スタディーツアーは、企業のデザイン経営導入を支援するロフトワークが企画。約30人の参加者は「ラ コリーナ近江八幡」の敷地内をめぐり、山本さんのスピーチを聞きながら、1872(明治5)年に創業した、たねやグループの企業姿勢の根幹などに触れました。
「ラ コリーナ近江八幡」は、「自然に学ぶ」をテーマに、近江八幡の里山の原風景を再現しています。敷地内は和洋菓子のショップやカフェを構えつつ、田んぼや畑、回廊、ショップの屋根にいたるまで、見渡すかぎり植物に覆われています。メインショップや本社施設などは、自然と調和した建築スタイルで知られる建築家・建築史家の藤森照信氏が設計しました。
ツアーは、敷地内に点在するショップの見学から始まりました。最初に訪れたメインショップには、たねやグループの根幹を担う和菓子や、滋賀県の文化を彷彿とさせるアイテムが飾られています。例えば、たねやが和菓子製造で使っていた木型や、かつて地元近江八幡の水郷で航行に使われた船の廃材がオブジェになっています。ガイドの話に耳を傾けながら、興味津々にアイテムを撮影する見学者もいました。
来店客に季節の移ろいを感じてもらおうと、同社は全国の各店舗に山野草を飾り、週に1度植え替えています。450~500にものぼる山野草はすべて「ラ コリーナ近江八幡」の一角にある「キャンディーファーム」で、スタッフによって丁寧に育てられています。
ショップなどを見学した後、たねやグループCEOの山本さんによるキーノートスピーチが行われ、「ラ コリーナ近江八幡」誕生の経緯や狙い、自然との共生を掲げる理由、後継ぎ経営者としての心構えなどが語られました。山本さんはまず、15年に「ラ コリーナ近江八幡」がどうして生まれたのかを、振り返りました。
色々な地域に行って「近江八幡の良さ」ってよく言われますが、私には近江八幡の悪いところがよく見えてきます。私はそこが大事やと思っています。
「ラ コリーナ」の始まりは、もとをたどれば先代の父が、「えっ」と驚くような、地方の一菓子屋が手を出すような規模ではない広い土地を手に入れていたことです。父も色々な案を考えていましたが、その途中で社長が私に交代しました。
で、「さあどうしよう」と。私はここで生まれ育ちましたが、近江八幡の悪い面ほどよく目に入ります。けれど、やはり好きな気持ちもあって、この町をなんとかよくしていきたい。そして将来も山本家がたねやを引き継いでいけたらいいと考えていました。
そのためには、私の代で成果を出すのではなく“点”になることを考えました。代々の当主が点をつなぎ100年後、200年後に花ひらく。そんな店舗を作りたいという思いがありました。
「ラ コリーナ」全体の監修は、デザイン界の巨匠として知られるイタリアの建築家、ミケーレ・デ・ルッキ氏が手がけ、「ラ コリーナ」という名前の生みの親になりました。山本さんはこう振り返ります。
ルッキさんがいらっしゃった時、まだ何にもないこの場所が、なんとなしに緩やかな丘になっていました。私と30分ほど座っていると、ルッキさんが「ここはラ コリーナ(丘)だね」とイタリア語でおっしゃった。それが私にズンときまして「ええ言葉やなぁ」と。
私たちは将来、ここを緩やかな丘で構成された原風景を取り戻すところに立ち返りたいとの思いで、名前を「ラ コリーナ」に決めました。
「原風景を取り戻す」とは言っても昔のリバイバルを目指してはいません。これから私たちが10年、20年、100年と続いていくために、“自然に学ぶ”をテーマにしています。
今までは、自然を利用してきた時代でした。私たちが幸せに暮らすことができているのは、先代が今日までやってきてくれはったからです。そのこと自体は感謝していますが、次世代は今のままで本当にいいんですか、と。
地球温暖化の原因は、人間がしてきたツケであることを理解しなければならない。であるなら、自然を利用するのではなく「自然から学ぶことをテーマにしましょう」と。
たとえば、ある住宅建材の大手企業は、カタツムリの殻がいつも汚れていないことに着目し、雨が降ったら汚れが落ちる外壁を開発しました。人間界は汚れたらどうしますか。
「ラ コリーナ」には、約44アールの田んぼもあります。そこには深い意義があるようです。
田んぼに入ったら汚れますから水道で洗います。たったワンアクション、蛇口をひねるだけでもエネルギーです。けれど、自然界は何のエネルギーも使わずに当たり前のように営まれています。
私たちは人間界だけのエゴで、この日本の、あるいは近江八幡を良くするのではなくて、色々な生き物がいる中の私たちということを理解して物事を進めなければならない。ここに立ち返り、一つずつ自然に学ぼうという思いで取り組んでいます。
自然に学ぶなら、カーボンニュートラルは当然やらなければダメだと思います。でも、お菓子屋は熱源が大量にあるところです。そこをクリアしなければ迷惑のかかる企業になるので、できるところからやろうとしています。
コロナ禍の休業で見つめ直したもの
コロナ禍では、「ラ コリーナ」も1カ月の休業を余儀なくされました。山本さんにとっては、自然との共生を改めて見つめ直す機会になったようです。
(敷地内は)人気がなくなったので、色々な生き物が帰ってきました。私たちは「自然に学ぶ」と言いつつ人を入れるという、商売の微妙なところをしていかなあかんねんな、ということを考えましたし、一時閉店してゆとりができたからこそ、このような考えが生まれてくるということを、身にしみて感じました。
「ラ コリーナ」は今、滋賀県で1番の観光地としてにぎわっていますが(県によると、22年は観光客321万人を集め、6年連続で県内1位)、「ラ コリーナ」の前にある田んぼに店を建てたり、看板を立てたりする動きがあります。そんなことをしていたら、せっかくの 自然が破壊されてしまいます。
であれば、私たちで田んぼを手がけて、この環境を守っていこうと考えました。ただ、昔は田んぼだけで懐が潤いましたが、今は田んぼだけでは商売にならない現実があります。
「ラ コリーナ近江八幡」の施設内
たねやグループの菓子は、県内でも高めの価格設定にしています。これには深い理由があると、山本さんは言います。
この周辺のお店が100円で売っている栗饅頭を、私どもは倍近い194円で売っています。 でも、日本で1番売っているのも私どもです。
この値段には理由があります。農家の方々のストーリーをしっかり伝えられているからこそ、代々この金額でも問題ありませんでした。
ただし、安く作れることは絶対大事で、むやみやたらに金額を上げたいという意図はございません。
米1粒、小豆1粒、一生懸命作っている農家さんに還元できる商いをどんどん進めていかなあきません。ちょっとでも利益を出すためにと思った時もありましたが、それではやはりダメ。誰1人取り残さずに、みんなが幸せに暮らせる社会を作っていく。これがSDGs(持続可能な開発目標)だと思いますから。
農家と一緒に収穫する意義
菓子の原料に使う作物を収穫する時期は、たねやグループのスタッフも農家に出向いて手伝うといいます。
農家さんからは色々なお話をいただきます。1番苦労しているところ、大変でも手を抜いていないところを、農家の人ってあんまり言われないんですね。 苦労したことを「そういうことがあるんですか」と聞くだけで、それが一番のセールスポイントになると私は思っています。
昨年(22年)10月、小豆の収穫で北海道・帯広に行きました。私のわがままで、農家さんに「トウモロコシが食べたい」とお願いしたら「朝に私の畑に来てください」と言われたんです。
翌朝行ってみると、 私たちのためにトウモロコシを目の前でもいで、ゆでていただきました。プチッとしたトウモロコシ本来の味がめちゃくちゃうまいんですよ。
もしかしたら本来の値段は、300円か400円、あるいはもっと安いかもしれません。しかし、私には何千円にもなるぐらいの価値、金額では考えられない幸せを、いただきました。私は、これが農家の方々と一緒に収穫をしていく意義じゃないかなと思っています。
この環境をいかに「ラ コリーナ」へ、あるいは百貨店のお店に持ってきて販売ができるかに、私たちは取り組まないといけません。
伝統とは続けることである
山本さんはスピーチの中で、老舗企業の在り様にも触れました。
残さなければならないもの、 変えてはならないもの、どんどん変えていくもの。この分別がないと、経営者として、商売人として失格じゃないかなと。
変えてはならない幹の部分というのは、私たちだと経営理念や社訓になります。幹だけは絶対に変えてはならない。それでも、枝ぶりはピンクの花を咲かそうが赤い花を咲かそうが、どんどん変えていくという気持ちで、その時代の空気感を絶対持たなければいけません。
例えば創業した明治5年の栗饅頭は、砂糖菓子のような栗はほとんど入らず、今からすると甘くて食べられないほどでした。その味を変えることなく「私たちは代々守り続けているんです」と言ったところで、誰にも見向きもしてもらえません。人間の好みはどんどん変わるからです。
伝統とは守るものではなく、続けることであると思います。続けるためには何をしなければいけないか。その時代の当主が思い切ったかじ取りをして、時代に合ったものをお客様に提供していくことが必要です。
私の代の栗饅頭は栗がたくさん入っていて、砂糖を減らしています。そうしたかじ取りがわからなくなったら、世代交代をしていかなあかんということにもなってくると思います。
廃材の舟板を使ったオブジェも施設内にあり、歴史に思いをはせることができます
「ラ コリーナ」が生き方に
2025年春には、大津市の琵琶湖のほとりに「ラーゴ 大津」という新しい施設をオープンする予定です。この施設では水をテーマにするべく、日々計画を練っている段階といいます。
比叡山系ともつながりのある大津には、 そこに生き抜く生き物がいたはずなんです。今は昆虫すら飛んでない状況ですので、呼び戻したいですね。
これからも菓子屋をやり続けるためには、ちょっと無理してでもプラス思考でいることです。こうしたら楽しいんじゃないか。そんなワクワクドキドキが、本社のテーマになっています。
「ラ コリーナ」は私の生き方です。「ラ コリーナ」を見ていただくことで、たねやはどういう生き方をしたいのかを知っていただければ幸いです。
「本物であり続ける」を答えに
スピーチの後は、山本さんとロフトワークのクリエイティブディレクター・加藤修平さんが対談しました。
加藤さんは「『自然に学ぶ』という、山本さんの行動原則のようなものが、 事業の中に反映されていると感じられました」と述べました。
山本さん(左)とロフトワークの加藤さん(右)がトークを交わしました
山本さんは対談の場で「自然に学ぶ」という言葉を前面に出した意味について、次のように話しました。
「台風や地震もそうですが、特にコロナ禍では、人間がいくら頑張っていたとしても、自然界というのは、いとも簡単にその営みを止めてしまうと思い知らされました」
「だとすれば、自然とどう向き合っていくのかを本当に考えないといけない。『道が歩きづらいから舗装します』という単純な考えではなく、その足元にはたくさんの生き物がいることを頭に入れる必要が生じます。一方、利便性やスピード感といった人間の営みで必要とされるものも捨てることはできません。このジレンマの中で、自然とともに生きる。このことに尽きます」
山本さんの思いは、事業においてどのように生かされているのでしょうか。その一つの答えが「本物であり続けること」と言います。
施設内の装飾に足を止める参加者たち(ロフトワーク提供)
「父が買った土地で、『ラ コリーナ』を始めることに、当時は銀行から『やめといたほうがいい』とはっきり言われました。しかし、実は『みんなが絶対これはしないやろうな』と思うことを、全力でやることが大事やと」
「『ラ コリーナ』を続けるうちに中途半端が一番あかんと感じました。それは、いつの時代も本物であり続けること。壁ひとつをとってもクロスを貼るのではなく塗る、田んぼも形だけではなく、自然との共生、生き物の循環から考えるのです」
山本さんの話を受けて、加藤さんは「社会が変化していく中で正解がないからこそ、自分たちが信じるもの、大切にするものをやりきろうという宣言に、とても勇気をいただきました」と話しました。
施設内では、様々な大きさの木型を一つの美術作品のように展示しています
「意志や美学が感じ取れた」
参加者の中には、岡山県の銘菓「大手まんぢゅう」を製造する老舗和菓子店「大手饅頭伊部屋」5代目の大岸聡武さん(36)の姿もありました。
大岸さんは「『ラ コリーナ近江八幡』には、どんなに小さなことにも思いが込められ、それを発見する楽しさが詰まっていました。その中で自然の大切さを学び、社会に必要とされる企業となり、地域に貢献するという意志や美学のようなものも感じとれました。変えるべきものと変えてはならないものを線引きし、私たちが将来に向けて果たすべき役割を考えるきっかけになりました」と話しました。