反対されても諦めない覚悟 サイボクはブランド一新で「あるべき姿」に
ブランディングデザイナーの西澤明洋さん(46)=エイトブランディングデザイン代表=の連載2回目は、埼玉県日高市のサイボク(旧埼玉種畜牧場)を取り上げます。3代目社長の笹﨑浩一さん(40)がリブランディングを進め、自社牧場で豚を育て、精肉やハム、ソーセージなどの加工肉の製造、直営店での販売まで手がける一貫生産体制を前面に打ち出しました。当時社長だった父を3年かけて説得し、ロゴやパッケージ、組織体制などを一新しました。
ブランディングデザイナーの西澤明洋さん(46)=エイトブランディングデザイン代表=の連載2回目は、埼玉県日高市のサイボク(旧埼玉種畜牧場)を取り上げます。3代目社長の笹﨑浩一さん(40)がリブランディングを進め、自社牧場で豚を育て、精肉やハム、ソーセージなどの加工肉の製造、直営店での販売まで手がける一貫生産体制を前面に打ち出しました。当時社長だった父を3年かけて説得し、ロゴやパッケージ、組織体制などを一新しました。
目次
1976年、滋賀県生まれ。大手電機メーカーのインハウスデザイナーから独立。「ブランディングデザインで日本を元気にする」というコンセプトのもと、企業のブランド、商品、店舗開発など幅広いデザインを手がけている。「フォーカスRPCD®」という独自手法でリサーチからプランニング、コンセプト開発まで一貫性のあるブランディングデザインを強みとする。主な仕事にクラフトビール「COEDO」、抹茶カフェ「nana’s green tea」、スキンケア「ユースキン」、ヤマサ醤油「まる生ぽん酢」、ブランド買取「なんぼや」、手織りじゅうたん「山形緞通」など。著書に「ブランディングデザインの教科書」(パイ インターナショナル)などがあり、特集雑誌「デザインノート『西澤明洋の成功するブランディングデザイン』」(誠文堂新光社)も発刊した。
1946年に創業したサイボクは、豚の飼育から加工品の製造、販売まで手がける一貫体制が旗印です。代表銘柄「ゴールデンポーク」のハム・ソーセージなどが評価され、欧州の国際食品品質コンテストで1045個の金メダルに輝きました。本社敷地に「豚のテーマパーク」を構え、東京ドーム2個分の敷地で豚肉のレストランや直営店、天然温泉施設などを運営しています。
笹﨑さんは創業者笹﨑龍雄氏の孫にあたり、2011年にサイボクに入社しました。製造現場や直営店での販売などを経験する中で、入社2年後くらいからパッケージやラベルに課題を感じるようになりました。
「既存の商品やデザインに問題はなかった」とした上で「装いであるラベルやパッケージデザインに統一感や品質感がないことが課題でした。ブランドとしての統一感を出し、商品の品質に見合ったパッケージにすることで、もっとお客様に喜んでもらえるのではと考えました」と言います。
勉強を重ねる過程で、経営という文脈でデザインを捉えるブランディングの必要性に気づいたといいます。
「各事業部がそれぞれ独自に商品に最適なパッケージやラベルをデザインしていて、属人化が起きていました。それはルールを作っていなかった経営側の責任です。パッケージのデザイン変更という部分最適の単一施策ではく、全体を俯瞰し、整合性を持った全体最適のデザイン変更が必要だと考えました。そしてデザインにおける経営指針の必要性も浮かび上がってきたのです」
しかし、当時社長だった父の静雄さん(現会長)からは「第三者のデザイナーにできるのか」と反対されました。
↓ここから続き
静雄さんはパッケージなどを自ら監修し、デザインに深い知見があったといいます。笹﨑さんは「だからこそ、それを実現する難しさを感じていたのだと思います。発案者の私が会長に信頼されていなかったのも、賛成してもらえなかった理由の一つでした」。
会長に伝えてからリブランディングに着手するまで3年以上かかったといいます。でも「会社にとって必要なものという確信があったので、何があっても諦めない覚悟で、来期の計画を話し合う場では、必ず議題にあげていました」。
当時は製造部長だった笹﨑さんを後押ししたのが、現常務の平野政則さんでした。
「当時、平野さんは私の考えに唯一理解を示してくれた人でした。私が会長にリブランディングについて説明するとき、平野さんはいつも『絶対に取り組むべきです』と後押しをしてくれました。平野さんは会長から信頼を得ている方で、私と同じことを言っても、会長への伝わり方が全然違うんです。そんな人がいてくれたことは心強かったです」
リブランディングの必要性が少しずつ浸透し、静雄さんも理解を示すようになりました。
笹﨑さんは外部のデザイン会社を探す中で、静雄さんと一緒にエイトブランディングデザイン代表の西澤さんの講演を聴く機会をつくりました。
「実際にお会いして一緒に伴走してくれる印象を受けたことに加え、『パッケージデザインのみの仕事は受けない』と言われたのも理由です。私もパッケージを新しくするだけでは、課題は解決できないと考えていたので、逆に安心しました」
西澤さんは著書「ブランディングデザインの教科書」でも「エイトブランディングデザインは御社のデザイン部みたいなもの。僭越ながら僕はデザイン部長みたいなもの」と書いています。
僕たちはデザインを外部で受ける外注先というよりも、経営の中に一歩踏み込むイメージで伴走しています。経営は経営者がリードするものですが、ブランディングデザイナーは経営をどのように具現化するかを考え、形にしていくことが仕事です。経営はシンプルに言えば「商売」です。たとえ販売の経験がなくても、コミュニケーションのプロとして、その言葉が売り場で「伝わるか、伝わらないか」を考え、そのブランドに最適な形をデザインしていきます。
リブランディングは16年9月から始動しました。社内のワークショップには、笹﨑さん、静雄さん、平野さんのほか、販売や営業本部の30代を中心とした中核メンバーを選びました。
ワークショップを始めるにあたり、笹﨑さんは全スタッフにリブランディングについて説明しました。ワークショップに参加した企画・広報課長の吉田英晃さんは「私を含め、スタッフのほとんどはブランディングについて理解しておらず、ロゴやパッケージが変わるといった認識だったと思います」と振り返ります。
笹﨑さんは「今っぽくデザインをかっこよくしたいだけ、と捉えていた方は少なくなかったでしょうし、きっと会長もそう思っていたはずです。ブランディングは数十年くらいかけて取り組む施策だと理解しているので、走りながら少しずつ理解してもらうしかないと考えていました。今もそう思っています」
ワークショップでは、サイボクの強みや弱み、改善点、強調したい方向性やサービスなどを洗い出します。メンバーはもちろん、それ以外のスタッフも「宿題」に取り組みました。
西澤さんはサイボクの強みについて次のように話します。
最も独自性が強いと思ったのは種豚から育て、製造から販売まで自社で手がける「一貫生産体制」です。ただ、サイボクならではの価値がうまく伝わっていない印象もありました。生活者に独自性がきちんと伝われば、同じ商品でも売れ行きはより伸び、価値に見合った価格をつけることができる。そうしたコミュニケーションに必要なのが、コンセプトになります。
「他社との違い=自社の本当の価値」をコンセプトとして社内外に発信し、人から人へ、伝言ゲームのように伝わることがブランディングの本質になるのです。
サイボクではコンセプトを考える前に、テーマを検討していきました。西澤さんはこう解説します。
コンセプトのコピーや、ロゴマークやパッケージを刷新することが、ブランディングと捉える人も少なくないでしょう。もちろん、コピーやロゴマークの質の高さを追求することは大切ですが、それはブランディングのゴールではありません。
コンセプトはあくまで自社の独自の価値を集約したものです。各事業の施策を考えるときもコンセプトに沿っているかが判断基準の一つになり、ブランドとしての一貫性が保てます。ただ、コンセプトをいきなり考えると、コピーの完成度を追求してしまう傾向があります。
そこでコンセプトの前に、各施策を横断するテーマを考えるようにしています。サイボクでも各自が自社の強みをもとにテーマをつくり、精肉、加工肉、ギフト、プライベートブランド、レストラン、温泉などの施策に落とし込む場合、どういった内容になるか考えていきました。
ワークショップを重ねる中で、笹﨑さんは、西澤さんと静雄さんとのやり取りが忘れられないといいます。
笹﨑さんによると、静雄さんは西澤さんに「現場に聞いたら、デザインを変えたくないと言っていた」と切り出しました。しかし、西澤さんは一歩も引かず「人間は『変わりたくない』というバイアスが必ずかかります。それは一度置いておき、どのようなブランドになりたいかをまず考えていきましょう」と返しました。
笹﨑さんは「西澤さんは逃げずに父と正面から向き合いながら、ブランディングのかじ取りもしてくれました」
エイトブランディングデザインのブランディングデザイナー清瀧いずみさんのサポートも手厚かったと、笹﨑さんは言います。
「あるとき清瀧さんが『鹿を解体するワークショップに個人的に参加した』と何げなく話してくれました。養豚から手がける私たちの活動の本質を理解しようと努めてくれている姿勢に、とても驚いたことを覚えています」
プロジェクトではさまざまなワークショップを通じて、サイボクの一貫生産体制の強みを表すコンセプトが決まりました。それが「ミートピア 豚からはじまる物語」です。
「ミートピア」は1974年、静雄さんがビジネスモデルの転換を図ったときの事業構想の名前でした。肉の「meat」と、出会いの「meet」、そして理想的な世界という意味の「ユートピア」を掛け合わせた造語です。
笹﨑さんは「養豚の6次産業化に向けて一貫生産体制を構築するための構想で、会長が父親である創業者に提案したものでした」と説明します。
スタッフは全員「ミートピア」という言葉を知っていて、店内アナウンスでは「ミートピアサイボクハムにご来店いただき、誠にありがとうございます」と言うように教えられ、名刺にも記載されていました。
「だけど、ミートピアがどうやって生まれ、どんな思いが込められているかを知っていたスタッフはほぼいなかったと思います」(企画・広報課長の吉田さん)
吉田さんはこう振り返ります。「お肉のmeatとユートピアを掛け合わせた言葉だろうと思っていましたが、笹﨑(静雄)会長がワークショップで『出会いのmeetも含まれている』と説明してくれました。『おいしいお肉や人と出会い、色々な話をする場をつくるためにミートピア構想を考えた』という話を聞き、サイボクの施設内に広場やアスレチック、温泉があることにも納得できました」
コンセプトの役割について、西澤さんはこう話します。
サイボクの場合、一貫生産体制のベースにあるのが豚です。豚から全てが始まっていることが直感的に伝わる言葉として、すでに「ミートピア」がありました。それを無理やり変えないで、サブコピーとして「豚からはじまる物語」を加えることでブランドコンセプトが完成しました。各事業部は「ミートピアを実現する」という目的に向かって、豚にまつわる商品やサービスを生活者にどうやって届けるか。コンセプトはその判断基準となります。
今回のリブランディングでは「サイボクハム」というブランド名を「サイボク」に変更。ロゴをはじめ、パッケージデザインやカタログ、ウェブサイト、ショッピングバッグ、看板などもリニューアルしました。
以前のロゴは翼を付けて羽ばたく豚のデザインでした。ドイツ文化における「幸福の象徴」である羽根のついた豚、というシンボルを日本に取り入れたのです。しかし、日本の消費者からは天国に向かって旅立つようにみえ、一部ネガティブなイメージの誤読を誘発していたといいます。
新しいロゴマークは、豚の横顔を採用しました。デザインの狙いについて、西澤さんは次のように説明します。
種豚から育て、豚と向き合い続ける誠実な思いが伝わるように、ロゴマークは子豚の横顔をモチーフにしました。ブランドカラーの赤も、上質で落ち着いた色合いにリニューアルしました。ハムやソーセージなどの加工肉のパッケージは、汎用性の高い透明の容器を開発。細いリボンのデザインで品質の高さを表現しています。
また、ロゴの子豚は、園内で活躍するキャラクターのデザインに展開していく設計となっています。
豚のキャラクターも一新しました。以前は社内に複数のデザインがあり、統一感が出ていませんでした。これを、豚の品種から取った、ヨーク、ロック、バークという三兄弟に統一したのです。
ブランディング後、笹﨑さんが特に印象に残っているのは、お客さんの反応でした。「豚のキャラクターを一新し着ぐるみも作り直すと、お客様に『かわいい!』と言われることが増えたんです。想定していなかったリアクションで驚きました」
一連の改革はスタッフからほとんど反対されなかったといいます。ブランディングがうまくいくコツについて、西澤さんはこう説明します。
それは、社員の方々を巻き込んで一緒につくることです。ブランディングの骨格となる、コンセプトやステートメント、ロゴなどを決める初期のフェーズが特に重要だと思っています。「同じ釜の飯を食べる」感覚でワークショップに取り組み、各担当者が自部門に持って帰り分科会を開くのが理想的な形です。サイボクの場合、約1年半にわたったプロジェクトを通じて「自分の意見を言う」というカルチャーづくりにも貢献できたと思っています。
笹﨑さんが最も苦労したのは意思決定だったと言います。
「会長をはじめ、長年サイボクで働く先輩たちにとっては、愛着があるものを手放すことなので、とても申し訳ないと思っています。会長がつくってきたものを尊重したい気持ちと、未来のために自分がやるべしという気持ちがぶつかりあった時間でもありました」
静雄さんが作ってきたものは、その時代に十分役割を果たしてきました。それを時代に合わせてアップデートしていくというだけで、静雄さんが手がけてきたことの否定にならないよう、配慮したといいます。
リブランディングは2018年4月にローンチし、笹﨑さんは全スタッフへの説明会を開きました。ブランド推進室も立ち上げ、笹﨑さん自ら室長も兼務しています。
「コンセプトやデザインのルールを、形骸化させないことが目的です。ブランディングは10年、20年と取り組む施策です。高い視座と長い時間軸で見守る必要があると考えました」
「具体的には、直営店のプライスカードやポップなどがデザインのルールから逸脱していないかチェックしたり、商品開発の方向性なども決めたりしています。いわば攻めと守りの両方を担う部署です」
本店の店長も務めた経験がある吉田さんは、ポップやプライスカードを独自に手書きする店側の気持ちは誰よりも理解しており「お客様に情報を伝えたいという前向きなアクションで悪気はないんです」と言います。
「ただ、ブランドカラーやフォントなどを統一したプライスカードのほうが、お客様に丁寧につくられた商品の価値が伝わりますよね。そういう話を各店の店長にすると、みんな納得してくれます。何度も粘り強く伝えることが重要です」
豚の飼育や加工現場の仕事は、サイボクの価値を生み出す源です。牧場や工場のスタッフにもブランディングが浸透するように、掲示物や配布資料などには必ず新しいロゴを掲載するなど、小さなタッチポイントも大切にしています。
牧場部門の一端を担うサイボクファームで働く人たちには、自分たちで育てた豚を食べることができる仕組みを構築。製造部では月1回、同業他社と自社商品の食べ比べをするための予算も確保しています。
笹﨑さんは「自分たちがマーケットの中でどのポジションにいるか把握することが大切です。ブランディングに取り組むために必要な自己理解と考えています」と言います。
現在、直営店のコラボ商品などは、パッケージのリニューアルを機に、継続するかどうか見直しています。その指針となるのがコンセプトの「ミートピア」です。笹﨑さんは次のように話します。
「これまでは商品の種類を拡大し続けてきましたが、サイボクにしかできないものか、コンセプトである『豚から始まる物語』と関係しているのかを見直しました。そして、豚に関連しない新商品は基本的につくらないと決めました」
豆腐や日本酒、ジャムなどの取り扱いをやめました。「決定を下す前に、全て会長(静雄さん)に報告しています」
笹﨑さんは21年6月、社長に就任しました。22年末に総括としてスタッフにリブランディングに関するアンケートを行うと、次のような回答が寄せられました。
23年4月1日から、運営会社名とブランド名を統一するために、社名を埼玉種畜牧場からサイボクに変更しました。リブランディングは今後も継続していきます。
最後に笹﨑さんに、ブランディングに取り組む経営者に求められる姿勢について聞きました。
「大切なのは粛々と続けていくことだと思います。経営はもちろんですが、ブランディングもままならないことが多く、ともすると一喜一憂してしまいがちです。そこで私はブランディングを『数十年単位の我慢比べ』と捉え、歩みはゆっくりでもいいから止まらないようにしようと決めています。」
西澤さんはサイボクのリブランディングを次のように総括しました。
「サイボク」のリブランディングでとても印象的だったのは、3代目社長の笹﨑浩一さんの「黒子力」です。
事業承継のプロジェクトでは現経営陣の方々には席を外していただいて、次世代の方々とプロジェクトを進めることも多いのですが、笹﨑さんには最初からその考えはなく、お父様の思いやサイボクがこれまでに積み重ねてきたものをしっかり受け止めて、それを未来にいかにつなぐかを常に考えられていました。
お父様やスタッフの方々とじっくりひざを突き合わせてプロジェクトを進行されていたという印象があります。とにかくよくいろいろな方のお話を聞かれていたなと。
ご自身が前面に立たれて大きく旗振りするという形ではなく、いろいろな方を立てながら、でも笹﨑さんの考える方向性に徐々に整えていくような「黒子」のようなファシリテーションをされていて、こんなやり方があるんだなと、僕も勉強させていただきました。
デザインもその意をくんでいます。今まであった豚さんのロゴやキャラクターを否定せず、それをしっかり受け止め今の時代にあった形で統一感を作ることに注力しました。もともと築き上げられた豚肉の高い品質感もパッケージで表現することで、新しく作ったというより「本来あるべき形に整えた」というようなブランディングデザインとなりました。
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。