時代とともに変わるAIの定義 ワープロの「仮名漢字変換」も「AI変換」だった
AI(人工知能)はどこまで進化するのか? 人間並みの知能を持つのか? あるいは人間を超えるのか? AIと人間の知能について、国内のAI研究の第一人者である中島秀之・札幌市立大学長が物語ります。
AI(人工知能)はどこまで進化するのか? 人間並みの知能を持つのか? あるいは人間を超えるのか? AIと人間の知能について、国内のAI研究の第一人者である中島秀之・札幌市立大学長が物語ります。
AI(人工知能)のコラムを担当することになりました。AIにまつわる様々な話題を取り上げていきたいと思いますが、私の興味の範囲はちょっと広めです。みなさんの考えるAIの範囲を超えてしまうことも多々あると思いますが、お付き合いいただければ幸いです。
ご存知のようにAIというのはArtificial Intelligenceの略語で、知能を人工的に実現することを目指す学問分野の名前です。
そう、もともとは研究分野名なのです。
AIの名前は1956年にアメリカのダートマス大学で開かれたワークショップで決まりました。
この年がAI元年です。
実は最初のコンピュータが出現したのがこの直前、1950年代の初めです。
コンピュータは記号(単語のようなものと思っていただいて構いません)を操作できる唯一の機械です。
コンピュータを見た研究者が、これで知能を実現できると思ったのがAIの始まりです。
この、記号の操作が知能の本質だという考え方は「物理記号仮説」と呼ばれています。
有名な「チューリングテスト」は、この考え方を裏付ける思考テストとして、英国の数学者アラン・チューリングが提唱したものです。
当時、主に哲学者たちが、機械が知能を持てるはずはないという論戦を張っていました。
そこでチューリングは、通信端末を使った文字での対話をコンピュータで実現する方法を示し、実験者が対話の相手を人間かコンピュータか見破れないなら、コンピュータにも知能があると考えてよい、という論文を書きました。
人間と同じように会話できるプログラムはまだできていませんが、少しずつそれに近づいているのは、みなさんもお感じだと思います。
しかし、チューリングたちの期待に反し、長い間AIは実用にならず、ずっと研究分野の名前でした。
ところが最近、急に使い物になるシステムが出てきたので、それらのシステムのこともAIと呼ぶことが多くなりました。
ここでもそれに従って、分野名とシステム名の両方に「AI」を使いたいと思います。
ここで問題なのは、システムがAIと呼べるための条件は何か? ということです。
この定義はなかなか難しいのです。
まあ、ざっくり言うと「AIの研究分野で産み出された技術を使ったもの」ということでしょう。
ところが、これは時代とともに変わるのです。
つまり、昔はAIと呼ばれたものが、最近では普通の技術になっているのです。
例えばワープロの出始めには「AI変換」などと呼ばれたものがありますが、今ではただの仮名漢字変換としか呼ばれません。
当時よりすごい技術が使われているにもかかわらず、です。
別の例としては、画像認識という分野は1960年代にはAIの一部でした。
その後、コンピュータ・ビジョンという独立した学会を持つようになり、AIからは離れていきました。
これは、初期の画像認識は人間のそれを手本にしていたものの、分野が成熟すると人間のことは忘れて独自の技術が進んだからです。
ところが、最近は深層学習(Deep Learning)による画像認識が台頭して、再びAIの一分野だと思われるようになりました。
深層学習というのは脳の神経回路を真似たシステムで学習する仕組みですが、これについては別のコラムで取り上げる予定です。
そんなこんなで、「これはAIか?」という問いには明確な判断基準がないし、それを決めても仕方がないのです。
なんとなく知能を要する作業をこなすものは全部AIと呼ばれているようですし、企業の販売戦略上、少々無理してAIと呼んでいるものも多く見かけます。
ここで私なりの知能の定義を示しておきたいと思います。
知能とは「情報が不足した状況で、適切に処理する能力」のことです(拙著「知能の物語」、154ページ)。
仮名漢字変換にしろ画像認識にしろ、初期の頃はどんな情報があればいいのかすら分かっていませんでした。
そういう状況でなんとか作り上げたものだからAIだったのでしょう。
やり方が分かってきてアルゴリズムとして定式化されると、もはやAIとは呼ばれないということです。
私は「AIはITの先駆け」だと思っています。
囲碁のトッププロに勝ったり、人間より精度の高い顔認識ができたりと、2016年頃から深層学習が強烈な成果を挙げました。
このため最近では、深層学習だけがAIだと思っている人も多いようですが、決してそうではありません。
このコラムでは、AIの広く、興味深い姿をお見せできればと思っています。
ご期待ください。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年3月29日に公開した記事を転載しました)
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