「親からそのまま農業を承継しない」元DJの後継ぎが売り出すブランド野菜
千葉県銚子市の農場「Hennery Farm」を営む坂尾英彦さん(37)は、12代目になる農業後継ぎです。一度は継ぐことを拒み、音楽の道を目指して東京へ。DJ活動やレコードの輸入、レコード店の経営などを経て、農業に戻ってきました。「アフロきゃべつ」を看板商品に、消費者と直接つながる新しい形の農業を目指します。
千葉県銚子市の農場「Hennery Farm」を営む坂尾英彦さん(37)は、12代目になる農業後継ぎです。一度は継ぐことを拒み、音楽の道を目指して東京へ。DJ活動やレコードの輸入、レコード店の経営などを経て、農業に戻ってきました。「アフロきゃべつ」を看板商品に、消費者と直接つながる新しい形の農業を目指します。
千葉県銚子市に約4ヘクタールの畑を所有。甘みが強く芯まで美味しいと評判の「アフロきゃべつ」を年2回収穫し、生のままでも食べられるアフロコーンと合わせて三毛作を行っています。収穫した野菜は、オンライン販売と固定ファンへの直接販売でのみ購入できます。
――いつから農業を始めたのでしょうか。
高校卒業後、一度は18歳で就農しています。とはいえ、運送屋でアルバイトをしながら実家を手伝う、兼業でのスタートです。ただ、キャベツを植えて、育てて、収穫して、箱詰めして、運び出してという作業に、当時はバイト感覚というか、魅力は感じられませんでした。
──それで、東京に行かれたのですね。
元々は高校卒業後、専門学校に行きたかったのですが、親に許してもらえなくて、農家を手伝っていたんです。でも、どうしても音楽をやりたかったので、「家を出ます」と言って東京で暮らし始めました。東京ではクラブDJをしながら、日雇いのアルバイトをして家賃を払う生活でした。ただ、クラブDJをしていると、レコードを買うお金がかかりますが、これがバカになりません。古いレコードは1枚3000円や5000円はします。家賃を払いながら、大量のレコードを買いそろえるのは大変で、2年たった頃には、東京にいる意味ってなんだろうと思い始めていました。
──東京生活を2年で終えることになりました。その後、音楽活動はどうやって続けましたか。
僕はヒップホップでクラブDJをしていました。ヒップホップはローカル意識が強くて、地元を大事にするカルチャーがあります。東京じゃなくても、自分が住んでいるローカルエリアから、やりたいことを発信すればいい。そう考えて、東京の家を引き払い、銚子に拠点を移して、アメリカにレコードを買いに行く生活を始めました。
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アメリカに行ってレコードや洋服を買い、最初は知り合いに売っていました。そのうち、ネットショップを立ち上げ、銚子市内でレコード店も始めました。その流れで、銚子のクラブやスナックなどで、音楽イベントなどを企画するようになりました。このイベントは今も続けていて、かなりの人数が訪れるまでになっています。
──銚子に戻っても、農業ではなく、レコードや洋服のオンラインビジネスで生計を立てていたのですね。
そうですね。結婚したあとは、子供服の販売も手がけました。妻が同じ市内で店を始めて、僕がレコードや洋服、雑貨をアメリカで買い付けて販売する。楽天やAmazon、Yahoo!ショッピングなど、いろいろなオンラインモールでの販売も経験しました。
ただし、ネットで商品を売るのは、価格競争に巻き込まれるということです。他の人には売ることができない、自分たちでゼロから作り上げるブランドのようなものを売りたいと思いはじめました。その方がやりがいもあります。それが何かと考えたとき、「うちで作っている野菜」だと思ったんです。農家はみんな「うちの野菜はうまいよ」って思いがある。だったら、これをブランドにして販売したらいいんじゃないかと思い、いろいろ仕掛け始めました。
──そこで、「アフロきゃべつ」に行き着いたわけですね。
野菜は、同じ品種の種を同じ畑で植えても生産者によって味が違います。肥料を入れるタイミングや土の管理も全部バラバラなんです。うちのキャベツは鶏糞とわらを自家発酵させた肥料を作って畑に入れています。そのおかげで芯まで甘くて本当に美味しい。うちで作ったキャベツの味を知ってもらうために色々なことを始めました。これまでのビジネスで、インターネット販売のノウハウはありましたし、デザインも昔からずっとやっていて、音楽イベントのためにチラシなどを作っていた経験も生かしました。
──生産したキャベツやトウモロコシは、「アフロきゃべつ」「アフロコーン」と名付けてブランディングしています。これらは農協に出荷せず、ネットなどで販売しているのですか。
両親がまだ現役で農業をやっていて、父は農協に加盟して出荷しています。僕は加盟しておらず、個人事業主として父から野菜を仕入れて、ネットなどで販売する形を取っています。父は73歳ですがまだ現役バリバリです。それこそ事業承継という形で、「今日から俺がやるよ」とか区切ったら、あの人たちの生きがいも逆になくなると思います。農家は生涯現役ですから。
──キャベツをブランディングして売るやり方を、ご両親はどう受け止めましたか。
大反対ですね。これまで通り、農協に納品するのが農業だという考えなので。だから、最初にやっていた道の駅での直販やネット販売も、「余計なことしてないで畑に来て作業しろ」、「農協に売ればいい」という考え方でした。ただ、僕はそういう形での農業はやりたくないと思っています。考えているのは、これまでとは違う方法で野菜を売り、農業体験を交えるような仕組みです。3年前、レコード販売や子供服店なども全部やめて、今は農業に専念しています。
──ご両親がリタイヤされた後、今とは違う形で農業経営をしていくということですね。
そうですね。考え方が違うので、そのまま継承するという形にはならないと思います。今は約4ヘクタールの作付けでやっていますが、これも減らしていくと思います。実は、周りから「親戚の家が農家をやめたから」、「畑の持ち主が亡くなったから」と頼まれて、年々、作付面積が増えていたんですよ。若い世代で農家やっている人が少ないから、集中してしまうんです。そうなると、結局農作業に追われるばかりで何もできなくなってしまいます。
──スケールメリットというレベルを、超えてしまっているということですか。
作付けが増えると忙しくなります。そのために全自動の機械を入れ、トラクターを走らせ、ロボット入れて、外国人に就労してもらって。それで回していきましょうというのが、国の政策になっています。作った量は増えますが、農作物の価格は需給バランスで決まります。だから作れば作るほど、安く叩かれるんです。そういう農業を、親が子供にやらせたいと思うのか。それが今の1次産業、とりわけ農業の衰退の原因だと思うんです。
──坂尾さんが目指す新しい農業の形とは、どのようなものをイメージしているか教えて下さい。
農業のコミュニティー化です。ただ、売るのではなく、キャベツをきっかけに銚子まで農業体験に来てもらうことを考えています。おいしいキャベツを食べて「じゃあ、体験に来よう、宿泊しよう」と感じて、銚子に来たついでに観光もして、地元にお金を落としてもらう。購入した人が、次の行動を起こすきっかけになるような野菜作りを考えないといけません。
キャベツを1つ売って300円儲かっても、生活していくためには「じゃあ、何百万個売らないといけないの?」という話になってしまいます。1個のキャベツを生産するのに約90日間栽培管理します。1日の日当が1万円として単純計算したら90万円。それを何人かで栽培して、収穫する手間と資材と考えたら、本来1個100円のキャベツなんてあり得ないんです。だから今、種まきや収穫を体験してもらうグリーンツーリズムのために古民家を用意し、民泊の整備も進めています。
──通常の市場流通はせず、顔の見える人に販売するということですね。
以前は道の駅の産直コーナーにも出していましたが、手間を考えてやめました。都心で開催されるマルシェもありますが、それで生活するには、キャベツを1日300個くらい売らなければいけません。朝採りでは間に合わないから、前夜に収穫してトラックで行く。でも売れなかったらロスになります。物流システムなしで生鮮野菜を売るのは本当に難しいんです。
だから、「アフロきゃべつ」は銚子まで買いに来てもらうか、ネットで買ってもらえば送料はかかりますが翌日に届きます。最近は「共同で買います」とオーダーしてくれる方が増えました。SNSなどを使って友人知人の分をまとめて、100個単位で注文してくれます。これなら収穫したキャベツに買い手がすべて付くのでロスはありません。
しかも、こういう販売方法だと、「アフロきゃべつ」のおいしさを知ってファンになってくれる。さらに食べた人たちは銚子に来て、収穫体験もしてくれます。何らかの形でつながっていたり、体験をしたりする人だけが買えるブランドとして、「アフロきゃべつ」の価値をつくっていきたいと思っています。
――新型コロナウイルスによる影響はありましたか。
予定していた農業体験は中止になりました。また、アフロきゃべつは飲食店向けにも販売していたんですが、その販路がなくなりました。
――コロナ危機の中、前向きに事業継承を考えている農家の皆さんにメッセージをお願いします。
新規就農する人たちは柔軟に新しい売り方ができますが、一番サポートが必要なのは農家の長男だと思っています。基本的に、親がやってきた従来の農業をそのまま継承しがちです。何か新しいことをやりたいと思っても情報は少なく、家族経営が多いので上司でもある親に「NO」といわれたら難しいでしょう。
農協の仕組みはすごいと思います。ただそれは拡大志向でギャンブルのような面があると思うんです。規格に合わないから、作りすぎたから廃棄というのでは、楽しくないし、そこに夢はないと僕は思います。地元の若手農家から「どうやって売るの?」や「どういう風に野菜を加工しているの?」という相談を受けますが、それには答えるようにしています。今、農業は大きく変わるときです。新しいことをやろうとすると障害は多いと思いますが、諦めずに視野を広げて、挑戦してほしいなと思います。
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