目次

  1. 「家族で家業のこと話せる雰囲気に」
  2. 家庭内の会話、事業承継の関心育む
  3. 子どもがどの道を選んでも応援する覚悟を
  4. 学校生活とビジネスでの「リーダーシップ」の違いに注意
  5. 家業への関心、出店型教育に効果

ーー帝国データバンクの調査では、親族内承継の割合が下がっています。ツギノジダイのインタビューで事業承継した後継ぎに話を聞いても、大学卒業または就職するまで家業のことに関心を持っていない割合が高いという現状があります。

事業承継の就任経緯別推移(帝国データバンクのプレスリリースから)

 昔は事業家ファミリーに生まれたら長子が継ぐのが当たり前でした。しかし、キャリアの選択肢が増えた今、親が家業や事業承継の話をすることを、なんだか遠慮しているような感じがしています。

 事業家ファミリーの学生さんと接することが多いのですが、「親が家業の話をしないから自分に継いでほしくないのだと思っていた」「継ぎたいと言える雰囲気がなかった」ということも耳にします。

 事業家ファミリーで、家業や事業承継の話をしないほうが、むしろ不自然ですよね?

 日本は世界有数のファミリービジネス大国なのに、どうしてこうなってしまったのでしょう。もっと家族で家業のこと、事業承継のことを話せる雰囲気になってほしいと思っていて、私はそのきっかけを作るような活動や教育をしています。

ーー先行研究も含めて、後継ぎが家業に関心を持つにはどんなことが必要なのでしょうか?

 複数の先行研究(※)で、家庭内での事業での会話と、家業の見学や手伝い経験が、事業承継への関心を育むということがわかっています。

 私も事業家ファミリー出身ですが、父の興した小さな事業が少しずつ大きくなって、従業員が増えていき、会社も家も大きくなって……といった幼少期の記憶が、ビジネスやマネジメントサイエンスへの興味の元になった実感があります。

 私の場合は弟が承継することが決まっていたので、事業承継ではなく自分で事業を興すことに興味が向いて行きました。しかし、弟は家業やビジネスより、別の分野に興味があったようでした。

 きょうだいの中でビジネスに向いているのは私で、弟ではなかったんですね。結局、弟は芸術関係の仕事に就き、家業は清算しました。

 一度、家業を担当する銀行の方から「長女(私)が男に生まれなかったのが、ワシの運の尽きだった」と父が涙ぐんでいたと聞いたことがあります。性差に捉われず事業承継を考えるには、まだ時代が早かったのかもしれません。

(※)Le Breton–Miller, I., Miller, D., & Steier, L. P. (2004). Toward an integrative model of effective FOB succession. Entrepreneurship theory and practice, 28(4), 305-328.

Stavrou, E. T. (1999). Succession in family businesses: Exploring the effects of demographic factors on offspring intentions to join and take over the business. Journal of small business management, 37(3), 43-61.

Birley, S. (2002). Attitudes of owner-managers' children towards family and business issues. Entrepreneurship Theory and Practice, 26(3), 5-19.

ーーただし、子育て中の後継ぎたちに話を聞くと、自分の子どもの将来について家業を継がせることだけに縛り付けたくないという意見が大半でした。一方で、これまでのインタビューでは、家業に愛着・関心を持つ後継ぎは、子どものころから何らかの形で関わっていることも見えてきています。となると、子どもと家業のことについて話しながら、従業員承継、第三者承継も含めて考えておくのがよいでしょうか?

 まず、従業員承継、第三者承継はそれぞれの難しさがあり、中途半端な取り組みでは失敗しやすいので、これは慎重に決めたほうがいいと思います。

 私は最も良い選択は親族内承継だと考えています。特に地方都市のビジネスの場合は、家風やファミリーヒストリーがビジネスと強く結びついているためです。

 子どもが自然に事業承継を選んでくれたら嬉しいし、それ以外の選択を選んでも応援したいですよね。

 まずそう覚悟を決めましょう。

 たとえ事業を承継しなくても、マネジメント能力やゼロからイチを生み出すチカラ、ビジネスへの関心や知識は生きていく限り必要なものです。

 それを早くからお子さんと共有していくという心構えからまずは始めてみてはいかがでしょうか。

ーー事業承継する、しないに関わらず、子どもが将来ビジネスをするうえで小学校から大学までの期間にどんな能力・スキルを身につければよいでしょうか?普段の生活・教育で実践できることもあればおしえてください。

 学校で必要とされているリーダーシップは、ビジネスや実社会で必要なリーダーシップとまったく違うという観点を、親自身が持つことが大事だと考えています。

 ある高校スポーツで活躍した選手が引退に際して「これからも皆の上に立ち、皆を引っ張っていきます」と挨拶しているのを聞いて、社会で苦労するかもしれないな、と思ったことがあります。大きい声を出すことや、皆の前でハキハキと意見を述べることがリーダーであると受け止めているのではないかと思ったからです。

 ビジネスや実社会でのリーダーは、仲間や部下を励まし、巻き込み、人を動かし、目標を達成し、また次の目標を探索していく存在です、人の上に立つことがリーダーシップではありません。

 学校の先生の「リーダーシップがあります」とか「優しい性格です」と言ったコメントをそのまま受け止めて、後継者向きかどうかを判断される方を時々見かけます。

 普段の生活の中で子どもを、同僚や仕事仲間のような目で見てみましょう。

 すると、子どもの適性や必要なことが見えてきませんか? 事業計画の作り方やマーケティング、経営戦略なんて、大学に入って学べばいい話です。

 経営者となる素養、土台を18歳までに作る。これは家庭で、親御さんしかできない、大事な仕事です。

ーー最後に、子どもたちにはどんな事業承継または起業家教育をするのが良いでしょうか?事例も交えつつ、それぞれの家庭でもできることを教えてください。

 文科省は今、小中学生への起業家教育を進めようと急ピッチで準備を進めています。いろんな自治体が起業家教育イベントをやっていますので、ぜひ情報を入手して参加していただきたいです。

 私も過去3年、石川県や新潟県で、事業承継ファミリーの親子を対象にした起業家教育を実施してきました。バーチャル起業や新規事業開発、一緒にお店を出す出店型教育など様々やりましたが、最も効果があったのは出店型教育でした。

 2022年8月、石川県の夏祭りで、事業承継ファミリーのこどもたちが出店をしてビジネスを学ぶシステムをデザインする実験を実施しました。実験には、法政大学デザイン工学部システムデザイン学科の学生も参加しました。

出店型教育の事例(研究室提供)

 翌朝、参加した子のお母さんから「先生!息子がもっと働きたいから仕事探してくれって!会社継ぐって言っています!」と涙声の電話がかかってきて飛び起きました。

 その後も「お父さんの会社で働かせてくれと言い出した」「弟に一緒に店をやろうと言っている」など様々な家庭から連絡があり、こっちがショックだったくらいです。

 その時だけかなと思ったのですが、2週間後と半年後に電話調査してもまだ言っていたので、相当効果があったみたいです。さらにはうれしいことに、あるご家庭では、家業の片隅で親子出店を始められてもいました。

 事業承継しろとは一言も言わずに一緒に夏祭りに出店しただけだったのですが、元々の事業家ファミリーの下地があるお子さんですから、リアルビジネスの経験が加わり、化学反応が起きたようです。

 もし、家庭でやるなら、地域のマーケット型イベントに家族で出店するなどは効果がありそうです。ただ子どもとの出店は安全面の配慮など非常に難しいので、しっかり準備してからにしてください。

 2023年度の「東京都と大学との共同事業」に、私たちの出店型教育プログラムが採択されました。子どものビジネス体験イベントをもとに、起業家ゼミのマニュアルと動画を作成し、講習会を実施します。これらにより、地域のイベントや町内会、学校などで、子どもが起業を学ぶコミュニティを形成し、「TOKYO子供起業家教育モデル」を進めていきたいと考えています。