女性「向け」ではなく「主役」の商品を 酒蔵8代目が探った顧客ニーズ
三重県伊賀市の若戎酒造は、1853年の創業以来初の女性社長が、女性をターゲットに据えて、華やかなラベルデザインや付属品にこだわった新商品を続々と送り出しています。伝統産業で女性へのブランディングを成功させるには、何が必要なのでしょうか。
三重県伊賀市の若戎酒造は、1853年の創業以来初の女性社長が、女性をターゲットに据えて、華やかなラベルデザインや付属品にこだわった新商品を続々と送り出しています。伝統産業で女性へのブランディングを成功させるには、何が必要なのでしょうか。
若戎酒造は現在15名の従業員を抱えており、伊賀地区では最大級の約1500石(一升で約15万本)の年間生産量を誇ります。代表銘柄は創業者の名前を付けた「純米吟醸 義左衛門」です。
8代目社長の重藤邦子さん(47)は、蔵の長女として生まれ育ちました。祖父で5代目の久一さんからは「この子、跡取りやから」と言われ、重藤さんも物心ついた時からそのつもりでした。「自分が経営するというより、母が蔵人のまかないを作っている姿を見ていたので、私もそういう形で家業を支えるのかなぁ…と漠然と思っていました」
栄養士の資格が取れる大学を選び、卒業後、新卒で若戎酒造に入社。その8年後には、1歳年下の妹、由里さん(現姓・久保)も入社しました。
重藤さんは入社後、事務作業や出荷手配、直営店での販売などをこなし、30代に入った頃から企画開発を手掛け、広報にも力を入れるようになります。経験を積んで、2016年秋、若戎酒造の8代目社長に就任しました。
「国酒を造る仕事に子供の頃から誇りを持っており、継承して次の代へ繋ぎたい思いはありました。社長という肩書に不安もありましたが、長年一緒に頑張ってきたスタッフたちや、妹夫婦が支えると言ってくれたことも大きかったです」
就任当時、代表銘柄の「義左衛門」をはじめ安定した味わいのお酒が主力で、長年のファンも多くいました。それでも、重藤さんは「同じことをしていたら現状維持止まり。変化と個性を生み出すのが課題で、新しいターゲットに向けた商品開発が必要だと感じていた」と言います。
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重藤さんが社長になって、最初に取り掛かったのが「女性が贈られたい日本酒」の開発でした。実は、20年以上前から東京の「日本酒女子会」に蔵元として参加。まだ女性がお酒を飲む機会が少なかった時代にも関わらず、そこには日本酒をしっかりと味わい、楽しむ参加者があふれていました。
「女性は美味しいものに出合ったり、素敵なものを見つけたりしたとき、誰かに伝えたい、贈りたいという気持ちになります。日本酒イベントの際もその場で飲んで終わりではなく、買って帰る人が多く、口コミ力もすごいと感じました」。女性の日本酒マーケットを切り開きたいという思いが、わき起こりました。
10年前からは同じ伊賀の森喜酒造場、大田酒造と、女性限定の日本酒の会「伊賀酒DE女子会」を主催。毎年全国から多くの女性が伊賀市に集い、女性の購買力、クチコミ力にさらなる確信を持ちました。「女性の立場も多様化し、ますます日本酒を楽しんでくれる層が増え、SNSによる発信力も高まりました」
重藤さんが日本酒業界に入った当時、まだまだ日本酒は男性に向けてのもので、それは若戎酒造も同じでした。先進的なメーカーでは女性向けの日本酒を出しているところもありましたが「甘い・飲みやすい・見た目が可愛い」というものが大半で、日本酒を普段から楽しむ女性のニーズからはかけ離れていると感じていました。
社長になった重藤さんは蔵の女性スタッフらと、おやつを食べておしゃべりをしながら、アイデアを引き出しました。「バレンタインデーに自分自身に高級チョコを買うような、頑張ったご褒美にテンションがあがるようなお酒がほしい」という発想から、「女性が贈られたい、贈りたいお酒」というコンセプトに辿り着き、誕生したのが「純米大吟醸 若戎 -SOUBI-」でした。
それは男性目線の「女性向け商品」ではなく「女性を主役」とした商品開発でした。「女性の目はシビアで、見た目と中身の両立は必須条件です。見た目でテンションがあがり、奇をてらうのでなく本格的な味わいという点にこだわりました。SOUBIをきっかけに若戎のファンになり、他の銘柄も味わいたいと思ってもらえるように工夫しました」
デザインは、女性のチームで制作を手がける新規のデザイン会社に依頼。バラの花束をイメージしたビジュアルから、バッグのような専用箱、ボトルの質感、付属のコースターなど細部にまでこだわりました。
SOUBIは、まずコンセプトやターゲットを定めてから、デザイン先行でパッケージを決め、中に詰めるお酒のイメージを考えてもらいました。重藤さんの思いを形にしてくれたのが、杜氏(製造責任者)の高松誠吾さんでした。
重藤さんは社長就任後、従来の若戎ブランドを維持しつつ新しい酒造りに挑むために、酒どころである山形県の有名酒蔵で活躍していた高松さんを、招き入れていたのです。「ビジュアルやコンセプトは定まっていましたが、どんな酒質にするかという難題を、高松杜氏は飄々と叶えてくれました」
高松さんが表現したイメージは「美しいバラには棘がある」。伊賀産の山田錦を50%まで磨いた贅沢な純米大吟醸で、華やかな香りの中に、スッと引き締まるようなキレのある味わいのお酒を仕上げました。「女性が贈られたいお酒は、男性も手にとってくれる」という狙い通り、2018年7月発売の初年度分2000本の売れ行きが好調で、翌年以降もレギュラー商品として定着しました。
子どもの頃から絵や文字を描くのが好きだった重藤さんは、社長就任後も商品企画の講習会で勉強を重ね、生活の中でも「いいな」と思ったものは商品開発のヒントとして意識するようにしているそうです。
「企業側の押し売りではなく、今まで日本酒のターゲットではなかった仕事も家事も頑張る大人の女性が、望むもの、求めるものを大切にしています。他の伝統産業にも通じる考えではないでしょうか」
重藤さんはSOUBIを皮切りに、季節感を打ち出した「だもん」四季シリーズ、飲み終えた後のカップを残しておきたくなる「若戎 まるみえカップ」、貴醸酒の復刻など、次々と新商品やリニューアルを手掛け、2020年には商品リーフレットも一新しました。
いずれも採用しているのは、新規のデザイナーやイラストレーターです。「たまたまですが、皆さん女性でした。素敵なデザインを目にして、いつかうちの商品に関わってほしいと、長年あたためてきた発想を形にしています」
現会長で父の久紘さんをはじめ、家族の支えが、力になっています。加えて、同じ伊賀市にある森喜酒造場で、女性杜氏のパイオニアだった森喜るみ子さんの存在も大きかったといいます。同酒造の看板商品「るみ子の酒」は、漫画「夏子の酒」の作者・尾瀬あきらさんがデザインしたラベルで知られ、県外でも人気を博します。「るみ子さんのおかげで、三重県は蔵元の女性が元気いっぱいです。だから、私のような女性社長も違和感なく受け入れられる気がします」
長年、男性中心の社会で育まれてきた日本酒文化は、女性の社会進出とともに新たなステージに入りました。重藤さん自身がターゲット層だからこそ「こんなの欲しいな」という素直な思いを出発点に、ブランディングを進めています。「いつか蔵の顔になるような商品を考えていきたいです」。伊賀の山あいにある創業167年の酒蔵が、伝統産業の可能性を切り開いています。
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