目次

  1. 「ソニー」前身の誕生
    1. 盛田昭夫との出会い
  2. 「ソニー」社名の由来
  3. 技術がどうあるべきかを表したことば
井深大=ソニー提供

今から76年前。

敗戦の翌年に資本金19万円、従業員20人ほどの小さな会社が産声をあげた。

東京通信工業――現在のソニーだ。

創業者の一人、井深大(まさる)は、技術を通じて日本の文化に貢献することを設立目的のひとつに掲げた。

井深のことばは、テック系企業が世界的に注目される今の時代にも響き合う。

1908年(明治41年)、栃木県の日光で生まれた井深。

幼い頃は、親の都合で愛知県、東京、北海道、神戸と住まいを転々とした。

その後、早稲田大学に進学。

理工学部で光通信の実験に成功し、「走るネオン」と名付けた研究製品が卒業後にパリ万博で金賞を受賞。

新聞で「天才的発明家」と取り上げられた。

戦時中は、日本測定器という会社で軍需電子機器の研究をしていた。

その頃、海軍の研究会で出会ったのが、海軍の技術中尉だった盛田昭夫だ。

そして敗戦。

井深は1945年10月、東京・日本橋に東京通信研究所を設立した。

 

〈一般家庭に現在ある受信機でも一寸(ちょっと)手を加へれば簡単に短波放送を受信出来るといふこれは耳よりな話〉

この年の10月6日付の朝日新聞(東京本社版)に、そんな書き出しの記事が載った。

〈元早大理工科講師井深大氏はこの程日本橋白木屋の三階に東京通信研究所の看板を掲げ、商売気を離れ……短波受信機を普及させようと乗出した〉

 

これを郷里の愛知県で読んだ盛田が、井深に手紙を出した。

敗戦の混乱で互いに消息がわからなくなっていた2人。

井深が上京を促す返事を出し、再会が実現した。

世界的企業のソニーへとつながる二人三脚。

その最初の一歩となったそんなエピソードを、のちに朝日新聞が報じている。

 

ソニーの前身、東京通信工業を井深が盛田らとともに設立したのは1946年(昭和21年)5月のことだ。

その4カ月前、井深は「東京通信工業株式会社設立趣意書」を起草し、こう掲げた。

〈真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設〉

 

井深は設立当時、38歳だった。

ソニー広報部シニアPRアドバイザーの岸貴展(たかのぶ)さんは「戦後すぐの将来が見通しづらい状況でも、ビジョンをもって会社を興したことを象徴的に表しています。先見性が伝わってくる言葉です」と話す。

75年前の戦後の混乱期に、世界を大きく変えつつあるコロナ禍の現在が重なる。

 

“自由闊達にして愉快なる理想工場”は、その後、時代を変える製品を次々と生み出した。

日本初のテープレコーダーやトランジスタラジオ、世界初のトランジスタテレビ……。

1979年に発売したウォークマンは、音楽を外で聞く生活スタイルをつくり出し、和製英語の「ウォークマン」はイギリスの辞書にも掲載された。

1958年に社名をソニーに変更。

音を意味する「sonic」の語源となったラテン語の「sonus」に、「小さい」や「坊や」という意味の「sonny」をかけ合わせた。

その社史は井深の半生記と重なるが、決して成功の軌跡ではない。

 

この年の週刊朝日の記事で、評論家の大宅壮一は、ソニーが東芝などライバル会社の「モルモット的役割」を果たしていると書いた。

新しい製品に挑戦するが、その成果を他の大企業に奪われることが少なくない状況を実験用の動物に例えたものだ。

井深は当初、これに反発したが、のちに「決まった仕事を決まったようにやるのは時代遅れ。モルモット精神もまた良きかな」と受け入れたという。

 

他社のまねをして売るのではなく、独自の技術にこだわり続けた自負があっただろう。

その「モルモット精神」を支えたのは、自由闊達を求めてソニーに集った技術者たちだった。

井深大=ソニー提供

「多くの人たちに利用されてこそ、技術である」

この井深のことばについて、ソニー広報部の岸さんは「技術がどうあるべきかを端的に言い表しています」。

 

トランジスタラジオの開発は、真空管をトランジスタに置き換え、それまでごく限られた分野だけで利用されてきたエレクトロニクスを、一般家庭にまで普及させるきっかけとなった。

いち早く国産化に成功したビデオレコーダーは、井深本人が商品化に「待った」をかけた。

家庭用に値段を抑えた商品をつくらないとダメだ――。

そんな理由だったそうだ。

「プロ向けにとどめず、ふつうの消費者にまで視線を向けたものづくりの中心となる考え方を表現した言葉です」と岸さん。

 

井深は1997年(平成9年)12月19日に亡くなった。

89年の生涯だった。

 

ビジネスと技術のつながりが大きさを増す現代。

社会に大きなインパクトを与える技術は、なにもGAFAを筆頭とする「テックジャイアント」の専売特許ではない。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年3月29日に公開した記事を転載しました)