ダイヤは1946年、大阪市生野区で和菓子工場を営んでいた多田さんの祖父・定男さんが「ダイヤ製パン」として創業しました(71年に社名を「ダイヤ」に変更)。進駐軍から支給された小麦粉を使って作り始め、徐々に製造量を増やしていきました。当初は学校給食用のパンを作っていたといいます。
63年、大阪・梅田の地下街「ホワイティうめだ」が開業した時にベーカリーを出店しました。サンドイッチや調理パンが人気で、梅田のオフィス街に勤める会社員や大阪駅周辺のデパートへの買い物客らに人気となりました。周囲の店舗が次々と入れ替わる中、60年間にわたって営業を続けています。
82年からは店名を「クックハウス」に変更します。かつては夕食用に買って帰る客が多く、夕方ににぎわう店でしたが、次第に朝食や昼食用に買う人が増えたため、多田さんの父・広(ひろむ)さん(75)が社長だった98年ごろに店内で飲食できるようカフェスペースを新設。開店時間も早めました。
2004年に大阪の近鉄上本町駅の「駅ナカ」にも進出したことを機に、大阪各地の駅ナカへの出店を重ねました。23年4月現在、大阪府内と奈良県内に計24店舗を運営しています。正社員は82人(2023年5月時点)です。
それまで父・広さんから家業に入るよう話をされることはなく、多田さん自身もそのつもりは「全くなかった」と言います。しかし、就職してからは「俊介が戻ってきてくれたらなあ」と時折、言われるようになりました。それでも多田さんにその気はなく、そうした話題ははぐらかすようにしていたそうです。
入社後は仙台に赴任した多田さんは、東北電力のシステム開発というビッグプロジェクトを任されるなど、やりがいを感じていました。仙台で妻・佑衣さんと結婚したこともあり、「家業には戻らず、一生仙台で過ごしたいと考えていました」。
ところが、仙台赴任中の2011年に東日本大震災が発生し、顧客の東北電力は被災した電力インフラの復旧などを優先せざるを得なくなりました。携わっていたプロジェクトも大幅に縮小されることになったことから、多田さんは同年8月に大阪事業所に転勤することになりました。
大阪に戻ったことで、実家に行き来する機会が増え、再び広さんから「戻ってこないか」と言われることが増えました。多田さんは当時、連日遅くまで働くような生活で、そのころに長女が生まれ、家庭や子育てと仕事とのバランスを取りたいと考えるようになっていました。
次第に「今よりは働き方をコントロールできそう。家業を手伝ってもいいかな」という気持ちに傾いていった多田さん。13年に退職し、ダイヤに入社することになりました。
受発注管理ツールを導入
ダイヤに入ったころの肩書は「統括本部マネージャー」。特定の担当業務があったわけではなく、社内のあらゆる会議に出たりベテラン社員や取引先の担当者らから教えてもらったりして、徐々にパン業界や日常業務について学んでいきました。
ITとは畑違いの業界のため、当初は商品や資金の流れがわからず苦労しましたが、パンの製造や販売はベテラン社員らに任せて、多田さん自身は会社とパン業界の全体の流れを把握しようと努めました。
その過程で最も疑問に感じたのが、取引先と電話と手書きのファクスで受発注のやり取りをするなどの「旧態依然とした紙文化」(多田さん)でした。かつて最新のITシステムに関わっていた立場として、業務のプロセスをIT化したいと考えたのです。
当時のダイヤでは、どんな材料をどこからどれだけ仕入れていたかや、廃棄ロスの発生量といった全体像が十分に把握できない状態でした。取引先ごとにファクスに書かれた数字をパソコン上でエクセルに転記する作業が必要だったり、ファクスの送信ミスも多かったりして業務効率も悪く、労働時間が長引く原因にもなっていました。
そこで多田さんは受発注をシステムで管理できないか、検討し始めます。最初は自社でシステムを構築しようと見積もったところ、500万円ほどかかることがわかり断念。安価な改善策を探したところ、食品製造業界や外食業界の多くで使われている受発注管理ツールがあることがわかり、導入を提案しました。
このツールはクラウドで利用できるため初期費用もさほどかからず、父・広さんも特に反対しなかったため、17年1月に導入が決まりました。
社員に芽生えたコスト感覚
当初は社員らが使い勝手がわからず混乱もありましたが、多田さんは理詰めではなく「必ず役に立って、楽になります」と繰り返し説明。社員らも次第に慣れて移行が進みました。発注ミスなどがなくなったほか、紙の伝票の管理・集計などの単純作業も減り、残業時間も減っていきました。
「一番のメリットは、仕入れ状況をデータで分析できるようになり、社員みんなにコスト感覚が芽生えたことです。より安くて品質のいい仕入れ先に統一したり、価格交渉をしたりすることで、年120万円ほどのコスト削減ができました」
多田さんはタイムカードで行っていた社員らの勤怠管理も15年5月、パソコンや指紋認証で打刻できるシステムに変えました。変更前は、管理職がタイムカードを見ながらエクセルに打ち込む形で部下のスタッフの労働時間と給与を計算していました。そうした処理を効率化したことで、まず管理職の残業時間が減りました。
「パン屋」と言えば「朝が早い」というイメージがあるように、一般的には長時間労働の実態があります。ダイヤでもかつては同じ課題がありましたが、勤怠管理のシステム化後は、残業時間が多いスタッフへの対応などが迅速になりました。結果的に平均残業時間は全社で10分の1、1人平均で月間20時間から2時間程度に減りました。
「やはり働きやすい職場でないと、いい人材が集まらないと考えています。パン業界は深夜残業など労働時間が長くなりがちですが、働き方を変えることで離職を防ぐ効果が大きくありました。業界全体でも『パン屋は働きやすい職場』となればうれしいです」
サンドイッチ専門店が評判に
14年には新たなブランド戦略を仕掛けます。クックハウスの主力商品であるサンドイッチに特化した専門店を、高島屋大阪店とコラボして同店内に開業しました。店名は創業時の原点に立ち返って新たなチャレンジをするという想いを込めて「ダイヤ製パン」にしました。
サンドイッチは、天候の影響などで挟む野菜などの食材を安定した値段で仕入れられないため、利益率が変動しやすい「難しい商品」(多田さん)とされています。ダイヤは高島屋にもかけ合って、季節に合わせて年4回、価格を変更できるようにして売価をコントロールし、なるべく利益率の上下がないようにしました。
安価な業務用の材料を使うと味の差別化が難しくなるため、具材は全て自社工場でつくったりブレンドしたりして独自の味を生み出すことにしました。
「(300円台から900円台までが中心の)お求めやすい価格内で見た目やおいしさという品質の高い商品にするため、創業以来積み重ねてきたレシピで手作りにこだわり、おいしさを追求しました。商品ごとにコンセプトを見極めて開発しました」
開店すると、“昭和”なレトロ感の一方でカラフルなサンドイッチやフルーツサンドが「映える」と、瞬く間に人気店に。他社製のサンドイッチと違って、サンドイッチ専用に配合した食パンや自社工場でつくった具材などでオリジナリティーを出していることもアピールすることで、売り上げは事前の想定の1.5倍を記録。今では阪神百貨店梅田店など大阪市内の四つのデパートで展開しています。
コロナ禍からの売り上げ回復
多田さんは20年7月、社長に就任しました。同年春に起きた新型コロナウイルス感染症の拡大で混乱が続いていましたが、父で前社長の広さんら経営陣の「厳しい経験をすることも経営者として大切だ」という総意で決まりました。
コロナ禍では店舗を一時休業せざるを得ず、20年5月の売上高は前年同月比で60%まで減少。同年夏には営業を再開しましたが、客足は伸びず厳しい状態が続いていました。多田さんは店舗で販売していたパンやサンドイッチの種類を80から60に、工場から各店舗への配送の回数を1日3回から2回に減らすなどしてコストを切り詰めました。
他にも、一部店舗で行っていたパンやサンドイッチの製造・調理を本社工場で全て一括して担い、各店舗に配送する「セントラルキッチン」方式を徹底しました。そうした努力もあって、20年度はコロナ前の79%に落ち込んだ売上高は、21年度に同83%、22年度に同93%と戻ってきました。
一方で新商品開発にも積極的に取り組んでいます。21年6月には、大阪府と府政の広報に協力する協定を締結し、府のマスコットキャラクター「もずやん」のイラストを焼き印したミルクパンやクリームあんパンなどを発売しました。
他にも大阪府とは、25年の大阪・関西万博のお土産商品として、大阪府産のイチジクを材料にしたクッキーサンドを共同開発。日本政策金融公庫とも、余ったパンの耳を活用した新商品を開発するプロジェクトも進めています。
こうした新商品開発や販売促進キャンペーンなどを積極的に展開できるようになったのは、勤怠管理システムの導入で労働時間を削減し執務環境を改善できたことが背景にあると、多田さんは考えています。受発注管理システムの導入によって、コロナ禍で売り上げが激減した際にも原価の見直しを迅速に行えたことで利益率を改善でき、危機を乗り越えたと考えています。
地域に根ざした「しあわせ経営」
多田さんには10歳の長女と6歳の長男がいます。どちらにも将来のことは特に話しておらず、多田さんがダイヤの社長を務めていることも明かしていません。
「私自身も最初は好きな仕事をやって、異なる分野の経験を経てダイヤに戻ってきました。子どもたちにはまず好きな職業を自分たちで選んでほしいです。将来、結果的に来てくれるなら大歓迎です」
働きやすい職場に変革したダイヤの今後の展望については次のように語りました。
「近年、『Well-being(ウェルビーイング)経営』という考え方が注目を浴びていますが、私たちも社員、お客さま、お取引先、農家の方など、パンにかかわる全ての方をしあわせにできる『しあわせ経営』を推進していきたいと考えています。社員自身も大阪でパン屋を営むというこだわりが強い人が多く、地域に根ざした企業としてもより貢献していきたいと思います」