目次

  1. 処理水の海洋放出 中国が即日で対抗措置
  2. 観光も不買運動も 輸入停止にとどまらぬチャイナリスク 
  3. 中国と取引のある日本企業の懸念とは 対応策も紹介
    1. Q:駐在員の安全が脅かされる可能性は?
    2. Q:改正反スパイ法で拘束されるケースが増えるのでは?
    3. Q:貿易摩擦に拍車がかからないか?
  4. 経営者に求められる「一極集中の回避」

 東京電力が福島第一原発の処理水の海洋放出を始めたのは2023年8月24日です。同じ日に、中国の税関総署は8月24日、原産地を日本とする水産物の輸入を全面的に停止すると発表しました。

 これによって、売り上げの半分以上を対中輸出に依存してきた地方の水産加工会社や漁業組合の間では動揺が広がっています。

 今後、日本政府や東電が金銭的補償を実施するとみられますが、まさに今回の件で地方の中小企業はチャイナリスクに真正面からぶつかることになりました。

中華人民共和国向け農林水産物・食品の輸出(品目別内訳)。品目別ではホタテ貝が467億円、なまこ(調製)が79億円、かつお・まぐろ類が40億円などが輸出品目上位にくる。農林水産省の公式サイトから https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/e_info/zisseki.html

 また、福島第一原発の処理水放出以降、中国の一部航空会社で日本に向かう便の予約が3割減少していると報じられるなど、日本の観光業界への影響も広がっています。日本各地の観光地や温泉地では、中国人観光客が再び戻ることによる売り上げ増を期待している中小企業も多く、影響の拡大が懸念されます。

 一方、中国各地にある日本人学校や領事館などには石や卵が投げ込まれ、周辺からは反日的な落書きが発見されました。

 また、ネット上では日本製品の不買運動が呼び掛けられるなど反日的なメッセージや動画が今でも閲覧、投稿できるようで、北京にある日本大使館が在中邦人に対して注意を呼び掛ける事態となっています。

 今日、中国に進出する、中国と取引がある日本企業の間では動揺が走っています。全ての企業の動向を把握しているわけではありませんが、筆者周辺ではこれまでに以下のような懸念が聞かれます。

 まず、中国に進出し、駐在員を中国各地に派遣している企業の間では、今後の日中関係を危惧する声が多く、関係悪化によって今後さらに反日的キャンペーンがヒートアップし、現地にある工場やオフィスが暴力の対象となり、破壊行為や略奪行為が横行するだけでなく、駐在員や帯同家族の安全が脅かされるのではとの懸念が多く聞かれます。

 筆者としては、2005年や2010年、2012年にも似たような事態があったが、それによって日本人が被害を受けたケース、企業が中国市場から撤退したケースが増えたわけではないので、過剰に心配する必要ないものの、中国を取り巻く地政学リスクを考慮し、中国事業のスマート化、可能な限り第三国シフトを図るようアドバイスしています。

 7月に施行された改正反スパイ法により邦人が拘束されるケースが増えるのではとの不安も聞かれます。改正反スパイ法ではスパイ行為の定義が大幅に拡大されたことから、施行直後から拘束されるリスクが高まることへの懸念が企業から聞かれましたが、今回の件でいっそう不安の声が広がっている状況です。

 これについてもアドバイスは同じようなものになってしまうのですが、できる限り中国への出張は控え、オンライン会議で実施するよう提言しています。実際企業の間ではできる限り中国出張を避けるケースが広がっているように感じます。

 一方、貿易面からの懸念も広がっています。今日、日中間で貿易摩擦が激化し、今後さらにそれに拍車が掛かる恐れがあります。中国が日本産水産物の輸入を全面的に停止した背景には、1つに中国側の対日不満があります。

 先端半導体分野で遅れをとるものの、今後それを獲得する必要がある中国は、日本が7月下旬、米国と足並みを揃える形で先端半導体分野23品目の対中輸出規制を始めたことに強く反発しました。

 その後、中国は半導体の材料となる希少金属ガリウム・ゲルマニウムで輸出規制を8月に開始し、今回の全面輸入停止はその延長線上にあります。中国側の貿易面での日本への不満はこれまでになく強まり、今後も対抗措置が取られる可能性が高いと言えます。

 今回、日本の水産業界をチャイナリスクが襲ったということで、筆者周辺の企業の間では、“標的は半導体関連だけではない”、“非製造業にも影響は及ぶ”、“どの業種がダメージを被るか全く見えない”といった声が業種を問わず聞かれます。

 このままの地政学的環境が続けば、日中間の貿易摩擦が拡大する可能性が高く、それだけ影響を受ける企業は増えることでしょう。

 こういった状況で、筆者が経営者や企業担当者たちにアドバイスしているのは、一極集中の回避と貿易相手国の多角化です。

 日本企業の中には中国依存が極めて高いケースが少なくありません。これまではそれで良かったかも知れませんが、経済的威圧が横行し、経済安全保障が重視される今日の世界では、一極集中が瞬時に経営を圧迫させるリスクがあります。

 今回のケースからもそれは一目瞭然で、たとえば中国に魚介類を輸出できなくなった企業としては、たとえ今後中国向け輸出が再開できたとしても、ASEANやインドなど第三国の中国撤退が短期間のうちに進むことはありません。しかし、企業の間でも地政学リスクへの関心が徐々に広がってきていることは確かで、今回のケースも影響し、今後は中長期的視点で日本企業の脱中国依存は進んでいくものと考えられます。