100日で終わらない中小企業のM&A 水産業2代目が力を入れる心合わせ
生きたイセエビの卸売業を父から引き継いだ後、「マルヨシ」(福岡市)2代目の吉塚二朗さんは、後継者不在の水産加工会社3社をM&Aしました。「M&Aしたいという相談を受けますが、基本的にはおすすめしていません」。では、自身はなぜM&Aをしてきたのでしょうか。吉塚さんが描く事業戦略と中小企業のM&Aで必要なことについて、グロービス経営大学院とツギノジダイ共催のオンラインセミナーで語りました。
生きたイセエビの卸売業を父から引き継いだ後、「マルヨシ」(福岡市)2代目の吉塚二朗さんは、後継者不在の水産加工会社3社をM&Aしました。「M&Aしたいという相談を受けますが、基本的にはおすすめしていません」。では、自身はなぜM&Aをしてきたのでしょうか。吉塚さんが描く事業戦略と中小企業のM&Aで必要なことについて、グロービス経営大学院とツギノジダイ共催のオンラインセミナーで語りました。
目次
吉塚さんは大学卒業後、メーカーに入社。12年の半分ほどを海外駐在員として過ごしていました。吉塚さんは次男で、もともと家業を継ぐつもりはなかったといいます。しかし、マルヨシの決算書を見せてもらったときに初めて赤字続きになっていることを知り、駐在先のオランダ・アムステルダムから家業に戻ってきました。
赤字でも継ぐ決心をした理由について、吉塚さんは次のように話します。
「本能に近かったのかもしれません。ずっと父を尊敬していましたから。かっこいい存在であってほしいと思っていました。そんな父の会社がつぶれるところを見たくなかったんです」
しかし、いざ父と一緒に仕事をしようとすると意見が合わず、毎日のように言い合いが続きました。イセエビに特化してきた保守的な父と、新しいことに挑戦して売り上げを回復させたい吉塚さん。父が腰痛で入院した2週間をねらって、あらたにアワビの取り扱いを始めるなど強引に取り扱う商品を広げました。
吉塚さんが試行錯誤するなか、父が急逝します。吉塚さんが入社して6年が経った2012年のことでした。
吉塚さんが会社の借入金を調べると、父が残した資産よりも多く、実家も担保に入っていることを知ります。
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「相続放棄しようか」
真剣に悩んで相談すると、税理士からは「小さい会社ですが、社員もいる。あなたが会社を潰したとして、明日から同じ売り上げの会社を作れますか?」と言われました。父の葬儀の日、従業員からは「僕たちどうなるんでしょうか?」と詰め寄られたといいます。
そんな言葉に「はっとさせられた」という吉塚さんは継ぐ決意を固めます。
そこから吉塚さんは2年間がむしゃらに働き続けます。社長自ら営業し、借入金もある程度正常な水準まで戻り、実家の担保も解除できて、ようやくほっと一息つきます。
そんなときに、「社長って何するんだっけ?」とふと考えました。社長である吉塚さん自身がずっとイセエビを運んで、営業し続けるのでは、これ以上事業は広げられません。そこで、経営について改めて学び始めます。
すると、マルヨシの強みと弱みが明確になってきました。マルヨシはイセエビを仕入れてきて、宿泊施設、飲食店、地方の鮮魚店向けに出荷するのがおもな事業です。
一番の売りは、イセエビの「活き」の良さ。活魚トラックを使えば、生きたまま届けられますが、加工して付加価値をつけることができていませんでした。さらに、トラックで配送できる範囲に商圏が限定されてしまいます。
外部の市場環境をみると、イセエビ輸入量は1990年代をピークに、その後は急減。需要が急拡大する中国にことごとく競り負けて市場が「ほぼ消滅している」(吉塚さん)状況でした。
イセエビの卸売業でどれだけ必死に働いても、今後の事業成長は見込めないことがわかってきました。そこで、食品業界でできることはないか、新たな事業を模索し始めます。
吉塚さんは、バリューチェーン上でそれぞれの利益率を明らかにする「プロフィットプール分析」に取りかかりました。
最も利益率が高いのは外食産業でした。しかし、参入リスクが高いのが難点でした。そこで、次に利益率の高い食品の製造業に着目しました。
「マルヨシの事業は輸入してきて、自分で配達しており、原料と流通を担っています。その間に製造を入れることで高付加価値にできるのではないかと」
ただし、マルヨシには製造業のノウハウはありません。そこで、食品メーカーをM&Aすることで、シナジーが生みだそうと考えました。
「M&Aしたいと相談を受けることがありますが、基本的にはオススメしていません」と話す吉塚さん。その理由について次のように続けます。
「買った次の日から売り上げがあるというメリットがある一方、仲介手数料を払った分、マイナスからのスタートです。異文化を無理やり入れ込むことでもあるので、とても覚悟を決めてスタートしなければなりません」
吉塚さんの場合はM&Aがやりたかったからではなく、やりたいことの手段がたまたまM&Aだったといいます。勉強代だと思って高額になるのを覚悟で、まずM&Aを1件成立させました。
すると、次々と案件が持ち込まれるようになりました。M&Aを検討した企業数は100社を超えるといいます。そのなかで、後継者がおらず事業を売りたい会社の多いことに気づきます。
「中小企業は財務的な課題であったり、営業力が乏しかったりと様々な課題を抱えています。そんななかでも、後継者不在の企業に対し、私が経験してきた事業承継のノウハウを役立てられないかと考えました」
現在では、吉塚さんはマグロ加工やふぐ仲卸などマルヨシを含めて4社を経営しています。そんな吉塚さんに対し、セミナー参加者からM&Aを成功させるコツについて質問が相次ぎました。
まずは、それぞれM&Aにより、どうやって互いの企業にシナジーを生めるか、吉塚さんが事業に関わることで業績を回復できるかを考えて選んだといいます。
そして、徹底的に事業成長のためのシミュレーションをし、M&A後はそのシミュレーションをできるだけ忠実に実行することを心がけました。「それでも、突然社員が退社してしまうなど想定外のことは起こります。ある程度心づもりしておくことが必要です」
M&A後は、買収後の経営統合作業「PMI(Post Merger lntegration)」が必要です。一般的には、経営陣・従業員との間で戦略・ビジョンを共有し、具体的なアクションプランに落とし込んでいくまでに100日かかると言われます。
これについて、吉塚さんは「100日では終わりません。水産業界は保守的な人も多いので、経営陣が新しくなることを歓迎しない人もいます。
そこで、M&A先の従業員全員とまず時間をかけて面談し、不満もこうなったらいいなという今後についても聞きます。心合わせだけで3カ月はかかります」と話します。
吉塚さんはM&Aをきっかけに「もちろんお金は大事ですが、お金以外で社会にできることを考えるようになりました」と話します。その一つが、中小企業の後継者不足の問題です。
中小企業を引き継いだ経験を生かし、後継者難の問題に取り組むようになると、その思いに共感してくれる人が力を貸してくれるようになりました。そんな吉塚さんには、次のようなミッションが生まれています。
「中小企業の新しいカタチをつくる」
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