酒屋がクラフトビール醸造を始めた理由 コロナで売上10分の1でも…
新潟でも有数の観光地・弥彦神社(弥彦村)のそばにある地酒屋が、事業承継をきっかけにクラフトビールの醸造を始めました。その矢先、新型コロナウイルスの影響で売り上げが前年比10分の1までに減少。その危機をどうやって乗り切ろうと考えているのでしょうか。弥生商店の代表取締役・羽生雅克さんに聞きました。
新潟でも有数の観光地・弥彦神社(弥彦村)のそばにある地酒屋が、事業承継をきっかけにクラフトビールの醸造を始めました。その矢先、新型コロナウイルスの影響で売り上げが前年比10分の1までに減少。その危機をどうやって乗り切ろうと考えているのでしょうか。弥生商店の代表取締役・羽生雅克さんに聞きました。
――小さな頃は家業の酒屋「弥生商店」をどんな風に思っていましたか?
幼い頃は酒屋というよりも、村や集落に何軒かあった雑貨屋のイメージでした。冷蔵庫にタコやウィンナーがあり、棚には洗剤・お線香が置いてある中に、お酒やビールも売っているお店でした。
――いつ「地酒専門店」に切り替わったのでしょうか。
弥彦村のある西蒲原郡にはディスカウントストアの進出が早く、ビールの値段が安い店が多かったんです。専門性が高くないと足を運んでもらえない、生き残っていけないと考えた父・羽生信二の代で、「地酒専門店」に事業転換したと聞いています。
――「後を継ぐ」ことを意識したのはいつでしたか?
自分は長男で、色んな方から「酒屋になるんだろう」と言われ、完全に刷り込みでしたね。父から「継いで」と言われたことはありませんでしたが、暗黙の了解というか。むしろ母の方がはっきり言っていた気がします。
中学生ぐらいから、「お酒の造り方が分からないのにこの道に進むことはできないな」と感じるようになりました。
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――東京農業大学農学部醸造学科(現・応用生物科学部醸造科学科)で醸造を学ばれました。研修では日本酒造りを学ばれたそうですね。
埼玉の神亀酒造です。当時は越後杜氏のもとで、集団行動から学びました。仕込みの最中でも水たまり一つなく、米一粒落ちていない。統率がとれた仕込みを見て、とても勉強になりました。
――卒業後、老舗ワイナリーで働いたのはどうしてですか?
自分の学生時代にちょうどワインブームがあって、青山のソムリエスクールでアルバイトしていました。ワインがどうしてこんな味わいになるのか、自分の手で造ってみたいと考え、山梨のルミエールというワイナリーに就職しました。
――家業に戻ったきっかけは?
別のワイナリーから働かないかとお声をかけてもらったので、そっちへ行きたい気持ちもあったんですが、先に店へ入って働いていた姉・久美子から「支店を出す」「力が必要だ」と言ってもらいました。3年後、家業に戻りました。
――2店舗目を出すことになったんですね。
本店の場所が、バイパスができて人通りが少なくなり、観光需要としての売り上げを見込むのが難しい場所になってしまいました。
そんなとき、弥彦神社の門前町にあった旅館が、後継者がおらず閉めることになりました。「弥彦に根を張って商売して下さる方にお譲りしたい」とお声がけいただいたんです。
かなり広い土地だったので、甘味処さんと分けて購入しました。もうかっていたからではなく、爪に火をともすようなかたちで出した2店舗目です。
――それが「酒屋やよい 彌彦神社前店」ですね。外観がとてもおしゃれです。
越後一宮の門前でもあり、風情のある、趣ある建物にしたいと古民家移築を決めました。
両親や家族には反対されましたが、古民家建築デザイナー、カール・ベンクスさんの建物というだけで個性的な店になり、支えになるんじゃないかなと考えました。
――2019年からクラフトビールの醸造「弥彦ブリューイング」を始めました。なぜでしょうか。
父母が引退することになり、事業承継を考えたとき、本店をどうするのか?を検討しなければなりませんでした。本店では父母が来客に対応していましたが、ほぼ売り上げがない日もあったんです。
歩いて3分のところにある本店と、神社前の支店で、同じ「地酒屋」を展開していくのがいいのだろうかと悩みました。閉めて倉庫にすることも考えましたが、その裏には生まれ育った実家がありますし、本店に歩いて訪ねてくるおじいちゃんおばあちゃんもいます。明かりを消していいのだろうかと。
だったら、地域に喜ばれ、私たちにとっても継続していく意義のある新しい事業をしようと思いました。そこで、醸造免許と飲食店の許可をとり、クラフトビールの醸造を始めて、本店にタップルームを開店しました。
――クラフトビールの醸造を選んだのはなぜでしょう?
ワイナリーで働いていたとき、ステンレスタンクの数十万円に始まり、醸造はお金がかかるから踏み込めない領域だと感じていました。
ですが、酒屋やよいのお客さんに、縦型の冷凍庫に食品用のポリ袋を使って醸造する「石見式」でビールを造っていた人がいらっしゃったんです。しかも味もおいしい。
縦型の冷凍庫、チェストフリーザーは2万円から買え、初期投資がかなり抑えられます。少ない量でもビールが造れると姉の久美子に伝えたところ、「造りたい」と言ったんですね。
醸造免許の取得が一番大変でしたね。片道1時間の税務署へ100回ほど通い、1日2往復したこともありました。皆さんのご助言もあって、最終的にはスムーズに、10カ月ぐらいで免許が取得できました。
――ご両親は反対されませんでしたか。
未知の世界で、売れるのか不安もあったと思いますが、最終的には資金も含めて応援してくれました。
また、この新事業には経済産業省の事業承継補助金を活用しました。採択されて、返済の必要がない200万円の補助金が出ました。
――しかし、醸造を始めて1周年を迎える前に、新型コロナウイルスの流行となったんですね。
弥彦ブリューイングのビールは観光においで頂く方に多く選んでもらっていました。4~5月は、酒屋やよいの向かいにある旅館「みのや」もお休みに。GWの売り上げは、前年比10分の1になりました。かなり厳しい状況でした。
――観光業と密接につながっているからこそですね。
クラフトビールを消費するシーンがなくなってしまいました。タンクが空かないから次のビールを作れない。しかし、正式な発泡酒の醸造免許を取得するには、最低生産量6000リットルを作り、3年間、品質評価で「優」をとり続けなければいけません。2年目でこれか……と試練の時でしたね。
――どう売り上げを取り戻していったのでしょうか。
メディアでご紹介いただいたり、ネットショップに力を入れて、ビールの取り扱いを増やしたり。通販では瓶ビールを8本買うと送料・クール代無料を今も続けています。やっと11月、醸造計画に追いつきました。
――Facebookでは「オンラインやよいの会」を開いて、お客さんとのつながりを維持されていますよね。
毎年3月に弥彦温泉の旅館で、蔵人をお招きして赤字覚悟で開いていた「やよいの会」が、今年は開催できませんでした。新潟最大の日本酒イベント「酒の陣」も中止に。遠方のお客様とのコミュニケーションを続けたいと5月ごろから「オンラインやよいの会」を始めました。
11月には、観光協会の協力もあって、新潟のクラフトビールブルワリーが集まる「麦の陣」が弥彦で開催されました。感染対策に気を配り、新潟のビールを盛り上げるリアルイベントになったと思います。
――羽生さんから、地方を盛り上げたい気持ちを感じます。
首都圏とは違って、清酒がこれだけ強い県で、クラフトビールは飲まれ始めたばかりのジャンルです。ようやく認知度が高まってきています。
人のつながりには本当に恵まれています。すぐに行ける距離で、ローカルブルワリーの方が、自分の知らないことやノウハウを教えてくれるんです。地域のコミュニティーの中で連携をとれるのは本当にありがたいです。
――ビールには地域の農産品を使っていますね。
ブドウや枝豆、菊など、弥彦村の農産物を使った個性あるビールをつくろうと考えています。どのビールにも、弥彦村産特別栽培米「伊彌彦米」を使っています。
弥彦の井田地区の農家が「色がきていない(色づいていない)」といった理由で出荷しなかったブドウを安価でゆずってもらい、ブドウエールを造ったこともあります。農家さんも喜んで飲んでくれました。顔の見える関係に喜んでもらったり、弥彦を知らない全国の人に楽しんでもらえたり……というのはありがたいなと感じています。
――事業承継に悩んでいる後継ぎや、地方で頑張っている中小企業の経営者へメッセージをお願いします。
コロナも含め、いろんなシーンで「続けていけるのか」という不安もありますが、この仕事が大好きで、支えてくれている仲間・応援してくれている人がいるからなんとかやっています。
やっぱり弥彦が好きだから、「ここでやろう」と思ったんだとつくづく感じています。
高校2年生、1年生の息子、小学4年生の娘がいますが、自然と継ぎたくなる、選ばれるお店にしないといけない。そのためには地域に必要とされるお店にならないといけないと思っています。自社の事業が、地域の方々に喜ばれ、弥彦村の観光や農業振興の一助となればうれしいです。
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