「おさがり」や売れ残り品に価値を吹き込む 後継ぎのデザイン経営実践
中小企業向けのデザイン経営支援プログラム「Dcraft デザイン経営リーダーゼミin関西」(近畿経済産業局主催)の成果報告会が2023年3月、福井県鯖江市で開かれました。公募で選ばれた同県内の中小企業2社の後継ぎが、22年9月から半年間、社員とともにデザイン経営を実践して新商品のプロトタイプを作り、家業に新風を吹き込むための糸口をつかみました。
中小企業向けのデザイン経営支援プログラム「Dcraft デザイン経営リーダーゼミin関西」(近畿経済産業局主催)の成果報告会が2023年3月、福井県鯖江市で開かれました。公募で選ばれた同県内の中小企業2社の後継ぎが、22年9月から半年間、社員とともにデザイン経営を実践して新商品のプロトタイプを作り、家業に新風を吹き込むための糸口をつかみました。
目次
福井県は越前漆器など多くの伝統工芸があり、ものづくりの産地として知られています。「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミin関西」は、福井県内の企業がデザイン経営のノウハウを持つロフトワークとともに課題解決への企画を立てるプログラムです。22年9月から半年間、先進企業を視察したり、デザイナーら専門家の支援も受けたりしながら進めました。
今回参加したのは、織物の製造販売を手がける松川レピヤン(坂井市)、めっきや塗装など表面加工処理を行うワカヤマ(鯖江市)です。ともにサプライチェーンの一部を担い、日ごろは消費者の声に直接触れる機会が少ないといいます。
松川レピヤンは松川敏雄社長の次男で工場長の松川享正さん(37)、ワカヤマは2代目社長の若山健太郎さん(39)がリードしました。
Dcraftに対しては、それぞれ対照的な立場で臨みました。松川さんは社員と共通認識を持つため、自身を含めた横断的なチームを編成し、若山さんは若手社員の成長を目標に「ものつくり戦略室」という部署に任せ、結果のフィードバックに徹しました。
導入プログラムでは、双方の企業や福井県内でデザイン経営に取り組むジャクエツ(敦賀市)を訪問。実践プログラムでは消費者アンケートなどをもとに各社がアイデアを出し、プロトタイプを制作するサイクルを2度にわたって行いました。
23年2月に京都市で開かれたロフトワーク主催のイベントで、両社は実際に制作したプロトタイプを展示し、トークイベントなどにも登壇しています。アプローチは異なりますが、どちらも自社の強みを生かしながら、地域とのつながりを形にする個性的なアイデアが生まれました。次章からデザインの力を使った両社の課題解決への取り組みを詳しく見ていきます。
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1925年創業の松川レピヤンは、洋服のブランドタグに代表される織ネームの製造で業界トップシェアを誇ります。従業員数は約100人で「風通しの良い社風」が強みといいます。
一方で、事業の多様性や新しい挑戦に欠けること、部署の垣根を越えた取り組みの少なさ、サプライチェーンの一部に組み込まれていることが課題で、生活者の声が届きにくく、外部とのつながりが弱いという現実がありました。
Dcraftを先導した松川さんは、これからの方向性について「価値を生み出し、つながりを作る企業」というビジョンを示しました。
松川レピヤンの強みであるネームタグはブランド価値の証明であり、さまざまな商品に「つながり」を持たせるものと定義。「ネームタグのような企業」を目指そうと考えました。
役員である自身に加え、ものづくり担当、企画開発、デザイナー、広報という部署を越えた5人でチームを編成。これまで技術に重点を置いていた商品開発を、生活者のニーズを起点にした意識変革からはじめました。
松川レピヤンの提案は、不要となった子どもの制服、いわゆる「おさがり」を織ネームでリペアし、地域で循環させる仕組みです。
刺繍でデザインした織ネームのリボン「しりとりぼん」で、傷んだ箇所をかわいらしく補修し、「おさがり」の回数ごとに、クリーニングをした証しとして桜の花びらのマークや、譲る人の思いを記したタグを服の内側に付けていきます。
「おさがり」に価値を与え、譲り受けた人が新品よりもうれしくなるという試みになります。
プロトタイプの完成まで4カ月かかりましたが、松川さんは「ワクワクすることの方が多かった」と振り返ります。
「成果物の制作自体に苦労はなく、最後はジャストアイデアで、数日間で形にしました。ただ、私は会社の色々なことを見直す過程が楽しかったですが、従業員は同じサイクルをぐるぐると回っているようで大変だったのかもしれません」
Dcraftに参加して良かった点は「従業員と経営者でチームを組めたこと」と話します。
また、ロフトワークからも2人が参加し、従業員を指導してくれたのも大きかったといいます。「同じ指摘でも、社内からと外からでは全然違います。僕ら経営者だけが聞いても意味がありません。従業員も一緒に育っていける環境を与えてもらえたのがありがたかったです」
プロトタイプの事業展開は未定ですが、前向きに考えています。
「織タグ以外の新商品を生み出すことは大変ですが、自分たちのこれまでの背景を踏まえながら、何か一つ良いサービスを提供していきたいという思いはずっとありました。そういった面を見つめ直せました」
1986年創業のワカヤマはメガネフレームのめっき塗装加工を手がけ、チタンやステンレスなど通常では塗装が難しい素材への表面処理技術を強みとしています。従業員数は50人(23年1月現在)。16年から2代目社長になった若山さんは、自社のことを「モノづくりをしない、モノづくり企業」と表現します。
ものづくりが盛んな福井県の中小企業の課題として、若手人材の確保が難しいことが挙げられます。
若山さんは22年、製造業のイメージを一新し、若者の採用につなげるため、「ワカヤマデザインセンター」という施設を整備しました。古い工場をリノベーションして、製造用ロボットや3Dプリンターなどの最新機器を導入しています。今後は鯖江の技術発信や技術者とクリエーターの交流の場など、さまざまな活用を考えています。
「父親世代に聞くと『仕事が来てから機械を買い、人材を採用すればいい』と言います。でも、私たちの世代はまずやってみようと。先に準備をして間口を広げておくと、ある時、突然新しい販路が生まれたり、欲しい人材が現れたりするのです。メガネの加工だけで将来的にも若い世代が働きに来てくれるのかと思い、数年前からアクセサリーにも取り組んでいます」
Dcraftで進めたプロジェクトのメンバーは若山さんを含めて4人。自身が立ち上げた「ものつくり戦略室」という部署の若手社員らに委ねました。美大や芸大でデザインを学んだ学生を積極採用し、これまでの製造部門とは一線を画しています。
「なるべく若手人材の育成につとめたい。経営者は学ぶ機会がたくさんありますが、経営者だけが頭でっかちになりがちです。社員にも教育の時間と投資が必要と考えました」
ワカヤマが成果発表会で提案した企画は「表面リノベプロジェクト」です。これは、地域のものづくり企業が抱えるデッドストック(売れ残り品)に、自社が持つ表面処理技術で新しい価値を加え、新商品として送り出すという試みになります。
プロトタイプでは新潟県の企業が抱えるスプーンやフォークといったカトラリーの在庫に、消費者のニーズに合わせた塗装を加え、新商品へと生まれ変わらせました。
今回のプロトタイプは、ペアのカトラリーを使うカップルがターゲットです。夫婦箸のイメージですが、男だから青、女だから赤というものではなく、どちらも使えて、さりげないペア感を出すことを心がけたといいます。同じ色でも塗装の質感を変えるなど、バリエーションを作ることで、組み合わせの特別感が出るようにしたそうです。
2月にロフトワークが京都で開いたイベントでは、消費者と直接対話する機会があり、「販売していたら購入していた」という声もあったといいます。
若山さんは「今のところサービスの商品化は考えていませんが、ものづくり戦略室のメンバーには、これとは別にマネタイズできるプロジェクトを考えてもらっています。社員が提案へのプロセスを学ぶ良い機会となりました」と話しました。
Dcraftのプログラムを見守ってきたデザインディレクターの萩原修さんは、報告会で「実際に行動を起こし、かなり意識が変わったのではないかと思います。経営者だけでなく、従業員が一緒になって進めたことが、何よりの財産だったのではないでしょうか」と話しました。
両社の提案について「とても面白い」とした上で、松川レピヤンには「製造業として、おさがりのように物を大切にする感覚が元々あり、それを新しいサービスにうまくつなげている。自分たちが本来やりたいことに近づいてきているのかなと感じました。チームメンバーだけでなく、全社員がこのプロジェクトをどう位置付けていくのかは考えていく必要があります」と投げかけました。
ワカヤマについては「デザイン経営は外部からデザイナーを呼ぶイメージがありますが、実は社内にデザインを学んだ人材がいないとうまくいきません。若い社員が成長したり、新しいデザイン人材を入れたりして、会社が変わっていく印象を持ちました」と話しました。
成果発表会では、一橋大学イノベーション研究センター講師の吉岡(小林)徹さんの基調講演もありました。デザイン経営について、イノベーションにつながるといったメリットを示す一方、課題として、試行錯誤を伴うため実現までの時間や予算がかかる点、事業規模が小さくなりがちなこと、事業成長までに時間がかかる可能性を挙げました。
半年間のDcraftを終えて、松川さんはこう振り返ります。
「ひとつのものをみんなでつくりあげるのは楽しいんですよ。会社はお金を稼ぐ場所ですが、その楽しさをみんなで共有する場所でもあるし、そういう環境をつくり続けることが、経営者の役割だと思います。これからも環境づくりにアプローチしていきたいです」
「今回、社員が直接お客さんの話を聞いたり、ワークショップなどで萩原さんやロフトワークの指導を受けたりして、内からよりも外からの声に素直になれる性質があると感じました。今後の経営で良い事例をいただけたと思います」
若山さんは経営者として、社員の成長につながる機会になったと強調しました。
「今の若い社員たちは昔の景気が良いときに比べて、仕事量の絶対数が少ない、つまり経験の量が足りないのです。だから、学ぶ機会を自分でつくる必要がありますが、日々の仕事は忙しいし、なかなか時間はつくれなません。言い方は悪いですが、こうした失敗してもいい場で学びの機会があるのはとてもありがたいことです」
若山さんは半年間のプロジェクトについて、こう締めくくりました。
「私たちは規模も業種も違いますが、抱える課題には共通点もあります。地場産業の繊維とメガネ。2社とも古い産業のなかで、どういうイノベーションを起こしていけるのか試行錯誤しています。経営者はともかく、社員同士が打ち解ける機会はなかなかありません。両社の社員による意見交換や懇親会の機会を持てたのも良かったと思います」
デザイン経営を実践しながら、福井発の新しいイノベーションを生み出していくことができるのか。2社の挑戦は続きます。
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