目次

  1. なぜ、チャイナプラスワンか
    1. 地政学的背景 米中間で高まる摩擦
    2. 経済的背景 対中投資意欲は減少傾向
  2. チャイナプラスワンの候補国はASEANかインドか
  3. チャイナプラスワン戦略の検討手順とポイント

 PwC Japanグループが2023年8月にオンラインで実施した企業の地政学リスク対応実態調査(海外で事業を展開する売上規模年100億円以上の企業に勤務する管理職343人にオンラインで実施)で、今後3年間での中国事業への投資の位置付けについて尋ねたところ、優先投資先との回答は54%と前年比で14ポイント下がりました。

【企業の地政学リスク対応実態調査2023】海外で事業を展開する売上げ規模年商100億円以上の企業に勤務する管理職343名を対象に、2023年8月にオンラインで調査を実施(一部の設問は国内のみで事業を展開する企業にも調査)
【企業の地政学リスク対応実態調査2023】海外で事業を展開する売上げ規模年商100億円以上の企業に勤務する管理職343名を対象に、2023年8月にオンラインで調査を実施(一部の設問は国内のみで事業を展開する企業にも調査)

 調査結果からは、サプライチェーンの拠点や市場としての中国の位置付けが少しずつ変わろうとしている様子が見えてきます。

 その動きとして表れているのが、中国以外の国々にもリスク分散の観点から投資する「チャイナプラスワン」です。

 では、なぜ日本企業の間でチャイナプラスワン戦略への認識が広がっているのでしょうか。尖閣諸島の領有権問題など、日本と中国との間には多くの外交的課題がありますが、中国は依然として日本にとって最大の貿易相手国です。

日中貿易の推移(輸出額は中国の通関統計による対日輸入額、輸入額は日本の財務省貿易統計による対中輸入額から)

 第一に、地政学的背景が大きく影響しています。

 トランプ前政権は2018年から米国の対中貿易赤字を是正する目的で、4回に分けて3700億ドル相当の中国製品に最大25%の関税を課す措置を発動し、米中の間で貿易摩擦が激化しました。

 米中貿易戦争と呼ばれるものですが、これはトランプ氏と相反する価値観、主義に撤するバイデン政権にも継承されて、今日でも米中貿易摩擦は続いています。

 バイデン政権も5月半ば、中国製のEV、レガシー半導体、太陽電池、車載用電池、鉄鋼、アルミニウムなど日本円で2兆8000億円相当の中国製品に対する関税を引き上げる方針を発表しました。

 中国製EVの関税は現行の25%から4倍の100%、太陽電池は25%から50%などに引き上げられます。トランプ氏もバイデン大統領も対中姿勢で大きな違いはないことから、秋の米大統領選の行方に関係なく、2025年以降も米国は対中国で貿易規制を拡大していくことになるでしょう。

 そして、チャイナプラスワン戦略の重要性をさらに高めているのが、近年の米中半導体覇権競争です。

 バイデン政権は2022年10月、中国による先端半導体の軍事転用を阻止するべく、同分野での輸出規制を強化しましたが、米国のみでは先端半導体そのものの獲得、材料や技術の流出を抑えられないと判断したバイデン政権は2023年1月、先端半導体の製造装置で高い技術力を誇る日本とオランダに対して足並みを揃えるよう要請しました。

 日本は7月、先端半導体の製造装置など23品目で中国への輸出規制を開始しましたが、当然ながら、それは中国の日本への貿易上の不満を強めることになりました。

 その後、中国は半導体の材料となり、日本がその多くを中国に依存する希少金属ガリウムとゲルマニウムの輸出規制を強化し、2023年8月からは日本産水産物の輸入を全面的に停止しました。

 中国は外交関係が冷え込んだ相手国に対して、経済的威圧を仕掛けることが断続的に見られます。

 蔡英文政権の際、中国は台湾産の果物類や魚介類の輸入を一方的に停止し、オーストラリア産のワインや牛肉などもその対象になりましたが、日本産水産物の全面輸入停止も同じ論理で考えることができます。

 実際、輸出の多くを中国に依存してきた水産加工会社などは、これによって大きな経営的衝撃を受け、水産物の輸出先を多角化し、インドネシアやタイなどASEANを強化する方針を示す企業もあります。

 まさに、これは日本企業のチャイナプラスワン戦略に当たりますが、米中の半導体覇権競争の長期化が避けられず、今後も米国が日本に同調圧力を示す高い蓋然性がある中では、異なる業種業界の日本企業が影響を受ける可能性があります。

 こういった不透明な状況がチャイナプラスワン戦略への認識を広めているのです。

 また、経済的な背景もあります。21世紀以降、中国は目覚ましい経済発展を遂げ、世界の工場から経済大国として変貌しましたが、中国の経済成長率は近年鈍化し、以前のような勢いを取り戻すことは難しいと考えられます。

 また、不動産バブルが崩壊し、若年層の失業率は15%から20%と非常に高く、今後の中国経済の先行きは明るくありません。

 新型コロナにおけるゼロコロナ政策もあり、若者たちの習政権への経済的、社会的不満も強まっているとみられます。こうしたなか、日本貿易振興機構によると、2023年の日中の貿易総額は前年比10.4%減の3347億974万ドルとなり、過去最高を記録した2021年から2年連続で減少したほか、減少幅も拡大しています。

 さらに、日本企業の間で新たな対中投資意欲は減少傾向にあります。チャイナプラスワン戦略の広がりの背景にはこういった事情が影響しています。

 では、チャイナプラスワンではどのような国が候補となるのでしょうか。これは企業によって経営方針やニーズが異なるので、結局のところは各論的に見ていくしかありませんが、インドや東南アジアが主な候補国となるでしょう。

 長年、タイやインドネシアなど東南アジアは日本企業の主要な進出先ですが、中国以上に今後も経済発展が大きく期待されます。

 ベトナム、フィリピン、マレーシア、タイ、インドネシアなどは5%から10%の経済成長率を示し、親日的な国々ですので、脱中国依存を強化し、その分を東南アジアにシフトさせるチャイナプラスワン戦略を進める日本企業の数は今後増えることが予測されます。

 また、グローバルサウスの盟主であるインドは、今後数年でドイツや日本を経済力で上回り、世界第3位の経済大国になるとみられ、世界市場の中でもインドの影響力が拡大していくでしょう。

 インドは世界最大の人口を誇り、今後日本企業にとっての市場としてインドの重要性は飛躍的に高まります。中国からインドというのは、チャイナプラスワンの代表格になるかも知れません。

 しかし、チャイナプラスワン戦略でも課題はあります。当然ですが、東南アジアやインドには中国にはないリスクも存在します。

 たとえば、当局によって統制が強化されている中国では政府に対する激しい抗議デモなどはあまり考えられませんが、東南アジアやインドなどでは政権に対する市民の不満の声が広がり、それが抗議デモという形で現れることはリスクとして現実的に考えられます。

 また、以前より安定していますが、インドネシアやフィリピン、タイなどでは反政権的なイスラム過激派が活動しており、中国よりテロの潜在的脅威は高いと言えます。

 物流のサプライチェーンという視点でも、インドや東南アジアに依存するということは、南シナ海や台湾東部海域など日本のシーレーンを航行することを意味します。昨今、南シナ海では中国とフィリピンの間で緊張が高まっており、台湾有事の潜在的リスクは依然として残ります。

 チャイナプラスワン戦略では、候補とする国々のカントリーリスク、候補国と日本を繋ぐシーレーン上の地政学リスクなど、中国にはなかった新たなリスクを想定し、総合的な観点から判断することが極めて重要になります。

 チャイナプラスワン戦略を検討するにあたっては、まずは中国依存を継続していればどのようなリスクがあるか、具体的には経済的威圧や改正反スパイ法による邦人拘束などを想定し、他で代替できそうな国々を検討します。

 そして、シフトできそうな国家が抱える政治や経済、その周辺国を含む地域の情勢などを検討し、比較考量して結果、代替国の方が良ければチャイナプラスワン戦略を実行に移します。

 今後、チャイナプラスワン戦略を進める日本企業の数が増えることが予想される一方、候補国との比較によって“中国回帰”、“中国維持”といった判断になるケースも表面化してくるかも知れません。

 いずれにせよ、チャイナプラスワン戦略は企業にとってデカップリングとなるのではなく、デリスキングとなる方が現実的と言えるでしょう。