デザイン経営は、デザインの力を経営資源として活用し、企業価値を高める手法で、特許庁も推奨しています。ただ、中小企業にはまだ浸透していない現実があります。そこで、ツギノジダイとロフトワークは、デザインの力で事業成長や組織改革を進める中小企業経営者を招き、トークや交流の場を提供する「デザイン経営パーラー」を企画しました。初回は中小企業の後継ぎ経営者やデザイナー、行政関係者ら約20人が参加し、飲み物を片手に耳を傾けました。
ロフトワークのクリエイティブディレクター・加藤修平さんが冒頭、デザイン経営について解説しました。加藤さんによると、世の中の価値観は大きく「慣習モード」と「デザインモード」に分けられるといいます。
慣習モードは、経済が右肩上がりの時代のイメージで、生活者が求めるものを、いかに合理的に届けるかを目指すものといいます。そのため、バリューチェーンの各ステップの担い手が分担して効率良く商材やサービスを作り、世の中に流通させることが求められます。
一方、デザインモードは、答えのない社会課題に向き合って改革を進める価値観のことです。サステイナビリティー(持続可能性)の取り組みなど、社会がダイナミックに変化する今は、新たな価値を生む必要があり、その実現には仲間との緊密な協力が有効という考えです。
慣習モードは企業間のコミュニケーションが分断しがちになる一方、デザインモードは多くの人とアイデアをシェアすることで事業が発展する可能性があります。「今はデザインモードが優勢で、一つの正解に向かうより、みんなでアイデアを持ち寄り、新しい価値をつくることが大事になると思っています」
もちろん、組織の壁を越えたコラボレーションは容易ではありません。そんな中、國廣さんらが、下町ボブスレーやI-OTAで取り組む町工場同士の共創に、デザイン経営を進めるヒントが詰まっています。次章から、國廣さんの話を紹介します。
経験ゼロで仲間がいなかった
國廣さんが経営するフルハートジャパンは1968年に創業。「お客様のソリューションになる」というビジョンを掲げ、重機やヘリコプターなどに使われる産業用制御機器の設計から製造まで、一貫して取り組んでいます。
「クライアントは大手からベンチャーまで。ハーネス製作、基板実装、制御装置の組立配線、メカトロ組立などの複数加工技術で幅広く対応します」
國廣さんは地元大田区を中心に町工場の連携を深め、高付加価値のソリューション提供を目指しています。「正直なところ、デザイン経営のロジックを意識して取り組んではいません。あくまでもパッションを大事にしています」
國廣さんはアパレルメーカーや米国の専門商社での勤務を経て、父で先代社長の紀彦さんの働きかけで家業のフルハートジャパンに転じます。そして09年に30代前半の若さで、2代目社長となりました。
「父親の働く姿を見ていたので、いつか自分で会社を経営したいと思っていました。ただ、入社するまで町工場の経験がゼロで、仲間もいなかった。どうやったら横のつながりができるか考えていたときに知ったのが、下町ボブスレープロジェクトでした」
下町ボブスレーで深めた連携
下町ボブスレーは11年、大田区と区内の町工場有志で始まったプロジェクトです。下町の中小企業が得意とする加工技術を集結させて国産ボブスレーを開発し、冬季五輪での滑走を目指しました。
「下町ボブスレーは200点ほどの部品を2週間で準備する必要がありました。ボランティアでもあったので、各社の技術を持ち寄らなければ実現不可能でした。そうしたトリガーによって、町工場が連携して取り組もうという機運が高まりました」
冬季五輪での滑走は実現していませんが、今も約200社が関わり、イタリアとフランスのチームにボブスレーを提供しています。「2026年冬季五輪に向けて、ワールドカップでも使用されている状況です」
國廣さんは「下町ボブスレーという選手のソリューションになるものづくりを目指すことで、メディアをはじめ、多くの人に注目してもらえると実感できました」と振り返ります。
大田区の町工場では昔から「仲間まわし」という助け合いの仕組みがあります。こうした土壌や下町ボブスレーの経験をもとに、國廣さんらが18年に立ち上げたのが、I-OTA合同会社でした。
「町工場同士の連携による成功体験を、今度はビジネスにする方法はないかと思い、誕生したのがI-OTAです。プロジェクトをマネジメントできる人たちを中心に、町工場が連携を深めることで、ものづくりの上流から参画し、より付加価値の高い技術を提供する。そのことで、ボリュームのある売り上げを、大田区の町工場にもたらすことを目指しています」
上流からのものづくりで成長へ
ものづくりの町として知られる大田区も、ピーク時に9千社あった事業所が現在、3千社にまで減りました。DXの進化に伴い、図面をもとに単純な加工を行う仕事も減りつつあるといいます。
一方、「0to1」でものづくりを支えるワンストップサービスのニーズは高まっています。
「ものづくりのアイデアを持つお客様はとても多いんですが、最終製品を量産するまでのプロセスを知る方は多くありません。企業の困りごとが変わってきており、町工場も提案型のものづくり企業に生まれ変わる必要があります。I-OTAではアドバイザリー契約を結び、ものづくりの上流から関わる案件も増えています」
I-OTAは「図面がない段階から相談できる」ことを売りに、まずクライアントからヒアリングします。そして、製品開発までの課題に応じて、いくつかの町工場がアサインされる仕組みです。IT企業と協同で、製品を作りたい事業者と町工場をクラウドでつなぐ受発注マッチングプラットフォーム「プラッとものづくり」も立ち上げました。
国内外のベンチャー企業から大企業までクライアントを抱え、急斜面でも安全に除草できる草刈り機や、家庭用サウナストーブなどを開発しました。
國廣さんの家業のフルハートジャパンも、部品加工のボリュームが減り、試作開発の案件や装置の開発などの上流工程の仕事が増えているといいます。
「今やるべきことは個社の成長です。たとえばフルハートジャパンも、板金しかできない、ケーブルしか作れないと言っていたら、上流からのものづくりには参画できません。本来、加工屋である町工場も、これまでの経験をもとにコンサルティングができるようになれば、より高いソリューションを提供できるはずです。それが、日本のものづくりの復権にもつながると信じて取り組んでいます」
共通言語があるから仲間になれる
國廣さんの話の後は、トークセッションでさらに議論を深めました。
モデレーターを務めたロフトワークのクリエイティブディレクター・皆川凌大さんは、國廣さんの活動とデザイン経営を、次のような視点で結びつけました。
「デザイン経営は、デザイナーと新しい商品やサービスをつくるだけでなく、パーパスに共感した多様な仲間を巻き込み、新たな価値を生み出す循環が重要です。I-OTAはどんなオーダーが来ても適切なメンバーを配置して共創するための土台があり、高付加価値の製品を生み出すことで、社会の変化に対応できる町工場に進化しています。それこそが、デザイン経営の効果ではないかと思っています」
I-OTAの参画企業は100社にのぼり、北海道や九州などの町工場にも輪が広がりつつあります。
國廣さんは「お客様の困りごとを解決して喜んでもらいたいけど、ソリューションが足りない。そうなると、大田区外の企業とも連携したいと思うのは自然なことです。I-OTAに参画している社長たちは、妥協するのが嫌いな人たちばかり。だからこそ、楽しいんです」と言い、こう続けます。
「共通言語があるからこそ仲間になれます。町工場は事業承継した2代目、3代目が多く、同じような悩みを抱えている。それを共有できることも、個性の強い経営者同士がつながれる理由かもしれません」
ロフトワークの加藤さんも「フィードバックを受けて改善しながら 困りごとを解決しようとする真摯な態度が、デザイン経営でも大事なポイントです。それが各社に浸透することで、もっと面白い世の中になっていくと思います」と話しました。
従業員のマインドを高めるには
デザイン経営は、プロダクトやサービスのデザインだけでなく、組織にも前向きな変化をもたらします。トークセッションでは、下町ボブスレーやI-OTAの取り組みが、若い従業員のマインドをどう変えたかも議論になりました。
國廣さんは「少し前までは図面だけを見て製品をつくっていましたが、今では従業員も最終製品やユーザーの姿を想像しながらものづくりに挑むやりがいを実感したようです。実際、下町ボブスレーの時も、若い従業員は実際に使っているソリを見るため長野県まで行ったり、ボブスレーの試合を動画で見たりするようにもなり、今まで以上に真剣にものづくりに取り組むようにもなりました」と話しました。
会場からは「社内のマインドを高めるために、心がけていることは何でしょうか」という質問も寄せられました。
國廣さんは「ものづくりを担う従業員も営業に同行させ、価格交渉の現場を見せることで、粗利がどれくらい出て、ボーナスにどうつながるかというイメージがわきます。また、I-OTAが取り組むアドバイザリー契約の提案を(フルハートジャパンの)営業課長がまねするなど、いい連鎖も生まれています」などと答えました。
トークセッション終了後には交流会も開かれ、國廣さんと参加者が名刺交換しながら、さらに活発な会話を交わしていました。
デザイン経営パーラ―は今後、全国を回りながら、デザインの力で経営を前に進める中小企業経営者を囲んだ交流の輪を広げる予定です。