目次

  1. 人手不足の現状
  2. 人手不足が深刻化している要因
  3. 人手不足への「攻め」と「守り」の対策
    1. 人手不足への「守り」
    2. 人手不足への「攻め」
  4. 人手不足対策には 労働市場の流動性と効率性も
    1. リ・スキリングによる職種間移動の促進
    2. 賃金シグナルと省人化投資の連動
    3. 地方創生による地理的ミスマッチの是正
  5. 外国人労働者の活躍と共生の実現
    1. 高スキル外国人労働者の定着支援
    2. 共生社会の実現

 政府の2024年度の年次経済財政報告(経済財政白書)によると、日本社会が直面する課題の一つが、深刻な人手不足感です。特に非製造業や中小企業を中心に、その度合いは歴史的な水準にまで高まっており、経済の成長力を阻害する懸念が強まっています。

高まる人手不足感と企業の対応
高まる人手不足感と企業の対応

 この問題の根底には、1995年をピークに減少に転じた生産年齢人口、そして2008年以降一貫して減少する総人口という、四半世紀以上にわたる労働供給の構造的制約があります。

 日本企業の人手不足感は、生産年齢人口の減少という根本的な構造問題に加え、内閣府のアンケート結果などを見ると、ここ5年で転職市場拡大とそれに伴う企業間の人材獲得競争の激化を人手不足の原因に上げる企業の割合が増えていることが分かります。

 人手不足感は幅広い職種で高まっており、特に中年層(35~54歳)で顕著に不足感が増しています。業種別では非製造業、企業規模別では中小企業において特に深刻化しています。

 アンケート調査の結果から、人手が不足していると回答する企業は労働生産性が低いという傾向も見えてきたといいます。

 人手不足への対応として、企業部門は大きく分けて「既存従業員の引き留め」と「新たな人材の確保・生産性向上」の二つの側面から取り組みを進めています。

 「従業員の待遇改善」は、特に中小企業において最も優先される課題として認識されており、待遇改善に取り組む企業が増えています。この背景には、若年層を中心に転職希望者が増加し、転職市場が拡大している現状があります。採用活動を行っても応募が少ない、あるいは応募があってもより良い条件の他社に流れたり、短期間で退職してしまったりするといった人材獲得競争の激化が企業の悩みの種となっています。

 このような状況下で、企業は既存雇用の流出を防ぎ、人材を定着させるために賃上げを積極的に行わざるを得なくなっています。実際、2023年の賃金改定では、「労働力の確保・定着」や「雇用の維持」が「企業の業績」に次いで重視され、その割合はバブル期に迫る、あるいは超える水準にまで達しています。

 「省力化投資」は、人手不足への「攻め」の対応策として、その重要性が増しています。日銀短観のデータからも、人手不足に直面する企業は、そうでない企業に比べ、設備投資に積極的なスタンスであるといいます。

高まる人手不足感と企業の対応
高まる人手不足感と企業の対応

 特に、非製造業や中小企業では、ソフトウェア投資が省力化投資の中心となっており、クラウドやキャッシュレス決済端末、セルフレジの導入など、身近なところでもその取り組みが見られます。

 省力化投資のメリットとして、企業の8割以上が「業務の効率化」を挙げ、人件費削減も重要な要素と認識しています。そして、企業単位での分析では、省力化投資を行っている企業は、そうでない企業に比べ、時間当たりの労働生産性が約1割高いという結果が出ており、RPA(Robotic Process Automation)や接客ロボット、WEB・IT関連システムへの投資が生産性向上に大きく寄与しています。

 しかし、導入費用やランニングコスト、そして従業員の教育訓練や新たな専門人材の投入の必要性が障壁となっており、リ・スキリング(学び直し)の促進が喫緊の課題となります。また、省力化投資によって労働分配率が変化する可能性も指摘されており、特に機械設備投資は近年、労働代替的な傾向が強まっています。

 人手不足を乗り越えるためには、限られた労働力を効率的に配分する、すなわち労働市場におけるマッチングの効率性を高め、労働移動を円滑化することが不可欠です。

 日本の労働市場は、海外と比べると失業のリスクは低い一方で、一度失業すると長期化しやすい構造にあります。また、米国やドイツと比較して、労働市場におけるマッチング効率性が低いという課題も抱えています。

労働移動の現状と課題
労働移動の現状と課題

 職種間ミスマッチは低下傾向にあるものの、都市部、特に東京圏で高い水準にあり、事務的職業や販売の職業で供給過剰が生じている一方、サービス、建設・採掘、生産工程、輸送・機械運転などの職種では全国的に供給が過少となっています。さらに、これまでの労働移動は同一職種内が多く、職種をまたぐ移動は限定的であるという実態があります。

産業別の相対賃金と常用雇用の変化率
産業別の相対賃金と常用雇用の変化率

 マクロ的な労働生産性の上昇には、産業間の労働移動よりも、各産業内での生産性上昇(純生産性要因)が大きく寄与しています。

 しかし、望ましいのは、賃金という価格シグナルによって労働移動が活発化し、企業間の人材獲得競争が激化することで、企業が賃上げや人への投資に一層取り組み、その原資のために業務改革や設備投資を通じて生産性を改善するという好循環です。

 これにより、新技術・設備を使いこなせる人材への需要が高まり、それが労働者のリ・スキリングをさらに促すという、連続的な好循環を生み出すことが重要だと白書は指摘しています。

 そこで白書は「三位一体の労働市場改革」を掲げています。

 供給が過剰な事務的職業などから、供給が過少な職種への労働移動を円滑化することが不可欠です。特に、将来的にデジタルやAIによる代替が進む可能性のある事務的業務に従事する労働者にとっては、リ・スキリングの重要性が相対的に高いと言えます。

 企業は「ITを使いこなす能力」や「コミュニケーション能力・説得力」といったスキルを重視する傾向が高まっており、IT・デジタル分野はリ・スキリングの重点分野と考えられます。

 人材が不足している職種や産業においては、賃金水準を引き上げ、同時に省力化・省人化投資を推進することで生産性を向上させることが求められます。

 これにより、賃金を通じた市場メカニズムが機能し、効率性の低い企業の新陳代謝や事業・業界の再編が促されることで、人材獲得競争が緩和され、業界全体の生産性向上につながる可能性があります。

 大都市圏、特に東京圏での職種間ミスマッチの深刻化は、過度な人口集中によるものです。デジタル化を推進し、地理的な制約なく働ける環境を整備することで、大都市圏への人口集中を是正し、地方の人口増加を促進することは、労働市場全体のミスマッチ改善に大きく寄与すると期待されます。

 人口減少が続くなか、外国人労働者が人手不足を補っているのが現状です。2023年10月末時点で、その数は205万人を超え、全雇用者の約3.4%を占めています。

外国人労働者の現状と課題
外国人労働者の現状と課題

 製造業や飲食・宿泊業、そして東京、北関東、東海地方に集中して就労しており、政府も特定技能制度や新たに創設される育成就労制度など、受け入れ制度の整備を進めてきました。

 しかし、外国人労働者と日本人労働者の間には賃金水準の差が存在します。年齢や勤続年数、学歴といった個人属性、そして事業所の属性を調整しても、約7.1%程度の賃金格差が残ることが分析で明らかになっています。

 特に技能実習や特定技能の在留資格を持つ外国人労働者においてこの差は顕著で、技能実習の転籍制限や、特定技能におけるスキルの移転制約などが影響している可能性を指摘しています。

 賃金格差を見直し、国際的な人材獲得競争の中で引き続き外国人を惹きつけ、定着させるためには、以下の政策的課題への取り組みが必要だと白書は指摘しています。

 日本語能力の向上が仕事への満足度を高めることから、日本語学習支援や各種手続きの多言語化、「やさしい日本語」の活用を通じて、日常生活での障壁を取り除くことが重要です。

 また、留学生は高技能外国人の重要な供給源であるため、国内大学への留学促進や日本での就職支援も強化すべきだと指摘しています。

 外国人労働者を単なる労働力としてではなく、日本社会、地域社会を構成する一員として受け入れ、日本人と外国人が互いに尊重し、安全・安心に暮らせる共生社会を築くことが不可欠です。

 そのためには、子どもに対する教育支援や、母子保健を含む医療サービスなど、全ての外国人が適切な負担のもとに享受できる環境を整備していく必要があります。

 特に、外国にルーツを持つ子どもたちへのきめ細やかな日本語指導や学習支援を通じて、彼らが自信を持って自己実現できるようサポートすることが重要です。