「祖父のミックスジュースを全国へ」 業務用を一般解禁した森井食品3代目
主に関西圏で喫茶店の定番メニューとして知られるミックスジュース。その原液を長年、業務用として製造・販売してきたのが、創業88年の飲料メーカー・株式会社森井食品(大阪市生野区)です。2代目の現社長の孫である内山恵文(よしふみ)さん(36)が、2020年に一般販売を始めたところ、注文に生産が追いつかない人気商品となりました。一般向けに売り始めたきっかけや、ヒットの軌跡についてうかがいました。
主に関西圏で喫茶店の定番メニューとして知られるミックスジュース。その原液を長年、業務用として製造・販売してきたのが、創業88年の飲料メーカー・株式会社森井食品(大阪市生野区)です。2代目の現社長の孫である内山恵文(よしふみ)さん(36)が、2020年に一般販売を始めたところ、注文に生産が追いつかない人気商品となりました。一般向けに売り始めたきっかけや、ヒットの軌跡についてうかがいました。
目次
森井食品は1934(昭和9)年、内山さんの曽祖父である森井英太郎さんが森井食品工業所として創業しました。当初は瓶入りのコーラやサイダー、ウーロン茶などを作っていましたが、大手飲料メーカーの参入で、安い清涼飲料水が出回るようになりました。このため次第に、ソーダや牛乳で割って飲む希釈用シロップの製造にシフトします。
現在ではミックスジュースの原液のほか、ゆず蜂蜜、レモン、バナナ、エナジーなど、主に飲食店向けの希釈用シロップを製造・販売しています。2代目の森井源一さん(88)が社長を務め、従業員は6人です。
内山恵文さんは兄とともに兵庫県で生まれ育ちました。父は会社員で、創業家出身の母が従業員として森井食品で働いていました。長期の休みになると兄とともに大阪に行き、森井食品の手伝いをしたといいます。
「特に小学生時代の夏休みは、毎日のように商品のラベル貼りや箱詰めをしました。友達と遊びたいのに、どうして祖父の商売の手伝いをしなければならないんだろうと、子どもながらに疑問に思っていました」
こうした経験から、森井食品を継ぐことはおろか、できれば関わりたくないと考えていたそうです。
祖父で現社長の源一さんとはどんな関係だったのでしょうか。
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「今でこそいろいろ話せますが、祖父はいわゆる職人気質で、当時は気やすく会話できる間柄ではありませんでした。商品に関しても『飲むな、手を出すな』と常々言われていました」
森井食品のシロップで作ったジュースを飲む機会がたまにあると、おいしいと感じたそうです。ただ、商品に触れてはいけない意識の方が強く、特別な思い入れはなかったといいます。中学、高校と進学するにつれ、森井食品の手伝いをする機会は減り、関わりは徐々に薄れていきました。
2006年、20歳のときに上京し、東京のIT企業に就職します。インターネットの広告営業やホームページ制作を担いながら、将来はインターネット事業で独立したいと考えていました。会社でスキルを磨く一方、並行してネット関連の個人事業を立ち上げます。
10年勤めたIT企業を2016年に退職。個人事業に注力しようと思っていた時、たまたま母と森井食品について話す機会がありました。「久しぶりに飲んでみようかな」と祖父の会社の商品を口にしたことが、人生を変えるきっかけになります。
内山さんが飲んだのはミックスジュースの原液「ミックスシロップ」を牛乳で割ったミックスジュースでした。「ミックスシロップ」は1970年代、祖父・源一さんが開発したものです。
一般的な果実飲料のように、果物を搾るわけではありません。時間をかけて果物を混ぜ合わせて作ります。パイナップルや黄桃などたっぷりの果肉と高級感のある味、牛乳などで割るだけという手軽さが特徴です。業務用として飲食店や居酒屋向けに販売してきました。
内山さんが森井食品のミックスジュースを飲んだのは小学生の時以来。「こんなにおいしかったっけ?」と驚いたといいます。同時に、「業務用にしか流通しておらず、この味が知られていないのはもったいない。一般販売して、多くの人に飲んでもらいたい」という思いが湧いてきました。
「ミックスシロップ」を1つの商品として見た時、競合と差別化できている、とも感じました。一般的なミックスジュースは生や缶詰の果物をミキサーにかける必要がありますが、「ミックスシロップ」はミキサーなしで果物の豊かな風味や果肉感を味わうことができます。また、ガラス瓶に入っており、紙パックやペットボトルのミックスジュースにはない高級感も演出できます。
市場調査を兼ね、内山さんはスーパーやコンビニ、飲食店が扱うあらゆるミックスジュースを飲み歩きます。そして飲めば飲むほど、「よそのミックスジュースとは違う」と感じたのです。
「ミックスシロップ」は発売以来、業務用として100万本以上の出荷実績があります。周りの友人からも「ミックスジュースって苦手やねんけど、これは好きやわ」とポジティブな反応をもらえました。内山さんは次第に「一般販売すればうまくいくのではないか」という確信を深めていきます。
「ミックスシロップ」の造り手である源一さんはすでに高齢という事情もありました。内山さんは個人で営んでいたインターネット事業を畳み、森井食品を継ぐ決断をします。自ら「継ぐ前提で働かせてほしい」と源一さんに打ち明けたのです。
「祖父から『継いでほしい』と言われたことは一切ありません。いつも寡黙な祖父ですが、私が働きたいと頼んだ時はうれしそうな表情を見せてくれました」
2016年、内山さんは森井食品に入社しました。3代目社長候補ですが、まずは1人の従業員として、商品の製造方法などを学んでいきました。
「自分のやりたいことをいきなり押し通すわけにはいきません。事業の仕組みを知り、商品知識を深めるのが先です」と、内山さんは話します。
働くうちに、様々な課題が見えてきました。例えば、製造・出荷のスケジュール調整や在庫管理が不十分だと感じました。内山さんは源一さんや従業員を巻き込んで、改善したい部分や理由を説明し、合意を得た上で少しずつ運用を変えていきました。
見直したのは、主に「在庫管理」「スケジューリング」「原価計算」の3点です。
まず、商品の置き場を整理整頓し、現在の在庫数を一目で把握できるようにしました。それまでは、置き場に関する明確なルールはありませんでした。
次に、製造や出荷のスケジュールを見直しました。どの日に何をどれくらい作るか、あらかじめスケジュールを組み、製造数、出荷数、在庫数をエクセルで管理するようにしました。
例えば夏場は飲食店向けの需要が増え、忘年会シーズンの年末も繁忙期です。こうした需要の波を把握するため、過去の実績値を入力し、それをもとに出荷数を予測して製造スケジュールを組んでいったのです。その結果、余計な在庫が減り、現場の作業もスムーズに流れるようになりました。
最後に、商品の原価計算をやり直しました。すると、一部の商品を原価より安く販売していることに気づいたのです。
原価割れしている商品については、取引先に事情を説明した上で、値上げに踏み切りました。一部の顧客は離れてしまいましたが、やむをえない決断でした。
こうして森井食品の仕事を理解するにつれ、内山さんは源一さんに対する敬意を深めていきました。
「祖父は長い年月をかけて、様々な商品を生み出しました。そして電話もインターネットも普及していない頃から、一人でお店に飛び込み、サンプルを渡しながら取引先を開拓したんです。次第にその偉大さを実感するようになりました」
森井食品には付き合いの長い取引先が多く、そのほとんどは源一さんが開拓したといいます。その基盤があるからこそ今日まで存続してこられたのだと、ありがたみをかみ締めるようになったのです。
森井食品に入って3年後の2019年。仕事を覚え、社内の改革も一段落ついたことから、「ミックスシロップ」の一般販売に向けた準備を本格化させました。
まず、味を変えるかどうか。内山さんは半年ほど、果物の配合を調整するなど様々なパターンを試作しました。しかし結局、源一さんの生み出した味が一番おいしいと感じたそうです。
「その話を祖父にしたら、『その配合、俺も前に試したわ』と言われて。早く言ってよと思いましたが、現在の配合がベストだと納得できました」
生産設備については、業務用の「ミックスシロップ」を生産してきた特注の機械をそのまま使うことにしました。中身、瓶、ラベルは業務用のままです。
ただ、箱は新たに作ることにしました。贈答の用途も想定し、黒で統一したシックなデザインを採用しました。中に封入する森井食品からのメッセージは、一人ずつ宛名部分を変えて印刷しています。手元に届いた時、少しでも特別感を出したいという工夫です。
商品名は刷新しました。「MixJuice」のアルファベットから「M」と「J」を抜き出し、「MJシロップ」とキャッチーな名前にしました。
商品内容が固まったところで、販路構築に着手しました。10年勤めたIT企業での経験を生かし、自社ECサイト開設準備を進めたのです。
そこへコロナ禍が到来します。取引先である飲食店や居酒屋の休業が相次ぎ、シロップの受注や生産が一時止まってしまいました。
しかし内山さんは「時間ができた」と、逆境をばねにサイト制作に注力していきます。
ECサイトでは、本格的なお店の味を自宅で簡単に味わうことができる、とアピール。コロナ禍の巣ごもり需要を念頭に、果物のみずみずしさや高級感の伝わる写真を多用しました。
ツイッターとインスタグラムに公式アカウントを開設し、牛乳とシロップで2層に分かれたミックスジュースなど、見栄えのする写真を投稿しました。また、発売前に第三者の声を聞こうと、無償で「MJシロップ」を提供するプレゼント企画をツイッター上で実施。当選者の反応は良く、発売に向けて勢いがつきました。
2020年7月、満を持して「MJシロップ」の一般販売を始めました(1000㎖入り、税込1480円、送料別)。本格派のミックスジュースを家で簡単に作れると、SNSや個人ブログで評判が広がり始めます。インフルエンサーが話題にしたことで、1日に約600本売れたこともありました。2022年5月にはテレビで取り上げられ、注文から発送まで1ヶ月半待ちの状態がしばらく続きました。
「ここまで反響があるとは驚きました」と内山さんは振り返ります。
SNSやテレビで大きく取り上げられたことで、飲食店のほか、製菓店、ホテルなど、個人以外からの問い合わせも増えました。顧客に出すドリンクとして扱いたいという、自動車ディーラーからの要望もありました。
「長年、居酒屋や飲食店にこちらから営業してきましたが、一般販売を機に、興味を持ったお客様の方から来て下さるようになりました。誰かの心に刺されば、個人・法人を問わず、市場が広がることを実感しました」
成功しているように見える「MJシロップ」ですが、内山さんは課題も感じています。最大の問題は生産体制の弱さです。注文に生産が追いつかず、顧客を待たせてしまっています。また、アマゾンや楽天といった大手ECサイトで高値で転売される事例も確認しました。これらに対応するため、増産に向けた設備投資や、大手ECサイトへの出店も検討しています。
増産のため一部の工程を外注化したり、販路拡大のため小売店向けに販売したりはしないのでしょうか。「一切考えていません。私たちの手を離れることで、味が変わったり、納得できる売り方ができなかったりしたら、商品のイメージが悪化するからです」と内山さんは否定的です。
「私が森井食品に入ったのは、祖父が生み出した商品を世に広め、おいしいと思ってくれる人を増やしたいからです。『橋渡し役』の私が、商品の質やイメージを下げるようなことをすべきでないと思っています」
新たな挑戦もいろいろ考えているそうです。お歳暮やお中元などのギフト需要に応えるため2~3本セットの商品を用意したり、「MJシロップ」を炭酸で割ったノンアルコールカクテルをPRしたりと、アイデアは尽きません。
業務用のミックスジュースの原液を、一般用に販売する構想から6年。コロナ禍が直撃し、売上が9割減となった月もありました。売上は今もコロナ禍前の水準に届きませんが、一般販売は森井食品を支える大きな柱に育ちました。
「コロナ禍が長引く中、一般用に販路を広げてよかったと改めて思いました。チャレンジしたいことは多いですが、課題への対応を含め、1つずつ丁寧に取り組んでいきます」
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