従業員の平均年齢が30歳若返り 梅月堂4代目を勇気づけた祖父の言葉
鹿児島県日置市の湯之元温泉郷にある和菓子店「梅月堂」。4代目の石原良さん(41)は2013年の社長就任後、取扱店を5倍強に、売上を2.4倍に伸ばしました。V字回復までの歩みを前後編の2回に分けてお伝えします。後編は、販路拡大のための具体的な取り組み、従業員の平均年齢が約30歳若返った採用の工夫、創業100年を機にビジョンやミッションを策定して起きた変化についてです。
鹿児島県日置市の湯之元温泉郷にある和菓子店「梅月堂」。4代目の石原良さん(41)は2013年の社長就任後、取扱店を5倍強に、売上を2.4倍に伸ばしました。V字回復までの歩みを前後編の2回に分けてお伝えします。後編は、販路拡大のための具体的な取り組み、従業員の平均年齢が約30歳若返った採用の工夫、創業100年を機にビジョンやミッションを策定して起きた変化についてです。
目次
会社存続のためには販路拡大が不可欠だと悟った良さんは、鹿児島県外での取扱店を増やすのに必要な費用を捻出するため、商品の値上げに踏み切りました。看板商品の湯之元せんべいでしっかり利益が残るようになったほか、高単価の新商品「ラムドラ」のヒットもあり、県外への販路が広がり始めました(前編参照)。
取扱店が増え始めても、良さんは商品を問屋に卸しませんでした。どの店にどう置かれるかをコントロールできないからです。従業員数10人の梅月堂で作れる量は限られています。少ない数の菓子をどんな店に置いたら梅月堂の魅力を確実に伝えられるか、綿密に考えました。
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ラムドラには「仕事を頑張る女性が、これを食べてまた明日から頑張ろうと思えるような和菓子」というコンセプトがありました。梅月堂の顧客の平均年齢が60歳超だったため、自分たちと同年代のお客様にも食べてもらいたいと、良さんと妻・理恵さん(36)は考えました。
そこで営業先を百貨店、セレクトショップ、高級スーパーに絞り、1軒ずつ直接訪ねて少しずつ販路を広げていったのです。どうしても置かせてもらいたい店には、4度も5度も足を運びました。
2016年、鹿児島県庁の経営者塾がセッティングした商談会「スーパーマーケット・トレードショー2016」に参加します。これをきっかけに、いずれも食品や生活雑貨のセレクトショップである「AKOMEYA TOKYO」と「日本百貨店」、さらに雑誌「婦人画報」の公式通販「婦人画報のお取り寄せ」で、ラムドラの取り扱いが始まったのです。これら3つの取引先の影響は大きく、全国から取引や取材の依頼が来るようになり、ラムドラ人気に拍車がかかりました。
県外だけでなく、地元の鹿児島でも変化がありました。鹿児島市中心部の商業施設「マルヤガーデンズ」に入居するセレクトショップ「D&DEPERTMENT KAGOSHIMA by MARUYA」(以下、D&D)で、湯之元せんべいのほか、ラムドラを含むぬれどら焼き各種の販売が始まったのです。D&DEPARTMENTはデザイナーのナガオカケンメイさんが会長を務め、長く使われ続ける「ロングライフデザイン商品」を取り扱っています。
「梅月堂の地元の(日置市)東市来町にお住まいでも、梅月堂をご存じない若い世代の方は少なくありませんでした。ところがD&Dでの販売が始まると、20~30代のお客様が買ってくださるようになったんです。D&Dの当時の店長と、同店が入っているマルヤガーデンズの当時の社長が、D&Dの本社に何度も掛け合ってくださったと聞いています」
同時期に、異物混入対策も強化しました。異物混入の目立ったトラブルがあったわけではありませんが、工場の構造は昭和の時代から変わっていません。都心部の有名百貨店などでも取り扱いが始まるため、「念には念を」と密閉工事を施したのです。
工場内の天井や壁を塗り直し、網戸をやめてガラス戸を固定。エアコンを設置し、複数あった工場の入口は二重扉の1カ所だけに改造しました。工事には約3000万円かかりました。
商品の選択と集中も推し進めました。洋菓子や生菓子をやめ、最終的には梅月堂が自信を持っていた鹿児島の伝統菓子「かるかん」の製造もやめました。高品質の自然薯(じねんじょ)が手に入りにくくなったためです。
現在の商品ラインナップは湯之元せんべい、ぬれどら焼き各種(プレミアム、ラムドラ、季節製品)、カステラ、もなかだけ。いずれも梅月堂の強みである、餡(あん)や生地を生かした商品ばかりです。商品数を絞れば必要な技術も限られ、自社で職人を育てやすくなる利点もあります。
商品の絞り込みと並行して、餡を作る作業の一部や包装工程を機械化し、生産性向上にも取り組みました。これにより、1日3回炊いていた餡は朝の1回で済むようになりました。一方、ぬれどら焼きの皮を焼く工程などは味に大きく影響するため、職人の手作りを今も貫いています。
こうした取り組みが実を結び、経営は少しずつ上向いていきました。2018~19年にかけて羽田空港のほか、博多駅や鹿児島中央駅などJR九州グループでも取り扱いが始まり、2019年度の売上高は2017年度に比べ3割も伸びました。
ところが2020年、世界中がコロナ禍に襲われます。もちろん、梅月堂もその影響から逃れることはできませんでした。
梅月堂の商品の取扱店舗は、全国の百貨店やセレクトショップ、空港、駅などに広がっていました。しかし、2020年4月の1回目の緊急事態宣言により、百貨店は臨時休業を余儀なくされ、空港や駅を利用する人は激減したのです。梅月堂の売上高は一時、前年の半分以下にまで落ち込みました。
「誰かがうちの取引先を狙い撃ちしているのかな、と思うほど苦しい展開でした。数週間でしたが、自店も閉めざるを得ませんでした。ただ、借りてでも現金を持っておいたほうがいいとビジネス書で学んでいたので、実際に融資を受け、それなりの現金を手元に置いていたんです。このため雇用調整助成金も活用すれば、何とか雇用は維持できそうでした。すぐに社員に『給料の支払いは2年間は大丈夫です』と説明し、安心してもらいました」
悪いことばかりではありませんでした。コロナ関連の複数の補助金を活用して、数年先に予定していた機械設備導入を前倒しできたのです。
オーブン2台、デポジッター(一定量の生地を落とす機械)、ドイツ製の最先端の器具洗浄機、自動割卵機、シェーキングミキサーなどを導入しました。これにより、職人は腕力のある男性である必要がなくなったのです。若くて経験の浅い菓子職人が、必要以上の苦労をせずにすむので、育成の速度も上がりました。
1回目の緊急事態宣言の解除後、売上は少しずつ戻り、2020年度の売上高は前年比3割減で着地しました。現在はほぼ回復し、2022年度の売上高はコロナ前と同水準か、やや上回る見込みです。
人気の和菓子を製造する梅月堂でも、採用には苦労しています。それでも様々な策を講じ、一定の成果を上げてきました。
自社サイトに採用案内ページを設けたほか、採用パンフレットを作り、学生向けの大手就活サイトに年数十万円かけて登録しました。鹿児島の菓子店で大手就活サイトに登録している企業は少数ですが、必要経費と割り切っています。
家業を継いだ当時の初任給は低すぎると感じたため、1.6倍にアップしました。週休2日制で、始業時間は製造部の職人であっても午前9時です。製造部と販売部の制服を整え、店内もリニューアルをしました。裸電球のぶら下がる屋外の和式トイレを廃止し、洋式トイレつきの休憩室も整備しました。
こうして新卒や第2新卒の採用に地道に取り組みました。その結果、2013年の事業承継時に60歳を超えていた従業員の平均年齢は、32歳に若返りました。現在の従業員10人のうち、当時から残るのは2人だけです。
「私が社長になってから、仕事中の私語は厳禁、お茶やおしゃべりは休憩時間に休憩室で、と決めました。販路拡大によって仕事が少しずつ忙しくなり、のんびり和気あいあいと仕事をしたかった従業員は去っていきました。私の方針についていけないと感じた親族の従業員も、次々と退職しました。その時、祖父がこう言ってくれたんです。『気にするな。経営者が迷えば社員も迷う。経営者と考えが違うのであれば、親族であっても去らねばならない』と。私もそう思っています。梅月堂を守り、残していくためには仕方のないことです」
2019年、良さんは2021年の創業100周年を見据え、会社のビジョン(理想像)とミッション(使命)の言語化に取り組みました。会社にまつわるすべての判断の軸となる「会社の背骨」がほしいと、事業承継したころから考えていたのです。ただ、自分で考えてはみたものの、しっくりくる言葉や表現が見つからず、堂々めぐりの状態に陥っていました。
そこで、生活雑貨の製造小売や経営コンサルティングを手がける「中川政七商店」の力を借りることにしました。良さんが、ビジョン・ミッションの重要性を説く十三代中川政七さんの著書を繰り返し読み、感銘を受けていたからです。
「1年間、夫婦で毎月東京に通い、自社の歴史や代表である自らの内面を掘り起こし、言語化していきました。多忙で休日もない中、課題図書の読み込みや宿題をこなすのは体力的にも精神的にも大変でしたが、やっと会社に背骨が通った気がします。これからは経営、新商品開発、採用、教育などのあらゆる判断を、ビジョン・ミッションに沿って行います」
新たに定めた梅月堂のビジョンは「未来永劫(えいごう)続くビジョナリーカンパニーを作る!」、ミッションは「情熱的な深掘りと自由な感性が生み出す和菓子で、頑張るオトナをポジティブにする!」です。
ビジョン・ミッションの言語化の過程で、「先祖代々のまじめさと発明」が梅月堂の企業文化であることも言語化できました。「ビジョン・ミッションに共感してくれる人と一緒に仕事をしていきたい」。それが良さんの願いです。
ビジョン・ミッションの言語化と並行して、ミッションを果たすための従業員の行動指針(クレド)も作成しました。クレドはラテン語で「約束」を意味し、梅月堂では18項目あります。4代目社長に就いてからの9年半、日々自らや従業員に課し、時には従業員に厳しく注意してきたことのエッセンスが詰まっています。
良さんはコロナ禍に入ってから、朝礼の時間を活用した「教育の時間」を始めました。具体的には始業時刻の9時から30分間、「Good & New」と「クレドの共有」をしています。
「Good & New」は良さんと理恵さん、10人の従業員の全員が1人ずつ発表します。12人分の「良かったこと」や「新しい発見」を共有し、ポジティブ思考を育むのが目的です。
「クレドの共有」では、良さんと理恵さん以外の10人の従業員全員が1人ずつ、18項目のうち特定の1項目に沿った気づきや成功・失敗事例を発表します。
例えば「価値観とやり方をそろえる!」というクレドがお題の場合を考えてみます。従業員からは次のような発表があります。
「やり方をそろえ、その理由や背景まで考えると、梅月堂の価値観が自然と頭に入ってくると感じる」「先日、作業を早く進めようとやり方を変えたら、道具のヘラが折れてしまった。やり方をそろえるという基本ができていなかったからだと思う」
毎日10人分の事例が共有され、もし解釈の誤りがあればその場で修正できます。このためクレドの理解が深まり、従業員の成長速度が上がった、と良さんは手応えを感じています。
「中には『クレドの共有がどうしてもできそうにない』と言って採用を辞退する応募者もいます。ただ私は、それでいいと思っています。うちのような小さな会社では、全員が同じ方向を向かなければ戦っていけません。それぞれが自分の考えや前職でのやり方に固執すると、ただでさえ小さな力が分散してしまうからです。それに若い人をお預かりして会社で長い時間を過ごしてもらうわけですから、必要な教育をきちんとしてあげたい。仮にいつかうちを辞めても良い人生を歩めるよう、成長してほしいと思っています」
良さんが家業を継いで9年半が過ぎました。この間に売上高は2.4倍にV字回復し、利益率も劇的に改善。会社に利益を残せるようになりました。
取引先数は県内のみ約20店舗だったのが、県内外合わせて100店舗以上に拡大。売上に占める割合は、県外が県内を少し上回っています。
2022年3月には、梅月堂が「かごしま経営革新推進企業」の第1号に認定されました。主力のぬれどら焼きの生産性向上と県外への販路拡大を実現し、売上高を2017年の目標値の1.3倍に、経常利益を1.4倍にしたことが評価されたのです。
2022年10月には、ラムドラが2022年版「婦人画報のお取り寄せ」の殿堂入りランキングTOP10に入るうれしいニュースもありました。
「自分なりに努力はしましたが、節目節目で多くの方に助けていただいた結果と思っています。それに、私はいまだに梅月堂が築いてきた信用と技術、強みといった『先祖のふんどし』で相撲を取っています。ぬれどら焼きは、隠れた人気商品だったどら焼きのリニューアルですし、その土台があってラムドラも生まれたからです。事業承継した当初は父や先祖の愚痴を言ったこともありましたが、借金なく継がせてもらったことに、今では感謝しかありません。経営者塾のコーディネーターの方からもいさめられたんです。『無借金で会社を引き渡すのがどんなに大変か。先代の借金を背負って継ぐのが普通なんだぞ』と。結局、店舗のリフォームや機械設備導入で1億円ほどの投資をしましたが、自分の意思で借金できることのありがたさを、今では十分理解しています」
2021年に創業100周年を迎えた梅月堂。次の100年後も地域に必要とされ、地域の若者が憧れるビジョナリーカンパニーであるためには、ミッションを軸にした経営を実直に進めることがすべて、と良さんは考えています。
「『情熱的な深掘りと自由な感性が生み出す和菓子で、頑張るオトナをポジティブにする!』というミッションを実現するため、常に新商品を開発できる組織をつくります。新商品がヒットする確率は万に一つ。日々の仕事に追われて後回しにしないよう、決められた時期に必ず新商品を出せる仕組みを組織として整えていきます。ただ新しいものを作ればいいとは考えていません。2021年に開発した『たのかんさぁ最中(もなか)』は鹿児島の神様である『田の神さぁ』をモチーフにしました。縁起のいいお菓子はお客様のテンションを上げてくれて、ミッションにも合致します。こうしたお菓子を少しずつ生み出していきたいですね」
良さんは去年、梅月堂の隣の土地を購入しました。数年かけて、緑を植えたカフェスペースにしようと考えています。
「十三代中川政七さんから『ファンはある閾値(いきち)を超えると、一度本店に行ってみたいと考えるもの。梅月堂にも今後そうした人が訪ねてくると思うが、今の店舗だとがっかりして帰るのではないか。東京で梅月堂の商品を買う人たちが、本店でも同じブランド体験をできるようにしたほうがいい』とアドバイスをいただいたからです。まず店舗をリニューアルしたので、次はカフェスペースを、と考えています」
これまでは「会社を潰さない」を最優先にかじ取りをしてきました。これからは、お客様にもっと梅月堂を好きになってもらうためにはどうすればいいか、良さんは知恵を絞るつもりです。
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