目次

  1. 多能工化とは 言い換えは「マルチスキル化」
    1. 多能工化が注目されている理由
    2. 多能工化のメリット
    3. 多能工化のデメリット(失敗しないための注意点)
    4. 多能工化が必要な企業の特徴
  2. 多能工化を進める手順 人材育成の前に
    1. ステップ① ジョブ型雇用・ジョブ型マネジメントをしない宣言
    2. ステップ② 評価システムを整える
    3. ステップ③ 5連続休暇を取らせる
    4. ステップ④業務の平準化に取り組む
  3. 多能工化、従業員の視野も広がる

 広島県の「働き方改革取組マニュアル・事例集」(PDF方式)によれば、多能工(マルチスキル)とは、1人で複数の業務や工程を遂行する技術を身につけた従業員のことを指します。そうした人材を教育・訓練する仕組みを「多能工化(マルチスキル化)」と呼びます。

 多能工化が重要視されるようになった主な理由は、2019年4月以降、順次進められている働き方改革です。

 たとえば、改革によって年次有給休暇の5日以上の取得が義務付けられています。ギリギリの人数で日次業務を行っているような部署の場合、誰かが休んだときに、他の人の業務を滞りなく遂行できるような体制を整えておかないと、休暇の取得が途端に難しくなります。

 ただ、そのような部署では、すでに多能工化が進んでいるはずです。

 私は新入社員のとき、外国証券のバックオフィス業務をしていたのですが、実際その部署はギリギリの人数でした。

 1日の決まった時間に自分がミスなく処理しなければ、何百人の顧客に外国債券の利払いがされなかったり、外国投信の購入のための外貨送金が遅れて百万円単位の利子を払わなければならなくなったりします。

 そのため、休暇を取るのも一苦労で、必須業務をマニュアル化し、年の離れた人にシステム操作を伝えておかなければなりませんでした。

 このように、極端に限られた人員で業務を回している環境では、多能工化を進めなければ、会社として非常にリスクが高く、有給休暇も消化できない状態が続きます。

 つまり、多能工化は昔から行われているもので、その推進は、あくまで働き方改革関連法を遵守したいとする会社側の都合であると考えたほうが良いでしょう。

 後ほど詳しく触れますが、多能工化は従業員にとって好ましくない側面もある施策なので、この考え方は重要です。

 多能工化には、以下のようなメリットがあります。

メリット① 人手不足の緩和

 新型コロナウイルス感染拡大により、欠勤せざるを得ない人が出てきました。また、一部の業種では業績が回復し、生産が追いつかなくなっています。

 比較的手の空いている多能工がいれば、新たに人材を採用しなくても対応できます。有給休暇も取得しやすくなるでしょう。

メリット② 業務の平準化

 大企業は2019年4月、中小企業は2020年4月から、時間外労働の上限規制が適用されています。これにより、時間外労働と休日労働の合計は、月100時間未満、2~6ヵ月平均80時間以内にしなければ法律違反となり、罰則が科される可能性があります。

 また、新型コロナウイルス感染拡大により、余剰人員に仕事を割り当てる必要も出てきました。航空業界の従業員が物流会社に出向するなど、業界の垣根を越えて労働力のシフトが行われています。

メリット③ 業務の改善

 たとえば部署全体の仕事を正方形とすれば、各従業員の業務範囲は丸であると言えます。1人の人間がいくつもの丸を経験することにより、重複や隙間に気づくことができます。それによって、業務の効率化や質の改善への提言が出てくるでしょう。

 たとえば、一人の上長が、複数の担当者のチェック担当となっている場合、チェック業務が特定の時間帯に偏っていることがあります。

 このとき、多能工化した従業員が時間をずらしても問題ない業務を発見するかもしれません。

 上長の業務が平準化され、より丁寧にチェックできるようになれば、業務の質が上がり、部署全体のストレスも低下するでしょう。

 多能工化には、以下のようなデメリットがあります。

デメリット① ジョブディスクリプションとの不整合

 欧米企業においては、一般的にポジション名、責任の範囲、詳細な職務内容、求められるスキルなどが明記された「ジョブディスクリプション(職務記述書)」が存在します。

 これをもとにした採用を「ジョブ型雇用」といいます。日本企業であっても外国人の採用では必要になることが多いです。

 また、これをもとにした人事管理を「ジョブ型マネジメント」と呼びます。一部の日本の大手企業が取り入れ始めました。

 多能工化を進めるにあたっては、ジョブディスクリプションは妨げとなります。多能工化とジョブ型は二者択一で、どちらかに決めるべきです。

デメリット② 人事評価が困難

 複数の上司と仕事をすると、人事評価で不利になる可能性があります。1人の上司についているほうが、上司の満足度が高くなりがちです。多能工については、上司の評価を加重平均するべきですが、そこまで精緻な評価システムを作ることは簡単ではありません。

 多能工が日常的に複数業務を行っていると、どの上司もその従業員の業務の全体像が把握できていないということになりかねません。せめて単能工よりもプラス評価をつけるようにしなければ、結局破綻するでしょう。

デメリット③ 従業員の不満

 従業員にとって、負担が増えることは間違いありません。給料は大して変わらないため、割に合わないと感じることもあるでしょう。

 業務を平準化するということは、繁忙期だけでなく閑散期も減ることであり、恒常的に忙しいという状態になりかねません。さらに、限られた人がいつもヘルプに行くことになれば、従業員間に不公平感が出ます。

 実際、自ら多能工化しようとする従業員は少数派で、他人の仕事まではやりたくない人が大半です。従業員の立場であれば、給料が同じなら省エネで働きたいというのは、ある意味正しいのです。

 サービス業やオフィスワークを、1業務1人体制で回しているような中小企業は、多能工化をやらざるを得ないでしょう。原則としてジョブ型雇用はせずに、どんな業務もやってくれる従業員を採用するべきです。

 ただし、あまりスキルを必要としない単純作業をいつまでもやらせていると、辞めてしまうでしょう。外注するなどの工夫も必要です。

 多能工化には決断と理解が必要です。どのような手順で進めれば良いでしょうか?

 スペシャリストを採用すると、その従業員だけが単能工でいることが許されるといった状況が起こりがちです。そうしたスペシャリストにも、スキルを他の従業員にシェアし、他業務もやってもらうということを、入社前に説明しておきましょう。

 自社にすでにスペシャリストがいる場合は、労働契約を確認する必要があります。労働基準法第2条第2項に、「労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない」とあるからです。

 労働契約において、職種を限定することが合意されていれば、違う職種の業務を命じることはできません。その場合、限られた業務範囲で多能工化するしかありません。

 また、スペシャリストまではいかなくても、会社に居場所を確保するために、業務に必要な情報やノウハウをディスクローズしない従業員もいます。

 こうした従業員に対しては、そのことがマイナス評価になることを説明します。そのためにも、評価システムをオープンにすることが必要です。

 多能工化が恒常化していれば、加重平均で評価するシステムを作ります。360度評価をアレンジして、業務を教えられた人や別の上司を評価の主体に入れ、ウェイト付けを行います。

 ほかの上司から聞いた話を加味して評価するような、上司だけが最終的に評価するシステムは、透明性がなく不十分です。

 縦のレポートラインを前提とした評価システムを廃止しなければ、従業員に多能工化は受け入れられないでしょう。

 各従業員に業務マニュアルを作ってもらい、5連続休暇を取ってもらいます。そのような余力がないと言っていては、いつまでも問題が解決しません。

 業務マニュアルを作成させるときは、原則だけでなく事例を盛り込むことがポイントです。原則となるやり方を書き、事例として今回やるべきことを提示しておけば、充実した業務マニュアルになります。

 他人の業務を、問題なく5営業日連続でこなせれば、最低限の多能工化を達成したと言えるでしょう。2、3日単位の有休取得も奨励し、全員が遠慮なく休める環境を作ります。

 繁忙期にヘルプを送ったり受け入れたりできるように、徐々に体制を整えます。不公平感が出ないように注意を払います。

 とくに、前述したように、限られた人がヘルプに出るのは不公平感につながりやすいので、予め全員分のローテーションを決めてしまうなどして対策するといいでしょう。実際には臨機応変になるとしても、ざっくりとしたスケジュールを組むべきです。

 今後は従業員にとっても、多能工化のメリットが大きくなる可能性があります。

 現代は、業界や職務の境界があいまいになりつつあり、これからどのようなスキルが必要とされるかが読みづらくなっています。市場が細分化し、製造業では多品種少量生産、サービス業ではカスタマイズが求められる傾向もあります。

 将来的に、1人の人間が複数の会社で仕事をするのが当たり前になる時代が来るとも言われています。

 多能工化によって、転職しなくても職務経歴書に多くのことが書けるようになります。そして視野が広がり、自分の新たな適性を発見するかもしれません。

 経営者としては、従業員にそのことに気づいてもらえるようにするのが得策でしょう。