「人生初のお願い」で広げる自治体との災害協定 屋根材問屋3代目の使命感
杉本崇
(最終更新:)
屋根材卸事業などを手がける「白神商事」(岡山市)代表取締役の白神康一郎さん。WEB事業を分社化し設立した「いえいろは」が「やねいろは」を運営している(いずれも白神さん提供)
「私の43年の人生で初めてのお願いです」。屋根材卸事業などを手がける「白神商事」(岡山市)代表取締役の白神康一郎さんは、災害時に地域外から屋根や外壁の修復ができる職人を派遣できるよう滋賀県守山市と災害協定を結びました。この災害協定を全国に広げるため、知人に全国自治体を紹介してほしいと協力を呼び掛けています。売上が一気に伸びるわけではありません。それでも、白神さんが力を入れるのは、被災家屋を目の当たりにし「屋根材問屋の3代目として生まれた私が人生で果たすべき使命のひとつ」だと感じたからです。
千葉の台風では修理に3年
2019年9月に千葉県を襲った「令和元年房総半島台風」は、過去69年間で関東地方に上陸した台風としては最強クラスで、千葉県によると、このときの死傷者は103人、一部損壊も含めると住宅被害は8万棟以上に上りました。
台風で曲がってしまった樋
被災地にも足を運んだ白神さんは、地元の職人たちが被災から3年を過ぎても自宅の修理を後回しにし、依頼された家屋の修理を続けている光景がいまでも忘れられないといいます。
「事業規模にもよりますが、地域の屋根・外壁職人が災害時に対応できる家屋は土日祝日も仕事して上限で1000~3000棟です。災害時には被害状況を確認しつつ、ブルーシートで応急処置をし、保険会社への申請を進めつつ、部材を発注して修理をしていくという作業には時間がかかります。地域の復旧が完了するまでには2、3年かかるケースも少なくありません」
近年、自然災害規模が大きくなってきていることが事態をさらに難しくしています。2024年4月には、兵庫県を中心に大粒の雹が降り、民家の屋根やカーポートに穴が開きました。日本損害保険協会によると、このとき、大阪、兵庫、滋賀の3府県で4万棟に被害が出ていたといいます。
「近隣の職人の力を借り復旧を早められるのでは」
こうした災害の復旧の足かせになっているのが悪質業者の存在です。
国民生活センターは、「災害に便乗した悪質な商法には十分注意してください。特に最近は火災保険を使って自己負担なく住宅の修理ができるなど勧誘する手口について相談が寄せられています」と注意を呼び掛けています。
具体的には、次のような相談事例があるそうです。
- 地震後「屋根の点検をする」と業者から訪問を受け、屋根工事の契約をした。その後、屋根工事を解約したら契約前に行われたブルーシート設置代金を請求された。
- 台風で自宅の屋根瓦がずれ、見積もりのつもりで業者を呼んだら、屋根にビニールシートをかけられ高額な作業料金を提示された。仕方なく支払ったが納得できない。
- 屋根の無料点検後、このまま放置すると雨漏りすると言われ高額な契約をさせられた
- 豪雨で雨漏りし修理してもらったがさらにひどくなった
復旧を早めに進めたくても、地元の職人たちは2、3年待ちで手いっぱい、その合間を縫って被災地に悪質業者が入り込んでいる、という状況が続くのを見て、白神さんは「実家に戻り、9年間ガムシャラに職人の見える化・評価に邁進してきた自分だからこそ、できることがある」と使命感に駆られたといいます。
白神さんは、2016年から屋根・外壁工事店とエンドユーザーをつなぐポータルサイト「やねいろは」を運営してきました(白神商事で立ち上げて現在は別会社のいえいろはで運営)。
登録できる工事店を「エンドユーザーから依頼された工事を自社施工でできること」「実務経験が7年以上ある社員職人が自社に在籍していること」に絞り、各工事店を一つひとつインタビューしてサイトに掲載しています。
こうしてやねいろは上で、対応できる工事、建設業許可、保有資格者数、対応できる地域など詳細にデータをまとめて公表しています。
やねいろはの問い合わせまでの導線イメージ
そんなこだわりのため、事業成長スピードが緩やかで、立ち上げから7年間は赤字続き。登録店数はようやく全国47都道府県に550店舗まで増えました。
しかし、このこだわりを生かせば、災害時に被災地の外から信頼できる修理業者に協力を呼び掛けることができ、復旧を1日でも早められるのではないかと考えたのでした。
実際に、千葉県の台風被害や姫路市の雹被害では、早期復旧できた家もあり、施主からもっとこういった取り組みが広がって欲しい」という声が寄せられたといいます。
災害協定で信頼できる業者に守山市発行の腕章
災害時に早く動けるようにするには、平時から自治体と災害協定を結んでおくのが大切です。
そこで、まずは旧知の間柄である森中高史市長のいる滋賀県守山市と、大規模災害が起きたときに、屋根や外壁など家屋外装等の復旧支援を円滑に進めるための災害協定を結びました。
防災協定の協定式。森中高史・守山市市長(左)と白神さん
具体的には、いえいろはが派遣し、地域外から復旧応援に駆け付けた屋根・外壁職人に対し、守山市発行の腕章などを提供することで、悪質業者との見分けをつきやすくする仕組みなどを準備する予定です。
白神さんは「1948年創業の家業で取り組んでいること、信頼できる業者のみを登録してきたこと、7年間着実に登録店数をのばしてきたことが認められ、協定につながったと感じています」と話しています。
この取り組みを、さらに全国に広めるため「人生で初めてのお願い」として全国各地の知人の経営者に自治体の首長らを紹介してほしいと依頼することにしました。こうした結果、ほかの自治体との話し合いも始まっています。
「自分だからできること」を探して得た結論
この取り組みの原点は、家業で働き始めたときに感じたモヤモヤがあったといいます。白神さんは17歳の高校生のときに、当時社長だった父を亡くします。
元々、父からは「(白神商事を)継ぐな」と言われ、「安定志向」で育ってきた白神さんの人生観が大きく変わります。
白神さんの祖父、父、子どものころの白神さんが写る記念写真
白神さんは大学に進学、その後は大手証券会社に勤めたあと、2013年に家業である白神商事に戻ってきました。将来、代表取締役に就くことを前提にしつつも、現場の配達仕事から始めました。
屋根材の配達で現場を回ると、炎天下でも強い風が吹き荒れる寒い日でも黙々と働く職人たちの姿がありました。証券会社で働いていたときの自分と同じくらい長く働いているのに、多重下請け構造などもあり「良い仕事をしている方なのに収入につながっていない」と感じることもあったそうです。
そこで、信頼できる職人に消費者が直接依頼できる仕組みを作ろうと、屋根工事店専門ポータルサイト「やねいろは」、その外壁リフォーム版である「かべいろは」事業を立ち上げました。今度は、このマッチング事業で築いてきた信頼を災害復旧に生かそうとしています。
災害対応時のイメージ
とはいえ「やねいろは」事業は長らく赤字続きで、ようやく2024年に黒字転換できました。黒字状態が長く続いている屋根材卸事業があったからこそ、続けてこられたとも言えます。
白神さんに、なぜ赤字が続いていてもやり続けようと考えたのか、そして継続的な収入とはいえない災害復旧に力を入れる理由について尋ねました。
白神さんはしばらく考えたあと、こう話しました。
「……。ほかにやる人がいないからではないでしょうか。家業がある自分だから、スケールの大きな社会課題に長期目線で取り組めています。日本は今後も南海トラフ地震など大規模災害が起こる可能性があります。たしかに金銭的なメリットは大きくはありません。それでもいま取り組むことが将来の安全につながるのだと信じています」