山本海苔店の後継ぎが直面した悪循環 大混乱の社内で立てた錦の御旗
オレンジ色のパッケージ「梅の花」で知られる、1849年創業の老舗・山本海苔店(東京・日本橋)。7代目にあたる山本貴大・代表取締役社長(39)は大手銀行を経て家業に入り、「このままではおいしい海苔が消えてしまう」という業界の課題に直面しました。主力の中元歳暮市場が縮小していく中、社内では大きな混乱が起きていたといいます。難局を乗り切るため山本さんが挑んだのは、会社の理念作りでした。
オレンジ色のパッケージ「梅の花」で知られる、1849年創業の老舗・山本海苔店(東京・日本橋)。7代目にあたる山本貴大・代表取締役社長(39)は大手銀行を経て家業に入り、「このままではおいしい海苔が消えてしまう」という業界の課題に直面しました。主力の中元歳暮市場が縮小していく中、社内では大きな混乱が起きていたといいます。難局を乗り切るため山本さんが挑んだのは、会社の理念作りでした。
ーー子供の頃に家業を意識されていましたか?
物心ついた時から思いっきり意識していました。父親からは継ぎなさいと言われたことはありませんが、母方の祖父母からはことあるごとに「おまえは後継ぎなんだから」と刷り込まれていました。「大きくなったらサッカー選手になりたい」と言って怒られたこともあります(笑)。長男だったので、いわば、後を継ぐことは生まれる前から決まっていたような立場でした。そんなこともあり、小学校時代からクラス委員やサッカー部のキャプテンに積極的に立候補していました。
ーー大学を卒業後、東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行されます。これも後を継ぐことを意識されての選択でしょうか?
ここは完全に考えてます。就職活動中、商売を学ぶなら商社、経営を学ぶならコンサル、お金のことを学ぶなら金融だと思って業界・企業研究をしていました。その時、あるOBから、「経営者にとって最も大事なことは、危機感を察知する嗅覚で、それは金融でしか学べない」と言われ、それが決め手となりました。
ーー銀行ではどのような業務を担当されたのでしょう。
最初に配属されたのは池袋支店で、法人営業担当です。お客様のお役に立てるにはどうしたらいいかをずっと考えて、経営者と直接話して、経営マインドに触れられたのは良かったです。そこで経営の一般的な常識を理解でき、山本海苔店を客観的に見ることができるようになりましたから。
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ーーそして3年後の2008年、山本海苔店に入社。当初から3年経ったら家業を継ごうという計画だったのでしょうか。
まず、就職活動する時に相談した父親からは、「外で好きにやってきていいけど、3年は絶対勤めてね」と言われたんですね。
一方で、就職活動でアドバイスを聞いたOBからは、「銀行の仕事は、お客様の歩く先にある落とし穴やぬかるんだ道を見つけて歩きやすいようにするような仕事。対して経営者の仕事は、多少ぬかるんでいても時にはジャンプしなきゃいけない時がある。だから経営者になるなら、銀行にはあまり長くいないほうがいい。ジャンプできなくなってしまうから」と言われていました。なので、自分の中で、銀行に勤めるのは3年以上5年未満と決めていました。
銀行で最後に担当したのは不動産業界でした。そのころは時代も悪くなっていて、お金を回収したり担保をとったりっていう守備固めの仕事が多く、精神的にもかなりしんどい経験をしました。
ーー家業に入って最初に経験された仕事は?
海苔の仕入れです。業界ごとに、その業界を概観できる部署があると思いますが、海苔の業界では仕入部がそれです。山本海苔店では、山本家の人間は入社したら必ず仕入部を通ることになっていました。
海苔は冬の間に収穫されます。例えば佐賀県で海苔がとれるとなると、全国の業者が佐賀県に集結して海苔を買い付ける。そこで他社を含め業界全体が今どうなっているかをつかむことができます。業界の抱える問題についても、この時に知りました。
ーー業界の問題とは?
このままでは、日本のおいしい海苔が市場から消えてしまうという危機感です。
入社して最初の仕入れシーズンに、銀行員時代のクセで、漁師さんから購入した海苔の、1枚あたりの仕入れ単価を出したんです。「去年より安くなった。良かった」と喜んで仕入れ担当の取締役に話したのですが、「山本海苔店がこんなに安く仕入れているようでは業界の未来はない」と返されました。最初は何を言ってるか分からなかったんですが、これこそが業界の抱えている課題でした。
――どういうことでしょうか。
山本海苔店が得意としていたのは、中元や歳暮といったご進物(贈答品)用の製品です。味と香り、口溶けの良い贈答用の海苔は、1枚あたりの平均単価が100円と、一般的な家庭用(平均単価45円)の倍以上します。高いのには理由があって、海苔は長く成長する前の若い段階で切って収穫するほどおいしくなるという傾向があります。例えば、もともと20センチの長さまで海苔を成長させてから切っていた漁師さんに、もっとおいしい海苔を作ってもらおうと「10センチ未満の長さで収穫してください」とお願いするためには、1センチあたり2倍以上の価格で買わないといけません。
しかしながら、贈答用の海苔の売り上げはバブル前がピークで、需要はどんどんなくなっていきました。背景には、配達技術の向上によって贈答品の選択肢が広がったことや、そもそも中元歳暮の習慣がなくなってきていることなどがあります。日本の海苔市場全体に占める贈答用海苔の割合は、1993年には16.5%でしたが、2013年には2.5%にまで落ちています。
つまり、昔のように海苔を高く買うことができなくなっていたのです。高く買えないと、漁師さんは生産効率を考えて海苔を長くのばすため、味が落ちてしまう。味が落ちた海苔は贈答用には使えない。そんな悪循環が起こっていたのです。
山本海苔店が業界のリーディングカンパニーとして、海苔を高く買うことで漁師さんたちを支えていかなければ、おいしい海苔を維持することができない。仕入部では、それを強く意識付けされました。
ーー入社翌年の2009年、上海の現地法人「丸梅(まるうめ)商貿」に行かれました。これはどんな会社だったんでしょうか。
丸梅商貿のミッションは「日本と同じようなおいしい海苔を中国中に広げる」ということでした。しかし中国では日本のように、八切という名刺サイズぐらいの海苔でごはんを巻いて食べる習慣がなかったのです。なので海苔の使い方から紹介していこうと、「Omusubi Maruume」というおにぎり屋さんを上海でやることになり、その立ち上げにメンバーとして出向しました。
当初はお店の立ち上げまでの予定だったのですが、もうちょっと軌道に乗るまで頑張れとなって、結果として上海には2年いました。帰国してからも数年は、シンガポールやタイ、欧米など、海外販路を広げる仕事を担当していました。
ーーそういった海外向けの仕事は、社内でどう評価されていたのでしょう。
「できるだけ関わらないようにしよう」みたいな感じでしたね(笑)。というのも当時の社内には、「山本海苔店のプレステージ(名声)が高いのは、百貨店に出店しているおかげだ」と信じて疑わない人が多くいました。
百貨店担当以外の部署は、山本海苔店のブランド価値を下げているという扱いだったんです。社内でも軽視されていて、「そもそもなんで海外事業なんてやってるんだ」「百貨店の売り上げが戻ったら、おまえらなんていらない部署なんだからな」と言われたと聞いています。
中元歳暮の市場が縮小している中、百貨店以外のスーパーなどにも販路を広げようとする部署と、それに反発する人たちで、社内がすごくバラバラになって大混乱していました。これはいかんと。2014年に取締役になったときに、社内をひとつにするため経営理念を作ろうと決めました。
ーーそれまで、経営理念はなかったんでしょうか。
行動指針はあっても、経営理念はなかったのです。通常、経営理念を作ろうとなったら、外部からコンサルタントを入れて半年ぐらいかけて作ると思いますが、お金も時間もなかったので、社員を集めたワークショップで決めていきました。グループに分かれて講義や話し合いをしながら要素を出していき、それを組み合わせたものを短くして、理念ができあがりました。「よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく」。これを錦の御旗にして働こうね、となりました。
ーー経営理念を作った効果は?
それこそ、「百貨店に出ていることこそが山本海苔店のプレステージ」だと思っている人たちは、スーパーなどに卸すことを良しとしていなかった。でもそこで、「広く販路を求めることは、経営理念の『より多くのお客様に楽しんでいただく』に合致するでしょう」と説得できるようになった。
「皆で作った理念ですから、これに沿って仕事をしましょう」という雰囲気を醸成していきました。経営理念を作ってから、歯車がちょっとずつかみ合うようになったと思います。理念を作る前までは「正しいこと言ってるんだからみんな聞いてよ」っていう感じだったんですが、それだと全然人には響かないということを学びましたね。
※後編では、反対の声もあがる中でどう販売戦略を変えていったのかに迫ります。
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