ゴム材料商社として創業した錦城護謨は、戦後、メーカーとしてものづくりをスタートしました。今では家電製品から自動車、スポーツ用品、医療機器まで、年間約5000種類のゴム部品を製造・販売しています。
2002年に家業に戻った太田さんは、リーマンショックの真っ只中の2009年10月、36歳で代表取締役に就任しました。父から社長交代を告げられてから約1ヵ月しかなかったこともあり、「最初の1年は大変でしたね。“借りてきた社長”のようでした」と振り返ります。
「1つ目は、対外的に当社のことを知ってもらうためです。我々はBtoBの会社なので、作った部品がどの製品に使われているかを話せません。“陰で支える錦城護謨から見える錦城護謨へ“という思いがありました」
「2つ目が大きな理由だったのですが、インナーブランディングのためです。当社は多くのゴム部品を作っているので、社員の中には自分が今作っているものが何に使われているのか分からない人もいました。だから、仕事が “作業”になってしまっていたんです」
仕事が作業になるとモチベーションも上がらないし、仕事に対する誇りも持てません。離職率も高く、会社に対する思いも醸成されにくい状況でした。
錦城護謨(きんじょうごむ・大阪府八尾市)の3代目社長太田泰造さん
そこで、太田さんは社員が自信を持って「これが錦城護謨や」と言えるオリジナルプロダクトを作ろうと考えました。ペット用品やラジコンタイヤなどさまざまなアイデアがありましたが、製品が作れなかったり、販売方法が分からなかったりと、最終的に形にすることはできませんでした。
外部デザイナーとタッグ 新ブランドを立ち上げ
2019年、太田さんに転機が訪れます。ものづくり企業と外部デザイナーをつなぎ、世界に通用する新しいプロダクトを作ることを目的とした八尾市の「YAOYAプロジェクト」への参加でした。
デザインコンペで、国内外のデザイナーに自社で扱う素材や技術、強みなどを伝えると、複数のデザイナーからいくつもの新製品の提案がありました。その中から太田さんが選んだのが、 “シリコーンロックグラス”です。
切子ガラスにインスパイアされた高級感あふれるグラス(錦城護謨提供)
「プロダクトは身近にあるものにしたいと思っていました。グラスは、どこの家庭にもありますし、誰もが絶対に人生で1度はグラスを割ったり、割れたところを見たりした経験があるから、割れないすごさが分かりますよね」
シリコーングラス自体は存在していましたが、高級感やデザイン性、高い透明性を備え持つシリコーングラスがなかったこともポイントでした。
ガラスと同等の透明度のシリコーンゴムでできた“シリコーンロックグラス” 。透明度を高めるには高い技術力が求められる(錦城護謨提供)
「世界でも価値貢献できるブランドにしたい」という思いを込め、「KINJO JAPAN」と名付けました。
社員の子どもが「学校で自慢してくるわ」
出来上がったグラスを、太田さんは社員に1つずつプレゼントしました。
シリコーンゴムで作られたグラスは、落としても割れず、使用可能温度帯は-30~200度で、劣化しにくい(同社提供)
ある社員が家に持ち帰り家族に見せたところ、小学生の子どもが「これ、めっちゃすごいから、明日学校に持って行くわ!」と学校で自慢していたそうです。
「仕事や会社の話で家庭の中にコミュニケーションが生まれたことや、社員の自慢になる製品ができたことは、すごい価値があると思っています」
錦城護謨の技術と経験、職人たちの技が詰め込まれた“シリコーンロックグラス”(錦城護謨提供)
「YAOYAプロジェクト」で目標としていたクラウドファンディングをスタートすると、目標金額の939%を達成。2020年7月には、一般販売を開始しました。
2021年、「KINJO JAPAN」はForbes Japanが主催する「SMALL GIANTS AWARD」で関西・中国・四国ブロックのGame Changer賞を受賞しました。さらに、経済産業省近畿経済産業局による「関西ものづくり新撰2021」に選定されるなど、評価を得ています。
コロナ禍で海外進出ストップも「結果的に良かった」
「KINJO JAPAN」は、2020年の台湾展示会への参加と、台湾でのクラウドファンディングを予定していました。しかし、新型コロナの流行により事態は一変します。
「すでにある程度海外展開していたものであれば、オンライン販売という手段もあったと思います。でも、このグラスは0→1(ゼロイチ)の製品のため、動画や写真だけでは魅力が伝わりません。実際に見て触ってもらうためには、展示会に出る必要がありました」
台湾の展示会には製品だけ参加し、その他の計画は一旦ペンディングしました。
「この判断は、結果的に良かったと思っています。その間に製品のラインナップを作る時間ができましたから。その後の展示会での見せ方としても、すごくプラスになりました」
2022年の新製品は“シリコーンワイングラス(左)”や、色付きで透明な“シリコーンロックグラス(右)”(錦城護謨提供)
世界最大級の見本市「アンビエンテ」に初出展
新型コロナの世界的な感染が落ち着きはじめ、2023年2月3日、太田さんは満を持してドイツ・フランクフルトで行われた「アンビエンテ」に出展しました。5日間にわたり開催される「アンビエンテ」は、世界中から企業とバイヤーが集まる世界最大級の見本市です。
「アンビエンテ」の錦城護謨出展ブース(同社提供)
「海外の展示会は、商品を紹介する場ではなく、商談の場です。決定権を持つバイヤーが世界中から集まり、その場で商談がはじまるので、必ずプライスリストや発注書を持っていく必要があります」
商談や契約で間違いがないよう、通訳にいてもらってよかったといいます。
「JETROはもちろん、現地に支店や支社のある取引銀行さんに頼むとすごく力になってくれます。当社はデザイナーさんの伝手で、現地の日本人で英語を話せる方にお願いしました」
「Amazing!」「Wow!」飛び交うブース
“シリコーンロックグラス”を並べ、太田さんたちの初めての「アンビエンテ」がはじまりました。
“シリコーンロックグラス”は、一見普通のガラスのグラスに見えるため、スルーしていくバイヤーが多くいました。少しでも話を聞いてもらおうと、みんなでグラスを見せながら声が枯れるまで懸命に呼び込みました。
多くのバイヤーが訪れた錦城護謨のブース(同社提供)
「グラスをぐにゃぐにゃしすぎて、指に“シリコーンロックグラスまめ“ができました(笑)」
足を止めたバイヤーからは”Amazing!”、”Wow!”などの言葉が飛び交っていました。
「飲むためのツールであるグラスが、サプライズや感動、コミュニケーションを生む…この製品のオンリーワンな面白さは、海外でも通用すると感じました」
「グラスを貸して!」と言ったイタリア人のバイヤーが、その場でシリコーングラスをぐにゃぐにゃしながらTik Tokの配信をはじめたこともあったといいます。
「実際に見て触ったら、そこにサプライズがあり、心が動きます。心が動くと、人は絶対に買いたくなったり、誰かに伝えたくなったりしますよね」
海外の展示会「ビジネスカードの価値が重い」
「アンビエンテ」に参加した太田さんは、日本と海外の展示会にはたくさんの違いがあることを実感しました。例えば、1年目から商談になることはほぼないことや、ビジネスカードの交換に対する考え方の違いです。
「バイヤーからすると、1年目は製品の理解はできても、出展している会社がどんな会社か分からないじゃないですか。だから、初年度は契約に結び付けるのが難しいんです」
2年、3年と続けて出ることで『ちゃんとした会社なんだ』と信用、信頼していってもらい、2年目以降はその場で商談になるのが、海外の基本的な商習慣だといいます。
「また、向こうの展示会では、展示場所が変わりません。場所を取られてしまったらもう戻れないので出続けないといけない、というが基本的な考え方。だから、出る限りは、ある程度継続して出続けることを想定した方がいいと思います」
海外の展示会では、“とりあえず”とビジネスカードの交換をしません。
「話して興味を持ち、継続してやりとりをしたいと思った相手とだけビジネスカードを渡します。それだけビジネスカードの価値が重いんですよね」
アンビエンテに参加したメンバーたち(錦城護謨提供)
交換したビジネスカード200枚 商談も2件成立
まずやってみよう!の精神で参加した「アンビエンテ」でしたが、終わってみると2件の商談が成立。世界中のバイヤーたちと交換したビジネスカードは、200枚を超えていました。
「展示会は出たら終わりではありません。これからバイヤーさんたちとどう連絡を取り商談につなげていくかが、今後の課題です。今回学んだ商習慣の違いを生かし、来年、再来年と継続して出展することで、新たなビジネスにつなげていきたいです」
今後の海外販売について、太田さんはさまざまな打ち手を考えています。
「越境ECには、少ないリスクで海外展開できる魅力があります。注意すべきは、価格設定。越境ECでの価格が、現地のディストリビューターさんが卸しで売る価格より安くなってしまうといけないので、そこだけは気をつけた方がいいですね」
デザイン賞への応募にも意欲をみせます。
「このプロダクトはデザイン的に優れているので、デザイン賞を取り、認知を上げていきたいと思います」
インタビューに答える太田さん
社員の成長にも目を向ける太田さん。一緒に参加した社員はみんな「行って良かった」と言ってくれると笑顔を見せます。
「これは“おまけ”かもしれませんが、いい意味でがんばったら海外に行けることは仕事のモチベーションにもつながるのではないかと思います。お金で買える経験ではないですし、社員の成長にもつながるのではないでしょうか」
Made in Japan、今なお信頼感
昨今、日本のものづくりが衰退していると言われています。しかし、太田さんが「アンビエンテ」で感じたことは、まったく違っていました。
「海外の方の『Made in Japan』に対する価値や信頼感をすごく感じました。プロダクトのクオリティへの評価はとても高いですし、『日本のものだと安心』だと思われていることを肌で感じました。日本のものづくりは、まだまだいけると思います」
シリコーンロックグラスの製造過程
日本の少子高齢化が進むなか、海外進出を検討している中小企業は少なくありません。
「プロダクトによって展示会に出る価値には多少差がありますが、海外には本当にいい製品が広がるチャンスがまだまだたくさんあると思うので、ぜひチャレンジしてみてください。海外では、会社の規模に関わらず『日本の企業』として見てもらえます。企業の規模感を超えて戦えることは海外に行く価値ですし、『Made in Japan』の強みも含めて、挑戦する価値はあると思います」