中国がガリウム輸出規制 激化する半導体覇権競争で日本企業の注意点を解説
和田大樹
(最終更新:)
日中貿易の推移(輸出額は中国の通関統計による対日輸入額、輸入額は日本の財務省貿易統計による対中輸入額から)
中国は2023年8月1日から半導体の材料となる希少金属であるガリウムとゲルマニウムの輸出規制を導入します。日本はガリウムの輸入を中国に依存しており、日本の半導体関連企業にも影響が出る可能性があります。中国政府の報道官は特定の国々を意図的に狙ったものではないと説明していますが、その後のメディア報道で、中国元商務次官がガリウムなどの希少金属の輸出規制は始まりに過ぎず、さらなる制裁措置や手段があり、中国のハイテク部門を標的にした規制が続くなら対抗措置はエスカレートしていくだろうとの見方を示したことが報道されました。
中国がガリウム・ゲルマニウムの輸出規制をする背景
中国の商務部によると、2023年7月3日、中華人民共和国輸出管理法、対外貿易法、税関法にもとづき、ガリウムおよびゲルマニウムの関連品目に対して輸出管理を実施する旨の公告を発表しました。
公告は、詳細な関連品目を挙げたうえで、輸出事業者はこれらの品目を輸出するにあたって、省レベルの商務主管部門を通じて商務部に申請を行い、エンドユーザーや最終用途の証明などを提出しなければならないと説明しています。
ガリウムなどは、液晶テレビのバックライトなどの白色発光ダイオード、スマートフォンの顔認証に使っている面発光レーザーや液晶テレビなどに欠かせない物資で、中国が世界生産の9割を占めており、日本も中国からの輸入に頼っています。
中国は、なぜ半導体の材料となるガリウムとゲルマニウムの輸出規制に踏み切ったのでしょうか。
それには、先端半導体を巡る米主導の対中輸出規制があります。バイデン政権は昨年秋、先端半導体の製造装置や技術における対中輸出禁止措置を発表しました。
そして、米国単独では中国への流出が防止できないと判断したバイデン政権は今年に入り、先端半導体の製造装置で高い世界シェアを持つ日本とオランダに対して同様の規制を強化するよう要請し、オランダが先行する形で日本も3月、先端半導体分野の流出を抑えるべく、繊細な回路パターンを基板に記録する露光装置、洗浄・検査に用いる装備など23品目で対中輸出規制を敷くことを明らかにし、7月23日から実行に移されました。
西村経産相は、輸出管理強化措置について、これまでの会見のなかで「特定国を念頭に置くことなく、国際ルールに整合的に行っている」と説明していますが、中国側は日本に対し「深い遺憾と不満」を表明し、厳正な申し入れをしたことを明らかにしています。
貿易と安全保障、今後も攻撃の応酬の可能性
中国の習政権は、人民解放軍の近代化、軍備のハイテク化を押し進め、世界一の軍隊を創設することを目指しており、AI兵器や自律型誘導兵器などを大量生産、保持するためにはまず先端半導体を確保する必要があるのですが、この分野では、米国や日本、オランダや台湾などが優勢な立場にあります。
先端半導体は人工知能AIやスーパーコンピューター、ハイテク兵器の開発に欠かせない重要物資で、今日それを巡って米中間で対立が激しくなっています。
今日、米中対立は軍事や安全保障、経済や貿易、先端技術や人権、支援やサイバー、宇宙などあらゆるドメインで展開されていますが、企業目線ではやはり経済や貿易のドメインが気になるところです。
しかし、米中双方の幹部が定期的に会合を開くなどして緊張緩和を目指していますが、既にそれは二国間関係を発展させるものというより、高まる緊張を如何に抑えるかというもので、この対立は中長期的に続くことが濃厚です。
そして、今日、台湾情勢で緊張が高まり、その有事発生のリスクもある中、双方が軍事的な不満を経済や貿易の世界で晴らすことも十分に考えられ、米中の経済、貿易のドメインを舞台にした攻撃の応酬がいっそうエスカレートする可能性があります。
日本企業が注意すべき2つのポイント
このような状況の中、日本企業が注意すべきポイントが2つあります。
半導体以外にも影響が波及するリスク
1つは、半導体以外の分野にも影響が波及する恐れです(すでにウイグルでの強制労働などあるが)。冒頭で説明したように、7月に中国がガリウムとゲルマニウムの輸出規制を発表しましたが、今まさに米中では半導体分野で緊張が特に高まっており、米国は半導体分野で今後も中国への制裁措置を発動していく構えです。
そうなれば双方の間で半導体分野の貿易摩擦がいっそう拡大するだけでなく、バイオテクノロジーなど他の先端技術分野、レアアースなど天然資源の分野など、他の領域にも貿易摩擦が拡大し、影響を受ける日本企業の範囲が拡大してしまうことが懸念されます。
日本が米中貿易摩擦に巻き込まれるリスク
もう1つが、日本が米中貿易摩擦に巻き込まれるリスクです。米中貿易摩擦とは文字通り、米中2国間の問題というイメージがありますが、最近その当事者数が増えているように感じます。
米中貿易摩擦を開始したトランプ政権は米国第一主義を掲げ、中国に対する貿易規制に拍車を掛け、中国もそれに対抗していきましたが、それはまさに二国間摩擦だったと言えます。
しかし、同盟国や友好国とともに中国に対応していこうとするバイデン政権になって以降、米中貿易摩擦のステークホルダーは増えています。先端半導体規制に関する米国の日本とオランダへの要請、そして、台湾や日本などと強靭で安定的な半導体サプライチェーンの構築を目指すバイデン政権により、日本もそれに巻き込まれるリスクが高まっています。
中国は貿易摩擦において米国以外の国にも不満を強めています。今回の規制発表でも、たとえば、中国共産党系の機関紙「環球時報」は7月4日、「米国とその同盟国は中国の主要材料輸出の制限に込められた警告に耳を傾けよ」と題した社説を発表しており、中国側は米国と足並みをそろえる日本へも不満を強めています。
米中貿易摩擦とちなんで日中貿易摩擦と表現するような段階ではないですが、このリスクは今後いっそう高まるでしょう。
中国は日本にとって最大の貿易相手であり、日本は車の部品や液晶テレビ、タブレット端末、ノートパソコンなど多く品目で中国依存が強く、どういった分野で貿易規制が発動されるかは分かりませんが、特に中国依存が高い品目、代替が効かない品目などで中国から経済的威圧が仕掛けられる恐れがあります。
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この記事を書いた人
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和田大樹
一般社団法人 日本カウンターインテリジェンス協会 理事
清和大学講師、(株)オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として安全保障分野の学術研究に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。
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