2017年の台風被害で1カ月の営業停止も、保険のお陰で資金繰りの苦労なく復旧

杉本 2021年も日本各地で台風や地震が発生しました。経済産業省の「中小企業白書」(※1)によると、災害の発生件数や被害額は増加傾向にあるといいます。災害に対する事前の備えがますます重要になっている一方、企業経営者の方からは、日々の仕事が忙しく、なかなか着手できないという声もあります。

蛭子さんが京都府で運営されている旅館は、台風による水災の被害を受けたことがあると伺いました。被災後、事業にどのような影響があり、どのように対処されたのかについて教えてください。

老舗温泉旅館「ゑびすや」社長・蛭子正之氏

蛭子 2017年9月に発生した台風がもたらした局地的豪雨により、堤防を越える増水が起こり、弊社が運営する旅館は大きな被害を受けました。水は30分ほどで引きましたが、本館は泥流に呑まれ、新館の一部も床上が浸水しました。また、ボイラーや空調、冷蔵庫、冷凍庫、雑排水ポンプなどの設備も損壊し、本館及び新館の修繕・改修、設備更新のために、約1カ月間の営業停止になりました。

弊社は休業損害を補償する保険に加入していたため、被害を受けて損害保険会社の代理店に連絡をとったところ、すぐ旅館に駆け付けていただき、迅速な査定により、営業していれば得られたはずの利益相当分約1,300万円の保険金を受け取ることができました。営業停止期間中も、人件費や水道光熱費、借地代、リース料、支払利息などの固定費が発生しましたが、保険金によって資金繰りに苦慮することなく、事業の復旧対応に専念することができました。

「リスクファイナンス」と「リスクコントロール」で日頃からの備えを

杉本 近年、集中豪雨や土砂災害などのニュースを見聞きすることが増えました。日本損害保険協会が実施した「中小企業のリスク意識・対策実態調査2021」において、中小企業の経営者や従業員が自社を取り巻くリスクとして挙げているなかで上位を占めているのは、「自然災害」「取引先の廃業等による売上の減少」「感染症」でした。こうしたリスクに対して、日頃からどのように備えておくのがよいでしょうか。

浅井 リスク対策には、大きく分けて「リスクファイナンス(ロスファイナンス)」と「リスクコントロール(ロスコントロール)」の2つがあります。リスクファイナンスは、損害保険への加入など、損失を補塡するために金銭的な手当てをすることで、リスクコントロールは、地震に対する耐震補強など、リスクと損失の発生頻度を少なくする、もしくは発生した際の被害を小さくすることを意味します。

明治大学商学部教授・浅井義裕氏

損害保険には、リスクファイナンスだけではなく、リスクコントロールの役割も大きいため、リスクへの対策手段として非常に有効です。たとえば、損害保険会社からは「こういう対策をしたらいい」などとアドバイスをもらうこともできます。リスクコントロールについては、BCP(事業継続計画)の策定も重要で、BCPの策定により事業が悪化するリスクを減らすことができます。また、損害保険会社が支払う保険金は、事業の復興スピードを早めるという調査結果(※2)もあります。

蛭子さんの旅館の事例は、保険のおかげで資金繰りに困ることなく復興に専念できたよい実例だと思います。

杉本 蛭子さんは、被害を経験されて、リスクに対して意識していること、備えていることはありますか。

蛭子 復旧に向けた工事などの諸対応を、地元以外の業者に依頼するようになりました。中小企業の場合、地元のつながりで仕事をすることが多いのですが、災害が起こると、地域全体の機能がマヒしてしまう可能性があるため、地元以外の地域にネットワークを広げました。また、被害を経験してから、加入している保険の補償内容をより敏感に意識するようになりました。

保険の補償範囲は、損害保険の取扱代理店や保険会社に問い合わせて確認を

杉本 自然災害などによって休業するリスクに対応する保険としては、どのような保険があり、どのような場合に保険金が支払われるのでしょうか。

日本損害保険協会(東京海上日動火災保険)・土屋嘉寛氏

土屋 休業リスクに対応する保険として、休業補償保険(利益保険)があります。この保険は、火災や水災などの偶然な事故により建物や設備に損害が生じ、営業が阻害されたり休業したりした場合に、休業や売上高の減少によって生じた利益減少分を補償するだけでなく、仮店舗の賃借費用など、営業を継続するために支出を余儀なくされる費用や、収益減少を防止・軽減するために発生した費用も補償するなど、事業継続を幅広くサポートする保険です。

また、自然災害による休業リスクに対応する商品だけでなく、施設内の食中毒や感染症の発生による休業を補償する商品もあります。新型コロナウイルス感染症のような新興の感染症は補償の対象外とされているのが一般的ですが、最近では、一部の保険会社において、商品改定を実施し、新型コロナウイルス感染症に関する補償を新たに提供しています。具体的には、施設内で新型コロナウイルス感染症が発生し、保健所などの指示に基づき施設の消毒を行った場合の費用などに対して保険金をお支払いしたり、施設の従業員や来場客が新型コロナウイルス感染症に罹患したことが判明して、保健所などの指示に基づき休業を余儀なくされた場合に、その休業日数に応じて保険金をお支払いしたりします。ただし、施設内での感染症の発生を伴わない休業や、政府・地方自治体による休業要請に基づく営業自粛などは補償の対象外となっています。

保険の補償対象となる事故は、保険会社のホームページや契約時にお渡しする約款などでご確認いただけますが、加入している損害保険の取扱代理店や保険会社に確認いただくのが確実かと思います。

杉本 被害を受けた直後の大変な時期に、約款を見て確認することはなかなか現実的ではないと思います。損害保険の代理店や保険会社の担当者など、自分の会社のことをよく知っていて気軽に相談できる相手がいると安心ですね。

「対策費用に余裕がない」場合も一考を。長い目で見ればはるかに安上がりな保険加入

杉本 リスクは、発生頻度が低くても、ひとたび発生すると事業継続に深刻な影響を与えかねません。日本損害保険協会が実施したアンケート調査では、リスクを認識している一方で対策していない理由として、「対策をする費用に余裕がない」「具体的な対策方法が分からない」「リスクが発生する可能性は低いと考えている」といった声が挙がっています。

浅井 「対策をする費用に余裕がない」は難しいですね。私が製造業の中小企業を対象に実施したアンケート調査(※3)では、破綻の危機に瀕しているような信用リスクが高い企業ほど、保険を購入していないという傾向が明らかになりました。

一方、事故が発生した時に、損害保険に加入していない、BCPなどの対策をしていない企業の方が、その事故の影響が長引くことが多いという結果(※4)も得られています。

この結果からも、損害保険への加入やBCPの策定など、何かしらの対策をしておくことが大切でしょう。

「対策の仕方がわからない」ということについては、損害保険会社や代理店に相談するとよいでしょう。損害保険会社は、日本だけでなく世界各地の事故に関する情報を収集していますので、「こういうときにこれぐらいの発生頻度で事故が起こる」「このようにすると事故の対策ができる」といったアドバイスができる、リスクコントロールのサービスを提供できることが強みであると思います。

中小企業は、人員や人材に余裕がない場合が多く、金銭的な余裕もないかもしれません。しかし、保険に加入すると、日頃から損害保険会社や代理店の担当者に相談できるため、リスク管理の専門人材を雇うよりもはるかに安上がりになると思われます。保険は、費用の問題も含め、さまざま問題を克服してくれます。そこに、保険に加入することの意義があると考えています。

(注)飛沫防止パーテーションを使用し、十分な感染対策のもと実施しました。

対策を行っていないと、企業としての信用が下がり、融資に影響する場合も

杉本 損害保険に加入すると、事故の際に保険金を受け取ることができるだけでなく、さまざまなメリットがあるのですね。「リスクが発生する可能性は低いと考えている」という方には、どのような情報を提供できるでしょうか。

浅井 リスクを正しく認識しないことは、ビジネス上、非常に大きな問題です。大きな災害が発生してサービスを提供できない、商品を納品できないといった期間が長引くと、その間に、旅館業であれば他の旅館に泊まろう、製造業であれば取引先を変えようということになり、最悪の事態では、顧客や取引先を失いかねません。

日頃は、「良いサービスを提供しよう」「いかにして良い商品を作ろうか」ということに考えが偏ってしまうかもしれませんが、BCPの策定や保険への加入といった、万一に備えた対策を何も行っていないと、これまで何年も管理してきた旅館や工場などの有形の資産だけではなく、長年築き上げてきた顧客や取引先からの信用などの無形の資産をも失いかねません。私が実施したアンケート調査の結果(※5)、多くの中小企業経営者の方が、保険加入の理由を「社会的責任」と考えていることが分かりました。

この回答を選ぶ方は最も少ないだろうと予測していましたが、実際には、従業員を雇い、さまざまな責任を背負っている中小企業経営者の方にとっては、社会的責任を果たすことが最も大切なことの一つであると分かりました。

事故が発生した場合、後から銀行に融資してもらえばよいと考えている方もいるかもしれません。しかし、金融機関からは「保険にも加入せず、何も対策していなかったのか」と、会社に対する信用が下がり、対策を行っていた会社と同じ条件で融資を受けられない可能性があります。実際に、国内のとある調査(※6)によれば、保険に加入していると融資が受けやすくなるといった事例が多くあるようです

「貯蓄による備え」から「保険による備え」に変えていくメリット

杉本 対策の有無が事故後の融資に影響するということは非常に興味深いですね。日本損害保険協会のアンケート調査では、保険を選ぶ場合に重視するポイントとして、「保険料が安いこと」という回答が最も多く、「補償が充実している」「補償内容が分かりやすい」が続いています。

蛭子 我々のような小さな旅館業者の多くは、万一に備えた貯蓄はあまりしていないと思います。個人的には「貯蓄による備え」から「保険による備え」に変えていくのがよいのではないかと思っています。以前は、休業中の利益喪失分を補償する保険の存在を知らず、財物損害を補償する保険のみ加入していれば問題ないと考えていました。しかし、保険金が足りずに借り入れることもあったため、新しい保険を探していた折、保険代理店の方から、被災後の事業継続のためには営業停止によって発生する利益喪失に備えることが重要であるとの説明を受け、休業損害を補償する保険にも加入しました。休業損害の補償部分に係る年間の保険料は約7万円で、約1,300万円の保険金を受け取ることができ、保険会社には非常に感謝しています。

あらゆるリスクは自分の会社にも発生し得ることを認識したい

杉本 中小企業経営者の方が、リスクを自分事として捉えて対策を行っていくためには、どのような意識が必要でしょうか。

土屋 あらゆる企業が多様化・複雑化するリスクに晒されており、特に限られた資金や人数で運営している中小企業においては、事故が発生すると事業継続を脅かす事態にもなりかねません。まず、中小企業経営者の皆さまには、事業活動を取り巻くリスクは「他人事ではなく、自分の企業にも現実に発生しうる問題である」と捉えていただきたいと思っています。

具体的には、事業活動を取り巻くリスクについて関心を持ち、そのリスクが顕在化した場合の事業活動への影響を具体的に想定していただくとともに、対策の必要性について検討いただくことが重要であると考えています。

損害保険業界としても、特に中小企業の皆さまを対象に、リスクが事業活動に及ぼす影響や対策の必要性、保険の有効性などについて周知・啓発活動に取り組んでいます。日本損害保険協会は、中小企業の皆さま向けの情報サイト「中小企業に必要な保険」を開設しました。サイトでは、企業を取り巻くリスクについて、想定される事故事例や想定被害額、対応する保険の主な補償内容などを掲載しています。また、企業向け損害保険の取扱い会社も紹介していますので、保険についてより詳しく知りたい方には、各保険会社のホームページもぜひご覧いただきたいと思います。

杉本 ありがとうございます。リスクへの対策方法が分からないという声も多い中小企業経営者の方には、リスクに関する情報や対策方法を丁寧に説明してくれる人が必要なのかもしれません。

座談会動画「今、中小企業にとって必要な損害保険とは〈前編〉」

「中小企業に必要な保険」特設サイト(一般社団法人 日本損害保険協会)

*上記サイトには、中小企業を取り巻くリスクと、リスクに備える為の保険についてまとめたチラシも掲載しています。
https://www.sonpo.or.jp/sme_insurance/report2021/flyer/risk_report2021.pdf

※記事中資料出典

  • ※1 2019年版 中小企業白書(中小企業庁)
  • ※2 一般社団法人 日本損害保険協会(2021年9月)「中小企業のリスク意識・対策実態調査2021」
  • ※3 Asai, Yoshihiro (2019) “Why Do Small and Medium Enterprises Demand Property Liability Insurance?” Journal of Banking and Finance 106, pp.298-304
  • ※4 家森信善・浅井義裕 (2016)「自然災害ショックと中小企業のリスクマネジメントー東日本大震災の経験をもとにして-」 小川光編 『グローバル化とショック波及の経済学』有斐閣
  • ※5 浅井義裕 (2015)「中小企業の保険需要とリスクマネジメント-アンケート調査の集計結果-」『明大商学論叢』 第97巻4号, pp.45-82。
  • ※6 浅井義裕 (2021)『中小企業金融における保険の役割』中央経済社

蛭子正之

えびす・まさゆき

京都府京丹後市の老舗温泉旅館「ゑびすや」社長。「ゑびすや」は、京都最古の温泉が湧く、大正モダンと現代的な機能美が特色の宿。過去に、休業損害を補償する保険により、逸失利益相当分約1,300万円の保険金を受け取ることができた。

浅井義裕

あさい・よしひろ

明治大学商学部教授、博士(経済学)。2000年名古屋大学経済学部経済学科卒。06年名古屋大学大学院経済学研究科博士課程修了。城西大学現代政策学部助手、同助教、明治大学商学部専任講師、准教授などを経て、21年4月より現職。

土屋嘉寛

つちや・よしひろ

東京海上日動火災保険株式会社、企業商品業務部部長。賠償責任保険、サイバー保険、休業補償保険などの企業向け損害保険の商品開発に従事。一般社団法人日本損害保険協会で、企業向け損害保険の普及促進事業を所管する新種保険実務検討PTのリーダーを務めている。

杉本崇

すぎもと・たかし

ツギノジダイ編集長。2004年朝日新聞社に記者として入社。事件のほか、医療と科学技術分野を中心に取材を続けてきた。町工場の工場長を父に持ち、ライフワークとして数々の中小企業も取材を続けてきた。