リアル店舗の二つの側面とは 三省堂書店5代目が描く将来ビジョン
三省堂書店5代目社長の亀井崇雄さん(46)は、システムエンジニア職を経て家業に入り、電子書籍の事業化などの新規事業を手掛けました。2020年11月に先代の父から社長職を継ぎ、内部の老朽化が進んだ本店の建て替えを進めます。建て替え後の本店の姿や、出版不況が続くなかでのリアル書店のありかたについて話を聞きました。キーワードは「網羅性」と「偶発性」だといいます。
三省堂書店5代目社長の亀井崇雄さん(46)は、システムエンジニア職を経て家業に入り、電子書籍の事業化などの新規事業を手掛けました。2020年11月に先代の父から社長職を継ぎ、内部の老朽化が進んだ本店の建て替えを進めます。建て替え後の本店の姿や、出版不況が続くなかでのリアル書店のありかたについて話を聞きました。キーワードは「網羅性」と「偶発性」だといいます。
――本店の建て替えは、いつごろから話があったのですか。
(2022年の)数年前から検討を始めました。1981年に建てられた本店ビルは、建物自体は堅牢ですがエスカレーターや配管などの設備が老朽化しており、部分的なメンテナンスだけでは立ち行かなくなりつつありました。
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「次に何か大きなトラブルが起きたら、設備を丸ごと入れ替える必要がある」とシミュレーションをするうちに、いっそのことビルごと建て替えた方が長期的に得策ではという話になりました。
社内で建て替えにゴーサインが出て、金融機関から借り入れをした直後に、コロナ禍となりました。そのまま建て替えを進めざるを得ないタイミングでした。
――仮店舗は、元の店舗から300メートルほどの近さで、同じ靖国通りに面しています。「よくこんな物件が見つかりましたね」という印象です。
本当に、ご縁と言うしかないです。建て替え中の2~3年という期間限定で、神保町の路面にあるビル一棟が借りられるとは思っていませんでした。それまでは、小規模な仮店舗を神保町周辺に複数開き、本のジャンルごとに分散させて営業するという案も検討しました。
――建て替え期間が2~3年ならば、割り切って「仮店舗をやらない」という選択もあったのではないでしょうか。
やらないことも検討しましたが、あえて仮店舗という選択をしたのは、神保町という地でお客様との接点を無くしたくなかったからです。
うちに来てくださるお客様は、「三省堂なら見つかるはず」という信頼のもとに、本を探しに来られます。一時的であっても、そういった方々との接点を断ってしまったら、「本店がリニューアルしました」と言ったところでどれぐらい戻ってきてくれるのかと。私たちの創業の地、神保町の書店の火を消してはならないという、使命感のようなものもありました。
――本店の一時閉店が5月8日で、仮店舗の開店が6月1日でした。間は1カ月もありません。
現場のスタッフがとても頑張ってくれました。3月末ごろに仮店舗のビルがまっさらの状態になってから少しずつ準備を進めていきましたが、一時閉店の準備と同時並行です。コストを最小限に抑えるために、本棚などの什器は本店のものをそのまま移したため、準備のほとんどがギリギリのタイミングでした。商品は、閉店時にいったん全て返品し、仮店舗用にゼロから仕入れ直しました。
――大変でしたね。
現場はかなり疲弊したと思います。新規の店舗立ち上げとは違う忙しさでした。「仮でもいいから営業してほしい」という長年のお客様からの声に応えようと、「やるしかない」という一体感がありました。仮店舗で営業しながら微調整していった部分もあります。
――仮店舗の手応えはいかがですか。
これまでのお客様が引き続き来店してくださっていると感じます。仮店舗は、本店よりもオフィス街に近いエリアにありますが、本店と同様に週末の売り上げが高いからです。「本のまち神保町」の本店の特徴として、平日よりも週末の売り上げが1.5倍ほど高くなります。
「クラブ三省堂」の会員データからも、同じ傾向が読み取れます。うちのファンでいてくださる方々がうまく引き継げていると感じます。他の書店もあるなかで、わざわざうちの仮店舗に来てくださるのは、本当にありがたいです。
――仮店舗ならではの取り組みはありますか。
限られたスペースを生かした陳列をしています。7月から9月にかけて展開した「短歌を贈る」フェアでは、各フロアのいたるところに短歌を散りばめ、1階に「短歌ガチャ」を設置しました。本のおすすめポイントを詰め込んだ、手書きのPOP(ポップ)もこれまで通りです。
――ポップは名物でもありますね。
ポップはリアル書店の、意思表示のための重要なツールです。本好きのスタッフが自発的にやっており、会社から特に口をはさむことはありません。好きだったり得意だったりする領域で売り上げを伸ばしてほしいと思っています。逆に、ポップをそれほど展開しない店舗もあり、そこは現場の裁量に任せています。
――建て替え後、本店はどのような建物になりますか。
現時点では、旧本店よりも高層の建物を考えています。上層フロアをオフィスとして貸し出すことで、新たな収益の柱を作ろうという意図があります。リアル書店を愚直に続けていくために、それを支えられるようなビジネスモデルが実現できればと考えています。
――既存の販売システムの改善はお考えですか。
この先期待しているのは、RFID (Radio Frequency Identification)ですね。商品に電子タグを付けて管理することで、迅速で正確な在庫管理や、万引きの防止につながります。うちだけでなく、業界全体の物流の効率化が期待されます。業界の変化について行けるように、うちもしっかり準備していかなければと考えています。
――個別の企業の取り組みだけでは限界があるということですね。
出版社や取次会社は、私たちにとっては大切な取引先であり、ともに未来の出版業界のありかたを考える仲間だとも思っています。しかし企業努力が個別のため、現状の仕組みのままでは三者三様に先細りが見えていると感じます。業界全体で難局を乗り切る動きができればと考えますが、うちだけでは難しく、もどかしさもあります。
――改めて、リアル書店の役割とは何でしょうか。
お客様と本との出会いをつくることです。うちの場合はふたつの側面があります。一つは、お客様が求めている本が確実に置かれているという「網羅性」です。そのために、1冊でも多く本が置ける棚の配置を工夫しています。
もう一つは、お客様が偶然1冊の本に出会う「偶発性」です。店内に置かれた本の一冊一冊は、あらゆる世界につながる「知の入口」です。お客様に店内を回遊していただくことで、世界を見渡した感覚が得られるような店づくりを目指しています。
――新しい本店では、レイアウトを大きく変えるということですか。
バランスが難しいですね。神保町の本店に足を運んでくださるお客様のうち、最も多いのは50~60代の男性で、年配の方々です。本店の売り上げを支えてくださるお客様を大切にしつつ、新しいお客様にも来ていただきたいです。長年のお客様に安心してご来店いただきながら、あまり本を読まない人にも「ちょっと行ってみたいな」と感じてもらえるような空間がつくれればと思います。
――亀井さん自身は、どういう場面で本を読むのですか。
すき間時間に読んでいます。昼休みや仕事帰りに、カフェにさっと入って読むことが多いです。かばんの中に必ず入っているのは小説と、仕事で必要なビジネス書や自己啓発書です。小説は仕事を離れて気分転換するためのもので、北方謙三さんの歴史小説が好きですね。あとはうちの店頭や売上データから、上位にある本を手に取ります。漫画は電子書籍で読むことが増えました。
――最後に、後継ぎ経営者に向けたメッセージをお願いします。
仕事やプライベートで迷うことがあれば、本の力を借りてみてください。それぞれの会社や家族に事情があり、そのなかで最適解を探していると思います。書店では、さまざまな局面でのヒントになるような本をそろえています。
うちだけではありません。全国の書店が、本は最上の情報ツールだと自負して、お客様に提案できるように頑張っています。本が経営のお手伝いになるよう努力しています。ぜひ、書店に足をお運びください。
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