熊野筆のボディーブラシがヒット 事業も社員も成長させたクラファン
創業92年の化粧筆専門メーカー「村岸産業」(大阪府松原市)は、長年OEM(相手先ブランドによる生産)が中心でしたが、4代目社長が熊野筆を使ったボディーブラシの自社開発を始めました。クラウドファンディング(CF)で爆発的にヒットしたことで、社員の仕事への意識も変わりました。
創業92年の化粧筆専門メーカー「村岸産業」(大阪府松原市)は、長年OEM(相手先ブランドによる生産)が中心でしたが、4代目社長が熊野筆を使ったボディーブラシの自社開発を始めました。クラウドファンディング(CF)で爆発的にヒットしたことで、社員の仕事への意識も変わりました。
購入総額4766万6892円、目標達成率1万5888%。村岸産業オリジナルのボディーブラシ「ROTUNDA(ロタンダ)」は、コロナ禍の2020年4~6月、CFサイト「マクアケ」で、当初目標の30万円を大幅に超え、記録的なヒットを飛ばしました。
村岸産業の社員数はわずか22人ですが、化粧筆の高級ブランドである熊野筆をボディーブラシに用いた大胆なアイデアが受けたのです。開発をリードしたのは、村岸産業の創立に関わった村岸弘吉氏の娘、村岸直子さんでした。
村岸さんは京都の美大を卒業後、ワコールで約15年間活躍し、フリーの企画デザイナーを経て、2005年に村岸産業に入りました。先代の叔父が後継者を考えていた時に、指名されたのです。当時、友人と企画会社を経営していましたが、「同じ苦労するのなら父が作った会社を継いだ方がいい」と考え、化粧筆のことは全く分かりませんでしたが、腹をくくりました。
村岸産業は1929年に創業し、47年に工場を開いて化粧筆メーカーとなりました。同社は、資生堂など大手化粧品メーカー向け化粧筆のOEM(相手先ブランドによる生産)のほか、「べっぴんさくら筆シリーズ」など熊野筆を用いたオリジナル商品を販売しています。
村岸さんは2010年、京都で業界初となる化粧筆専門店「六角館さくら堂KYOTO」を、関連会社MURAGISHIの事業として立ち上げました。当時、「化粧筆の専門店なんてうまく行くはずがない」と強く反対され、自己資金で作りました。品ぞろえは約200アイテム。その7割を村岸産業がデザインし、熊野筆の産地・広島県熊野町のメーカーにOEM依頼で生産しました。店はなじみの顧客とインバウンド需要に支えられ、順調に業績を伸ばしました。
村岸さんは、2017年に村岸産業社長に就任。その頃は、中国や台湾などで化粧筆が量産されていました。危機感を覚え、従来のOEMとは異なる新たな販路開拓が急務だと考えました。経営者になりたての村岸さんは、どんな手を打ったのでしょうか。
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村岸さんが目を付けたのは、2018年5月に京都商工会議所が主催していた「あたらしきもの京都プロジェクト」への応募でした。このプロジェクトは、中小企業の新商品づくりと取引先の開拓を、補助金だけでなく以下の2段階で支援するものです。
1:京都ゆかりの商品を、時代に合うよう高付加価値化する
2:その試作品をギフトショーに出展し、新たな取引先を開拓する
村岸さんはまず、化粧筆を高付加価値化するため、デザイナーやアドバイザーらと話し合い、新商品のコンセプトを考えました。
化粧筆は「美」を追求するものです。百円ショップの化粧品でも、使う筆次第で、ブランドものの化粧品と同等の肌のつやを出すことができます。一方、村岸さんは、今の消費者が求めているのは「美と健康」ではないかと思い、「健康のための化粧筆」をテーマに据えました。
「熊野筆を使ったボディーブラシはどうかな」。専門家からは斬新なアイデアが出ました。
熊野筆は一般的な筆に比べて大変柔らかく、この筆を使って泡立てると、泡の中に空気がより多く入り込み、弾力が出ます。そのため、ボディーブラシとして使えば加齢臭や角質をケアできるのではないかという提案です。
「面白い」。村岸さんは直感しました。ボディーブラシは化粧筆と違い、男性も風呂場などで使います。当然、売り場も取引先も変わります。村岸さんは、新たな販路開拓の可能性を感じたのです。
村岸さんは早速、ボディーブラシ「ROTUNDA」を試作し、「あたらしきもの京都プロジェクト」が支援する東京のギフトショーに出展しました。0.1ミリの極細毛を15万本使った熊野筆のボディーブラシの評価は高く、企業からはOEMの可能性を打診されました。ただし、量産試作にはコストがかかります。資金不足が、商品化の高いハードルでした。
そんなとき、取引のある池田泉州銀行を通じ、マクアケの担当者と会う機会がありました。村岸さんは担当者に、ギフトショーに出品したボディーブラシを見てもらったところ絶賛され、「マクアケに出しましょう」と提案されました。
「役に立つ商品」をつくりたくても、資金が足りずに困っているメーカーが多数あります。マクアケの「応援購入」という仕組みを使うと、商品をサイトで紹介し、ユーザーが応援する目的で購入代金を先払いします。メーカーはその資金で商品を開発し、資金へのリターンという形で商品を届けます。
マクアケに支払う手数料は、応援購入の総額の20%で、メーカーは残りの80%を商品の生産、発送に充てられます。この仕組みに感動した村岸さんは「ROTUNDA」をマクアケで展開することにしたのです。
CFで成功するには商品力はもちろん、いかに魅力をアピールするかが大切です。マクアケでは商品の良さを、3分間程度の動画でPRする必要があります。担当者は、腕の良い動画制作会社を紹介してくれました。この会社は、製造現場の広島県熊野町まで行き、作り手の思いが伝わるPR動画を、制作してくれました。
動画では体を洗うシーンのほか、良質のナイロンとヤギの毛を何度もミックスさせて、ムラを無くしたというブラシの特徴を、製造工程の映像とともに紹介しています。担当者自身の言葉で、製品へのこだわりや、肌あたりの柔らかさを説明しており、信頼感を与えています。
マクアケの担当者からは「資金集めは最初の1週間が勝負」と教えてもらいました。その期間で目標額の3分の1以上を集めると、注目度が上がり、期間内に目標達成する確率が高いのです。
ROTUNDAは、柄付きタイプが一本1万6500円、柄のないタイプが1万1千円で、応援購入の目標金額を30万円に設定。ただし、社内の目標はペイラインの300万円としました。そして、最初の1週間で100万円を獲得しようと知人や取引先に頼み歩きました。
ところが、フタを開けて驚きました。サイトを見た人の購入がどんどん進み、初日で応援購入の目標をクリアしたのです。どの会社も苦労する初速がこれだけ出たのは、熊野筆を使ったというブランド力と、PR動画のつくり込みで「気持ちよさ」が伝わったことだと村岸さんは分析します。
その結果、2020年4月下旬にスタートしたボディーブラシの応援購入は、6月初旬の時点で目標を大きく上回る1300万円に達しました。
さらに、動画を制作したPR会社がプレスリリースを出したことで、同年6月には、大阪の人気テレビ番組でボディーブラシが取り上げられました。「体を洗うとき、ブラシのような痛さでなく、筆のような心地よさ」と紹介されると、申し込みがさらに殺到。期限だった6月26日までに、4766万円もの応援購入が集まったのです。
当初、CFの仕組みをわかっていたのは、村岸さんと営業やウェブの担当者ぐらいでしたが、マクアケの利用後、村岸産業の社員の意識が変わりました。応援購入額が100万円を超えてから、全員が興味を持ち始めたのです。
想定以上の注文に対応するため、村岸さんは検品、包装、発送、顧客への連絡など、社員の役割分担を明確にしました。そして、応援してくれる顧客の期待に応えようと、社員が主体性を発揮し始めました。
例えば、それまでわからないことがあると「どうしましょうか」と村岸さんの指示を仰いでいた社員が、自分の案を持ってきて「どちらにしましょうか」と尋ねるようになりました。「次は何をするべきか」を、自分で考えるようになったのです。
村岸さんは、社員の成長で会社の一体感がこれまで以上に強くなったと感じました。
2021年、村岸さんは「ROTUNDA」の洗顔筆を、マクアケで第2弾のCFとして実施しました。顔全体を洗うものが6800円、小鼻用の小さなものが3800円で、目標金額は50万円としました。
集まった応援購入額は3690万5020円で、目標達成率は7381%になりました。販売単価はボディーブラシより低い一方、応援購入してくれたサポーター数は第1弾の1.44倍の4974人に増えました。
サポーターの多くは、今後商品を使う過程で村岸産業のファンになる可能性が高く、生涯お付き合いできる仲間になるのです。
村岸さんは応援購入を通して、顧客はもちろん、社員もマクアケも、支援先の銀行も喜ぶビジネスの可能性を感じました。誰かの犠牲や我慢、忖度の上に成り立つようなストレスが一切なく、誰もが喜びを共有できるのが、CFの素晴らしいところです。
コロナ禍で、村岸産業も「六角館さくら堂KYOTO」を一時休業したり、取引先の化粧品メーカーからのオーダーが減ったりしました。その落ち込みを、CFがカバーしました。CFの売り上げは全体の3割強を占めています。また、CFが話題になったことで、既存の化粧筆事業への問い合わせも増加。新規取引先の開拓にもつながりました。
人気の「ROTUNDA」は現在、リニューアルのためネットでの販売を見合わせています。これは実際に商品を使用したマクアケユーザーから、様々な改良案が届くからです。
マクアケのサポーターは購入時だけではなく、一緒に商品をつくる応援者だと自覚しているのでしょう。改良のヒントを次々と得て、顧客とともに成長を続けられるのも、CFの魅力なのです。
もし、あなたに素晴らしいアイデアがあるのなら、どれだけの人から応援してもらえるか、CFに挑戦してみるといいでしょう。自社の夢を応援してくれる人と出会い、その人の笑顔のために頑張る。そして、社員のモチベーションにもつなげる。そんな人間らしいビジネスに挑戦してみましょう。
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