シナリオ分析とは?TCFD開示に対応する手順とポイントを解説
シナリオ分析は気候変動をリスクとしてだけではなく、機会として積極的に自社の成長につなげることができるとされています。本記事では、シナリオ分析の概要と中小企業にとってのメリット、分析のための手順を中小企業診断士が解説します。
シナリオ分析は気候変動をリスクとしてだけではなく、機会として積極的に自社の成長につなげることができるとされています。本記事では、シナリオ分析の概要と中小企業にとってのメリット、分析のための手順を中小企業診断士が解説します。
目次
TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース) は、気候変動への対応に関する情報開示(TCFD開示)を促進しています。情報開示には中核要素としての戦略があり、その戦略を分析するための手法としてシナリオ分析があります。
シナリオ分析とは、未来に起こる可能性のある出来事を予測し、それによる影響から必要な対応策を検討するための手法です。
TCFD開示で求められているシナリオ分析では、21世紀末の世界の平均気温が工業化以前の19世紀後半頃と比べて、2℃上昇するケースと4℃上昇するケースのシナリオを設定し、2つのシナリオにおける自社の戦略やビジネスモデルを検討することになります。
実例として、気象庁と文部科学省はこれまでの日本の気候変動を取りまとめた将来予測を公表しています。例えば札幌管区気象台では、2℃上昇シナリオと4℃上昇シナリオを分析し、追加的緩和策を取らなかった場合の将来予測を公表しています(参照:2℃上昇シナリオと4℃上昇シナリオ丨札幌管区気象台)。
投資家や金融機関は、シナリオ分析の結果に基づいて企業のビジネスモデルの持続可能性を検討し、投資や融資を決める際のひとつの判断材料にしています。
TCFDとは、2016年にG20からの要請を受けて、金融安定理事会(FSB)により設立された民間主導のタスクフォースです。タスクフォースとは、緊急性の高い課題を解決するために一時的に結成されるチームを意味しており、企業の気候変動への取り組みの開示を推奨している組織です。
TCFDが策定した企業の気候関連リスクと機会を適切に評価する開示フレームワークをTCFD提言といい、提言に沿った情報開示はTCFD開示と呼ばれています。
TCFD開示ではガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4項目を開示推奨項目としています。TCFD開示の目的は、企業が脱炭素社会に適応できるかどうかを投資家や金融機関が判断することです。正しい判断をするために、投資家や金融機関は企業を取り巻くリスクと機会を適切に評価しています。
出典:TCFDを活用した経営戦略立案のススメ ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド 2021年度版~ 1-6丨環境省
なかでも戦略の項目では、さまざまな気候関連シナリオに対応し、戦略のレジリエンス(回復力)についての説明を求められています。レジリエンスとは、将来想定されるリスクに対して適応する能力を意味します。
シナリオ分析は、TCFD開示の戦略における分析手法として必須であることから、すべての業種が求められています。
TCFDは気候変動の影響を受けるセクターとして、①エネルギー、②運輸、③素材・建築物、④農業・食料・林業製品の4セクターをあげています。しかし、気候変動の影響を大きく受けるのは4セクターですが、気候変動は少なからずすべての業種や企業に影響を与えます。そのため、TCFD提言はすべての業種や企業にとって必要かつ有効だとされており、TCFD開示の分析手法として必須であるシナリオ分析もすべての業種に求められています。
実際に、日本ではTCFD賛同企業が1300社以上あります(2023年2月15日時点)が、その業種は情報通信、消費財、ヘルスケア、不動産など多様です(参照:日本のTCFD賛同企業・機関丨経済産業省)。
シナリオ分析は中小企業に関係ないと思われるかもしれませんが、大企業がシナリオ分析の結果に基づいて、取引先を見直す可能性は十分にあります。つまり、大企業が取引先を見直すことで中小企業が影響を受ける可能性があるため、中小企業も無関係とはいえません。
それでは、シナリオ分析が必要な理由を3つ紹介します。
シナリオ分析によって、2050年の地球や社会の姿から逆算して今するべきことを考えられるため、現在の自社のあり方や戦略を検討できます。TCFD開示では、気候変動はリスクであるとともに機会であると提言しており、リスクを回避し機会を取り込むことで自社の企業価値を高められます。
中小企業は、取引先が機会として捉えている製品開発に寄与する製品の供給なども機会として考えられます。
シナリオ分析によって、気候変動という不確実性の高い現象に対して複数のシナリオを作成し、影響を評価できるため、適切な意思決定を導けるようになります。
とくに自然災害などの気候変動は、企業規模の大小に関わりなく影響を与えます。事前に起こる可能性がある気候変動をシナリオ分析し、マニュアルや対応策を整備することで事業への大きな影響を避けることが可能です。
シナリオ分析によって、気候変動で生じうる市場環境や技術革新などの将来のリスク要因を評価できます。
リスク要因を踏まえた事業計画を策定することで、将来リスクをふまえた事業計画を金融機関に提示できるため、融資などの審査に影響があるかもしれません。
中小企業の場合、シナリオ分析を実施するに際し、金融機関や取引先からTCFD開示の水準まで求められることはないでしょう。ただし、段階的に省エネを進めたり、BCPを策定するなど有事における対応策を用意したりする必要はあります。
では、具体的にどのように進めればよいのでしょうか。シナリオ分析の手順を、環境省が発行した「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ」をもとにご紹介します。
シナリオ分析は全社的な取り組みとなるため、トップダウン・ボトムアップの両面からアプローチができる実施体制を構築しましょう。
経営者はTCFD開示の内容をよく理解し、全社員に対して自身の言葉でシナリオ分析の必要性や有効性について語り続ける必要があります。
そのうえで、シナリオ分析の実施に必要な体制を構築し、対象となる事業を選定します。理想は、専任の部門を立ち上げて、全社・全事業を対象にシナリオ分析を実施することです。
しかし、中小企業においては経営リソースが限られている可能性があるため、全社規模での実施は難しいかもしれません。その場合は、売上構成の高い事業やエネルギー消費量が多い事業を選定し、選ばれた事業部門の責任者をシナリオ分析の担当者とすることから始めてみましょう。
シナリオ分析するにあたり、自社の事業特性を踏まえながら、リスク重要度の優先順位を付ける必要があります。
TCFDは主な気候リスクとして、物理的リスクと移行リスクを指摘しています。
・物理的リスク……干ばつ・洪水・地球の平均気温上昇による長期的な影響
・移行リスク……低炭素社会への移行に伴う新たな政策や規制の強化など
自社にとって物理リスクと移行リスクを比較し、どちらのリスクから対応していくべきかの優先順位を付けて判断・評価していきます。
事業の特性によってもどちらを優先するかが異なるため、中小企業においてもリスク重要度をつける必要があります。
シナリオ群の定義では、シナリオを複数(2℃上昇シナリオと4℃上昇シナリオ)選択して、各シナリオにおける世界観を記載することが求められます。
シナリオ群を定義することは、中小企業にとっては難易度が相当高いため、すぐに取り掛かれないかもしれません。シナリオ群の定義が難しい場合には、まずは大企業が公開している環境報告書を読み、どのようなシナリオを選択しているのかを調べて参考にしましょう(参考:シナリオ分析(TCFD)丨キリンホールディングス)。
対応策では、物理的リスクや移行リスクに対して、どのような施策を立てるかを検討します。
例えば、物理的リスクの対応策としては、気候変動に耐えうる新たな製品の開発やサプライチェーンの再構築が考えられます。一方、移行リスクの対応策は、法規制に対応するためのエネルギー効率や環境負荷を軽減するための施策が考えられます。
実際に、自然災害などが起きたら対応できるように、対応策を定義しておきましょう。
中小企業がシナリオ分析に取り組む際に重要なポイントを3つ紹介します。
シナリオ分析をするときは担当者を決めることから始めるのが良いですが、担当者がしっかりと取り組むように社長自身が重要性を意識しないといけません。そのためにも、まずは社長自身が気候変動のリスクの重要性を意識したうえで、シナリオ分析に取り組む必要があります。
環境省のガイドラインでは、TCFD開示のためには「経営陣の巻き込みと社内のコンセンサスづくり」が必要とされています。しかし、中小企業では社員が自発的に経営陣を説得し、社内でコンセンサスづくりまでするかというと難しいでしょう。
そのため、中小企業においては経営者が率先して取り組みながら、会社全体での取り組みに移行する必要があります。
シナリオ分析の策定が難しい場合には、金融機関や取引先、投資家に相談してみましょう。
戦略分析の手法としてのシナリオ分析を検討するのは難しいですが、何も対応しなければ融資審査が厳しくなったり、投資対象から外されたりするリスクがあります。
まずは、金融機関や投資家、あるいは取引先との対話を継続しながら、段階的に開示内容を充実させていくことで企業価値の向上につなげていくことができます。
シナリオ分析は大企業にとっても難しく、経営資源が限られる中小企業にとってはさらに難易度が高いものです。
まずは、商工会議所や商工会などの公的機関の相談窓口を利用したり、専門家を派遣してもらって助言を受けたりすることから始めてはどうでしょうか。自治体にも経営相談や専門家派遣を実施しているところもあります。
シナリオ分析は、ビジネスモデルの革新やイノベーションを創出するための基盤となりつつあります。
TCFDの対応は当初投資家が、投資先の企業の気候変動リスクにおける取り組みについて、透明性を確保するために始まったものでした。しかし、シナリオ分析を行うことで、気候変動問題に対する企業の取り組みや、サプライチェーンの見直し方、低炭素社会における製品やサービスのあり方を見直す機会になりました。
経営者の方に対しては、気候変動のリスクを回避するだけではなく機会の創出という点にも着目して、シナリオ分析に取り組まれることを期待します。
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