともに、ある1つの感情が彼女に芽生えてきました。
実は後継ぎになりたい でも、まだなれない
「大木(たいぼく)は倒れても新芽が生えてくる。娘たちが挑戦してくれていることは新芽だ。その新芽が、将来大木になる可能性は大いにある」と父である社長は期待をする一方で、自社だけでは解決できない繊維業界の将来を危惧しています。
小倉織物は通糸屋(つじいとや)、撚糸屋(ねんしや)など、繊維業界内での大切な横のつながりのもと、成り立っていますが、どこも職人の高齢化や後継者不足により、「未来が見えない」「廃業を選択せざるを得ない」状況になっているからです。
「娘たちが一生懸命に動いてくれるのは嬉しい。でも、父としては子どもたちが繊維業界で生きていく未来を心配している」と話すその表情は、経営者ではなく、父親そのものです。
一方、娘の理枝さんにも、新たな感情が芽吹いています。
「私は後継ぎになりたい。でも、会社はまだそんな状態ではない。お父さんが私にお給料払ってくれるようになるまで、今は社外から家業をがっつりサポートしていきたい」と、笑顔で話します。
明治から受け継がれてきた会社の芯を残しつつ、令和だからこその新しい形で、会社と自分達をイノベーションしていくのが、姉妹の大きな目標です。
たとえ、後継ぎが遠く離れた場所で暮らしていても、他に職業があっても、それでもできることはあります。小さな動きだとしても、些細なことだとしても、必ず家業を支える力となります。
「家業を思う気持ち」「家族を助けたい気持ち」があれば、いつでも新たな一歩を織りなすことができるのです。