目次

  1. デジタル化は、より良い仕事をデザインするため
  2. 1990年ごろにペーパーレス化、押印廃止した組織も
  3. マイナンバー生かし確定申告を効率化するには
  4. 「リーグ戦全敗のチーム」を選びうる多数決の欠陥
  5. AI活用で「仕事をしなくても暮らせる社会」とは

2021年9月にデジタル庁が発足し、デジタル化やデジタルトランスフォーメーション(DX)が盛んに議論されるようになりました。

でも、私は「デジタル」であることが物事の本質だとは考えていません。

今回は「DXとは何であるべきか」について掘り下げたいと思います。

デジタル庁発足式で記念撮影する平井卓也デジタル相(右)と石倉洋子デジタル監=2021年9月、東京都千代田区、朝日新聞社

DXにおけるデジタル化とサービスの関係は、次の順番で発展します。

1. デジタル化することでコンピュータが扱えるデータになる
2. 通信ネットワークでデータの集約ができる(ここまでがインフラ)
3. プログラムやAIシステムによるデータの処理(情報処理)ができる
4. より良い仕事(サービス)のデザインができる

ですから、本当は「DX」ではなく「データ活用」あるいは「オンラインサービス」を謳(うた)ってほしいところです。

前提知識:アナログとデジタル

コンピュータは歴史的に機械式、アナログ式、デジタル式と進化しました。

1837年にイギリス人数学者チャールズ・バベッジが、解析機関と呼ばれる機械式汎用コンピュータを発表しました。

これは概念だけであり、実物が作られることはなかったものの、部分的試作品は残っています。

完成すれば蒸気機関で動くようにデザインされていましたが、写真のものは人力駆動です。

アメリカ・カリフォルニア州のコンピュータ歴史博物館にある、解析機関の試作品=筆者撮影

その後、真空管式のアナログコンピュータが開発されました。

「アナログ」とは「相似」の意味で、計算したい対象と等価な回路を作り、それを使って計算する仕組みです。

後述のデジタルコンピュータに比べ、複雑な演算に時間がかからないという利点があり、20世紀半ば頃まではNASA(アメリカ航空宇宙局)での軌道計算にも使われていたようです。

最近注目を浴びている量子コンピュータの計算原理もアナログです。

 

アナログ式の欠点はノイズに弱いことです。

それを克服するためにデジタル回路が開発されました。

「0」と「1」という2つの値を扱うので、少々ノイズが混じって0.1とか0.2になっても、「0」と読むことができるのです。

 

世界最初の汎用電子デジタルコンピュータは1946年に発表されたENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer)です。

その後、プログラム内蔵型のノイマン式コンピュータが開発され、現在に至ります。

最近注目を浴びている深層学習の計算原理はアナログですが、それをデジタルコンピュータ上で近似計算しています。

 

これらの動作原理の違いは、機械としての実装の問題です。

デジタル式の方が回路が単純になり、ノイズにも強いというメリットがあるから使われていますが、データの計算(compute=計算する)として抽象化すると両者の差はなくなります。

デジタル化(digitization)

最近やたらと「デジタル化」が強調されていますが、上で述べたようにデジタル化は実装技術の問題です。

コンピュータを作る会社にとっては重要ですが、ユーザーにとっては望む処理さえできれば、実装は何でもいいわけです。

 

ですから、デジタル化の本質は、データを(たまたまデジタルの)コンピュータで処理できる形にすることです。

つまりオンライン化です。

紙に書いた書類はそのままではコンピュータ処理できませんから、電子的データに変換しなければなりません。

経団連のデジタルトランスフォーメーション会議=2019年11月、東京都千代田区、朝日新聞社

経団連と内閣府の提唱する「ソサエティ5.0」では社会を以下のように分類しています。

ソサエティ1.0=狩猟社会
ソサエティ2.0=農耕社会
ソサエティ3.0=工業社会
ソサエティ4.0=情報社会
ソサエティ5.0=超スマート社会

現在はソサエティ4.0の情報社会です。

するとデジタル化は済んでいるはずですが、現状(特に日本)はまだまだですね。

随分前から「ペーパーレス化」が叫ばれていますが、いまだにあちこちで紙に印刷した書類が使われています。

これらは、ほとんどがWordなどで電子的に作られた書類なのに、わざわざそれを印刷するのはどうしたものでしょうか(ちなみに私が勤めていた、産業技術総合研究所の前身の1つである電子技術総合研究所では、1990年ごろに当時の田村浩一郎所長がペーパーレス化を決め、押印も廃止しました)。

野村ホールディングスのIT基盤構築を手がけるインドの子会社。オフィスはペーパーレス化が進んでいた=2018年、インド・ムンバイ、朝日新聞社

デジタル化するのは書類だけではありません。

気温や降水量、風速、積雪といった気象データ、海水温やプランクトンの量、農作物の成長具合、野生動物の位置、家庭の電気の使用量、自動車の位置と走行速度などもそうです。

世界中の様々なものがデジタル化され、インターネットにアップされることでIoT (Internet of Things)を構成します。

これらの大量のデータ、つまりビッグデータは深層学習にも使われます。

デジタライゼーション(digitalization)

最近、「デジタル化=デジタイゼーション(digitization)」と「デジタライゼーション(digitalization)」を区別するようになってきました。

デジタル化はその後のプロセスの下準備に過ぎず、それ自体は価値を持ちません。

デジタル化したデータをコンピュータで自動処理するのがRPA (Robotic Process Automation)です。

これがデジタライゼーションであり、事務処理などの手間が大幅に減ります。

 

野村総合研究所は、イギリス・オックスフォード大学のオズボーン准教授およびフレイ博士との共同研究を2015年に発表し、話題になりました。

日本国内 601 種類の職業について、人工知能やロボットなどで代替される確率を試算し、10~20 年後には日本の労働人口の約半数を代替可能と推計したのです。

これらは「デジタライゼーション(自動処理)ができる」ということです。

デジタル・トランスフォーメーション(DX)

デジタライゼーションまでは、それまでの業務や社会活動の仕組みはそのままで、その処理をコンピュータで高速化しただけです。

この次にくるのが、社会のシステムをデザインし直すDXです。

ここで初めてデジタル化の意義が最大限に発揮できますし、AIシステムの効果的な導入も可能になります。

石角友愛著『いまこそ知りたいAIビジネス』にも、AI導入のために企業の業務を見直すべしという例が書かれています。

DXの階層のイメージ=筆者作成

 

シリーズ累計40万分を突破した氏田雄介著『54字の物語』から面白いショートショートを紹介しましょう。

出典=https://amazon.co.jp

いかがでしょうか。

高度なテクノロジーがあれば自動車だって飛行機だって造れるはずです。

なのに従来の馬車にこだわって、その馬の部分だけを自動化したという笑い話です。

 

いや、笑い話では済まされません。

現在の日本社会はまさにそうなっていないでしょうか?

マイナンバーを導入しても、それを活用する仕組みは作られていません。

インターネットがあるのに選挙や政治は従来のままです。

福岡市は行政のデジタル化を進める専門人材に、インターネット掲示板「2ちゃんねる」を創設した西村博之氏(画面右上)ら4人を選び、委嘱した=2021年1月、福岡市、朝日新聞社

現在、講演料や原稿料といった副収入が発生するたびにマイナンバーの提出を求められます。

ところが、その情報が使われている形跡がありません。

確定申告の時期になると、昔ながらの紙の源泉徴収票が送られてきて、これを確定申告書に書き写さなければなりません。

デジタルデータだったはずの源泉徴収情報が紙に書き出され、その再デジタル化を人間が行っているのです。

先ほどの馬車の例そっくりです。

入力してしまえばその後の計算(デジタライゼーション)はシステムがやってくれますが、それだけです。

品川税務署の確定申告会場の様子=2017年2月、東京都港区、朝日新聞社

確定申告の仕組みのDXを考えると、次のようになるでしょう。

1. マイナンバーで名寄せができているから、個人(法人も同じ)の納税額は自動的に計算できる
2. これを個人に提示する。
3. 個人は必要経費などの情報を入れて修正する。
4. 個人は確認ができた旨を税務署に伝える。

「電子納税」を謳いながら、なぜこれが実装されていないのか、不思議でなりません。

「ソサエティ5.0」とか「インダストリー4.0」に出てくる小数点以下の1ケタは、ソフトウェアがバージョンアップのたびに「5.1」「5.2」と上がっていくのをまねたのだと思います。

しかし、「ソサエティ5.0」という概念が提唱されて5年経ちますが、いまだにバージョンアップされていません。

そもそも「超スマート社会」「人間中心社会」という標語があるだけで、具体的な社会のあり方は示されていません。

そこで私流のソサエティ5.1を考えてみました。

 

組織/働き方マネージメント

AIによるマッチングを使い、ミッションごとに組織を動的に編成する方式です(アジャイル人事)。

ジョブ型雇用とも呼ばれ、働き手は企業に所属するのではなく、自分の能力を生かせるミッションに就きます。

現在でもライターや写真家といったフリーランスはこの働き方をしています。

出典=https://amazon.co.jp

社会的意思決定システム

例えば、直接民主制を実現することは技術的には可能です。

有権者がインターネット上で議論し、AIが司会と論点整理を行います。

本当にこの方式が良いかどうかは専門家による議論が必要ですが、現在の国会よりは有効に機能しそうに思います。

 

最終的に意見をまとめる手段の1つが投票です。

ただ、現在の議員選挙などで行われている単純な多数決には、様々な欠点があることが分かっています。

 

例えば「票割れ」です。

主張の似た候補者同士が票を奪い合う現象を指し、場合によっては共倒れになります。

現在、票割れを防ぐために候補者を一本化するといった方策がとられていますが、実はそんなことをしなくても票割れを回避する投票方式はあるのです(坂井豊貴著『「決め方」の経済学』参照)。

 

ただ、ベストな方式を考えるのは、なかなか難しいようです。

そもそもどういう条件がベストなのかを決めなければなりません。

でも明らかに「これだけは避けたい」というものもあります。

 

例えば、「ペア敗者」という概念があります。

3人以上の候補者のうち、2人を選んでどちらが良いか比べた時、他の全ての候補者に負ける人を指します。

リーグ戦で全敗するチームのようなものです。

この人を選ぶのは避けなければなりません。

ところが驚いたことに、この人が選ばれる可能性のある投票方式がいくつかあり、実はその1つが多数決なのです。

 

「ボルダールール」という方式があります。

N人を選ぶ場合に、各投票者が「1位にN点」「1位にN−1点」「N位に1点」というように点数をつけ、その合計点で争うものです。

この方式だと、少なくともペア敗者が選ばれることはありません。

逆にペア勝者がいるなら文句なく選びたいところです。

しかし、ペア勝者がいない場合(通常はそうです)でも通用するような良い方式はなかなかないようです。

 

AIを使えば、もっと良い方法が実現できるのではないでしょうか?

選挙に頼らない方法も考えられます。

学問的に新しい、ダイレクトに民意を反映できるようなシステムが考えられるべきだろうと思います。

直接民主制もできるし、今のままの選挙制度もできるし、その中間もできます。

可能性が広がっているのだから、昔の方式にこだわる方式はないでしょう。

衆院選にあわせ、選挙や政治の知識を紹介する動画をユーチューブに投稿する学生主体のNPO「Mielka(ミエルカ)」のメンバー=2021年10月、京都市、朝日新聞社

そもそも今の選挙関係の法律は、インターネットが普及する前に作られたものがそのまま使われています。

このため、街で候補者の名前だけをスピーカーで連呼するような馬鹿げた行為が横行しています。

これらも全部変わるべきだと思います。

経済システム

2014年末、世界中でトマ・ピケティの『21世紀の資本』(フランス語の現代はLe Capitalというシンプルなものでした)という本が話題になりました。

資本主義は、歴史的に見ると富の集中を促しており、その傾向は近年ますます顕著になっている、という趣旨の本です。

これでは良くないから、富を再配分するシステムを作らないといけない、ということです。

講演するトマ・ピケティ氏=2015年1月、東京・有楽町、朝日新聞社

私は国会でも名前の出た、ギリシャの経済学者ヤニス・バルファキス著『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』が好きです。

この本に出てくる例え話に、以下のものがあります。

 

古代、ゾウを狩るには大勢が協力しなければなりません。

ゾウを1頭倒すと、全員がしばらく食べるだけの肉が手に入ります。

ところが、ゾウを狩りにいく途中で、何人かがウサギを追いかけてしまうと、ゾウが狩れなくなってしまいます。

ウサギは手軽に狩ることができますが、全員を満足させるだけの食料にはなりません。

 

今の資本主義経済で、自分だけの目先に利益を追求すると、結局みんなが飢えることになる、という話です。

資本主義の基本原理は利益追求だと言う人がいますが、私はそうは考えていません。

民主主義に基づき正しい配分を決めていく必要があります。

 

先ほど、日本の労働人口の約半数の仕事がAIなどで代替可能という、野村総研などの研究について触れました。

これはデジタライゼーション(現在の仕事の自動処理)を前提とした話でしたが、DXを念頭に置くと、違う構図が見えてくるはずです。

 

例えば、AIの活用により「仕事をしなくても暮らせる社会」です。

現在は「仕事と収入」が1対1で対応していますから、仕事がなくなることは収入がなくなることを意味します。

しかし、AIが稼いだ分を負の税金(給付)として還元することで「ベーシックインカム」の仕組みを採用し、ベースラインを保証すれば、働かなくても(働けなくても)生活できるようになります。

AIを活用したベーシックインカムの概念図=筆者作成

この仕組みのもう1つの利点は、経済活動におけるセーフティネットの役割を果たすことです。

ベンチャーなど新しい活動に失敗しても最低限の生活が保障されるなら、人は様々なことにチャレンジできます。

 

また、インターネットが情報交換の安価なプラットフォームを提供することで、大きな資本投下なしに商売を営めるようになってきています。

例えば、amazonやGoogleの上で商売やサービスを提供する際、彼らのプラットフォームを利用すれば、業務上の間接費用を限りなく減らすことができます。

口コミを利用すれば、高額の広告費も不要になります。

これによって資本主義の後継たる「シェアリング社会」が誕生する、と言う人もいます。

 

教育

教育もAIの活用で大きく変わります。

教育のDXで期待される最大の成果は、個別教育へのシフトでしょう。

教育のデジタル化をめぐり意見を交わす、山口県の村岡嗣政知事とマイクロソフト社のアンソニー・サレシト副社長=2021年6月、山口市、朝日新聞社

現在は数十人(多い場合は100人以上)の生徒や学生を前に、1人の教師が講義をします。

一方、AIを使えば学習者1人ひとりの理解度に合わせた教育が可能になります。

理解度をチェックするための問題を出し、正解すればどんどん先に進めます。

不正解なら原因を探り出し、それに応じたコンテンツを提供します。

 

一部の予備校はすでに、これに近いシステムを受験生用に開発して提供しています。

解答は選択式で、間違えた場合の説明には、予備校の先生があらかじめ準備したビデオが使われています。

AIは生徒の解答の様子を観測しながら、生徒の学習モデルを作るのに使われています。

塾で数学を学ぶ中学生ら。授業を進めるのは各タブレットに入っているAI。先生(中央奥)はAIのデータに基づき、集中力が落ちている生徒などに個別に声をかける=2016年11月、東京都世田谷区のQubenaアカデミー、朝日新聞社

予備校のこうしたシステムはほんの手始めです。

さらに進化すれば、選択式ではなく記述式の解答を求め、それをAIが分析します。

それに応じたきめ細かな説明をAIが作り出すのです。

 

そのためには、AIが教育内容を理解している必要があります。

一般的な内容のものは、すぐには実現できないでしょう。

ただ、プログラミングやAIの仕組みを教えることなら、比較的早期に実現できそうです。

例えば生徒の書いたプログラムを走らせてみればいいのです。

まとめ

今回はDXの概念と、その望ましい適用方法について書きました。

デジタル化とは「データを、紙ではなく、コンピュータが処理できる形にすること」。

デジタライゼーションとは「デジタル化を前提として、データ処理をコンピュータで自動的に行い、人間の負担を軽減し、業務を効率化すること」。

デジタルトランスフォーメーションとは「デジタライゼーションを前提として、業務のあり方、ひいては社会システムのデザインを見直し、社会全体を効率化すること」。

 

経団連と内閣府の提唱する「ソサエティ5.0」はDXの適用された社会のことだと考えられますが、その具体像はあまり示されていません。

そこで私流の「ソサエティ5.1」を組織/働き方マネージメント、社会的意思決定システム、経済システム、教育に関して示しました。

これらは単に可能性を示したものですから、その是非を社会学者などの専門家に議論いただきたいと思っています。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年12月15日に公開した記事を転載しました)