高齢化が進んでいた町工場 20代の新卒入社が変えたベテラン職人の顔つき
東京の街中にある佐藤製作所は、3代目の佐藤修哉さん(36)が昔ながらの町工場のイメージを刷新。社員の4割が20代となり、女性職人が活躍する企業へと生まれ変わりました。すると、社員同士の会話が増え、無口だったベテラン職人たちの表情も変わってきました。無駄な残業もなくしたことで逆に納期の遅れ解消や利益率の改善につながっています。
東京の街中にある佐藤製作所は、3代目の佐藤修哉さん(36)が昔ながらの町工場のイメージを刷新。社員の4割が20代となり、女性職人が活躍する企業へと生まれ変わりました。すると、社員同士の会話が増え、無口だったベテラン職人たちの表情も変わってきました。無駄な残業もなくしたことで逆に納期の遅れ解消や利益率の改善につながっています。
目次
佐藤製作所は、1956年創業の金属加工会社です。東急東横線の学芸大学駅から徒歩5分。住宅や商店が並ぶ場所に工場があります。
現在は主に銀でできた細い棒を炎で溶かして金属同士を接合する「銀ロウ付け」という職人技術を生かし、医療機器やオーディオ部品の製作を手がけます。
3代目の佐藤さんは、慶應義塾大学理工学部を卒業後、大学院に進学。その後、IT企業にて金融システムのエンジニアを務めたのち、2014年に家業に入社します。しかし、当時の経営は右肩下がりの状況でした。
「もともと、通信機器の部品製造をメインに展開していましたが、取引先1社に依存していたため、取引先の業績悪化に伴い共倒れの状態でした。10年連続赤字で、社員の平均年齢も50歳以上という危機的状況に陥っていました」
そこで、家業を立て直すため、佐藤さんは改革をスタートします。
まず、新規顧客を開拓するため、たった一人で営業活動を始めました。
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最初に、「銀ロウ付け」という自社の強みを明確化し、ホームページを制作。商談会に参加したり、飛び込み営業をしたりと、少しでも新規顧客と接点を持つために、あらゆる場所に顔を出すようにしました。
また、既存の取引先を回り、新規顧客を紹介してもらえるよう頼んで回りました。さまざまな展示会に出展を続けるうちに、徐々に認知度が上がり、受注につながるようになったといいます。
長期的に存続できる企業にしたい――。そのためには、若いメンバーが必要だと考えた佐藤さんは、2015年からインターン制度を導入し、新卒採用に力を入れます。この背景には、佐藤さんの過去の苦い経験がありました。
「以前は、ハローワークに求人を出し、経験者のみを採用。入社後に会社のことを知ってもらう体制でした。しかし、中途採用をした社員が、1年ほどすると突然辞めてしまうことが立て続けにありました。『これから一緒に頑張っていこう』と語り合った仲間が次々と辞めてしまい、とても辛い思いをしました。この経験から、ミスマッチを防ぐためにも、採用方法を根本的に変えなければならないと決意しました」
しかし、学生を受け入れた前例がないことから、父をはじめ、社員全員から「こんな会社に学生が来るわけがない」と反対されました。
それでも佐藤さんは高専の就職担当者に直談判し、会社説明の機会を得るために奔走しました。
そんな佐藤さんに大きなチャンスが訪れます。展示会でインターンの企画担当者と知り合ったのを機に、都立高専の合同説明会で150人の学生を前にプレゼンする機会を得ました。そして、初回にも関わらず4人のインターン生を集めることができたのです。
「若い人も『銀ロウ付け』に興味があるということに気付けました。応募してくれてラッキーだと思うと同時に、これからもいけるのではないかという手ごたえも感じました。この4人のうち1人が入社し、今も活躍してくれています」
実際にインターンの受け入れが決まったものの、社員からは「誰が面倒を見るんだ」という反発がありました。そうしたなか、唯一協力してくれたのが専務を務める叔父(当時50歳)でした。
「学生の面倒は俺がみよう」と言って、インターンのプログラム内容を考え、現場での指導を一人で担当してくれました。「専務が協力してくれなければ、そこで終わっていたと思います」
当初は、「どうせすぐ辞めるだろう」という懐疑的な態度だったベテラン社員たちも、若手が自ら学び、積極的に質問するなど、成長していく姿を見て、温かく迎え入れる雰囲気に変わっていきました。
その後、少しずつ採用活動の範囲を広げ、女子大や美容専門学校、服飾専門学校などにも出向きました。また、大学の就職担当者とのマッチングを行う東京都主催のイベントにも積極的に参加。直近では、武蔵野美術大学や多摩美術大学にも出向いて採用活動をしています。
こうした取組みが実を結び、2015年から7年間で約30人のインターンを受け入れています。参加者に女性が多いといいます。
佐藤さんが採用活動で大切にしていることは、「嘘偽りない会社の姿を見せること」です。
「長く働いてもらえる人を採用したい。そのためには、会社のありのままの姿を知ってもらうことが大切です。はじめに、仕事は楽しいことだけではなく、大変な仕事や地味な作業も多いことを伝えています。また、社員にも話を盛ったり、良い面を見せようと着飾ったりしないように伝えています」
会社の文化や経営層の考えを知ってもらいたいとの思いから、ブログでの発信も始めました。
働きたいと思ってもらえる会社にするために、職場環境の改善も行いました。
まず、“3K”のイメージを払拭するため、整理整頓に注力しました。また、平日の残業をなくし、土日祝日出勤を基本的にやめる方針を打ち出しました。
これに対し、役員からは猛反発を受けました。最後は「勝手にやれ。会社がつぶれても知らないぞ」と突き放されましたが、意志を貫き通しました。
また、佐藤さんには3歳と0歳の子どもがいます。常務を務める佐藤さん自ら率先して休みを取得することで、他の社員も有給休暇や育児休業を取りやすい環境づくりに努めています。
こうして業務時間を短縮しましたが、結果的には納期遅延や業績改善の解消にもつながりました。納期を明確化し、社員個々が逆算してスケジュール調整を行うようになったことで、遅延率が約15%からほぼゼロに改善されました。また、生産効率が上がったことで利益率の改善にもつながりました。
現在、社員17人のうち、20代は7人。若手からベテランまでをまとめるために、さまざまな工夫をしています。
そのひとつが、週に1度の全体会議です。組織の一体感を高めるために、全社員の前で、経営層の考えやビジョンを繰り返し伝えています。
また、取引先との打ち合わせも、若手とベテランのコンビで行く体制にしました。「世代を超えた社員同士の交流機会を増やすことで、全体の輪につながる」といいます。
不良などの問題が発生した際も、全社員に情報を共有。ミスをした個人を責めるのではなく、社内全体で再発防止に努めるようにしています。
「人の成長が企業の成長につながります。社員一人ひとりが当事者意識を持ち、主体的に行動することが重要であると伝えています」
こうして会議を重ねるごとに、若手からさまざまなアイデアが自発的に生まれるようになりました。
例えば、納期管理や梱包、配送など、社員個々の担当業務をホワイトボードに記入し、“見える化”しました。また、社員とインターン参加者が一目で区別できるように、ユニフォームの色を変えました。地域住民向けの体験教室も若手から出たアイデアです。
「提案されたアイデアは、できるだけ実行するようにしています。たとえ、失敗したとしても、その経験が次につながると思っているので、若手にはあえて『失敗する機会』を与えることが大切だと考えています」
若手が増えて成長するにつれ、ベテランにも良い変化が生まれました。
まず、ベテラン自らインターン生にアドバイスをしたり、サポートをしたりと、積極的に関わるようになりました。参加した学生もやる気が上がり、若手が成長する姿に刺激を受け、ベテラン社員の性格も明るくなるという好循環が生まれています。こうした社内環境の変化が新卒採用や離職ゼロにつながりました。
「それまで勤務時間の8時間、一言も話さなかった社員が、今では誰よりもおしゃべりになっています。若手が増えたことで、日常の雑談や食事会での会話が増え、社内の雰囲気が明るく一変しました。これにより、コミュニケーションミスが減り、社内不良や納期遅延が大幅に改善されています」
さらに、佐藤製作所では新たな方針として「多能工化」を進めています。若手が懸命に技術習得に取り組む姿勢を見て、50歳を越えたベテランも新しい仕事をゼロから学んでいます。
何歳になっても新しいことにチャレンジするという姿勢は、若手の良いお手本にもなっています。
佐藤製作所では、20代の女性スタッフ3人が活躍。男性主体のものづくり企業のイメージを一新したことが認められ、2021年度「東京都女性活躍推進大賞」を受賞しました。女性からの採用応募も年々増えています。
2020年にデザイン科出身の女性社員が入社したのを機に、紙の手づくり社外報「銀ロウたより」を制作し、広報活動にも力を入れるようになりました。その数は約1500通。社員総出で封入し、個人宛に郵送しています。
「会社をPRしたいという僕の思いと彼女のスキルがマッチしました。顧客の反響が大きく、新たな受注にもつながっています」
また、個人向けに提供している「修理サービス」も、佐藤さんのアイデアを若手が昇華させた事業です。ふたの外れたジッポーライターや水漏れしていたポット、自転車のフレームなどベテランのアドバイスを受けながら、若手が修理対応し、実績をSNSに投稿しています。
佐藤さんが目指すのは、「人気漫画『ワンピース』のように、メンバーそれぞれの個性を生かした少数精鋭の組織」です。
2022年4月には、インターンを経験した武蔵野美術大学卒業生1人が新たなメンバーとして加わりました。佐藤製作所は、若手や女性、ベテランが共存し高め合うことで、強い組織へと生まれ変わりました。
「今後の目標は、『銀ロウ付け』の技術において、名実ともに日本一の企業になることです。そのためにも、お客様一人ひとりと真摯に向き合い、人の心に残る仕事をすることで、地域の皆様に応援される会社にしたいです」
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