町工場からニッチトップの集合体へ 由紀HDのM&Aは救済でなく成長支援
高い技術力を活かした研究開発型町工場として、航空宇宙や医療といった分野の精密切削加工で存在感を発揮する由紀精密(神奈川県茅ヶ崎市)。ただ2006年に3代目の大坪正人さんが家業に入ったときは、倒産寸前の状態でした。大坪さんは家業を建て直すなかで、2017年にものづくり企業をグループ化した持ち株会社「由紀ホールディングス」へと発展させました。なぜグループ化するのかに迫ります。
高い技術力を活かした研究開発型町工場として、航空宇宙や医療といった分野の精密切削加工で存在感を発揮する由紀精密(神奈川県茅ヶ崎市)。ただ2006年に3代目の大坪正人さんが家業に入ったときは、倒産寸前の状態でした。大坪さんは家業を建て直すなかで、2017年にものづくり企業をグループ化した持ち株会社「由紀ホールディングス」へと発展させました。なぜグループ化するのかに迫ります。
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「ニッチだけれど高い技術力を持っている国内のものづくり企業に、イノベーション投資を行う。その結果、企業がよりパフォーマンスを発揮する。ひいては、生まれた技術や製品で世界中の人々の幸せに貢献していければ。このような意図から由紀ホールディングスを設立しました」
ホールディングカンパニーの設立については、いくつかの条件が重なったとも言います。1つ目は、ワイヤハーネスメーカー、超硬合金の加工メーカーなど、機械系中小製造業7社のグループ「VTCマニュファクチャリング・ホールディングス」の創立者でありトップでもあった前会長から、業務サポートや事業継承の打診を受けていたことです。
もうひとつは、前職時代での経験です。投資利益を目的とするファンドに対抗するかたちで、国内町工場にある高い技術力やノウハウを活用・継承しようと、“雷鳥”という名のファンドを立ち上げます。実際、価値ある中小町工場の再生事業に取り組んだ経験が強く印象に残っていた、と言います。
2017年にホールディングカンパニーを立ち上げると、すぐにVTCマニュファクチャリング・ホールディングスをグループ化し、その後も数社をM&Aでグループに迎え入れいます。現在は11社(由紀HDも含む)におよび、グループ全体の従業員数は約400人、売上高は75.5億円になります。
「由紀精密の建て直しでは、多くの中小町工場で整っていないであろう営業や企画広報、デザイン、研究開発、事業戦略といった“機能”を整備していきました。その結果、もともと持っていた強みである技術力が発揮でき、業績の改善やさらなるパフォーマンスの創出を実現しました」
一方で、10人規模の町工場にそのような機能を詰め込むのは、余分過ぎる場合も多いと大坪さんは言います。由紀精密の再生では、こうした機能を大坪さんや2人のエキスパートが兼務していましたが、あまり一般的ではありません。
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そこで、グループ内でこれらの機能を共有することで、最小限のアセットで最大限の効果を発揮することを目論んでいます。具体的には「資金調達」「事業戦略」「人財採用・HR」「企画広報・デザイン」「製品開発」「製造技術開発」「システム・IT・IoT」「営業戦略・海外展開」です。
グループには従業員数百人、売上高数十億円といった規模の企業から、社員1人だけの会社もあります。事業や成長フェーズも異なります。そのため、各社が必要としている機能ならびに、フェーズによっていつからどれくらいの期間必要なのかを共有しています。
「勘違いしてほしくないのは、ただ困っている会社を助けるファンドではない、ということです。世の中で必要とされる、ニッチだけれど高い技術力を持っている。一方で営業やブランディングが弱いため、ビジネスでは苦しんでいる。そのような企業に手を差し伸べ、本来のパフォーマンスを発揮してもらいたいのです」
銀行、M&A仲介会社、これまでの人脈など。さまざまなルートで相談が持ち込まれますが、規模拡大が目的ではないため、あくまで目的は世の中から無くなってしまう日本の優れた技術を守ること。まずはこの仕組みを確立しようと、大坪さんは現在、日々奔走しています。
金属加工の領域から離れることはないそうですが、技術が重なった場合でも得意とする領域が異なっていれば迎え入れるとの方針のため、今後は多様なニッチトップ企業が、グループに加わっていくことを期待しています。
M&A、ホールディングス化というと幹部社員の送り込みやルールの共通化や、グループ企業によるシナジーなどが注目されますが、由紀ホールディングスにおいてはそのような考えは、必ずしも重視していないそうです。
「大切なのは機能の共有によって、各社技術を伸ばしていくことです。『YUKI Method®️』という共通の考えや概念をまとめてはいますが、各社の個性や取り組みを尊重していますから、以前から続く各社のブランドは継続していただきますし、経営層が大きく変わることもありません。もちろん経営もサポートしてほしいとの打診があれば、機能として提供します」
まさに投資へのリターンを最大化するのではなく、大坪さんが前職時代に体験したような、それまで培ってきた技術力を生かすための投資です。
すでに、ホールディングス化の効果も出ています。超伝導極細ワイヤーの開発です。
VTCマニュファクチャリング・ホールディングスの1社であった電線・ワイヤーハーネスの製造会社、明興双葉は電線を髪の毛よりも細い0.05mmというオーダーで、かつ、連続的に加工できる量産伸線技術という強みを持っていました。
一方、由紀精密の現社長である永松純さんは、学生時代にMgB2という超伝導体物質を発見するなど、超伝導領域で活躍した経歴を持ちます。
「明興双葉の細線技術と超伝導に関する知識をかけ合わせれば、極細の超伝導ワイヤーが開発できるのはないか。そのように思いました。そんな中で、国立研究開発法人の物質・材料研究機構(NIMS)からの問い合わせがあり、研究がスタートしました」
超伝導とは、ある温度以下で電気抵抗がゼロになる現象のことで、この現象を実現する超伝導物質を線状に加工したものを、超伝導ワイヤーと言います。通常の銅線などは電気抵抗があるため熱を放出し、エネルギーの損失が生じますが、一方、超伝導ワイヤーであれば、エネルギーの損失がなく、同じ太さでも格段に大きな電流を流すことができます。
このような特徴から、MRI、リニアモーターカー、核融合炉などの強い磁場を必要とする分野から注目される技術であり、夢の素材とも言われています。
「明興双葉は規模こそ大きいですが、これまで研究開発業務を行ってきた経験がありませんでした。研究成果をプレスリリースで発表し、Webサイトなど広報・ブランディング面もホールディングスとしてサポートしながら、プロジェクトを進めています」
実際、このプロジェクトは明興双葉、由紀精密、NIMSの共同研究として、国からの予算も獲得し進んでいます。
2022年に入ると、以前から業務提携していたシンク・アイ ホールディングスと経営統合に向けて動き出します。
両グループが統合されれば、グループ会社は一気に8社増え、売上高はおよそ倍の約150億円、従業員数も800人規模のグループとなります。シンク・アイ ホールディングスは西日本に強いため、販路の拡大といった面でも期待が高まります。
大坪さんが目指しているのはラグジュアリー業界の巨大グループ、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンのような、伝統と個性を尊重した支援だと言います。ルイヴィトンやティファニー、ブルガリといったそれぞれが個性的で強みを持ちながらも、グループに所属することで、プラットフォームの恩恵を受けているからです。
「製品はライフサイクルやトレンドがありますが、製造のコアコンピタンスである要素技術は常に進化していきますし、売れ筋の製品に使わないからといって、なくしてしまってはなりません。技術や製品がコモディ化する前に、別の領域で活用していく。そのサポートをグループ全体で補うことで、常に成長していきたいと考えています」
2025年には上場も視野にいれているそうですが、考えは雷鳥の存続です。
「私がオーナーとなっている現在の状況では、今後、事業の継承がスムーズではありません。より安定した技術の存続には、上場の選択肢が現状ではベストだろうと考えています」
前編の記事のように、大坪さんは今の状態がよいときでも、アイデアを出し、チャレンジし続ける姿勢が大事だと言います。10年後にどうなっているかは、誰にも分からないからです。
現状維持は下降と同じ、とも言います。まわりよりも何倍も考え、動くこと。常に上を向いて走り続けることで、業績は維持もしくは少しよくなるのだと。そして、そのように常にがんばる姿勢が当たり前になることが、経営者にとって求められる要素でもあると続けました。
「これまで、バブル崩壊やリーマン・ショックなどさまざまな危機にさらされてきました。世の中の変化やトレンドに合わせて常に会社を進化させることができたら、どんなことがあっても乗り越えられる会社に近づいていけるのではないでしょうか。過去を捨て新しくするのではなく、技術を発展させ、時代に適合させる。チェンジではなくアダプト。そのためには世間の変化を敏感に感じ取り、挑戦し続けることが重要だと思います」
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