「斜陽」のハンコで描いた成長曲線 岡田商会2代目のキャラクター戦略
大阪市淀川区のハンコメーカー岡田商会は、かわいらしい猫をデザインした「ねこずかん」というハンコを大ヒットさせ、手塚治虫作品やポケモンといった人気キャラクターとコラボしたハンコも手がけています。仕掛けたのは2代目で常務の岡山耕二郎さん(46)です。後継ぎとして失敗を経験しながらも赤字が続いた家業をV字回復させ、海外進出も目前にしています。
大阪市淀川区のハンコメーカー岡田商会は、かわいらしい猫をデザインした「ねこずかん」というハンコを大ヒットさせ、手塚治虫作品やポケモンといった人気キャラクターとコラボしたハンコも手がけています。仕掛けたのは2代目で常務の岡山耕二郎さん(46)です。後継ぎとして失敗を経験しながらも赤字が続いた家業をV字回復させ、海外進出も目前にしています。
岡田商会は1980年、岡山さんの父で現社長の嘉彦さんが、営んでいた電気販売店をたたんで立ち上げました。従業員数は現在20人ほどで、年商は約3億5千万円。通販サイトの売り上げが65%、印材卸が30%、あとの5%がPR事業です。
2016年から販売する「ねこずかん」は累計3万本のヒット。その派生商品の「どうぶつずかん」、仏像や浮世絵など日本文化を表現したものや、人気アニメやゲームとコラボした商品まで、現在67シリーズのハンコをそろえ、デザインのパターンは2千種類にものぼります。
創業当初は業界の羽振りもよく、ハンコ文化は廃れないと見越しての船出でした。しかし、岡山さんが大学卒業後の2000年に岡田商会に入社したころは「斜陽」の色を濃くしていました。
「大学4年生のとき、家業を継ぐと言ったときの友人の反応が忘れられません。『ハンコなんて先がない。絶対にやめた方がいい』と」
父からも入社前に「はっきり言って斜陽産業。覚悟しておけ」と言われましたが、岡山さんは激励と受け取りました。「アイデア勝負で成長させろ、という思いを込めた『覚悟しておけ』だったのではないかと思います」
幼いころ、社長の父と経理の母はいつも仕事に追われ、家族だんらんの思い出はほとんどないそうです。しかし岡山さんに一人の大人として接し、家業の大切さを説き続けてくれた父への思いは強く、「斜陽産業」と言われても継ぐ決心は変わりませんでした。
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入社後はゴム印製造の部署でパソコンを使った組み版をしたり、鋳造機でゴムを焼く作業を担当したり、基礎から学びました。
当時はユニークなデザインの印鑑は少なく、どのメーカーも似たようなラインアップでした。
岡田商会では00年からネット販売を開始し、岡山さんがその部署を任されました。ところが差別化ができておらず、値下げ競争に巻き込まれます。広告の数を増やしたりサイトのデザインを刷新したり、翌日配達などといったスピード仕上げに走ったりもしました。
大手メーカーと競争すれば当然苦しくなります。疲弊したスタッフからは不満が噴出し、赤字が積み重なるにつれ社内の雰囲気も悪化したといいます。
「せかされながらも一生懸命作った商品を安くたたき売られる。スタッフの心が疲弊するのは、今思えば当然です。しかし、当時はどう手を打てばいいかわかりません。恥ずかしい話ですが、ハンコで差別化は難しいと思い込んでいたので、本当にしんどかったです」
「父は、彫りや書体のニュアンスなどで正統派の印鑑とはこうあるべき、という理想を持ち、『良いものを作れば売れる』と信じていました。実際に手に取ればその違いや良さは分かります。しかしネット通販サイトの画面上で細かいニュアンスはなかなか伝わらず、値段の安い他社商品へ流れます。父も苦しかったと思います」
昔ながらの工程で印刀を使い1本1本丁寧に仕上げた印鑑も大手企業の大量生産にはかなわず、苦境は15年まで続きます。月に1千万円を超える赤字を出し、「あと何年もつか」というところまで追いつめられていました。
「ねこずかん」は、腹をくくって様々なことを試したうちの一つでした。きっかけは岡山さんが保護猫の里親になったことです。岡山さんをいやしてくれるかけがえのない存在から、猫のデザインを思い付いたのです。
はじめはイラストの得意な社内のスタッフに絵柄の作成を頼んでいましたが、すぐに外部のイラストレーターを含めた5人態勢を整えました。ポップなイラストながら、印材に柘植(つげ)や黒水牛を使っているものは、銀行印などでも使えるのが特徴です。
販売を始めた15年12月当初は、ネット販売で4本しか売れていませんでした。そこで年明け早々にプレスリリースを出すことにしました。
「それまで別の商売をしている妻の勧めで何本か書いたことがあるくらいでした。でも初めてのオリジナル商品ができたのだから、念のため今回も出しておこうか、というつもりで書きました」
「事務的でお堅いハンコのイメージをくつがえす」とうたったリリースを出したその日から注文が増え始め、3日間で5千本の注文が寄せられました。
リリースを新聞やテレビが一斉に取り上げ、SNSも好意的な投稿であふれました。「それまで買って欲しいという気持ちから値下げに走っていましたが、付加価値の高いものを作れば、値下げをしなくても喜んでくれると痛感しました」
すぐにSNSを通じて「ワンちゃんも作って」、「うさぎも欲しい」という要望が続々と寄せられ、そうした声に感謝しながら一つひとつメモに残した岡山さん。少しずつ形にするうち、翌17年に「どうぶつずかん」シリーズも生まれました。
しかし、こうした動物グッズはすぐにまねされてしまいます。実際「ねこずかん」の発売から1週間ほどで、他社から酷似したハンコ商品が出たといいます。
それまでも人気コンテンツを使った自社のオリジナル商品ができたら面白いし、まねされにくいだろうと考えていた岡山さんはライセンス商品の制作に本腰を入れます。
17年、兵庫県宝塚市の手塚治虫記念館を訪れた岡山さんは、並んでいる手塚作品を見て感動し、ひらめきました。「ハンコを通じて手塚先生の情熱を世の中に伝えたい」
翌日、手塚プロダクションに問い合わせると、東京ビッグサイトで「ライセンスエキスポ」というイベントに出展していると言われました。そこでは権利を持つライセンサー企業が、商品を作りたいライセンシーへ営業していたのです。
「ライセンスの知識は全くありませんでしたが、さっそく上京しハンコのプレゼンをしました。先方は今までハンコ関連の商品がなかったので興味を持ってくださり、『手塚ずかん』というハンコの販売につながりました」
2千本以上の売り上げを記録した「手塚ずかん」も多くのメディアにも取り上げられました。アニメ制作会社数社の目に留まり、ポケモンなど他のアニメのライセンス取得が進むきっかけとなりました。
手塚作品とのコラボで弾みが付き、この5年ほどは人気アニメやゲームのライセンス商品に注力しています。日本のキャラクターは表現の細かさが特徴ですが、培った高い技術力が支えになっています。
製品化する際にはサンプルを制作して監修を受ける必要があるため、必ず「試作」を行います。
表現しきれていない髪の毛や目の表現などがあれば、イラストレーター上でデータを加工したり、彫りの深さや彫刻針を調整したりします。データとの相性が悪い場合は彫刻機自体を代えます。地道な試行錯誤を繰り返し、表現の精度を極限まで高めるのです。
顧客はもちろん、アニメの権利を管理するライセンサーにも「ここまで再現できるとは思わなかった」と驚かれることもしばしば。発売後にライセンサーのスタッフが、まとめて購入することさえあるそうです。
「キャラクターに深い愛着を持たれているアニメファンの方にご満足いただけるクオリティーを目指し、再現度にとことんこだわっています」
岡山さんによると、このようなライセンス商品は基本的に同じジャンルの商品をバッティングさせないという暗黙のルールがあるそうです。例えば、手塚作品のキャラクターでハンコを作ると他のハンコ会社は基本的に参入できません。
「注力するのはここだと直感しました。16年から計500本ものプレスリリースを書いた経験とSNSによる情報拡散で、人気キャラクターを扱ったハンコの認知度はさらに高まり、差別化を図ることができました」
「ポイントは独自性と情報拡散です。スマートフォンやパソコンの画面上で比較されても負けないくらいの独自性を持ち、それをプレスリリースやSNSで広く伝えることです。独自性と情報拡散という両輪が自社の強みを磨き、ファンを作っていくのだと学びました」
コロナ禍では、実店舗への卸に代えて大手ネットショップへの卸を強化して乗り切りました。「コロナじゃないよ、花粉症だよ」とマスクに押せるハンコ「マスクずかん」も販売し、多くのテレビ番組などで紹介されました。
コロナ禍で契約のオンライン化が加速し、ハンコ業界も大きな打撃を受けました。しかし岡山さんは視点を切り替えれば、恐れることはないといいます。
「確かに個人のIDとしての印鑑は縮小傾向ですが、しぶとく生き残れば、残存者利益を得られる可能性があるでしょう。ホビーやアニメの市場では、ハンコはまだまだ成長アイテム。いかに独自性を発揮できるかが勝負です」
岡山さんはハンコで海外にも挑もうとしています。23年夏をめどに米国と韓国で、ECプラットフォーム「shopify」を使い、日本の映画やアニメコンテンツとコラボしたハンコの販売を行います。
「日本独自の文化のハンコにアニメコンテンツを掛け合わせて海外へアプローチします」
コロナ禍以前は、観光地でハンコを「お土産」として自国に持ち帰るインバウンド客がたくさんいました。自社が得意とするアニメキャラクターを通して、海外にハンコ文化を広めようというわけです。
現地の映画ファンやアニメファンをターゲットに、海外版のプレスリリースやSNSをフル活用し、情報を届ける考えです。「日本と同じようにお客様の喜びの声が指標です。お客様の反応を見ながらご要望に応えることを繰り返し、ハンコに愛着を持ってくれる人をどんどん増やしていきたいと思います」
岡田商会を赤字続きからV字回復させた岡山さんを、社長の父はどのように思っているのでしょうか。
「父からは特に何も言われません(笑)。でも母親から聞くところでは、陰で認めてくれているようです。今はそれぞれが得意とするところに注力できるよう完全に業務を分け、裁量権も与えてもらっています。基本的に好きにさせてくれており、お互いにあまり口を出すこともありません」
「父はもう81歳ですが、まだまだ創業者ならではのバイタリティーにあふれています。父にはずっと元気でいてほしいと思っていますし、元気なうちはきっと仕事をしているだろうと思います」
穏やかな笑顔で語る岡山さんの目は、斜陽産業と言われるハンコで成長曲線を描いた自信に満ちあふれていました。
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