ナラティブとは ユーザーと共創する「物語」 ストーリーとの違いも解説
企業ブランディングやPRにおける最新の概念として、「ナラティブ(物語)」という言葉が注目されています。ナラティブとは、企業だけで作るのではなく、ユーザーや生活者らとともに共創する物語のことです。企業ブランディングで大切にされてきた「ストーリー」との違い、中小企業の活用事例について「ナラティブカンパニー 企業を変革する『物語』の力」を出版した、PRストラテジストの本田哲也さんに聞きました。
企業ブランディングやPRにおける最新の概念として、「ナラティブ(物語)」という言葉が注目されています。ナラティブとは、企業だけで作るのではなく、ユーザーや生活者らとともに共創する物語のことです。企業ブランディングで大切にされてきた「ストーリー」との違い、中小企業の活用事例について「ナラティブカンパニー 企業を変革する『物語』の力」を出版した、PRストラテジストの本田哲也さんに聞きました。
目次
ノーベル賞を受賞した経済学者のロバート・シラー氏が経済を動かす「ナラティブ」の力に着目した著書を出版するなど、ビジネスにおける「ナラティブ」の発想が、世界的に重視され始めています。
本田さんは「ナラティブは物語的な共創構造」と定義しています、つまり、ナラティブとは、まず単なる企業情報や商品スペックではなく、人々を魅了し記憶させる「物語性」を持ちます。ただし、物語の主役は企業だけではなく、ユーザーや生活者などが関与できる余白が必要です。そして、その物語は一過性ではなく現在進行形で続いていくものです。
これまでブランディング・PR業界で重視されてきたのは、心の琴線に触れる商品や経営の「ストーリー」でした。
ナラティブもストーリーも、トップや企業の強い思いが起点になっていますが、本田さんは、次の3つのポイントでストーリーとの違いを説明します。
ナラティブ | ストーリー | |
---|---|---|
起点 | 創業者や企業の強い思い | |
演者 | 生活者 | 企業やブランド |
時間 |
常に現在進行形 「これから起こること」を含めた未来の話 |
始まりと終わりが存在する 起承転結型 |
舞台 | 社会全体 | その企業が属する業界や競合環境 |
ストーリーにおける主役が企業やブランドであるのに対し、ナラティブでは消費者や従業員を含む生活者が主役です。
ストーリーに起承転結があるのに対し、ナラティブに終わりはなく、常に現在進行形で生活者と共に物語が紡がれ続けます。
ストーリーの舞台は、企業が属する業界や競合環境であるのに対し、ナラティブの舞台は社会全体です。
「中小企業こそ、ナラティブ発想を重視すべき」と本田さんは指摘します。
長い間、ブランディングやPRでは「ストーリー」が重視されてきました。例えば、ラグジュアリーブランドなどがいわゆる「ブランドストーリー」を通して、その独自の世界観を表現する手法などがあります。しかし、こうした手法は多くの場合に高額な広告費がかかるため、中小企業では取り入れることが難しくなります。
また、コミュニケーションが企業から消費者への一方向となるため、消費者が当事者意識を持ちにくいというデメリットもあります。
一方で「ナラティブ」は、100%企業の意図通りには進まないことがあるため、臨機応変さが求められますが、ソーシャルメディアなどを上手く活用すれば、大きな費用をかけずとも実践できます。
社会や消費者と共に物語を紡ぐ構造であるため、コミュニケーションが双方向で、ステークホルダーから共感を得やすいというメリットがあります。
実際に「ナラティブ」の発想で、業績や企業価値の向上を果たした企業は、どのような活動を行なったのでしょうか。本田さんは2つの事例を挙げて説明します。
2020年8月、ある女性が、冷凍餃子を調理して出したところ、夫が「手抜きだ」と言ったという内容をツイッターに投稿しました。
これに対し、味の素冷凍食品の公式ツイッターアカウントが「冷凍餃子を使うことは『手抜き』ではなく『手“間”抜き』ですよ」「冷凍食品を使うことで生まれた時間を、子どもに向き合うなど有意義なことに使ってほしい」との投稿を返しました。
日本では冷凍食品に対するネガティブなイメージが根強く、また「料理は女性が手作りするべき」との古い価値観はジェンダー論に関わるセンシティブな社会問題でもあります。こうした業界や社会が抱える課題に対し、二児の母でもあった「中の人」が心を込めて投じた意見は共感を呼び、投稿に44万件のいいね!がつきました。メディアで大きく報道され、社会を巻き込む論争へと発展しました。
その後、味の素冷凍食品は、冷凍餃子が工場でいかに手間をかけて調理されているかを説明する動画を配信し、1カ月弱で90万回もの再生数を獲得しました。これは売り上げ増加に貢献しただけでなく、工場で働く従業員のモチベーションアップにもつながったといいます。
産業廃棄物処理業を継いだ2代目の女性社長・石坂典子さんの活躍する石坂産業では、「Zero Waste Design」をビジョンに掲げ、あらゆるごみを資源として循環させる仕組みづくりをしています。
公式サイトは、自然色を使ったナチュラルなデザインで、サステナブルな雰囲気を醸し出しています。また、工場では「3S(整理・整頓・清掃)」を徹底し、産業廃棄物処理業のイメージを覆すクリーンな職場環境を保っています。
「後継者が会社の理念を無視し、ホームページのデザインだけを現代風にリニューアルするという例も多く見られます。それでは何も伝わりません」と本田さんは指摘します。
石坂産業のサイトは、「ゴミがゴミでなくなる社会を目指したい」という創業者の想いを尊重しつつ、それを「サステナビリティ」や「SDGs」など、現代の地球環境の課題と絡めた文言やデザインで表現しています。また、リサイクル工場の見学ツアーなどを実施する事で、地域の人を巻き込んだサステナブルな活動も行っています。
創業者の思いを現代的に翻訳し、上手く「ナラティブ」を創造した事で、メディアにも度々取り上げられ、従業員のモチベーションアップや業界に対するイメージ向上に繋がっています。
自社で「ナラティブ」な企業活動やPRを行うためには、具体的に何をすれば良いのでしょう。本田さんは、5つのステップで説明します。
自社が社会に存在する理由を考えます。例えば、創業時の志や企業理念など、これまでの企業活動の根底にあったものや、これから実践するあらゆる取り組みの動機は何であるのかを、改めて見つめ直します。
ナラティブによって形成したいパーセプション、つまり社会をどの様に変えたいのかを考えます。味の素冷凍食品を例に挙げると「過剰な手作り信仰から料理をつくる人を解放したい」というナラティブの目的がありました。コロナ禍、SDGs、DX、高齢化のような大きな社会的課題に関わる内容はもちろん、地域限定の小さな話題でも構いません。自社のパーパスに合った内容である事が重要です。
社会を舞台に、自社とステークホルダーがどのような物語を紡ぐのかを、具体的にイメージして書き、A4、1枚の紙に落とし込みます。まずは、消費者や従業員など、登場人物を明確にする事。次に、それぞれの登場人物がどの様にナラティブに参加し、それによってどのようなパーセプションを持つようになるのかを具体的に描きましょう。
ここからが実践です。ステークホルダーと関わる事で、物語を共創します。例えばソーシャル・メディアを利用して消費者に問いかける形式の投稿を行う、参加型のイベントや見学ツアーを実施するなどの具体的な方法を考えます。
消費者や従業員へ意見を聞いて回る、ネット上の声を拾うなどして、必ず結果を振り返りましょう。比較的似たような意見が多く出ている場合や、賛成派と反対派など意見が大きく2つに分かれた場合には、「ナラティブ」が共創されたと言えます。逆に誰からも関心を持たれていないという場合には、どこかのステップが間違っているはずです。
「ナラティブ」の共創は、単なる宣伝やPRの手法ではなく、経営そのものであると言えます。そのため本田さんは「これからの時代に会社を存続させ、次の世代に継承していくために、社会とどの様な「ナラティブ」を紡いで行くべきかを考える事。広報部門などの現場に任せず、あくまで経営者の仕事として向き合いましょう」と話しています。
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