地政学リスクから見た米中会談・日中会談 企業は今後どう動くか
多くの企業危機管理担当者と話すなかで、中国・台湾リスクへの懸念の強さを感じています。地政学リスクの観点でいま、2つの視点でベクトルが悪い方向に動いています。2022年の米中会談と日中会談でその傾向が顕在化しました。企業はこうした動きをどう評価し、どのような動きが見られているかを紹介します。
多くの企業危機管理担当者と話すなかで、中国・台湾リスクへの懸念の強さを感じています。地政学リスクの観点でいま、2つの視点でベクトルが悪い方向に動いています。2022年の米中会談と日中会談でその傾向が顕在化しました。企業はこうした動きをどう評価し、どのような動きが見られているかを紹介します。
目次
米トランプ政権以降、米中対立が経済や貿易、金融といった領域で激しさを増すようになり、半導体など重要品目を中心に米中間で相互に依存しない陣営固め、デカップリング(切り離し)の動きが進んでいます。
しかも、それが台湾や日本、他の欧米諸国を巻き込む形で拡大しており、日本企業の間でも混乱が広がっています。
米中経済の完全なデカップリングは非現実的ですが、米中経済の安定性を望む多くの企業からすれば、デカップリングというベクトルの動きは経営上望ましくなく、回避したい動きです。
政治問題が経済活動に連動する「政治経済のカップリング」 についても懸念されています。
国際政治や安全保障の安定性を望む企業からすれば、政治と経済の分野はデカップリング(切り離し)されていることが望ましいでしょう。
しかし、近年、経済安全保障や、政治的目的達成のため、経済的な手法で地政学的な自国の利益を確保する「エコノミックステーツクラフト」などが注目されているように、政治と経済を切り離す壁はますます薄くなり、政治の不安定化による悪影響は、経済分野でも頻繁に見られるようになりました。
たとえば、中台関係の悪化により、パイナップルや柑橘類など台湾産品目が中国から一方的に輸入停止になったケースはその1つです。
それを踏まえた上で、地政学リスクの観点から2022年11月の米中会談・日中会談を振り返ってみます。
11月14日、バイデン大統領と習国家主席がインドネシア・バリ島で会談しました。米中首脳会談は3時間に及び、米中関係が競争から衝突に発展することを回避するよう努め、対話のチャンネルを常に維持していくことで一致し、地球温暖化など協力可能なイシューでは高官レベルでの対話を進めていく方針を明らかにしました。
しかし、トピックが台湾問題に移ると、バイデン大統領は「1つの中国」を原則とした米国の台湾政策に変更はないとしつつも、一方的な現状変更に反対する意思を伝えました。
一方、習国家主席は中国にとって台湾は核心的利益の中の核心であり、米国が超えてはならないレッドラインだと強くけん制しました。
そして、岸田首相も11月17日、訪問先のタイで習近平国家主席と対面ではおよそ3年ぶりとなる日中首脳会談を行いました。
両者は建設的で安定的な日中関係の発展に向け、首脳レベルから事務レベルに至るまで緊密に意思疎通を取っていくことで一致し、偶発的衝突を回避するために防衛当局者が連絡を取り合うホットラインの早期設置などを進めていくことを確認しました。
習国家主席は日中関係の重要性は今後も変わらず、新時代の要求に合った関係の構築を日本側に呼び掛けたといいます。
一方、日本側は中国船による尖閣諸島への領海侵入に加え、8月はじめのペロシ米下院議長の台湾訪問の際に中国が日本のEEZを含む日本近海に弾道ミサイルを発射したことなど、中国の日本周辺での軍事活動について強い懸念を伝えました。
これに対し、習国家主席は歴史や台湾といった重要問題は日中関係の政治的基礎と基本的信義に関わるもので、中国の内政に干渉することは許されないと日本をけん制しました。
2022年8月はじめ、米国ナンバー3とも言われるペロシ米下院議長が台湾を訪問してことで、中国は報復として台湾を包囲するような軍事演習を活発化させ、中国軍機による中台中間線超えや台湾離島へのドローン飛来などが激増し、台湾を取り巻く軍事的緊張、米中対立はこれまでになく深まりました。
そのようななか、米中指導者が対面で会談し、緊張のさらなるエスカレートを回避することに双方が努めることで一致した意義は大きいと言えるでしょう。
また、米中対立や台湾有事で日本が難しい舵取りを余儀なくされるなか、日中指導者が会談し、日中関係の発展に向け緊密に意思疎通を続けていくことを共有した意義も大きく、両会談は緊張のさらなるエスカレートを抑える意味で重要な瞬間となりました。
だが、これらが米中デカップリングや政治経済のカップリングという問題を解消する原動力になるとは限りません。
これらの会談で企業が注視すべきは、台湾問題で米中双方は持論を通しただけで、台湾有事という潜在的リスクは何も変わっていないという点にあります。
台湾の蔡英文政権は近年欧米諸国との結束を強め、自由や民主主義を守るとの決意のもと中国へ対抗する姿勢を示しており、習政権はそれに強い不満を覚えています。
10月の共産党大会で、習国家主席は台湾統一を必ず実現させる、それに対しては武力行使も辞さない構えを改めて強調し、党規約にも台湾独立を抑えると盛り込みました。
今日、台湾は世界に占める半導体シェアという経済的側面、また米中の軍事的競争の最前線という政治的側面から、グローバルな問題へと変化しています。
台湾は米中間でも最重要イシューになっており、この問題で今後さらに拗れが生じれば米中対立がさらに先鋭化するだけでなく、経済や貿易、金融といったドメインでの摩擦、攻撃がいっそう激しくなる恐れがあります。
そうなれば、米中デカップリングや政治経済のカップリングというベクトルがさらに鋭くなることは想像に難くありません。
企業としては、経済や貿易、金融といった分野が国家間紛争の主戦場になっていることを意識する必要があるでしょう。
仮に有事となれば、日本は米国の軍事同盟国上、中国とは対立軸で接することになり、日中関係の冷え込みは避けられません。
こういった政治的懸念がどのような形で経済領域に影響するか、それを今のうちから想定し、リスクを最小限にできる対策を企業は講じておく必要があります。
これはサプライチェーンという企業にとっての“モノの安全”、そして駐在員の保護避難という“ヒトの安全”からも極めて重要な問題です。
現時点で台湾からの撤退、規模縮小、駐在員の帰国などを進めている企業は少なくとも筆者の周辺では見られません。
しかし、台湾には防空壕があちらこちらにあるので、有事を想定し、駐在員に台湾政府が勧める防空壕発見アプリをダウンロードさせ、自宅や勤務先近くにある防空壕を把握させるよう命じる企業もあります。
また、ロシアから侵攻を受けているウクライナと違い、海に囲まれる台湾からの避難は極めて難しいことから、今のうちから駐在員の人数縮小、帯同家族の帰国、また台湾シェアを第三国に移すなど事業のスリム化を検討し始める企業もあります。
そして、台湾有事によって日中関係の悪化も想定されることから、中国依存の低減を検討する企業が増えているように感じています。
たとえば、キヤノンの御手洗会長 は10月、台湾や中国などの地政学リスクに懸念を示し、今ある工場の展開などを時代に見合った体制に見直すべきとし、生産拠点を日本に回帰させるか安全な第三国へ移すという認識を示しました。
また、大手自動車メーカーのホンダは8月、国際的な部品のサプライチェーンを再編し、中国とその他地域のデカップリング(切り離し)を進めると方針と示した。
こういった企業の動きは全体からすればまだ多くはありません。しかし、このリスクは不確実性と不透明性に溢れ、いつそれが暴発するか誰も確証的なことは言えません。
危機管理はそれ自体がプロフィット(利潤)を生むものではないため、企業の経営戦略の中ではどうしても後回しにされやすいのですが、今後の世界情勢を考慮すれば、危機管理はコストではなく、プロフィットの1つという考え方が重要になってくるでしょう。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。