「若はわかってない」と言われても 山本海苔店新社長の脱お中元路線
山本海苔店(東京・日本橋)の7代目にあたる山本貴大・代表取締役社長(39)は専務時代、混乱する社内をまとめるための理念作りに挑みました。「よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく」という理念を錦の御旗に、本格的な改革に乗り出します。反対の声もあがる中、販売戦略をどのように変えていったか聞きました。
山本海苔店(東京・日本橋)の7代目にあたる山本貴大・代表取締役社長(39)は専務時代、混乱する社内をまとめるための理念作りに挑みました。「よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく」という理念を錦の御旗に、本格的な改革に乗り出します。反対の声もあがる中、販売戦略をどのように変えていったか聞きました。
ーー2014年に専務取締役になって、社内の混乱をまとめるため理念を作りました(前編参照)。当時、会社の経営状態はいかがでしたか。
実は取締役になって初めて決算書類を見たのですが、そこで「ぎゃー」と衝撃を受けました。元銀行マンとして見ると実質赤字。さらに中元歳暮の市場も縮小し続けており、5年後どうなっているかわからない。「これはヤバイ」と当時の取締役や父に言っても、何がヤバいのか分からないと、全然理解してもらえませんでした。
ーーそうした状況にどう対処されたのでしょうか。
中元歳暮の市場は縮小していても、幸いなことに日本にはクリスマスやバレンタイン、ハロウィーン、父の日、母の日、敬老の日と様々な歳時記がある。日常の手土産として手にとってもらえるよう、戦略をがらっと変えていきました。
中元歳暮は、5000円~1万5000円という価格帯がメインです。うちの看板商品である「梅の花」もここに含まれます。いっぽう、日常の手土産だとメインの価格帯は千円~2千円。そこでこの価格帯の商品を充実させていきました。
たとえば「梅の花」に入っている海苔を小分けにして1080円(税込み)で売るようにした。東京みやげとして手にとってもらえるよう、浮世絵をパッケージにあしらった「東京プレミアムおつまみ海苔」(税込み648円)といった商品も発売しました。
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――売り場はどう変えましたか。
「中元歳暮の山本海苔店」から「どこでもなんでもの山本海苔店」になるため、陳列を大きく変えました。以前は、高級な商品ばかりがビシッと並んでるイメージです。いまは手土産などデイリーの商材をかなり増やして、平月でも楽しく買い物ができるようにしました。
ただ、社員からの反発もありました。小分けにして売るのも、海苔一枚あたりの値段や品質を下げているわけではないんですが、「梅の花をそんな安い値段で売っちゃって、山本海苔店のプレステージを下げている」「若はわかってない」と言われたりしました。たしかに販売員さんからしたら、5000円の商品を1個売るより、500円の商品を10個売るほうが大変ということはあったと思います。
しかし、マーケティングの4P分析で言うように、プロダクト(製品)とプライス(価格)、プレイス(流通)、プロモーション(販売促進)はそれぞれ関連しているので、ひとつを変えようとするなら全部を変えなければならない。そこを説得して、一つずつを変えていくのがなかなか苦労した点です。
――百貨店以外のスーパーやEC・通販への販路も広げていきます。高級なイメージよりも、広く買ってもらうことを重視された。
中元歳暮市場は縮小しているのですから当然です。プロモーション戦略も異なってくる。以前のように「高級だから山本海苔を買う」のではなく、「おいしいから山本海苔を買う」というイメージにしていかなければなりません。「海苔ってこんなにうま味がありますよ、こんな楽しい使い方ができますよ」という情報を発信するため、コロナ前は「海苔を楽しむ会」といったリアルのイベントをたびたび開催し、海苔の食べ比べやジャンボ海苔巻き作りもしました。
――そうした一連の取り組みで、全体の売り上げにはどのような変化がありましたか。
新しい市場でがんばって売り上げが伸びても、中元歳暮市場で売り上げが減っている分とあわせたらトントンといったところです。とはいえ、ずっと下がってきていた売り上げを、どうにか横ばいにできたのはよかったと思います。
ーー戦略の変更にお父様はどういう反応だったのでしょう。
全然味方ではありませんでした。「もっとみんなの意見を聞いたらいいんじゃないの」が口癖でしたね。そうは言われても、みんなの意見を聞いていたら、進まなかったです。ただ、今思えばもうちょっとうまくやる方法はあったとは思います。
ーー孤立無援の戦いだった?
いえ。私は入社後しばらく、当時の山本海苔店の主力である百貨店の営業について、父親から「お前には百貨店の担当はさせない」と言われていて、百貨店以外の担当をしていました。先ほどお伝えした通り百貨店以外は亜流でしたので、社内で冷や飯を食べながら一緒に仕事をしたメンバーとは強い信頼関係を築くことができました。そういう意味では父親に感謝せねばなりませんね。
ーー今でも後継者としての難しさを感じていますか。
そうですね。これは構造的な問題だと思います。一般的には、会社は創業者が最初1人で始め、仕事が回らなくなって社員を雇うことで大きくなっていきます。創業者は社員がする仕事を150%理解できているし、社員も100%理解している。
ところが、そこに後継者が入ってくる。社員はこれまでの社長の方を向いた仕事をしているし、後継者はこれまでの仕事を100%理解しているわけではない。しかも先代とは違うことをやりたがるのが後継者ですから、この後継者が社員に指示を出すと、社員は「その仕事は私の守備範囲じゃない」となる。社員と後継者が正しい関係にならないのです。
これは僕だけのことではなく、父も同様でした。百貨店のビジネスは5代目、僕の祖父の時代に始まったので、父が継いだときも社員との関係には苦労したんじゃないかなと思うんですよね。
そう考えると、僕が入社したときに百貨店ではなく、新規ビジネスを担当させてもらったことに感謝しています。いろいろ言われたとしても、小さな部署のリーダーとしてスタートアップの経験を積むことができましたから。
ーーそして2021年の7月に山本さんが社長に就任し、先代で父親の徳治郎さんは会長に退きました。何かきっかけがあったのでしょうか。
父親が社長になってから約30年経ち、70歳を超えたので、そろそろやめようと思っていたというのが一つ。また株式会社化してから75周年を迎える節目であったというのも一つ。さらにコロナで時代が大きく変化したことで、次の世代に回した方がいいと思ったと父は言っています。
ーー今までのお話だと、お父さんとはけっこうぶつかっていたように思えます。
2019年ぐらいまでずっと父親に反発してたんです。今思えばバカだったなと思うんですが、社員の前でけんかしたり。なんで分かってくれないんだという思いから、そうしてしまったんですけども、2019年ぐらいから社長への反発をやめたんです。
ーーそれは、どんな心境の変化から?
「百貨店こそが山本海苔店のプレステージを高めている」と信じているグループを説得しようと頑張ってきたのですが、よく見てみると、この人たちは社長の顔を見ていると気づいた。そこで、今度は社長を説得しようといろいろなことをやったんですけど、どうやってもうまくいかない。もう疲れてしまって、反発することをやめた。そこからは、会議で仮に反対の意見を持っていても「社長の方針で行こうと思います」と言うようにしたんです。
そうした途端に、社長の態度も変わってきた。あれ、こいつなんか反抗しなくなったぞと驚いたんでしょうね。父の口から「いつ社長になりたいんだ」という話も出て、あれよあれよと決まっていきました。
ーー今後、社長としてやりたいことは?
何年も前から準備してきた、飲食店です。これも海外で営業をしていて感じたことですが、海苔の価値はまだ世の中に伝わっていない。例えば、お寿司の軍艦巻きに海苔が巻いてる理由を、「ごはんが手につかないため」だと思っている人が日本人でも多いんです。手につかないだけなら、安い海苔でもいいわけですが、そうじゃない。おいしいから海苔で巻いてるんだよと力説してきました。1回おいしい海苔で巻いて食べてごらんなさいと。
海苔の美味しさを広く知らせる方法を考え続けて、出た結論がまさに飲食なんです。具体的には、直巻きのおにぎりや手巻きを中心としたお店を考えています。
ーー確かに、お米や具材にこだわった店は多いですが、海苔のおいしさをメインにしたお店は今まで聞いたことがありません。普段買う海苔に対しても意識が変わりそうです。
一定の市場ができれば、漁師さんから海苔を高く買えることにもつながりますし、おいしい海苔の文化を守ることもできると信じています。原宿のクレープのように、日本橋の街でみんなが海苔を食べる世界が来たら、もうめちゃくちゃ面白いなって思っています。
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