【松下幸之助】皆さんは社員という稼業の社長である――パナソニック創業者
先行きが不透明な今だからこそ、道しるべがほしい。世に知られる名言、社内で長年受け継がれる格言……。経験と成功、そして失敗に裏打ちされたリーダーたちのことばを伝えます。
先行きが不透明な今だからこそ、道しるべがほしい。世に知られる名言、社内で長年受け継がれる格言……。経験と成功、そして失敗に裏打ちされたリーダーたちのことばを伝えます。
松下電器産業(現在のパナソニック)の創業者、松下幸之助。
世界的な総合家電グループの原点は、103年前に大阪で産声をあげた小さな町工場だ。
多くの経営者から今も絶大な支持を受ける「経営の神様」は、ある日、社員一人ひとりの心に語りかけた――。
幸之助は1894年(明治27年)、和歌山の地主の家に生まれた。
しかし、恵まれた環境に育ったわけではない。
幼いころに父親が米相場に手を出して失敗。
9歳で大阪へ丁稚奉公に出され、火鉢店、自転車店、電灯会社と職を転じた。
勤め先を辞めて独立したのは22歳の時。
自ら改良したソケットの製造販売を始めた。
そして1918年(大正7年)、今の大阪市福島区で「松下電気器具製作所」を設立。
23歳の幸之助と1歳下の妻、15歳の義弟の、3人だけの小さなスタートだった。
部屋の壁にコンセントもない時代。
アイデアと庶民的な価格でヒット商品を生み出した。
電灯と扇風機などを同時に使えるようにする二股ソケット、「ナショナル」ブランドの第1号となった角型ランプ。
さらに、電気アイロンや電気こたつ、ラジオなど家電の看板商品を次々と世に送り出した。
1933年(昭和8年)、現在の本社がある大阪府門真市に本店と工場を移した頃、従業員数は約1200人になっていた。
それは、1963年(昭和38年)1月10日、恒例の経営方針発表会でのことだった。
2年前に社長を退き、会長として経営を見守っていた幸之助は、従業員に向けてこう語りかけた。
「皆さんは社員という稼業の社長である」
高度経済成長期、電化ブームに乗って会社の業績は拡大し、従業員数も2万6000人を超える大企業になっていた。
パナソニック歴史文化マネジメント室の中西雅子さんは「大企業で働く社員に対して、気持ちの持ち方を諭したことばでした」と説明する。
松下電器産業は早い時期から、製品分野ごとに採算の責任をはっきりさせる事業部制を導入した。
その理由について、幸之助は「ひとつは会社の発展のために、ひとつは個人の成長のために、できる限り経営者としての立場でものを考えてほしい」と語っていた。
その先に、さらに社員一人ひとりに向けて説いた考え方が“社員稼業”だ。
与えられた仕事をこなすだけではなく、一人ひとりが「社員という稼業の経営者」という立場でものを考え、仕事に取り組んでほしい。
そうすれば、命じられた範囲だけで仕事をすませることはできないはずだ――。
中西さんは言う。
「松下電器産業は、経営者が100人、1000人、1万人と集まって事業を営んでいるような会社であってほしいという思い。ビジネスで素早い判断が求められる時代になったという背景もあったでしょう」
“社員稼業”につながるもう一つのエピソードがある。
戦時中のこと。
幸之助のもとに、知り合いの信託会社の社員が訪ねてきて、こう言った。
「東京に経営の立て直しを頼まれている工場があるので、引き受けてほしい。松下さんが買ったら必ず立派な工場になると思う」
幸之助は一つの条件をつけた。
「うちの会社も人が足りない。あなたが松下電器に入って工場の経営を担当してくれるのなら引き受けよう」
すると、社員がすぐに答えを返した。
「それはできません。信託会社で社長のつもりで仕事をしているので、会社を辞めるわけにはいかない」
「身分は社員ですが、心持ちは社長です。社長が他の会社には行けません」
社員のことばは、幸之助の心に響いたようだ。
幸之助は信託会社の社長に対し、この社員をもらい受けたいと正式に申し入れ、許しを得た。
社員は松下電器産業に入社し、大いに活躍したという。
1989年4月27日、幸之助は94年の生涯を閉じた。
パナソニックは現在、グループ約530社、世界各地に約26万人の従業員を抱えている。(敬称略)
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年3月29日に公開した記事を転載しました)
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