人気駄菓子ビッグカツ後継者「後継ぎがセカンドキャリアを考えてもいい」
ロングセラーお菓子として知られる「ビッグカツ」のスグル食品(広島県呉市)に、後継ぎとして戻った大塩和孝さん。開設したツイッターはフォロワー5万人超、コンテンツビジネスにも乗り出そうと考えています。開業したコワーキングスペース「ブシツ」や、できたてが家で食べられる「おうちdeビッグカツ」の大ヒットの経緯についても聞きました。
ロングセラーお菓子として知られる「ビッグカツ」のスグル食品(広島県呉市)に、後継ぎとして戻った大塩和孝さん。開設したツイッターはフォロワー5万人超、コンテンツビジネスにも乗り出そうと考えています。開業したコワーキングスペース「ブシツ」や、できたてが家で食べられる「おうちdeビッグカツ」の大ヒットの経緯についても聞きました。
1989年生まれ、株式会社スグル食品・専務取締役で新規事業開拓と人材採用・育成を担当。2012年、大学卒業後RICOHに入社。2015年に家業である株式会社スグル食品に事業承継のために入社。経営大学院でMBAを取得。2018年に家族とともに呉へUターンした。「事業承継者もセカンドキャリアを考えたっていいじゃない」をモットーに2020年、コワーキングスペース「ブシツ」をオープンした。
――小さな頃から「後継ぎ」を意識していましたか?
全く意識していませんでした。「大人ってみんな社長なんだろう」と思っていたぐらいで、社会人になるまで何を作っているかも知りませんでした。父親から家業の話はなく、家に自社の商品も置いていなくて。おやつはいつも、(他社のお菓子の)おにぎりせんべいでしたし(笑)。
――いつ頃から家業を意識するようになったのでしょう?
大学を卒業して自分がサラリーマンになるとき、改めて「そういえば父親は経営者をやっていたんだな」と意識するようになりました。
そして、社会人になって初めて父親とサシ飲みをしたら、父が「自分がもう少し経営を勉強していたら、会社ももっと大きくなっていたのかな」と珍しく弱気なことを言ったんです。
初めて聞いた弱気な発言でした。これまで「大人は間違わないんだ」と思っていたのに、完璧じゃないんだな、なんとかしてあげたいなと思ったんです。
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それで、次の日には当時の会社を辞めようと動き始めました。システム上で「上司との面談希望」というボタンをポチッと押しました。
――即断でしたね。「家業を応援しよう」という気持ちだったんですね。
余計なお世話だったかもしれませんが、どうにかしてあげなきゃと思って。父が引退するときに、「これまでやってきたことが間違ってなかったんだ」と思ってほしいなぁと考えました。
――もともとスグル食品の成り立ちは?
祖父が立ち上げて、息子の名前を社名につけたんです。曽祖父が前身となる会社に名字の「大塩」をつけていたのですが倒産してしまったこともあり、息子の下の名前をつけたのではないかなと思います。
――お父さんとのコミュニケーションは最初からうまくいっていたのでしょうか。
父親でもあり上司でもある状況で、最初はやっぱりギスギスしてしまって。どう話していいかも分かりませんでした。もともとが大企業勤めだったのと、MBAを取っている最中だったこともあって、頭でっかちになっていたんですね。
「フレームワークの中ではこうなのに、なんでそんなことするんだ?」と言ってしまうとか……。父はイラッとすると何も言わずに1日置くんです。その間に自分も「やっちまったな」と悩むんですよね。
でも、よくよく考えたら、父に「間違っていなかった」と思ってほしいから会社まで辞めて転職したのに、ギスギスしているのはおかしいですよね。
入社2年目ぐらいで、「父が引退するまでは、父のやろうとしていることを自分が手伝って実現させよう」というスタンスになりました。そこからコミュニケーションはスムーズになりましたね。
――家業に戻ってすぐはどんな仕事を担当したのでしょうか?
2015年に東京営業所に配属され、父が「もっと経営を勉強していたら」と話していたこともあって、同時期にグロービス経営大学院で学び、MBAをとりました。
呉に戻る2018年までずっと営業を担当していました。新規開拓もしましたが、うまくいかないこともありましたね。
その間も、毎月1回、呉で営業会議があるんですが、その前後1週間ぐらいは呉に帰って、製造現場で研修を受けました。設備の成り立ちや原料の流れも学びました。
父もいろいろな本を読んだり勉強したりして、どう後継者を受け入れたらいいのか、かなり勉強したんじゃないかなと思います。
――大塩さんが考案した2020年5月発売の「おうちdeビッグカツ」(6月末でいったん販売終了)が大ヒットだったそうですね。どんな経緯で発売に至ったのでしょうか。
呉に戻ってから採用を担当していますが、就活生が工場見学をするとき、できたてのビッグカツを食べてもらうんですね。
自分も初めて食べたとき「できたてって一番うまいな」と思って。なんとか家で作れないかなと考えはじめて、ビッグカツの設備のミニチュア版を販売しようかなとも考えました。ただ、めちゃめちゃでかくなるし、高くなるし、いらないだろうと、そのときは挫折しました(笑)。
――今回の商品は、新型コロナウイルスがきっかけになって発売にこぎつけたんですね。
企業のツイッター運用も担当しているのですが、コロナの流行でお子さんが家にいるようになって「どう暇をつぶせばいいんだ」というSNSのつぶやきを見るようになりました。
開発のメンバーとそんな話で雑談しているとき、「シートを売って、お客さんにいろいろな形に切って自分で揚げてもらったらどうか。暇つぶしにもなるんじゃないか」とひらめきました。
――リスクの少ないビジネスモデルだと考えたと伺いました。
ビッグカツの魚のすり身で出来たシート自体は、工場に在庫としてストックがあります。もし「おうちdeビッグカツ」が売れなくて余ってしまっても、袋から出してラインに投入すればビッグカツになります。リスクは袋代だけでした。
反面、売れゆきはとても好調でした。今までの通販の売り上げをこの商品の5日間の売り上げで達成しました。
通販の利益率を左右するのは送料なんですが、シートが薄いので送料がほとんどかかりません。利益率がとても高い商品なんです。
――着想のきっかけにもなっているツイッターですが、フォロワーは5万人を超えています。運用で気をつけていることはあるのでしょうか?
取引先の人に勧められて、フォロワーはゼロから始めました。唯一のお客さんとの接点なので、戦略的に活用しようと考えています。
どういう人がビッグカツを好きでいてくれるのか知りたくて、当初からフォローしてくれる人の属性をひとりひとり見ていたんです。
そうすると、アニメアイコンが多かったり、「スマホゲームの○○が好き」とかアニメキャラの「○○推し」とプロフィールに書いていたり……。もしかしたらオタクの方が好きでいてくれるのかも、と感じました。それで、自分たちの「ビッグカツ」もキャラクター化できたらいいなと考えるようになりました。
――ツイッターの女の子のキャラクターは「衣ちゃん」というんですよね。
今は、この衣ちゃんをVtuber(バーチャルユーチューバー)化させようとしています。自分でモデリングをして、配信もして。そんなコンテンツビジネスもやりながら、ファンの人にビッグカツを買ってもらいたいと思っています。
――さらに新しいチャレンジも。2020年にコワーキングスペース「ブシツ」を開業されました。
正式オープンが今年4月で、コロナのど真ん中のスタートでした。
すぐ休業対象のリストに入ってしまい、今はオンラインでイベントをやっています。好評なので、もしかしたらこのままオンラインでもいけるかもしれない、と考えています。
――開業しようと考えたきっかけはあったのでしょうか?
呉に戻ってすぐに参加したある会計セミナーでした。わくわくして行ったら、中身は「中古車を買いましょう」「減価償却で節税」みたいな話ばかりだったんです。
がっかりしてしまって、経営大学院で学んだ自分なら、講師を呼んでもっといい学びの機会を提供できると考えました。その研修や勉強会を開く「場」があればいいなというのがきっかけです。
――家業との関わりは考えましたか。
呉市は広島で3番目の人口22万人がいますが、毎年1%ずつ、特に若い世代がいなくなっています。これは自社の採用にも大きな影響があります。
「呉でも面白いことがある」「チャレンジできる」とアピールして、なんとか若い人にとどまってもらい、自社の採用に10年後も20年後もつなげたいと考えました。
呉市の起業家支援プロジェクトに参加して、ふるさと納税を活用したクラウドファンディングで一部の資金を集めました。このプロジェクトには、事業プランのブラッシュアップや、人とのつながりをつくりたいと思って参加しました。
――クラウドファンディングでは、最終的に91人から300万円を超える資金が集まりました。大変なことはありましたか?
序盤は「人にお金をせびっている」みたいな感覚になってしまって、気持ちがやられました。自分の信用をお金に換えているようで、夫婦でうつになりかけました。
ただ、同じようにクラウドファンディングに挑戦した人に話を聞いたら、「目標を達成しなくてもいいし、支援して下さいって自分から頼まなくてもいいんだよ」と言ってもらえました。「自分のプロジェクトが今ここまで来ました」と報告するだけで何人かは見てくれるし、応援したい人が手伝おうと思ってくれるだけでいいんだよ、と。一気に気持ちが軽くなりました。
――大塩さんのモットー「後継ぎもセカンドキャリアを考えてもいいじゃない」には、どんな思いが込められているのでしょうか。
後継ぎとして家業に戻りましたが、今30歳で、あと70年は生きますよね。社長業も30~40年はやると思いますが、そこまで会社が残るのかどうか、先の見えない時代に、それも分からないなと思っています。いろいろな可能性を持っておきたいという思いです。
それは開業した「ブシツ」でもあるし、Vtuberでもあります。メディアを使って収益化していきたいと考えているのも、会社のためと、成功の方法を体系化したいという思いもあります。
――30年以上愛されているロングセラー商品。そのプレッシャーを感じることがあるのでしょうか。
ありますね。プレッシャーを感じるからこそ、可能性として色々なキャリアを積みたいと考えています。今みたいにビッグカツが作れなくても、何かしらの方法で生き延びられるようにと思っています。
パッケージを変えづらい、コラボ先が絞られるといったブランドイメージを崩せないデメリットはありますが、一般の消費者に大きく認知してもらっているロングセラーの強みは大きいです。
やりたいと考えているライセンスビジネスにも活かせます。パーカーやTシャツを作るとか、ブランドや商品名がコンテンツとして収益化できるのは、無形の資産だと思います。
――新規事業への社内の理解はあるのでしょうか。
新しい事業が社内のオペレーションからかなり外れている場合は、自分で出来るだけ抱えておくようにします。既存のオペレーションに落とし込めるとなれば、初めて現場や会社の事業に入れ込んでいきます。その作業を緻密にやっていきます。
また、新規事業で他部署を巻き込む場合は、かなり綿密に部門長と話し合います。特に食品の品質にかかわることは、食中毒のリスクもありますので、かなり細かく企画書をつくりますね。
ツイッターを始めるとか、パーカーを作るというのは、他の部門に影響しないので、割と軽いノリで「こういうことをやろうと思います」と、全員に共有という目的で稟議書1枚を回して、みんなが「オッケー」となれば進めます。
実は、もうすぐビッグカツのTシャツがリリースされます。ぜひ買ってください(笑)
おうちdeビッグカツでは、仕事量が増えたり営業で苦労したりしていないのに、問い合わせや売り上げがありました。この反響が大きかったので、最近は「こいつ信用できるな」「うまくやっているな」と思ってもらえてスムーズに進んでいるのかもしれません。
――新規事業を一緒に走ってくれる右腕のような方はいらっしゃるんですか。
右腕と呼べる人はまだいませんが、妹が2年前に入社して、同じ部署に配属になりました。自分の下でいろんなことを担当してくれているので、徐々に妹が右腕のようになってくれればいいなと思っています。
――おうちdeビッグカツのヒット以外に、コロナの影響はありましたか?
悪い影響もありました。「カープかつ」といった高利益率のお土産物は、ほぼ売り上げがゼロに。「生産量ゼロ」という数字を見たのは初めてのことです。
ディスカウントストアでは異常値かと思われるほど売れているので、売り上げは一見変わりませんが、利益率が落ちてしまいました。
「おうちdeビッグカツ」の他のいい影響としては、デジタル化が一気に進みましたね。以前は高齢の社員が「デジタルは難しいから分かりません」と話していましたが、もうそんなこと言ってられません。会えないからオンラインでやるしかない、と移行しました。
月1回の本社での営業会議も、北海道から九州など全国から宿泊費や交通費、安くないコストが毎月かかっていました。これが浮いたにも関わらず、オンライン会議ではそこまで議論の質が下がりませんでした。
この浮いたコストで、基幹システムと連携できるグループウェア(キントーン)を導入して、コミュニケーションの効率が上がりました。
また、オンライン会議はそんなに長時間できませんよね。これまでは「せっかく本社に集まったのだから」と5~6時間は会議をしていたんですよ。これが2時間になったので、残りの時間をそれぞれの業務に使えるようになりました。
――最後に、後継ぎ仲間へのメッセージをお願いします。
まだ継ぐかどうか決めていない方に対しては、「こんな立場じゃないと経験できないと思うので、やった方がいいのでは?」と思っています。
自分と同じように継ぐことを決めている方には、会社の事務のオペレーションをどうしているか、ぜひ教えてほしいです。同じぐらいの規模の会社の後継ぎ同士で、情報共有できる場があるとうれしいですね。
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