目次

  1. 退職金制度とは?
  2. 退職金制度の種類とそれぞれの特徴
    1. 退職一時金制度
    2. 確定給付企業年金
    3. 企業型確定拠出年金(企業型DC)制度
    4. 退職金共済制度
  3. 退職金制度の導入メリット・デメリット
  4. 退職金制度導入が適している企業は? 
    1. 退職金相当額を給与で払う意向がもともとある企業
    2. 採用・定着面に役立てたい企業
    3. 退職後の義務の対価として退職金を利用したい企業
  5. 退職金制度の導入手順
    1. 課題整理
    2. 基本的な方針の検討
    3. 労働者との合意形成
    4. 制度案の形成
    5. 労働者に対する説明会実施
    6. 行政への届け出、制度導入
  6. 退職金制度導入において利用できる助成金
  7. 退職金制度は目的を考えて導入しよう

 退職金制度とは一定期間在籍した従業員に対し、その退職時に支払われる退職金について定めた制度です。

 退職金制度は法によって設けることを義務付けられたものではありません。しかし、従業員の勤続勧奨や採用における優位性獲得、定年後の所得保障の観点などの理由から、9割ほどの企業がなんらかの退職金制度を用意しているのが実情です(民間企業の勤務条件制度 令和2年調査結果・II 調査結果 p.20│人事院)。

 退職金は大きく分けて2種類あります。退職時に一時金で支払われるものと、一定期間ないし終身にわたり支給される年金型のものです。前者は退職一時金(退職金)と呼ばれ、後者は企業年金とも呼ばれます。

 それでは、実際に退職金制度として利用されることの多い代表的な制度を見ていきましょう。

名称 特徴
退職一時金 自社で構築・運用するため設計の自由度が高い
労働者自身がいくら受け取れるかを見積もりやすい
離職理由で減額できる
積立金は内部留保で行うため課税
確定給付企業年金 企業が外部機関に退職金の原資を拠出し資産運用する
運用結果により赤字が出た場合は企業に補塡義務
労働者が自分がいくら受け取れるかを見積もりやすい
拠出金は非課税
企業型確定拠出年金 企業が外部機関に退職金の原資を拠出し労働者が自身の退職金の原資をもとに資産運用する
労働者に一定の金融知識が必要
何歳で退職しても原則として60歳まで支給されない
拠出金は非課税
退職金共済 中小企業向けのものを含め3種類
中小企業向けの共済制度(中退共)は国の助成を受けられる
拠出金は非課税

 退職一時金制度は、その名の通り退職時に一定額を一時金として支払う制度です。多くの場合、支給額の算出方法は下記のいずれかの方法を採用しています。

  1. 最終給与連動型
  2. 退職金テーブル利用型
  3. 勤続年数定額型 
  4. ポイント累積型

(1)最終給与連動型

 最終給与決定型は、退職時点の基本給・固定給など一定の範囲の給与に対し、勤続年数や退職理由などから定めた支給率をかけ合わせて支給額を決定する方法です。

(2)退職金テーブル利用型

 退職金テーブル利用型は、退職金算定用の賃金テーブルを基本給のテーブルとは別に用意しておき、それに支給率をかけ合わせて支給額を決定する方法です。年功序列で賃金が上がる給与体系を採用している企業は、この方法を採用することで退職金の額を一定額に抑制できるようになります。

(3)勤続年数定額型

 勤続年数定額型は、勤続年数に応じて支給される金額が定まっていたり、その金額に支給率をかけ合わせたりして支給額を決定する方法です。企業にとっても労働者にとっても、退職金の額が予想しやすいのが特徴です。

(4)ポイント累積型

 ポイント累積型は、職能や人事評価制度の評価など、何らかの基準をもって従業員に付与されたポイントの総数に1ポイント当たりのレートで計算した金額を支給する方法です。労働者ごとに複数の観点から退職金の額を決定できるという利点がありますが、ポイントの適切な管理が必要になります。

 確定給付企業年金とは、将来受け取れる退職金の額があらかじめ定められている制度です。

 基金型と規約型の2種類がありますが、中小企業においては、ほとんどが規約型を採用しています。理由としては、基金型は加入人数の要件があり、厚生労働大臣の認可がいるなど採用のハードルが高いためです。

 規約型は、企業が信託会社や生命保険会社などと契約を結んで行うものです。企業はあらかじめ退職金規定に定めた退職金の額をこれらの外部機関に毎月拠出し(掛金を払い込み)、外部機関が企業からの委託を受けて資産運用することになります。

 このような制度の性格上、運用で赤字が出ることもあります。その場合、企業は定められた退職金の額を必ず保障しなければならないので、毎月の拠出額を増やしたり、追加拠出する必要が生じます。

 企業型確定拠出年金制度とは、企業が外部機関に対して掛金を拠出し、労働者がその運用責任を負うという制度です。つまり、将来の退職金の金額は労働者の運用実績に連動します。

 また、この制度は年金の補完制度という意味合いが強く、60歳前に退職したとしても、原則として60歳になるまで退職金が支給されることはありません。

 企業にとっては、将来の退職金の引当額を自社で保有し続けなくてもよいという利点があります。

 なお、マッチング拠出という制度を導入すれば、企業の拠出以外にも労働者自身が拠出することで運用する原資を増やすことができます。

 確定拠出年金は日本型401kとも呼ばれ、ご紹介した企業型のほか、個人型という制度もあります。しかし、個人型は退職金制度としては利用することができません。

 退職金共済制度とは、共済の仕組みを利用して企業が外部機関に掛金を拠出し、外部機関から労働者に退職金を支払う仕組みのことです。

 中小企業を対象とした中小企業退職金共済(中退共)制度、建設業など特定の業種を対象とした特定業種退職金共済制度、地方自治体や商工会議所などが運営主体である特定退職金共済(特退共)制度の3つの制度があります。

 もっとも一般的なのは、中退共制度です。中退共制度は、独立行政法人勤労者退職金共済機構が実施している退職金共済制度を言います。

 加入できる企業は中小企業に限られ、掛金について後述の通り一部国の補助が受けられます。

 中退共に申し込んだ場合、企業は自社の労働者を原則として全員加入させなければなりませんが、労働者ごとに5千円~3万円の枠内で個別に掛金を設定できます。なお、パートタイム労働者など短時間就労している労働者については2千円から掛金を設定することが可能です。

 退職金制度には、次のようなメリット・デメリットがあります。

 【退職金制度の導入メリット】
 ・採用時のアピールポイントになる
 ・労働者に対する長期勤続意欲の向上が見込める
 ・早期退職勧奨などの交渉要素として利用できる
 ・退職後の競業禁止、守秘義務の徹底などを履行させる効果がある
 ・企業と労働者の双方で節税メリットが受けられる

 【退職金制度の導入デメリット】
 ・退職金のための引当金の担保が企業に義務として発生する
 ・退職金のための内部留保は課税対象になる
 ・中途退職の状況によっては資金繰りが悪化する懸念がある
 ・退職金引当額を控除するため、毎月の給与水準が相対的に低くなる

 退職金制度にはさまざまな制度がありますが、いずれを導入する場合でも、上述のことを念頭に検討するとよいでしょう。

 退職金制度導入が適しているのは、退職金相当額を給与で払う意向がもともとある企業、および採用・定着面に役立てたい企業、退職後の義務の対価として退職金を利用したい企業です。その理由を下記でご説明します。

 もともと退職金相当額を給与や賞与として払う意向がある企業の場合は、退職金として支払うことにより節税メリットを受けられます。

 例として、40歳の労働者に対して給与原資が40万円ある場合、退職金制度の有無でどれだけ社会保険料の負担が違うか考えてみましょう。

 この労働者の給与が仮に原資を全額使った40万円だとすると、社会保険料は1年間で147万円です(令和3年4月時点協会けんぽ東京支部の社会保険料率より算出)。

 しかし、退職金制度があれば、給与として38万円、2万円を退職金引当としておくことで、社会保険料を136万円に抑制することが可能です。この労働者が仮に勤続10年であれば、その間企業も労働者も100万円を超える節税が期待できます。

 退職金は給与所得ではないため、社会保険料はかかりません。さらに、勤続年数に応じて大幅な非課税枠が設けられています。この労働者の例では400万円までは所得税も住民税もまったく掛かりません。

 したがって、毎月積立していた額の10年分である240万円を全額そのまま受け取ることができるのです。

 また、確定給付企業年金、企業型確定拠出年金、中退共のいずれの制度も、企業の拠出する掛金は非課税として取り扱われます。この点も企業側には見逃せないメリットです。

 退職金制度は任意の制度ではありますが、8割を超える企業が導入している制度であるため、「ない」ことそのものが求職者に悪い印象を与える可能性があります。したがって、採用の際に不利にならないよう、退職金制度を整備している企業も多く存在します。

 また、退職金制度は一般に長く勤務した場合に支給額が増えるように設計されています。労働者に長期勤続を促す効果があるため、採用した人材には長く働いてほしいと考える企業であれば、退職金制度は非常に有効な手段の一つになりえるでしょう。

 昨今増えているのが、退職後の競業禁止義務、守秘義務の遵守の対価として退職金を活用する方法です。

 就業規則等で退職後に同業他社に就職することを一定期間禁じたり、同一商業圏での独立を禁じたり、顧客の引き抜きを禁止する規定を置いている企業は多く存在します。また、退職後にも在職中に知りえた企業の機密情報、顧客情報などの守秘義務を課している企業も増えてきました。

 このような企業においては、退職後の義務の履行の条件として退職金を支給することとしているケースも散見されます。

 同業他社に就職した場合には、退職金を減額するとするような定めをあらかじめ置くことで、違反に対する抑止効果が見込め、かつ義務が不履行である場合は退職金の減額措置をとることが可能になります。

 退職金制度を導入する場合は、下記のステップで行うことをお勧めします。

  1. 課題整理
  2. 基本的な方針の検討
  3. 労働者との合意形成
  4. 制度案の作成
  5. 労働者に対する説明会実施
  6. 行政への申請手続き、制度導入

 具体的な内容を順にご説明します。

 退職金制度を作るときは、まず現状の課題整理から行います。何のために退職金制度を導入するのか、なぜそれが自社にとって必要なのかについて、十分に検討を重ねます。

 課題を整理したら、退職金制度の基本的な方針を固めていきます。

 上述のように退職金制度にはいくつか種類があるので、自社にとってどの方法が一番課題解決に資するのか、その場合に原資としていくら必要なのかなど、具体的な情報をもとに比較検討します。

 金額の相場を知りたい場合は、厚生労働省の賃金事情等総合調査や自治体調査、業界団体の調査などを参考にするとよいでしょう。

 ある程度案がまとまったら、労働者代表との合意形成に進みます。

 特に、退職金制度を導入することで手取り賃金額が減少するような場合は、労働者にとって不利益変更に当たるため注意が必要です。丁寧な説明と十分な意見聴取を心がけましょう。

 このステップでは、実際に運用することを想定した制度の案を作りこんでいきます。

 退職一時金であれば支給率の決定まで含めたこまかな制度の中身の設計、外部機関への拠出を行うのであれば拠出先の選定・契約に進みます。決めた内容は書面に作成し、退職金規約として整備するとよいでしょう。

 運用の方法が決まったら、労働者に対し説明会を開きます。

 何のために退職金制度を導入するのか、その結果変わることは何なのかを労働者に寄り添った言葉で説明します。また、退職金制度が適用になる範囲や、制度導入から実行へのスケジュールについても説明しておきましょう。

 退職金制度は就業規則の相対的必要記載事項に該当するため、規則がある場合は変更が必要になります。従業員数10人以上の企業は変更の届出義務があるため、事業所を管轄する労働基準監督署への届け出が必要です。

 中退共を新規に利用する場合に限り、掛金月額の1/2を加入後4か月から1年間国が助成する制度があります。また、掛金を増額する場合についても、増額分の1/3に相当する額を1年間国が助成する制度があります。

 詳しくは厚生労働省の「中小企業退職金共済制度に係る新規加入掛金助成及び掛金月額変更掛金助成」のページをご覧ください。

 退職金制度は、労働者の企業へのコミットメントを増大させるひとつの制度です。

 しかし、プロジェクトごとにジョブ型で雇用するような場合はあまり退職金のメリットがなく、退職金として支給するよりも、退職金を廃止して毎月の給与額を高く設定するほうが採用で強みになる場合もあり得ます。

 退職金制度を一度導入してしまうと廃止するのはかなり難しい手続きになるため、制度導入時には「なぜ自社にとって退職金が必要なのか」をぜひ十分に検討することをお勧めします。