目次

  1. 祖父に「3代目だ」と言われ
  2. 現状維持では先細る
  3. 反対を押し切り進めた木造住宅
  4. 「まちをワクワクさせる」会社に
  5. 人事部再編で業務の幅を拡大
  6. 高齢者住宅の運用を開始
  7. 課題解決型ファンドを展開
  8. ベンチャー企業のグループ入り
  9. 建設業を社会の受け皿に

 中城建設は1946年、結城さんの祖父が創業しました。空襲で焼け野原となった仙台に住宅や公共施設などを建設し、総合建設業へと発展させました。

 父が2代目になったころにバブルが崩壊し、建設業は冬の時代に突入しました。しかし、同社は医療・福祉施設の開業を支援するというビジネススキームでコンサルティング型の営業も進め、利益を確保しました。

 これまで宮城県庁や宮城県立美術館、仙台市立病院などの建設に関わりました。年商は15億円で約50人の従業員を抱えています。

中城建設が建設に関わった宮城県立美術館(同社提供)

 結城さんは子どもの頃から自分が家業を継ぐものと思っていました。「毎年正月、自宅に社員を招いて新年会を行っていましたが、その席で祖父に3代目だと言われました」

 自分の仕事に誇りを持っていた祖父や父が、結城さんのあこがれでした。「自社はもちろん、地域の建設業のために奮闘する姿がかっこいいと思っていました」

 大学卒業後、結城さんは東京のゼネコンに就職。現場監督としてマンション建設の指揮を執ったり営業を担当したりして修業を重ねました。2008年、父に「そろそろ戻ってきなさい」と求められ、家業に入りました。

中城建設は地場のゼネコンとして事業を手がけています

 入社後、営業部長を担った結城さんは従業員の技術力の高さに驚きました。

 「品質から安全管理までしっかり対応し、一つひとつ丁寧に建てていくという思いを全員が持って取り組んでいました」

 11年の東日本大震災でも、自社で建てたビルやマンションの被害が少なく、他社で建てた建物の修復を請け負いました。大規模半壊した建物の解体や復興住宅の建設も担いました。

中城建設が請け負った小学校の建設現場

 地場のゼネコンとして利益を得ていましたが、結城さんは満足していませんでした。現状維持では会社が先細ると感じていたのです。

 「東京では中古物件をリノベーションする動きが出始めていました。中城建設は内装が得意ではありませんでしたが、この動きは必ず宮城にも来ると思っていたので、いち早く対応したいと考えました」

 結城さんは11年に、リノベーションを行うグループ会社を立ち上げました。震災直後で中古物件の多くはみなし仮設として使われていたため、まず自社の賃貸物件をリノベーションしたほか、中古マンションを購入してリノベーション後に販売しました。

 当時、ビルの建設からリフォームまで手がける建設会社は珍しく、依頼が舞い込むようになりました。今では年間10億円の売り上げを誇る事業となっています。

中城建設が扱っている「無印良品の家」の内装(同社提供)

 結城さんは16年には「無印良品の家」の取り扱いを始め、木造の戸建て住宅事業にも乗り出しました。良品計画から委託されて、年間10棟のペースで請け負っています。

 木造住宅は耐震性や気密性が高く、暖房がなくてもある程度の暖かさを保てるため、地震が多い宮城に適していると考えました。

 「役員、特に父からは反対されました」と結城さんは言います。中城建設はそれまで公共工事が中心だったうえ、戸建ては着工件数が年々減っていたからです。

 「でも父は常々『安心・安全・価値あるものを建てよう』と話していました。無印良品の家は、家族のライフスタイルに合わせて間取りを変えることで長く使うことができ、他社との差別化も図れます。会社のビジョンと合致すると思い、父を繰り返し説得しました」

 結城さんは15年ごろから3年かけて経営を引き継ぎ、18年に3代目社長に就任しました。

 先代の父からは「譲ったら一切口出ししない。自分の判断でやるつもりで準備をしなさい。でも、何かあったらいつでも相談に来なさい」と告げられたそうです。

 結城さんは「譲り受ける身としてありがたく、期待に応えられるよう頑張りたいと思いました」と振り返ります。

 中城建設の従業員は、20代半ばから70代まで幅広い年齢層に分かれています。結城さんは社内でスムーズに事業承継を進めるため、社長就任後すぐに数人の社員と取り組んだのが「知的資産経営報告書」の作成でした。

 経済産業省のホームページによると、「知的資産経営」とは人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランドなど競争力の源泉になる見えない資産(知的資産)を認識し、有効に組み合わせることで収益につなげる経営を意味します。

 結城さんは経営者としての戦略を立てるうえで、まず自社の強み・弱み・歴史を把握しようと考えました。

 「会社や自分の目標はみんな考えますが、現在地は意外と分からなかったり、自分の考えとずれていたりします。社員みんなで会社の現在地を話し合い、共有するために、知的財産経営報告書の作成に取りかかりました」

 結城さんらはブレーンストーミングを重ね、自社の歴史や業務プロセスを洗い出しました。財務諸表だけではわからない強みや特徴をまとめることで、会社の将来像がより明確になりました。

 「祖父は街を作り、父は街を発展させる仕事をしてきました。その上で私は心の豊かさも生み出せる街づくりを行い、人を育てて支えることで社会問題の解決に寄与したいと思ったんです」

 こうして生まれたビジョンが「まちをワクワクさせる建設会社」でした。知的資産経営報告書を社員に繰り返し読んでもらうことで、ビジョンを浸透させました。

結城さん(右から2人目)は社員たちと「知的資産経営」を進めました

 また、結城さんは社員のポテンシャルが生かされていないことに課題を感じていました。

 「社員と話していると、たくさんのアイデアが出て、会社愛も強い人が多かった。だけど、みんなの前では言わず、言ったってどうせ変わらないという、社内文化みたいなものがありました」

 そこで19年に整備したのが、新たな人事評価制度でした。「成果だけでなく、会社のビジョンに対してどんな取り組みをしたかという過程も評価する文化を作りたかった。社員の成長につなげることが目的でした」

 21年には人事部を「コミュニティデザイン事業部」に再編しました。人事だけでなく広報も担いながら、建築にとどまらない新規事業やブランディングやコミュニティーデザインを手がけるなど、業務は多岐にわたります。

ビジョンは社員にも共有して事業を進めています(中城建設提供)

 その中で、知的資産経営報告書を会社案内として活用したところ、応募者が増え、1年で16人採用することができました。

 知的資産経営報告書を作成した結城さんは、より社会課題に寄り添った事業を展開するようになりました。

 20年には、超高齢化社会を見据え、父が確立した医療・福祉施設支援のスキームを活用し、一括借り上げの高齢者住宅「さんりょう」の運用を始めました。

 中城建設がエリアの選定から施設の建設・管理まで担い、オーナーから一括で施設を借り上げて一定の賃料を支払います。施設の運営事業者は、中城建設に利用料を支払う仕組みです。

 中城建設が運営中の修繕費やエレベーターなど大型設備の保守費用も負担するため、事業者はコストを抑えられるメリットがあります。

 「オーナーは負担軽減や安定収入が見込め、運営事業者は通常より少ない初期費用で事業を始められ、私たちも収入が見込める三方良しのスキームです」

 さらに、中城建設は不動産を証券化することができる不動産特定共同事業という免許を1年がかりで取得。地域の課題解決型応援ファンド「まちワク。ファンド」も立ち上げました。

 中城建設が複数の出資者から資金を募って、空き家などの遊休不動産を取得。事業者に貸し出し、保育園や観光施設などで活用します。出資者には家賃など不動産取引で生まれた利益を分配するシステムです。ファンドの第1号案件が障害者のグループホームになります。

「まちワク。ファンド」から生まれたグループホーム(中城建設提供)

 結城さんは「まちワク。ファンド」で、さらなる社会課題の解決を見据えています。

 「空き家に人が住んだとしても、地域に働く場や店、必要なインフラ産業がなければ暮らしていけません。そこで住居以外の活用法を考え、出資者に投資してもらう応援型ファンドにしました。出資者は確実性の高い投資ができますし、事業参入のハードルも下がると考えています」

 同社の地域課題への姿勢が評価され、地元の公益財団法人七十七ビジネス振興財団から、21年度の「七十七ニュービジネス助成金」を受け取ることになりました。

 中城建設は22年2月には、仙台市のベンチャー支援会社「MAKOTO」のグループに入りました。「お金もうけではなく東北全体を良くしたいという思いが一致し、グループ入りを決めました」

 グループといっても資本関係は無く、経営の独立性は保たれています。

 MAKOTOでは、グループ内の各企業が抱える課題について、社長たちが本気で意見を出し合いアドバイスする機会を月に1度設けています。結城さんは他業種の社長とつながることで、自社の事業のブラッシュアップを期待しています。

 22年には農地を購入して農業生産法人を立ち上げ、8月から障害者の就労支援にも乗り出します。障がい者事業所をグループ会社として設立し、「まちワク。ファンド」で建設中のグループホームで共同生活をしながら働くことで、自立につなげる計画です。

 「自分が亡くなった後、障がいのある子どもの世話はどうするのか心配な親はたくさんいます。働く場や住居があり、見守ってくれる人がいれば、その負担を軽くすることができるはずです。ゆくゆくは親御さんに『まちワク。ファンド』で出資の形で支援していただく流れを作れればと考えています」

 結城さんは祖父や父譲りの先見性を持ち、建設業の枠にとらわれない新しい事業を次々と展開してきました。根底には創業者から続く地域への思いがあります。

結城さんは社会課題の解決につながる事業で、魅力あるまちづくりを進めようとしています(中城建設提供)

 「建設業は社会の受け皿であるべきだと思うんです。地域で頑張っている人とつながって、宮城・東北にいれば心も豊かに過ごせると思ってもらえる地域づくりをしていきたいです」

 3代目はこれからも建築を通して人と人、人と社会をつなげ、魅力あるまちづくりを後押ししようとしています。