ゲーミフィケーションとは 重要な要素やビジネスでの具体例を専門家が解説
昨今、社員のモチベーションや顧客ロイヤルティを高めるため、ゲーミフィケーションを導入して社内研修やマーケティング活動を行う企業が増えています。本記事では、人々を魅了する力を活用したゲーミフィケーションを詳しく解説し、事例や導入する際の重要なポイントなどについて紹介します。
昨今、社員のモチベーションや顧客ロイヤルティを高めるため、ゲーミフィケーションを導入して社内研修やマーケティング活動を行う企業が増えています。本記事では、人々を魅了する力を活用したゲーミフィケーションを詳しく解説し、事例や導入する際の重要なポイントなどについて紹介します。
目次
ゲーミフィケーションとは、さまざまなゲームの要素(参加者間の競争や協力、自身の挑戦や達成など)を、ゲーム以外の分野に応用することです。ゲーミフィケーションを導入することで、参加者のモチベーションを高めたり、行動変容を促したり、製品やサービスのロイヤルティ(=信頼、愛着心、帰属意識)を高めたりすることができます。
マーケティングで活用されているゲーミフィケーションの事例としては、例えば、日本コカ・コーラ社が2016年から開始した「Coke ON」というサービスが挙げられます。「Coke On」は、対応している自動販売機で飲料を買うとポイントが貯まり、15ポイントで無料のドリンクチケットがもらえるスマートフォンアプリです(参照:Coke on|コカ・コーラ)。
2023年1月現在で4,000万件超ダウンロードされており、後述するゲーミフィケーションの仕組みを上手く活用することで、飲料水の販売数に多大な影響を及ぼしています。
ゲーミフィケーションを効果的に導入するためには、他のゲームとは異なるゲーミフィケーション独自の特徴について理解するとよいでしょう。
ゲームの要素を取り入れたプログラムは、ゲーミフィケーションの他にも「一般的なゲーム」「シリアスゲーム」「報酬プログラム」という3つがあります。それぞれのプログラムの目的や特徴の違いは以下の図表1のとおりです。
ゲームの種類 | 目的 | 特徴 | 事例 |
---|---|---|---|
一般的なゲーム | 利用者の快楽・娯楽性を追求すること | 「楽しさ」を重視した仕組みづくり | コンピューターゲームなど |
シリアスゲーム | スキルを身に着ける訓練を効果的に行うこと | スキルを利用する現場をシミュレーションできる仕組みづくり | 車の運転シミュレーションなど |
報酬プログラム | 参加者のモチベーションを高めること | 損得勘定を刺激する仕組みづくり | 航空会社のマイレージサービスなど |
ゲーミフィケーション | 参加者のモチベーションを高めること | 「楽しさ」を重視した仕組みづくり | ウォーキングサービス(健康マイレージ)など |
図表1 ゲームの種類別のプログラムの目的など ※「ヘルスケアサービスとゲーミフィケーションの親和性|現代社会文化研究」をもとに筆者作成
図表1をみるとわかる通り、ゲーミフィケーションと「報酬プログラム」は「参加者のモチベーションを高める」という点で、同じ目的を持ったプログラムです。
しかし、航空会社のマイレージサービスに代表される報酬プログラムが「いかに参加者の損得勘定を刺激するか」にフォーカスするのに対し、ゲーミフィケーションは「いかに参加者の『楽しい』という気持ちを刺激するか」にフォーカスします。
金銭などの報酬を設定し、参加者の行動を促すことも仕組みづくりにおける一つのポイントですが、ゲーミフィケーションでは、それ以上に「参加者が自ら楽しめる要素」を重視します。
ゲーミフィケーションでは、ゲームの要素をさまざまな分野に取り入れます。
例えば、社員研修のプログラムの一つにゲーミフィケーションを導入する場合は、「参加者の自社に対するエンゲージメントを高めたい」といった目的が設定されます。ゲーミフィケーションでは、この最終的な目的を念頭に置き、目的を楽しく達成するために取り入れるべきゲームの要素を検討していきます。
以下では、図表2にもまとめたゲーミフィケーションの基本的な構成要素を4つ紹介します。
構成要素の名称 | 概要 |
---|---|
クエスト・ミッション | プログラムにおける目標・ゴールのこと |
ルール | ゲーム内で参加者が従う決まりのこと |
可視化 | 目標の達成具合や参加者内の順位を「みえる化」すること |
報酬(=リワード) | 目標を達成した時に与えられる報酬のこと |
図表2 ゲーミフィケーションの構成要素(筆者作成)
1つ目の基本的な要素は「クエスト」です。クエストとは、ゲーミフィケーションのプログラムにおける最終到達目標でありゴールを指します。
例えば、社員研修のプログラムにゲーミフィケーションを導入する場合は、「参加者の自社に対するエンゲージメントを高めたい」といった「クエスト」の設定が挙げられます。ゲーミフィケーションでは、この「クエスト」を楽しく達成するために取り入れるべきゲームの要素を検討していきます。
なお、「クエスト」に到達するための段階的な目標を「ミッション」と呼びます。実際のゲームでも、例えば、魔王を倒すというクエスト(最終目標)があり、そのクエストにたどり着くまでにクリアしなければならないさまざまなミッションがあります。ミッションを徐々にクリアしていき、クエストにたどり着く楽しみはゲームの醍醐味です。参加者の楽しみにフォーカスするゲーミフィケーションにおいて、最終的な目標(クエスト)と段階的な目標(ミッション)の設定は非常に重要です。
2つ目の要素は「ルール」です。ゲーミフィケーションには、明確に定義されたプレイ・ルールが必要です。
ルールが明確になっていることで、参加者も次に何を行うべきか、どのようにするべきかなどがクリアになります。曖昧にしたり、途中で変更すると、参加者のモチベーションの低下につながるため、ルールの設定には注意しましょう。
3つ目の要素は「可視化」です。可視化された結果によって参加者はフィードバックを受け、よりゲームを楽しむ方法を模索できます。
クエストに到達するにあたって、自分は今どの段階にいるのか、一緒にプレイしている人と比較し、自分はどの順位にいるのかといった結果を「見える化」することで、参加者は達成感を感じます。可視化はモチベーションアップにもつながるのです。
4つ目の要素は「報酬(=リワード)」です。ミッションやクエストを達成した時に与えられる報酬(=リワード)は、ゲーミフィケーションにおいて参加者のモチベーションに強く作用する要素です。
モチベーションには、外発的なモチベーションと、内発的なモチベーションの2種類があります。外発的に発生するモチベーションとは、外から与えられる報酬や罰、評価によって変化するモチベーションのことです。一方、内発的に発生するモチベーションとは、外からの報酬や罰に関わらず、なにかに没頭している時などに内から湧いてくるモチベーションのことです。
ゲーミフィケーションでは、内発的モチベーションを高める必要があります。なぜなら、内発的モチベーションが高まると、組織に対する自発的な参加度や、ロイヤルティが向上し、消費者の購買意欲や従業員のエンゲージメントに深く作用するためです。
報酬は、外発的モチベーションに作用するタイプと、内発的モチベーションに作用するタイプに分けられます。以下では、それぞれの報酬のタイプが、外発的、内発的モチベーションのどちらに作用するのか解説します。
1つ目の報酬のタイプは、マネタリーリワードです。マネタリーリワードとは、「金銭的な報酬」のことです。クエストやミッションなどの目標を達成した際に与えられる無料券もマネタリーリワードの一種です。
マネタリーリワードは、参加者の外発的モチベーションに強く作用します。内発的モチベーションに作用しないため、プログラムへのロイヤルティは向上しません。そのため、他に高い報酬を得られるプログラムがあれば、参加者はゲームを乗り換えたり、やめたりする傾向があります。
2つ目の報酬のタイプは、ソーシャルリワードです。ソーシャルリワードとは、「社会的な報酬」のことで、参加者からの栄誉や称賛、参加者同士の関係性などが該当します。例えば、SNSにおける「いいね!」などがソーシャルリワードにあたります。ソーシャルリワードを通じて、参加者は周囲からの肯定的な評価を受け、自分の目標達成度を実感できるようになります。
なお、内発的モチベーションにはたらきかけないマネタリーリワードと違い、ソーシャルリワードは参加者の「有能感」をはたらきかけ、内発的モチベーションを高めます。また、チームで競い合って楽しむ形式のゲーミフィケーションでは、参加者間同士で感情的な結びつきができ、内発的なモチベーションを促進する「他者との関係性」が刺激されます。その際、順位などを可視化すると、より一層、そのソーシャルリワードの効果を高めることができます。
3つ目の報酬のタイプはインナーリワードです。インナーリワードとは、「参加者自身への報酬」のことで、クエストの達成感や、自己実現に結びつく報酬を指します。ミッションをクリアしたことが可視化されるトロフィーや称号などがインナーリワードにあたります。
インナーリワードもまた、内発的モチベーションに作用する「自律性」を刺激し、ロイヤルティの向上につながります。
上記のようなゲーミフィケーションの基本的な構成要素の設定は、「どんな人がゲームを行うか」によって変わります。そのため以下では、人によって異なるゲームのプレイスタイルを4つに分類する「バートルテスト」の解説を行います。
ゲーミフィケーションの仕組みを検討する際、提供するゲームの参加者にどんなタイプの人が多いのか分析するために役に立つフレームワークが「バートルテスト」です。
バートルテストはゲーム研究者のリチャード・バートルによって発案されました。オンラインゲームのMUDを開発したバートルは、MUDのプレイヤーの性格について図表3のように4種類のタイプに分類しました 。
図表3 ゲームのプレイのスタイル4分類 ※「Hearts, clubs, diamonds, spades: Players who suit MUDs丨Journal of MUD research 1 (1), 19」をもとに筆者加筆作成
表の縦軸は行動特性(単独的・相互的)、横軸は興味関心(個人・ゲーム)を表し、それぞれのタイプの志向・特性を示しています。
以下では、バートルテストにおけるゲームスタイルの4分類についてそれぞれ解説します。
1つ目のバートルテストにおけるゲームスタイルのタイプは「アチーバー」です。アチーバーは、努力家でコツコツ努力して目標を達成することに喜びを感じるタイプです。
達成意欲が強く、単独行動を好むアチーバーは、他のプレイヤーに興味をもつというより、ゲームそのものに興味を持ち、「ゲームをやり込む」ことを好みます。そのため、アチーバーのモチベーションを高める際はインナーリワードを設定するのが有効でしょう。
2つ目のタイプは「キラー」です。キラーは、闘争心が強く、勝負にこだわるタイプです。単独行動を好むキラーは、他者を打ち負かし、強さを誇示することに喜びを見いだします。順位などを「可視化」する要素を工夫すると、勝負を好むキラーのモチベーションを高めることができます。
3つ目のタイプは「ソーシャライザー」です。ソーシャライザーは、他人とコミュニケーションを取ることが好きなタイプです。ゲームのなかで生まれるコミュニティに興味を示し、他者との友好的な関わりや協力に関心が高い傾向があります。他のプレイヤーとの交流を促すソーシャルリワードを上手く設定すると、ソーシャライザーのモチベーションを高めることができます。
4つ目のタイプは「エクスプローラー」です。エクスプローラーは、好奇心旺盛なタイプで、ゲーム内での知識や法則を発見することに楽しみを見いだし、それを他人と共有することに喜びを感じます。ゲームそのものに興味を持ち、没頭してプレイするのが好きなエクスプローラーは、アチーバーと違って他人と交流することを求める傾向があるので、ソーシャルリワードによってモチベーションを高めます。
では、実際にどのようにゲーミフィケーションを活用した事例があるのでしょうか。以下では、社会課題の解決や、業務の効率化を行うためにゲーミフィケーションを導入した3つの事例を紹介します。
1つ目に紹介する「よこはまウォーキングポイント」は、18歳以上の横浜市在住・在勤・在学の人に対し、ウォーキングを通じた健康づくりを促進する事業です。よこはまウォーキングポイントでは、専用の歩数計を持って歩くとポイントが与えられ、参加者はポイントに応じて抽選でプレゼントを受け取ることができます。
2018年から歩数計に加えて導入された同事業のアプリでは、投稿写真、市内の魅力あるコースが100以上紹介されているほか、さまざまなカテゴリで参加者の順位が「可視化」されています。
横浜市によると、60代かつ3年連続でこの事業に登録した参加者は、未登録者と比較して高血圧の発症率が12.3%低くなっていました(参照:【記者発表】よこはまウォーキングポイント参加者|横浜市役所)。報酬や可視化といったゲーミフィケーションの基本的な要素を抑えているよこはまウォーキングポイントは、一定の成果を上げている優れた事例だといえます。
2つ目に紹介するのは、フォルクスワーゲン社の「The World's Deepest Bin」です。シートベルトを楽しんで締めてもらうことを目的に、ゲーミフィケーションについて研究しているフォルクスワーゲン社は、さまざまな社会実験を行っています。その結果は「The Funtheory.com」というサイトで紹介されています。
例えば、公園内でのゴミのポイ捨てを削減するため、公園内のゴミ箱に効果音がなる仕掛けを施す実験「The World's Deepest Bin」が挙げられます。この実験では、結果として1日で約72kgのゴミを回収することができました。
「The World's Deepest Bin」は、罰則を与えるのではなく、ゴミを集めること自体が楽しくなるゲーミフィケーションの仕組みを導入することで、参加者のモチベーションを高めることに成功しています(参照:The Funtheory.com|Volkswogen)。
3つ目に紹介するのは、ある工作機械メーカーの社内研修でゲーミフィケーションが導入された事例です。この研修では、業務における課題を解決するプロセスにおいて自分が楽しめる規則を考え、相互に発表し合いました。
研修後、参加者は「ポジティブ感情」と「遊び感覚」が向上しました。また、普段の業務について88%が仕事の課題解決に、12%が個人的な課題解決についてゲーミフィケーションを導入するようになり、最終的には、58%の人が業務の効率化など職場の課題や個人的な課題を解決したそうです(参照:ゲーミフィケーション研修が従業員の仕事に対する認識と仕事の質に与える影響|日本教育工学会)。
多くの人は、ゲームに夢中になります。そのようなゲームの力を他分野で活用したのがゲーミフィケーションです。この記事ではゲーミフィケーションの基本的な解説を行いましたが、最も重要なことは「ゲーム本来の楽しみ」を取り入れることです。
特定のスキル・報酬を得られるからプレイされる仕組みではなく、プレイすること自体が楽しいからプレイされる仕組みづくりを目指すことが重要です。そのためには、外発的なモチベーションを刺激しつつも、主体的な行動の原動力になる内発的なモチベーションを高める設定を工夫する必要があります。
主たるターゲット層が、4タイプのどれに当てはまるのかに注意し、またどのような報酬を与えたら価値を感じてもらえるのか考えてプログラムをデザインしましょう。また事例でも紹介したように、費用をかけなくても、身の回りの業務にゲーミフィケーションを導入することで、仕事の効率化が図れます。ゲーミフィケーションを導入したサービスや研修は、他との差別化がされるため、参加者にとってより魅力的なプログラムになることでしょう。
【参考文献】※誌面の都合上、一部割愛
Burke Brian. (2016). Gamify: How gamification motivates people to do extraordinary things. Routledge.
藤田美幸. (2018). ゲーミフィケーションにおけるユーザの動機づけとエンゲージメントの関連. 日本情報経営学会誌, 38(3), 83-92.
藤田美幸. (2016). ヘルスケアサービスとゲーミフィケーションの親和性: ユーザー特性に着目して .現代社会文化研究 ,62,303-320.
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。