酪農業界が抱える収益性の解決へ 須藤牧場は飲食店と「生シェイク祭り」
日本酪農発祥の地がある千葉県で、須藤牧場(千葉県館山市)は創業から約100年の歴史があります。生乳の生産から加工、販売まで手がけてきましたが、加工、販売部門は赤字でした。そこで、4代目代表取締役の須藤健太さん(30)は「生シェイク祭り」というイベントを企画・運営することで、生乳に付加価値を加えたバリューチェーンを構築。地域の飲食店との連携を進め、2022年にはアイスの売上を祭りの開催前から11倍に成長させました。
日本酪農発祥の地がある千葉県で、須藤牧場(千葉県館山市)は創業から約100年の歴史があります。生乳の生産から加工、販売まで手がけてきましたが、加工、販売部門は赤字でした。そこで、4代目代表取締役の須藤健太さん(30)は「生シェイク祭り」というイベントを企画・運営することで、生乳に付加価値を加えたバリューチェーンを構築。地域の飲食店との連携を進め、2022年にはアイスの売上を祭りの開催前から11倍に成長させました。
目次
須藤牧場は、大正時代に健太さんの曽祖父・源七さんが創業しました。現在、牧場内では約100頭の乳牛が飼育され、年間の搾乳量は550トンにのぼります。
健太さんは幼い頃から酪農体験の受け入れをする両親の姿を見て誇りに思い、「小学生の頃から酪農家になると決めていた」といいます。高校時代は、家業を継ぐ前提で東京の俳優養成所に通っていました。「演劇など表現を学ぶことは今後の人生でプラスになると考えたからです」
高校卒業後は北海道の農業専門学校で学んだ後、2013年に家業に入社しました。入社後は牛の飼養管理を学びながら、農場HACCP認証を取得しました。
農場HACCPとは、畜産物の安全性確保のため、事業者自らが異物混入等の危害要因を除くための重要なポイントを設定し、継続的に監視・記録する衛生管理手法です。
健太さんが農場HACCP認証を取得しようと思ったのには、ある理由がありました。
「父とコミュニケーションを取りたかったというのが一番の理由です。父は豊富な知識と経験をもつ飼料作りの専門家です。しかし、そのノウハウを人に教えるのが得意ではなく、『これはどうするの』と聞いても『背中を見て覚えろ』というタイプの人でした。そこで、(外部検証員などの)第三者に入ってもらうことで技術の承継がスムーズにいくのではと考えました」
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こうして6次産業化の発展に向けて積極的に取り組んできましたが、加工、販売部門は人件費の増加により「大幅ではないものの無視できない」赤字が生まれていました。生乳の生産で、その赤字分を補填していました。
健太さんは2019年より直営店であるイオンタウン館山店の店長を任されます。当時、直営店は利益を出せていませんでした。
「フードコートは年中無休で朝から夜まで営業しており、 須藤牧場は高品質の生乳を使ったアイスを提供していました。しかし、同じフロアにはファストフード店があり、価格面では負けてしまう。食事メニューがないというのも集客面で不利でした」
一方で、健太さんは地元の飲食店で須藤牧場のアイスを食べてもらう構想を練っていました。そこで、フードコートならではの環境を活かそうと発想の転換をします。
「アイスを販売する上での一番の課題が配送でした。冷凍車を使って自社で配送するにはコストがかかります。そこで、営業時間が長く、市の中心部にありアクセスしやすいという利便性を活かして、地元の飲食店の方にアイスを受け取りに来てもらう仕組みをつくろうと考えました」
こうした直営店の課題解決と「地元館山を盛り上げたい」という思いから生まれたのが、生シェイク祭りです。
「生シェイクの生は、“生き様の生”」。これが生シェイク祭りのコンセプトです。このコンセプトに決めた理由は何だったのでしょうか。
「もともと舞台や映画を観るときに、ストーリーを楽しむだけではなく、作品に込められた作り手の人生や想いを感じるのが好きだったんです。同様に、飲食店でも食事を楽しむだけではなく、食材へのこだわりや内装、インテリアに表れる店長の個性や生き方を感じてもらえるイベントにしたいと考えました。また、“生き様の生”という独自のコンセプトを前面に出すことで、他社との差別化を図るという狙いもありました」
生シェイク祭りは、2019年に館山市内の飲食店17店と連携して始めました。イチゴやブルーベリー、アボカド、日本酒など、須藤牧場のアイスを使った各店が独自にアレンジした生シェイクが楽しめるイベントです。
「生シェイク祭りの特長は、直営店より低コストで運営でき、フランチャイズ的でありながら、広域にブランディングできる点にあります。主な費用は、ポスターやチラシのデザイン委託費と印刷費、参加店舗に送るアイスサンプル費用のみでした」
営業面では、飲食店側のメリットを第一に考えて提案するよう努めました。
まず、付加価値を加えた単価の高い商品を提供できること。また、アイスは一般的に賞味期限がないため、ロスが出ないという利点があります。さらに、生シェイクのレシピだけでなく、試作の失敗例や改善点も公開しました。たとえば、「生のスイカを使ったら味が全く出なかったので、スイカジャムを使った方が良い」といったものです。
SNSでの発信に加え、地道に興味のある店舗に声かけを続けるうちに、飲食店側からの問い合わせも増え、参加店舗が徐々に増えていきました。
こうして飲食店とのつながりが増えるにつれ、新たな企画も生まれました。館山市の高校生によるチャレンジショップや聴覚障害者が手話で接客するカフェをプロデュ―ス。また、地域おこし協力隊の呼びかけにより、自転車で参加店舗を回るイベントも開催されました。
さらに、兵庫県淡路島の地域おこし協力隊に声をかけられたことがきっかけで、2021年から淡路島でも生シェイク祭りを開催。現地の乳業メーカーと「ご当地シェイクアイス」を共同開発しました。
「生シェイク祭りによって繋がった事業者様が、牛乳やソフトクリームミックスなど、アイス以外の製品も通年利用してくださるようになったおかげで、加工・販売部門の売上が大幅に上がり黒字に転換しました」
こうして、2022年のアイスの売上高は、祭り開催前の2018年と比べて11倍に成長。また、イベントの効果で直営店の売上は13%アップしました。
2023年も6月1日から生シェイク祭りが始まりました。今回は過去最高の86店舗が参加しています。
生シェイクの味を支えるのが、原料となる生乳の品質です。須藤牧場の牛乳は2021年に農林水産大臣賞を受賞。高品質の生乳をつくるために乳牛の健康管理にこだわっています。
「牛にストレスをためさせない快適な環境を整備することが大切です。放牧場で運動をさせ、牛が自由に動けるフリーストール牛舎で飼育しています」
また、父の祐紀さんは飼料の品質を競うコンテストで3年連続最優秀賞を受賞した飼料作りの専門家です。そのノウハウを活かし、自社の畑でソルガムやデントコーンといった作物を作付けし、飼料を自給しています。
さらに、須藤牧場では国内の乳牛のわずか0.8%と希少なジャージー牛を飼育。生シェイクには、このジャージー牛の生乳をふんだんに使用しています。
また、健太さんは演劇という独自の方法で酪農の魅力を伝えることで自社のブランディングに繋げています。
2014年に兄の高伸さんとともに劇団「須藤兄弟」を設立。年に1度、館山市内の小中学生などの有志と須藤牧場の経営理念やビジョンを盛り込んだ芝居を開催しています。この活動は地域活性化とともに自社の顧客層拡大にもつながっています。
さらに、6次産業化の発展において欠かせないのが人材です。劇団の活動は採用面でも効果を発揮しているといいます。
現在の農場部長は元劇団のメンバーで、アルバイトの高校生は小学生時代から劇団の活動に参加していたとのこと。「芝居を通して、須藤牧場の取り組みに共感して入社してくれる人が増えました」
健太さんは2023年5月に30歳で代表取締役に就任。4月から男性1人、女性1人の新入社員も新たに加わりました。
近年、酪農家の減少や酪農経営の収益性低下など、酪農業界を取り巻く課題は山積しています。健太さんは若手後継者として、次のように決意を語りました。
「酪農業界のイノベーションが必要だと感じています。持続性を高めるには、これからの時代に適応し、かつ他の産業ではなしえない価値創造が必要です。それには、さまざまな技術との組み合わせや、ユニークな未来への挑戦を続けることが重要だと考えます。私たちの取り組みによって酪農の潜在力を発掘し業界の活性化につなげたい」
今後、健太さんが目指すのは、「日常的に乳製品を楽しんでもらうこと」。そのために、新商品として飲むヨーグルトを開発中です。「将来的には日本全国に須藤牧場の商品を広めたい」と力を込めます。
「当社の理念は、『かつてない美味しさを届けること』です。この理念を大切に、先代からの技術をしっかりと受け継ぎ、新たな酪農の価値創造を目指したいです」
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